第84話 強引な誘い
※今回は同居人・秋沢圭佑の視点です。
切符販売機と改札機、1本の跨線橋で繋げられた2つのホームという最低限の設備だけが揃えられた地元駅の北側には、駅の小ささに釣り合わない程大きなロータリーがある。ロータリーの突き当りには片側2車線の大きな通りが1本と、左右に車がギリギリすれ違える程度の細い道が3本延びており、そのうちの1本、東に延びた細い道が僕の住む賃貸マンションに続く1番の近道だが、そこは住宅街の中にありながらどこか薄暗く、夜は十数mおきに設置されているだけの街灯が地面にも届かない弱々しい光を放つだけで数m先も見渡せない程まで暗くなるので日頃は通らないようにしている。
しかし3日前の夜、急なトラブル対応による残業で疲れ果てていた僕は何をトチ狂ったのか、吸い込まれるように例の道へ足を踏み入れてしまった。気づいたのは30m程進んだところで、あぁやってしまったと思ったが引き返すのもしんどいのでそのまま進み続けた。
大丈夫。大丈夫だ。この道が家に1番近いんだし、街灯がこれだけしか付けられてないってことはそれだけ事件が起こらないってことかもしれないし。そう自分に言い聞かせながら道を進んでいると、2つ先の街灯の下にうっすらと横長のシルエットが見えてきた。どうやら複数の人間が固まって歩いているようで、不揃いな足音と騒がしい笑い声が僕の所まで響いてくる。
ヤンキーかな。絡まれなきゃいいけど。警戒しつつ、こちらに迫ってくる影に目を凝らす。そしてお互いほぼ目前に迫ったところで、ハッキリと見えてきた彼等の姿に僕は力が抜けた。
「あっ秋沢君!おかえりー!」
呑気な声で呼びかけてくる、長めのツーブロックアシメにリラックマのジャージを着たチンピラ。僕のルームメイト─賃貸マンションの部屋を借りている張本人─黒牟田だ。皆で食事にでも行くのか、同じくチンピラのような風体の友人を3人連れている。
「どうしたの?飯?」
「うん、線路越えたとこにココイチとかファミマとか入った建物あるでしょ。あそこでカレーと酒買って家で食べようって」
「秋沢君来るでしょ?」
黒牟田の説明に続いて友人の1人である金本が誘いをかけてきた。この暗い道でせっかく顔見知りと合流したのでついていきたいところだったが、線路を越えた所まで行くとなると今まで進んできた道を逆戻りすることになる。それはさすがにしんどいので、僕は誘いを断り先に家で待つことを伝えた。すると黒牟田達4人の顔が突如として強張った。
「秋沢君、せっかく皆で集まったんだし行こうよ」
「そうだよ店で好きなの買っていいから」
「秋沢君いないと決められないよ」
強引に僕を連れて行こうとする4人に対して僕は「疲れてるから」と再び誘いを断ったが、何故か4人は引こうとしない。それどころか「ノリ悪いぞ」「来なってマジで」と語気を強くして、何が何でも僕を連れて行こうとし出した。しかし僕としてもこの疲れた身体で夜道を引き返したくないし、何より家で待っているだけということに対して「ノリが悪い」などと言われたことが癪に障ったので断固として断り続けた。黒牟田から手を掴まれて動けなくなっても断り続けた。そうしてしばらく押し問答していた矢先、友人の1人である細木が僕の背後に向けて「何見てんだ!」と叫び出した。
「見せモンじゃねえぞ!失せろ!」
僕は他に人がいるのかと驚きつつ、細木が通行人に理不尽な罵声を浴びせていることに怒った。
「なに通行人に当たってんだよ!」
怒鳴りながら後ろを振り返ると数m先、こちらに背を向け走り去っていくフード姿の人影。その手には輪状にまとめた白いロープと、剥き出しの鉈。
血の気が引いた僕の肩に、「良かった」という声と共に温かい手が置かれた。
「ね、もしかして…」
震える喉から絞り出した言葉に、背後の黒牟田が僕の肩を擦りながらこう答えた。
「ごめんね。アイツずっと君の後ろに立ってたから」
この後、友人の1人である純也君の通報で僕達のもとに警察が駆けつけてくれた。警察は当初、チンピラ4人組の姿に通報が嘘のものでないかと疑っているようだったが、僕が震える手で黒牟田の袖を掴んでいるのを見るや「パトロールを強化しておきます」と言ってくれた。
後日、地元の駅近くの公園で女子中学生を襲ったとして40代の男が逮捕された。男は夜になると駅前で男女問わず好みの中学生を見つけて後をつけ、鉈で脅して公園のトイレに連れ込みロープで縛って暴行に及んでいたらしい。時には被害者の首をロープで絞め上げ顔がうっ血するのを楽しんでいたそうで、警察から電話でその報告を受けた時、自分はそんなに童顔なのかと思うと同時に「首を絞められるのが自分だったかも…」と思い息苦しくなった。
ちなみに黒牟田達は普段からあの暗い道を使っているわけではなく、あの日に限って「頭数も多いし近道しようよ」という話になってあの道を通ったのだとか。
もしも僕と黒牟田達、どっちかがあの道を通らなかったら。最悪の事態を想像して背筋が寒くなった僕は夜を1人で過ごせなくなり、残業をした時に限り黒牟田に迎えに来てもらうことになった(黒牟田は毎日と言ってくれたがそれは申し訳ないので断った)。
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