第86話 ムラヤマの肝試し

中学時代の同級生であるムラヤマさんは"視える"体質だ。その体質は幼い頃からずっと持ってきたものだそうで、思春期を迎えた辺りからお祓いや供養に近いことをできるようになり、成人した頃にはどんな幽霊に出くわしても恐れを抱かない程度には肝が据わってしまったとか。

そんなムラヤマさんだが、20代半ばの頃にマッチングアプリで知り合った人達と行った肝試しにおいて「人生で1番怖かった」と評する程の体験をしたそうだ。

以下、ムラヤマさんの話。




6〜7年前の夏頃、ムラヤマさんは人恋しさをこじらせてマッチングアプリに手を出した。マッチングアプリとは年齢や職業、趣味などから気になる相手を探し出しコンタクトを取る出会い系サイトのようなもので、ムラヤマさんはそこで飲み仲間を募集している7〜8人程のコミュニティに参加した。

コミュニティの人々は毎週末に飲み会を開催しているとのことでムラヤマさんもその飲み会とやらに出席するようになった。しかしそこで彼等と関わるうちにただの"飲み仲間"とは思えないドロドロとした人間模様が見えて嫌になり、ムラヤマさんは飲み会に出席する頻度や時間を減らしていった。


そして季節が秋に近づいてきたある夜、コミュニティで唯一ウマの合った女性─マイちゃんから誘われた飲み会で「人生で1番怖かった」という事件が起きた。きっかけとなったのはコミュニティの元締めである男が「夏が終わる前に夏っぽいことをしたい」と肝試しを提案したことだった。参加者は賛同したり渋ったりと様々な反応を見せた。"視える"ムラヤマさんは心の内でこそ行きたくないと思ったが、マイちゃんから「サナちゃん(ムラヤマさんのハンドルネーム)も来てよう」と誘われて渋々参加した。

肝試しには元締めの男を含む男性3人、ムラヤマさんとマイちゃんを含む女性3人で行くことになった。参加者は暫く閉店間際の居酒屋に居座り続けて行き先を話し合った後、隣市にある廃遊園地へ行ってみることにした。


元締めの男が運転する車に揺られること約40分。ムラヤマさんとコミュニティの人々は鬱蒼とした山中に佇む、遊園地の入口らしき洋風の建物の前に辿り着いた。入口から先はバリケードが張り巡らされ車では確実に通れないようになっていたので、元締めの男の先導でみんな車を降り自らの足で園内へと入った。

園内は殆ど木々や蔦に覆われ、その中にうっすらと『巨大迷路』と書かれた建物や休憩所らしき小屋が見えた。


「誰か迷路入ってみてやー」


元締めの男が促すのに男性陣は苦笑いしたり「さすがにマジぃっすよ」とやんわり拒絶したりした。女性陣はムラヤマさんを除いた2人が腹を抱えて笑った。

一頻り笑ってから、マイちゃんがもう1人の女性─ぽっちゃり女子のあーちゃんに「何か視える?」と尋ねた。あーちゃんは自称"霊感女子"で、飲み会でも何かにつけて心霊体験や怪談話をして参加者を怖がらせる女性だ。あーちゃんは周囲をジッと見回した後、休憩所近くに生えていた背の高い樹を指して「あそこに首を吊った人がいる!」と叫んだ。コミュニティでは秘密にしているものの一応本物の霊感女子であるムラヤマさんもその樹に目を凝らしてみたが、特に何も見当たらなかった。


「あーちゃんはすごいなぁ。でも幽霊なんか何もして来んから大丈夫やで」


元締めの男があーちゃんのそばに歩み寄り、むっちりとした肩を抱き寄せる。あーちゃんも微笑む。その姿を見ながらムラヤマさんは「あぁ嫌だ」と思った。元締めの男は妻子持ちだが、コミュニティに参加している女性にもちょこちょこと手を出しているようで、最近はあーちゃんがお気に入りらしかった。代わりにムラヤマさんのことは実家暮らしであることを度々あげつらい「お嬢様」と揶揄していた。

おぞましい。来るんじゃなかった。吐き気すら感じ始めたムラヤマさんはどこかの茂みで少し吐いてこようと集団を離れた。そして入口そばの茂みに蹲り胃が空になるまで吐き出したところで、ムラヤマさんは頭上に何やら気配を感じて頭を上げた。そこには白いワンピース姿で傷んだ黒髪を長く伸ばした、痩せこけた顔の女が立っていた。

これはまたベタな幽霊だな。驚きつつ口の周りを拭うムラヤマさんに女が声をかけた。


「主人を知りませんか」


旦那に捨てられたのを苦に…とかいう類の奴か。元締めの男の件もあり女が哀れに思えてきたムラヤマさんは「わかんないす」と答えつつ、コミュニティの人々が進んでいった方向を指した。


「あっちにも人がいっぱいいるんで聞いてみて下さい」


「…ありがとうございます。そうします」


女は頭を下げるとムラヤマさんが指した方向へ足早に向かっていった。草を掻き分け、土をしっかりと踏み、やけに生々しい動きで。その左手には包丁と、右手には小さな子供。

おや子供と心中か…と思ったところでムラヤマさんは自身の口に手を当てて「ヤバい」と呟き、急ぎ足でコミュニティの人々のもとへ戻った。そこでは元締めの男が女に掴みかかられていた。女は男の首に包丁を当てがい「こんな下品な奴等と遊ぶなんて」「ころしてやる」と叫び、男は言葉で女を宥めつつその手を振りほどこうとしている。他の参加者は呆然としながら2人を眺めるのみ。

あの女の人、生きてたのか。それもアイツの嫁さんだったなんて。マズいことをしたと思ったムラヤマさんはマイちゃんに声をかけ2人で遊園地を出て、タクシーを呼んで麓まで逃げ帰った。他の人がどうなったのかは今日に至るまで聞いていない。

その後ムラヤマさんはコミュニティを抜け、マッチングアプリも退会した。退会後も暫くはマイちゃんと会って飲み会を開いていたが、そのうちお互い忙しくなって会わなくなってしまった。他の参加者とは街中ですれ違ったりするがお互いに声をかけないでいるらしい。




私は一通り話を聞いた後、肝試しの件よりもマッチングアプリをしていた件について「よく無事だったね」と言及した。


「結局は出会い系でしょ?怖いイメージしか無いんだけど」


「怖いよー。コミュニティはマイちゃん含めて全員既婚で、その中で恋愛模様繰り広げてたし」


「やだぁ」


「1対1で会った人もおったけど初対面のうちに車の中でイチモツ見せてきたりしてね」


「やだぁー!」


私としては肝試しの件よりもイチモツを見せてきた男の方が怖いと思う。そう言うとムラヤマさんは「そうかなぁ」と首を傾げた。そうだよ。


「ちなみに今は新しいマッチングアプリ始めましたーとかいうこと無いよね?」


「無いよーでも代わりに、はいコチラ」


ムラヤマさんがニマニマと笑いながらスマホの画面を見せてきた。そこに写っているのはムラヤマさんと、アッシュグレーのナチュラルヘアがよく似合う爽やかなイケメン。

私はそのイケメンに見覚えがあった。私が日頃よく仕事を頂いている出版社にこんな男がいたような。


「これもしかして樹さんじゃないの?」


「大当たり」


イケメンは件の出版社で働く編集者の雷門樹氏だった。ムラヤマさんは1度だけ出版社を訪れてきたことがあったので樹氏と面識があること自体は知っていたが("獅子身中の虫 前後編"参照)、まさか2人だけで会っているとは。

しかしこの樹氏という男はソクバッキーである。意中の女性に「他の男と話さないで」と言ってフラれ、その後も女性の匂いをそばに感じるほど執着し続けた男である。ムラヤマさんだって「"カフェは地雷"とか言いそう」と言っていたハズなのに、一体どうしたことか。ムラヤマさんに問うと、彼女は照れ笑いしながらこう答えた。


「本屋でバッタリ会って、そしたらデートに誘ってきたから1回ぐらいなら良いかな〜って」


結局もう2回デートしてるけど。ムラヤマさんがそう付け加えたのに私は呆れたが、やめろと言える程偉い立場でもないので「何もトラブルが起きませんように」と祈っておいた。

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