第90話 持ち帰る

出かけた先で妙な物を持ち帰ってしまうことから始まる怪談は少なからず存在する。金になりそうな物だとか、記念品としてだとか、はたまた心を強く惹かれてしまっただとかいう動機で持ち帰った物に思念やら霊やらが宿っており、後からこっぴどい目に遭わされるという流れのものだ。

私も以前、当事者からの相談という形でその手の怪談に出くわした。相談者の男性は肝試しで訪れた神社にて沢山の爪が入った包みを持ち帰って以来、不気味な夢に悩まされるようになったと話した(『社の夢』参照)。爪を拾った動機については、彼は「わからない」と言っていた気がする。

その件を少し前、ライター仲間である木村氏と自宅近所の神社を訪れた時に思い出したので話してみると、木村氏が「僕もこないだヤバかったよ!」と大変元気の良い語り口で自身の体験を話してくれた。

以下、木村氏の話。




6月の初め頃、木村氏はいつも仕事を貰っている出版社から依頼されて県内西部の風変わりな邸宅へ取材に訪れた。県道沿いにある平屋の邸宅は収集癖の家主が方々から集めてきた骨董品やら謎の彫像やらが家の敷地内から門の前に至るまで所狭しと並べられており、県道を利用する人々の目を釘付けにしていた。

取材には出版社の職員も2人参加した。編集者の樹氏と、カメラマン役を任された事務員のミン君。事務員を連れてこなければならない程人員不足なのかと困惑する木村氏に、樹氏は「片田舎の弱小出版社なので」と苦笑いを浮かべた。


邸宅のインターホンを押すと、老齢の男性─家主の佐山氏が「あ~!取材の方ですね!」と愛想良く応対してくれた。木村氏達が簡単に挨拶をすると、佐山氏は「まあまあ上がって下さい」と木村氏達を家に上がらせ、居間へと案内した。

佐山氏は収集癖のみならず、収集品を人に見せるのも好きらしかった。居間に入るまでの間、廊下にもギッシリと並べられた石像やらブリキ人形やらを家主は1つ1つ指差しながらどこで手に入れたとかいう話をしてくれた。樹氏が「写真を撮っても良いですか?」と尋ねると快く了承してくれた。


居間に入ると門前や廊下に比べ落ち着いた光景が広がっていた。生活スペースの確保の為か収集品の置き場所は箪笥の上に限定され、他は文字だけの簡素なカレンダーや少し型の古いTV、菓子盆の置かれたテーブルなどお祖母ちゃんの家を彷彿とさせる家具家電が綺麗に配置されているのみだった。

木村氏達3人はテーブルの前に並んで腰掛け、佐山氏の出した冷たい麦茶を頂きながら、佐山氏の半生やお気に入りの収集品などについて彼が勝手に語り出したのをそのまま聞き続けた。

佐山氏という人は態度の割になかなか闇の深い人間のようで、収集癖に目覚めたきっかけについてこう語った。


「サラリーマン時代にね、片想いの女の子が亡くなったのね。そんでお遺灰を分けてもらおうと思って、彼女に見合う可愛い壷を方々回って探してたら骨董品が好きになっちゃった」


遺族が部外者に遺灰を分けるわけないだろ、と思いつつ木村氏は「なるほど」と返した。

それからしばらく佐山氏の話を聞いた後、佐山氏に案内され木村氏達は邸宅裏の蔵へと入った。切れかけなのかパチパチと明滅する電灯に照らされた蔵の中は大小様々な壷が雑然と置かれ、そのどれもに薄っすらと埃が積もっているのが見えた。

門前や廊下の品を見てから思っていたが、品そのものより"集める"という行為に執着しているらしい。心の中で分析しつつ木村氏は佐山氏に「かなり苦労されたんじゃないですか」と尋ねた。佐山氏は「ええまあ」と頷く。


「でも手に入った時の喜びは何物にも代え難いです」


その喜びの為に収集を繰り返す、か。気持ちはわかるけど、この人はいったい金を幾らかけたんだろう。下品な疑問を口にすることなく木村氏は佐山氏の説明を聞き続け、20〜30分程で蔵を出た。


「今日はありがとうございました」


謝礼を支払い、3人並んで佐山氏に挨拶をする。

そして帰ろうかというところで、ミン君が突如「墓地に寄って欲しい」と言い出した。


「この道を西に50mぐらいいったところに、新しい墓地があるんです」


何を言い出すんだこの子はと木村氏と樹氏はミン君に目を向け、そして彼の異常に気づき眉をひそめた。ミン君の顔から汗が吹き出ている。6月で暑くなりかけているが汗だくになる程ではない。体調が悪いんじゃないかとミン君の額に手を当てようとして、木村氏はミン君の手に何か握られているのに気づいた。丸みを帯びた白地の胴体に、ダイヤ型の取っ手がついた蓋の乗せられた小瓶。


「ミン君、それ何だ」


樹氏がミン君の手から小瓶を取る。胴体には女性の名前─それもかなり現代的なものが書かれている。

まさかと樹氏が蓋を開けると、中には白っぽい粉が入っていた。


「あ、君それ蔵の…」


3人の目の前で様子を見守っていた佐山氏の顔が青くなった。


「…骨壷ですよね?」


「…」


「サラリーマン時代のお方…ではないですよね。骨壷のデザイン的にもお名前的にも最近の方っぽいですし」


「…」


「この近くに墓があるって本当ですか?」


「…」


樹氏の問いかけに佐山氏はしばらく黙ったままでいたが、やがて地面に手をつき「見逃して下さい」と叫んだ。


「見逃すというか、警察じゃないんでどうもしませんけど…」


「まあでも、墓荒らししたってことだよね…」


顔を見合わせる木村氏と樹氏のそばでミン君が「返そう」と樹氏の手から骨壷を奪い取ろうとするのを樹氏がかわした。


「樹さん」


「ミン君、いい。君がやってやる必要は無い」


でもでもと不安そうにするミン君の背中を2〜3回軽く叩いてから、樹氏は小瓶を佐山氏に手渡した。


「墓の場所、覚えてますか?」


「…はい」


「ならよろしい。後の判断は佐山さんに委ねます。さあ帰ろう」


ミン君の手を引いて樹氏は車へと歩いていった。木村氏は慌てて後を追いつつ背後を振り返った。佐山氏はその手に収められた小瓶を呆然と見つめていた。


翌週、佐山氏が警察に出頭したことを、木村氏は樹氏からの電話で知った。


「あの人、あちこちの墓から若い女性の骨壷を盗み出して中身の遺灰を舐めてたらしいですよ」


きっしょく悪いですよねーと嘲笑する樹氏に対し、木村氏はある懸念を抱いた。自分が執筆した記事が使えなくなるのではないかという懸念を。


「あ、そうそう木村さん。こういうことがあったので、あの記事使えなくなりました」


懸念は当たった。木村氏はその場で叫喚したが、代わりに他の仕事を何本か回してもらえることになったそうな。




「いやミン君の心配してあげて下さいよ」


一通り話を聞いた後、ツッコむ私に木村氏は「心配性なんだからぁ」と口をタコにした。


「心配しなくてもミン君なら樹さんと一緒に笑ってたよ」


「あ、元気そうで…。ていうか僕が最初に話してたのって"持ち帰る系"の怪談ですけど今の関係ありました?」


「佐山さんが持ち帰った骨壷を謎の力によりミン君が持ち帰らされそうになったという話」


「あぁ〜…まあいいでしょう」


何目線なのかわからない返しで話を締め括ろうとする私に木村氏が「ちなみに」と囁いた。


「佐山さんの腕にさ、引っ掻き傷がいっぱいついてたよ。アレは猫とかのソレじゃないね。人間がやったぐらいの大きさだね」


犯人ってもしかして…。溜めるように続ける木村氏に私は「そうこなくっちゃ」と返しつつデコピンを喰らわした。ただただ怖かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る