第66話 運命の人

三重県の伊勢神宮に『カップルで参拝に行くと破局する』という都市伝説があるのは有名な話だろうと思う。これは内宮に祀られている天照大御神なる女神が大変嫉妬深く、仲睦まじい男女を見ると意地悪をしてしまうからだと広く言い伝えられているが、私は昔これと別の説を聞いたことがある。

その説は学生時代、同じクラスにいたムラヤマさんという信心深い女子生徒が言っていた。


「お伊勢様に別れさせられるカップルってのは運命の赤い糸で結ばれとらんのよ。彼にも彼女にも他に運命の人がおるけん、その人と巡り会わせる為に別れさせるんや」


後にも先にも彼女の口以外から同じ説が出てきたことが無いので、おそらくあの説は彼女の思いつきかあまり支持されていないマイナーな説だったのだろうと今では思うが、それでも私は彼女の説の方がロマンチックで好きだった。




その話とは関係あるっちゃあるし無いっちゃ無いのだが、昨年の秋頃、私の同居人である秋沢という青年から「友人を助けてほしい」と相談を持ちかけられた。なんでも女の幽霊に取り憑かれているらしい。

私はよく友人知人からこういうオカルト色の強い相談をされるが、別に私は霊能者でなければオカルト研究家でも無いのでどうすることもできない。私は秋沢氏に「お祓いでもさせたら?」と投げやりな返事をしたが、秋沢氏は「それがダメだからヘルプ求めてんの」と食い下がった。


「わざわざソイツん家の氏神様祀ってる神社行ってお祓いしたんだよ。でもダメだったの。初郎君助けてよー」


大きな瞳を仔犬の如く潤ませ、私の手を取って振り子のように振り回す秋沢氏。まるであざとい少年のようだが、これが成人しているどころかアラサーだというのだから容姿格差というのは恐ろしい。

それはともかく引き下がってくれそうも無いので渋々了承した。




秋沢氏の友人である江島氏とは、3日後の夜に市街のファミレスで合流した。ソファ席に座る秋沢氏にスリスリとすり寄ってウザがられている最中に現れた江島氏は、何を勘違いしたのか秋沢氏を他所に連れていこうとしたが、私が挨拶をするとバツの悪そうな顔で挨拶を返した。私はちょっと傷ついた。

本題に入る前に、私はまず自分の生業を江島氏に説明し、力になれるか怪しいということを伝えた。江島氏は了承しながらも、このような質問を投げ掛けてきた。


「俺の話って本とかに載るんですか」


載せる本が無いので載りません。そう答えると江島氏は「面白い」と手を叩いて笑った。

こうしてお互いの緊張が解れたところで、私は江島氏に取り憑いているという女についてどんなものかと尋ねた。江島氏の答えは以下の通り。


・白いセーターを着た20~30代の女

・時折鏡越しに姿を見る

・夢枕にも立つ

・いつもニコニコと笑っている


そんな女が2週間程江島氏に取り憑いているとのことで、確かに不気味は不気味なのだが、私はついこのような問いかけをしてしまった。


「いっそ恋人だと思って過ごしたらどうですか?」


それに対する江島氏の返答が


「上半身だけが浮いてる人にそれはちょっと」


あ、上半身だけなのね、ごめんごめん。心の中でのみ謝る私に、江島氏が続けてこのように訴えた。


「最近は喋りかけてくるんです」


「どんな風に」


「『私達、運命の出会いだと思うの…』って」


まあ素敵、と言うと江島氏に怒られそうなのでよしておいた。

それにしても女の方が運命の出会いだと語りかけてくる辺り、江島氏が女に憑かれる決定的なきっかけがあったのではないか。そう思い尋ねると江島氏は「いやぁどうかな」と首を傾げた。しかし何も無いのに"運命"なんて使うだろうか。2人で煩悶していると、秋沢氏が「アレだろ」と口を開いた。


「お前こないだN町の電柱に供えられた花見てかわいそうっつったじゃん」


「えっあぁー…えっそれ?」


秋沢氏の指摘に戸惑う江島氏。

チンピラにすり寄られている友人を助けようとしたり、電柱に供えられた花を見て故人を偲んだり、江島氏はかなり優しい人のようだ。私は傷ついたが。

しかし優しさというのは時に仇となる。女の幽霊が電柱に供えられた花の主かどうか謎だが、どこかしらで江島氏の優しさに感化されてついてきたことは確かだろう。そんな彼女を江島氏から引き剥がすのは少々酷だが、しかし江島氏の精神衛生の為には引き剥がさなくてはならない。

この時、私の中で1つの解決策が浮かんでいた。


「時に江島さん、旅行って好きですか?」


「え?はい、まあ。まとまった休みさえあれば、どこかしら行きますね」


「じゃあ今度、伊勢神宮とか行かれてみませんか?」


江島氏はしばしポカンと口を開けて私を見た後、ブッと吹き出した。


「マジですか!?つまりその…そういうことでしょ?」


「そうそう、そういうこと」


面白いわぁーと江島氏がまた手を叩いて笑う。

しかし伊勢神宮なんて地理的にも経済的にも簡単に行けるような場所ではない。考え直そうかと思ったが、江島氏は「ちょうど今度の休みにどこか遠出しようと思ってたんすよ」と私の案を採用してくれた。

こうして江島氏には伊勢神宮で天照大御神の嫉妬を買ってもらうということで話がまとまった。




それから1ヶ月程経った頃、仕事から帰って来た秋沢氏が浮かない顔で「江島と会った」と言った。


「なんか駄目だったみたい」


「あちゃー、駄目だったか。江島さん怒ってなかった?」


「いや、初郎君の提案のことは『効果はどうあれ良い気晴らしになった』って言ってたんだけどさ…」


私をフォローしつつも、秋沢氏は何やら言いにくそうな顔で以下のように続けた。


「勤め先の先輩からこんなん言われたんだって。『お伊勢様は運命の人を引き合わせてくれる神様よ。君が相談した相手にも昔伝えたハズ』って。でも江島、初郎君に相談したこと、その先輩に言ってないらしいの」


それから江島氏は女のことを"運命の出会い"だと諦めて、精神をすり減らされながらもなんとか過ごしているらしい。ちょっとだけ愛着も湧き始めたとか。

気持ち悪いよねと身震いする秋沢氏の横で、私はただ「ムラヤマさん、市内に住んでんだな」とのみ思うのであった。

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