第65話 VHS
世の中には制作者の意図が読み取れない奇妙な映像が複数存在する。それはインターネットで出回ったり、VHSに納められ中古ビデオ店に陳列されたりと様々な経路を伝って誰かの下へ辿り着く。
私もよくネットでそういう動画を視聴しており、気になったものは真相を調べたりもする。
そんな私の下に先日、日頃仕事を頂いている出版社の編集者金本氏と樹氏が押し掛けてきて1本のVHSを寄越してきた。それは差出人不明の郵便物から出てきたものだそうで、ご丁寧にVHSが入っていたという封筒まで持参してきた。
この時、我が家では同居人の秋沢氏がインフルエンザで寝込んでいたので、感染が広がらぬよう金本氏と樹氏にお引き取りを願ったのだが、2人は「予防接種受けたので」とドヤ顔で押し切り家の中に上がり込んでしまった。予防接種を受けていてもウイルスの型が違えば感染しかねないというのに。
箱買いしてあった500mlボトルの緑茶を金本氏と樹氏に出した後、私は封筒に書かれた宛名をじっくりと眺めた。見覚えがある字だったからだ。私は友人知人から貰ったメモ書き等の筆跡と封筒の筆跡を脳内で照合し、そして気づいた。
「これ送り主木村さんじゃん」
木村氏とは私と同じくライターをしている男性で、国内外の心霊スポットを周って写真に収めることを趣味とするオカルトマニアである。旅先で妙なものを見つけた木村氏が、オカルト話でよくある"差出人不明の荷物"を装って出版社に送ってきたのではないか。そんな推理を展開してみせる私に、勝手に我が家のTVにビデオデッキを接続していた金本氏が「そうですよ」とだけ返した。知ってたのかよ。非常に腹が立ったのでお茶菓子を激辛スナックにすり替えておいた。
ビデオデッキの接続が終わると、樹氏がデッキの中にVHSを挿入した。ガシャコンと音を立ててデッキに吸い込まれていくVHS。再生ボタンを押すと、砂嵐のようなノイズと共に閑散とした住宅街が映し出された。
「アレ、これこの辺じゃ」
金本氏の呟きに全員が頷く。いつ撮影したのかはわからないが、確かに我が家の近所と同じ景色だ。
映像の中で撮影者は何か苦しそうに呻きながら、住宅街の中を進んでいく。しばらくするとドラッグストアやコンビニ等我が家の付近にある店が映り始め、やっぱりこの辺だと思ったところで私は気づいた。コンビニの出入口にかけられた恵方巻の横断幕のデザインに見覚えがある。
確かあのデザインは3日前に同じコンビニを訪れた時に見たものだ。ではこの映像が撮られたのはごく最近ではなかろうか。
私は半ば気持ち悪さを感じながら映像を見続けた。金本氏と樹氏も同じ気持ちでいるようで、いつになく険しく引き締まった男前な表情で映像を見つめている。
『すけ…ハァハァ…すけ…けい…すけ…』
撮影者のものらしき野太い声が何やら呟く。同時にカメラはどんどん住宅街を進んでいき、やがてあるマンションの前で足を止めた。そのマンションの玄関を見て私は「ウワッ」と声を上げて後退った。我が家のあるマンションだったからだ。
「キモッ!キモッキモッ!」
「木村さんの悪戯じゃないですかこれ?」
「凝ってますねぇ…」
ドン引きし身を寄せ合う我々の目に、更に追い討ちをかけるようなものが映った。それは金本氏と樹氏の後ろ姿だった。それも今日と同じ髪型、同じ服装で、それぞれビデオデッキと封筒を抱えている。
映像の中の2人がエレベーターに乗ると、撮影者も続いてエレベーターに入っていった。映像にはしばらく談笑する金本氏と樹氏の顔が映り続け、彼等はこのような会話を交わしていた。
『差出人不明って言ったら初郎君信じますかね』
明らかに今見せられているVHSの話だった。
どうやって撮ったというのか。愕然とする私の隣で、金本氏も樹氏も顔を真っ青にして映像を見続ける。
それから間もなく映像の中の2人は私の家に上がり込み、画面には我が家のドアだけが映されるのみとなった。その間にも撮影者は呻き声とも取れそうな声で呟き続ける。
『けい…すけハァハァ…ハァ…けいすけ…ハァハァ…』
『けいすけ』という人名が撮影者の口から漏れたところで私は嫌な予感を感じ、背後の、秋沢氏が眠る隣室と居間を隔てる襖を振り返った。そこには額から落ちかけている冷却シートをそのままに不安げな顔で突っ立つ秋沢氏の姿があった。
「何この"けいすけ"って…」
秋沢氏の下の名前が"圭佑"なのだ。
私は金本氏に玄関の覗き穴を見に行くよう頼み、パニックを起こして泣きじゃくる秋沢氏を宥めた。
「ねぇ何なのアレ!僕どうなるの!?」
「落ち着いて、落ち着いて。木村さんの悪戯だから」
「ビデオテープなのになんで今の映像映ってんだよ!」
「大丈夫、大丈夫だから」
直後、映像に映る扉越しに『ビデオテープなのになんで今の映像映ってんだよ!』と叫ぶ声が聞こえた。秋沢氏が頭を掻きむしりながら泣き始める。
大丈夫なんて言葉を放つ余裕すら無くなり、ただ秋沢氏の背中を擦ることしかできなくなった私の横で、木村氏に連絡を取ってくれたらしい樹さんから信じがたい言葉が飛び出した。
「木村さん、ビデオを送ったのは確かだけど曰く付きのものは送ってないそうです…」
この後我が家に木村氏が駆けつけてくれることになり、私達は居間の中で猿団子の如く身を寄せ合いながらK村氏の到着を待った。ちなみに玄関の覗き穴を確認した金本氏からは「何もいなかった」という旨の報告を貰った。
VHSは相変わらず再生したままだったが、我が家のドアを映した映像はいつの間にか昔のポルノ映画に切り替わっていた。試しに巻き戻しをしてみたが、先程の映像に戻ることは無かった。
それから30分程経って木村氏が我が家に現れた。木村氏は「詳細不明の恐怖ビデオと見せかけてエロビデオでした~なんて悪戯を仕掛けるつもりだった」と供述して秋沢氏に謝罪し、お焚き上げをする為にVHSを回収していった。
私達自身(特に秋沢氏)も念の為にお祓いをしておこうと思い、近所の寺に駆け込んだ。応対してくれた僧侶に「何か変なもの感じませんか」と尋ねてみたが「いや特に…まぁ気を強く持って」と返されるのみだった。
以降、VHSに関わる妙なことは起きておらず、秋沢氏のインフルエンザも快方に向かっている。
ちなみに後日金本氏と樹氏がインフルエンザにかかった。木村氏も同じく。
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