第83話 招待状

私の同居人である秋沢氏には2つ下の弟(仮に弟沢としておく)がいる。弟沢氏は市内のそこそこ大きな建設会社で現場作業員として働いており、先輩達からかなり可愛がられているらしい。

先日その弟沢氏から、秋沢氏のSNSを通じて「助けて欲しい」と要請を受けた。


『会社の先輩に送り主不明の招待状が届くんです』


はあそうですか。そうとしか答えようのない文面を見ながら思ったままを秋沢氏に伝えると、秋沢氏が弟沢氏に向けて『詳しく』と返信した。

ややあって返ってきた詳細は以下の通りだった。




弟沢氏の先輩である坂ノ市氏は奥様と5歳になる息子さんと3人で暮らしている。

今から1ヶ月前、坂ノ市氏一家が暮らすアパートの一室に家族全員の名前が書かれた厚手の封筒が届いた。慶事用の切手を貼ってあるので結婚式か何かの招待状なのだろうが、差出人の名前がどこにも書かれていない。開いて中身を確認しても差出人の名前はおろかどういった集会があるのかすら書かれていない。書かれているのはただ坂ノ市氏一家の名前と『御出席』という文言のみ。

気味が悪いと思った坂ノ市氏は招待状をビリビリに破って捨ててしまった。すると翌日、また同じ招待状が届いた。坂ノ市氏は郵便局に問い合わせて招待状の配達を止めてもらおうかと思ったが、よく見ると切手の部分に消印が無く、郵便配達員ではない別の人間がこの招待状を投函しているのだと気づいた。

そこで坂ノ市氏は休日の朝から夜にかけて集合ポストが見える場所に張り込み、犯人を探した。しかし現れるのは郵便配達員かチラシの投函に来た不動産屋か同じアパートの住人のみで、そのうちの誰も不審な動きを見せなかった。

警察に相談しようか。そう思いながら部屋に戻ろうとした矢先、集合ポストの前を通りかかったところで坂ノ市氏宅のポストがカチャンと音を立てた。開けてみると件の招待状が入れられている。坂ノ市氏は誰かが巧妙な仕掛けをしたのではないかと辺りを漁って回ったがそれらしい形跡はどこにも無く、いよいよ彼の頭の中に"超常現象"という言葉が浮かんできた。しかしこんなこと、誰に相談すれば良いのか。悩みに悩んだ挙句、坂ノ市氏は恐らく頭が良いであろう兄を持つ弟沢氏に助けを求めた。




まーたオカルト関係かよ。どうして私にはこういう相談ばかりが来るのか。私は別に霊能者ではないしその辺に特別詳しいわけでもない。他人の変な話を聞くだけ聞くのが好きなただのおじさんだ。不満を秋沢氏にぶつけるも「できる限りのことでいいから」と手を合わせてお願いされてしまい、私は渋々弟沢氏と合流し坂ノ市氏のアパートを訪れた。

坂ノ市氏宅に着いてインターホンを押すと、色黒でガタイの良い30代初め程の男性─坂ノ市氏が「どうも」と会釈をしながら出てきた。


「弟沢のお兄さん…ですかね?」


弟沢氏と格好の系統だけは似通った眉無しおじさんこと私に向けて問うてくる坂ノ市氏に、私の隣についていた秋沢氏が「はい、僕が」と手を上げた。


「こっちの眉無しおじさんはオカルトのスペシャリスト、黒牟田初郎先生です」


「違います」


秋沢氏の鼻を摘みつつ私達は坂ノ市氏に案内され、居間の卓袱台に並んで腰掛けた。奥様と息子さんは友達と家に遊びに行かれたそうで、坂ノ市氏が「早速なんですけど」と言いつつアイスコーヒーと共に件の招待状を出してきた。確かに封筒の切手部分に消印は無く、差出人の名前も無い。また中身の葉書にもどういった式が開催されるのかという説明が無く、坂ノ市氏一家の名前と『御出席』の文言のみが書かれている。


「出席一択なんですね」


「そうみたいです。いっそ出席に丸付けて返信しようかと思ったんですけど、どうなるかわからないしだいたい返信先も無いですしね」


返信のしようが無いというのなら「じゃあとりあえず無視しましょう」と言って話を終えてしまいたいと思ったが、色黒ムキムキの男を前にしてそれを言う勇気は無い。形だけでも何とかしなければ。そう思い煩悶した挙句、私は1つの答えを出した。


「無理矢理『欠席』の欄作ってその辺の郵便ポストに入れちゃいましょう」


この提案に対し秋沢兄弟と坂ノ市氏は「それ大丈夫なんですか…?」と顔を青くしたが、私が「じゃあ出席します?」と返すと「いや…」と目を泳がせた。


「無視してたら毎日これが届き続けたんですよね。じゃあ何かしらのアクションを起こさないと終わらないと思うんですよ。で、例えば結婚式って『出席』すると色々とやる事が出てくるけど『欠席』すればそのまま日常生活を送れるじゃないですか。じゃあ『欠席』しましょうよ」


半ばメチャクチャな説明をしながら私はミニバッグからペンを取り出し、『御出席』の隣に『御欠席』と書き加えた。それから招待状の返信マナーに則って『御出席』の部分と他全ての『御』がつく部分、果ては『ご芳名』も『名』だけ残して二重線を引いた。


「じゃ、これでその辺のポストに投函しときますね」


「大丈夫ですかね、それ…」


「ヤバかったらすごい人紹介します。多分対価を要求されるのでその時はスイーツでも用意してあげて下さい」


私は霊感の強いムラヤマさんという友人の顔を頭に浮かべながら言い残し、坂ノ市氏の家を後にした。




弟沢氏と別れた後、自宅に帰る途中で私は郵便ポストを設置したコンビニに立ち寄り、葉書を郵便ポストに投函した。


「ねえ、それマジで大丈夫なの?」


「知らん。けど何かやってみないとね」


「うーん…まあそうだね」


不安げな秋沢氏をよそに私は駄菓子を買い漁った。




1週間後、弟沢氏から秋沢氏のSNSを通じて私にお礼のメッセージが送られてきた。私が葉書をポストに投函した翌日から今に至るまで、坂ノ市氏宅のポストに新たな招待状が届かなくなったらしい。やったぜと小躍りする私の前で、スマホをいじっていた秋沢氏が唐突に顔を青くした。


「初郎君、これ見て」


秋沢氏がスマホの画面を向けてくる。表示されていたのは最近県外で起こった一家心中事件に対するSNSの書き込みで、どこで何を聞いたのか複数のアカウントがこのような書き込みをしていた。


『この事件で亡くなった○○さん一家は半月前から差出人不明の招待状を送られる悪戯を受けていたそうです』


この一家は招待状をどうしたんだろうか。背筋が寒くなった私達はその夜、人の温かさを求めて賑わっている店で外食することにした。

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