第87.5話 Cafe 小憩
私がよく仕事を頂いている出版社の一角に、ドルチェグストや茶器セット等を置いた休憩スペースがある。
ある日、用事で出版社を訪れると休憩スペースに長机が設置してあり、天井から『Cafe 小憩』と書かれた看板が吊るされていた。面白いことをするなぁと思いながらコーヒーを入れようとすると、背後から「いらっしゃいませ」という声と共にYシャツの袖を捲くり腰エプロンを着けた事務員のミンくんが現れた。
「ミンくん、その格好は」
「『Cafe 小憩』を預かっております、閔浩然(ミン・ハオラン)と申します」
「自由だなぁ…」
苦笑いする私にミンくんがメニュー表を差し出してきた。英字新聞風の包装紙で覆った白い厚紙に、ドリンクの名前が印字されたコピー用紙を貼りつけるというなかなか手の込んだ仕様だ。ちなみにラインナップはドルチェグストで作れる物と緑茶、紅茶、中国茶が数種類といったところ。
「本日のオススメはショコララテです。如何なさいますか」
「じゃあそれで」
ミンくんは一度頷くと、コーヒーメーカーからショコララテを淹れてくれた。普通にショコララテの味がした。
「いかがですか」
「うん…うん、美味しい…」
「ちなみに本日は茉莉花茶(モーリーホァチャ)の茶葉を仕入れました。飲んでいかれますか?」
ミンくんの勧めに私は「おっ良いね」と声を弾ませた。茉莉花茶もといジャスミン茶は私の好きなお茶の1つで、本場中国出身のミンくんなら美味しい茶葉を知っているだろうと思ったからだ。
「では早速お淹れします」
ミンくんが茶葉の入ったカゴから1つの袋を手に取った。その外装に書かれた社名は『IT○EN』。
「はい待ちぃ!」
声を上げて制止する私にミンくんが「いかがされたました」と怪訝そうな顔で訊いてきた。
「見慣れた社名が書かれてるぞ!良いのかそれで!」
「会社の予算内で多く買えるのが日本製の奴だけなんですよ。それにこっちのが皆さん馴染み深いでしょ」
馴染み深い。確かに馴染み深い。しかしどうせなら本場の人が選んだ本場のお茶も飲みたい。かといって出版社に「予算をもっと出せ」なんて訴えるのも鬼畜が過ぎるか。
ならばせめてオススメのジャスミン茶を教えてもらおう。そう思いミンくんにせがんでみると、ミンくんから「無理」と断られてしまった。
「ジャスミン茶ってあんまり飲んだこと無いんですよ」
『中国人だからって皆がジャスミン茶を飲むわけではない』という教訓が私の中で出来上がった瞬間だった。
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