第98話 車窓の忍者

中学時代、通っていた塾のイベントで市街に向かう途中、車窓から忍者が見えた。屋根や電線の上を俊足で駆けバスと並走する黒装束の忍者。まるで江戸時代をモチーフにした娯楽施設のパフォーマーのようだ。

ここ最近勉強漬けだったから疲れが出て幻覚でも見えたか。そう思って目を擦ってみるも、忍者は相変わらず外を走っている。忍者から少し視線をずらそうとすると、忍者は僕の視線の動きに合わせて動きを早めたり遅くしたり、時には高くジャンプしてみたりして意地でも僕の視界に入りやがる。

飛蚊症と幻覚の華麗なコラボレーションか。僕も脆くなったものだと自嘲した矢先、唐突に忍者と目が合った。忍者は黒頭巾の隙間から覗く目を細め、こちらに向けて笑いかけてみせたかと思うと、徐に懐へと手を忍ばせ何かを取り出した。その何かが陽光を受けてキラリと光るのが見えた瞬間、嫌な予感がした僕は思わず目を逸らしてしまった。同時にドンッという鈍い音。それに驚きもう一度外に目をやると、電柱から真っ逆さまに落ちていく忍者の姿が一瞬だけ見えた。

僕は思わず車内を見回した。車内にまで聞こえる程の大きな衝突音だったので他の乗客も驚いていることかと思ったが、誰一人として音に気づいた者はいないようだった。




この話は行きつけの美容室でアシスタントを務めている純也君から聞かされた。私はオーナーの細木氏と共に「お前本当に疲れてたんだよ」「ご苦労なさったねぇ」とおちょくりつつ腹を抱えて笑ったが、私の隣でパーマを当てられていたライター仲間の木村氏だけはウンウンと感慨深げに頷いて聞いていた。


「わかるよ、わかる。それ多分純也君の中の"車窓の忍者"を殺した瞬間を見てしまったんじゃないかな」


どういうことだ。細木氏と2人で顔を見合わせ首を傾げる。


「2人とも想像したことないの?車窓の忍者」


「あー似たようなのはあるんですけど」


「ころした瞬間ってのが分かんなくて」


「車窓の忍者っていつの間にか考えなくなるじゃん。僕ぐらいになるとどれだけ景色を眺めても忍者の姿をイメージできないし。これを車窓の忍者の死と仮定して、忍者は純也君の視線に合わせて動いてたんだろ?それで純也君が目を逸らした瞬間、忍者は視線の動きに乗って吹き飛ばされ、電柱に衝突してしまい、死んでしまった…どう?」


暴論だが面白いので「合格!」と木村氏に向けて親指を立てた。木村氏は「あーりがとうございます!」とかん高い声で叫びながら万歳してみせた。

一方で体験した当人である純也君は不満げな様子。どうしたんだよと細木氏が聞いてみれば純也君は「いや、ほら」と言って懐から何かを取り出すジェスチャーをしてみせた。


「アイツが僕の"車窓の忍者"なら、なんで僕に向けてクナイなんか出してきたんでしょう」


僕を殺そうとしてますよね?純也君の問いかけに我々は沈黙したが、とりあえず「自分の死を予見して先に君を仕留めようとしたんじゃない?」ということにしておいた。

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