第96話 地図に無い地域

ほんの一時期だが、私はストリートビュー機能を使って卓上旅行を楽しんでいたことがある。気に入った小説の舞台となった街だったり、気になりこそするが自分で足を踏み入れることは無いであろう場所だったり、様々な場所を自らの足で歩いたような気になれて楽しかった。


そんなある日、私はストリートビューでどうしても入れない地域が地元市内に存在することに気づいた。試しに航空写真でその場所を調べてみると、そこだけ画像が表示されない。何があったっけと町名から思い出そうとするも、自宅から遠く殆ど通りかからない場所なので思い出せない。

ならば紙の地図はどうか。私は部屋の本棚から地図を取り出し広げてみた。すると該当の地域が載っているページが無かった。ページの順序は綺麗に揃っているので落丁したわけではないらしい。


それなら直に行ってみるか。そう思い立った私は同居人の秋沢氏を誘い、週末に件の地域へ行ってみた。そして唖然とした。件の地域に入る為の道全てに大きなバリケードがなされていたのだ。


「意味わかんない。こんなことあるー?」


バリケードを見上げながら秋沢氏が言う。

あるわけ無い。いやここが大きな1つの施設ならあり得なくもないが、しかしバリケードの上からは小洒落た名前のついたアパートや一軒家らしき家屋の瓦屋根しか見えない。つまりバリケードの向こうに広がるのは街だ。

これはますます気になるではないか。私は秋沢氏を肩車に乗せ、バリケードの向こうを確かめさせようとした。私の身長と秋沢氏の座高を足せばバリケードの高さを悠々と越えることができた。しかし実行してみると秋沢氏が「うわっ」と唸り私に肩から降ろせと喚き始めた。


「なに?なに見たの?」


「良いから早く降ろして!」


腑に落ちないながらも秋沢氏を降ろす。秋沢氏は地に足をつけるなり私の手を引き「逃げるよ」と言った。


「逃げるの?」


「見てた!見られてた!」


秋沢氏がしきりに叫ぶ言葉の意味を理解する間もなくバリケードの前を離れさせられる。そして少し離れたところでバリケードを振り返ってみる。上から白髪頭を角刈りにした老爺が顔を出し、表情の無い顔でこちらを見ていた。


私達はその場から走って離れ、その先にあったカフェで休息を取った。そこでようやく秋沢氏から話を聞けたが、バリケードの先には普通の住宅街が広がり、普通の生活が営まれていたという。通行人が皆秋沢氏を見つめていたことを除いて。


「あのオッサンは何だったんだろ?」


「わかんない。でも今後関わらない方が良いと思う」


そうだね。同意してミルクティーを飲む。そこへ見知った顔から声をかけられた。ライター仲間の木村氏だった。

ちょうど良い。この男ならあの地域について何か知っているかもしれない。そう思って尋ねてみたが、木村氏は「バリケード?知らないなぁ」と首を傾げた。ただそう答える時の彼の目は、一瞬だが左右に泳いでいるように見えた。

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