第64話 ナイトプール

パリピみたいなことを言うが、私はナイトプールに行ったことがある。きっかけは友人であり行きつけの美容院のオーナー細木氏から「クーポンあるから行こう」と誘われたことで、学校のプールか市営プールしか入ったことの無い私は好奇心の赴くまま彼の誘いに乗ったのだ。




当日、私は同居人である秋沢氏を誘い美容院を訪れた。細木氏はアシスタントの純也君も誘っていたようで、2人して小洒落たTシャツにサングラスという出で立ちをして店の中に待機していた。

私達は細木氏の車に乗り込むと、まず水着を買いに行った。私と秋沢氏の水着を買う為だ。辿り着いたスポーツ用品店で秋沢氏が「これかわいいー」「これも好きー」とアレコレ迷いながら水着を吟味する中、水着の柄に頓着の無い私は細木氏に選んでもらおうとしたが、細木氏が面積の少ないものを選ぼうとしたので咄嗟に手近なロング丈の海パンを取りレジに直行した。後で見たら大麻草がいっぱい描かれていた。


それから何やかんやあり水着、タオル、浮き輪等プールに必要な用品を買い揃えた後、私達はナイトプールを営業しているホテルへ向かった。ホテルは隣市の街から少し外れた山の上にあり「こんな辺鄙な所でやって人なんか来るのか」と訝ったが、建物の中は意外にも多くの若者で溢れていた。

若者達がスマホ片手にキャッキャとする中私達は30分程並んでようやく受付に辿り着いたのだが、そこで「クーポン分差し引いてお1人様1800円です」と言われ、320円の市営プールで育ってきた私は思わず「高っ」と漏らしてしまった。

それでもせっかくなので代金を支払い、更衣室へと入る。やたらいい身体した兄ちゃんや学生風の賑やかな男子グループに囲まれながら水着で着替えていると、秋沢氏のスマホに彼の勤め先から電話がかかってしまい、彼を除いた3人で先にプールへと入場することになった。


シンプルな扉をくぐった先、人生初のナイトプールで真っ先に視界に入ったのは場内を埋め尽くさんばかりの女性達の姿だった。貝の形をしたボートに乗り光る玉を抱えた女性、スワンボートのようなものに乗っている女性、プールサイドで同行者のカメラに向けてポーズを取る人魚姫。

どこもかしこも女性ばかり。間違えて女性専用プールにでも入ってしまったんじゃないかと思い立ち尽くしていると、背後に立つ細木氏から「はよ行け」と背中をつつかれた。


「いやだってここ女の子ばかり…」


この気まずさを察してくれと願いながら私は細木氏を振り返り、思わず吹き出した。白地に濃緑のシダが描かれた膝上丈の海パンの上に、いつの間に鍛えたのか美しく形作られた腹筋。色の薄いサングラス越しに見える目は視界に入る者全てのハートを射止めんとばかりに鋭く色気に満ち、骨張った手で長い前髪をかき上げている。隣には細木氏とお揃いの海パンを履いて恥ずかしそうに笑う純也君の姿。


「何狙ってんの」


「女子ウケ?ギャハハ」


数多のレディ達を前にするとこうなるのかと気色悪さを感じながら私はプールサイドにしゃがみ、冷たい水を胸にかけて身体を慣らした。そこへ「待てコラ!」と細木氏の声。


「奇行に走るな!」


「学校でやってたじゃん」


「いいんだよそういうの!とりあえずさっさと入れよ!」


細木氏に急かされしぶしぶプールに身を浸す。水は冷たく身体にしみるが気持ちが良い。そういえば昔は水泳がやたらと得意だったなと懐かしみながら軽く潜ってみた。そこへ髪の毛をガッと掴む力強い感触。何事かと顔を上げれば目の前には細木氏の般若面。


「なに潜ってんだテメェ~」


「プールだから潜るだろワレェ~」


「この陰キャが!ナイトプールってなぁ人間という重りが乗ったボートだらけなんだ!貝の下でくたばりたくねえだろ!」


言いながら細木氏が指差す先の、貝の形をしたボートを見て、私は小学校のプールの授業で巨漢の下敷きになって亡き祖父の幻影が見えたことを思い出し震え上がった。


「もう潜りません…!」


「よし!」


潜らないことを誓った後、気を取り直して細木氏達と写真を撮っていると「なんで1人だけ髪濡れてんの!?」と言う聞き慣れた声が聞こえてきた。秋沢氏がようやく来たようだと私は声の方向に顔を向け、そして「はぁ?」と眉をひそめた。

鮮やかな水色が眩しい膝上丈の海パンの上、むっちりと肉が乗るハズだったもちぷよのお腹を白パーカーで隠し、自慢の童顔には○ャニーズの如く爽やかな笑顔を浮かべ前髪をかき上げている。細木氏といい何故プール1つでこんなにカッコつけてくるのか。何故前髪をかき上げるのか。


「どういった意図なの?」


「え?女の子達の前に出るし、みたいな?」


レディを前にしているというだけで何故こうもしゃら臭くなるのか。改めて気色悪さを感じて震えた矢先、隣にビキニ姿の女性4人組が近寄ってきてスマホを手渡してきた。


「写真撮ってもらっていいですかー?」


ニコニコと愛想の良い笑いを浮かべる彼女達に私は「良いですよ」と返し、お互いの腕を組んでポーズを取る彼女達を写真に収めた。


「はい、できた」


「ありがとうございましたー!」


私の撮った写真を見ながらはしゃぐ女性達を見送っていると、突如背後に感じるとてつもない邪気。


「一期一会ってモンを知らんのかこんやつぁー!」


般若を通り越してもう何かわからない表情をした細木氏…ではなくまさかの秋沢氏が私の海パンを脱がそうとしてきた。私は恐怖に戦いて秋沢氏の手を振り払い、プールに飛び込むと潜って人の間をくぐり抜けた。

それからボートの下敷きにならないように気を配りながら人の少ない所まで泳ぎ顔を上げる。秋沢氏はかなり離れたところで人波に揉まれており、私は悠然と平泳ぎをして近くのプールサイドに辿り着いた。しかしそこで私の目の前に迫る般若面。


「潜った上に泳いだな?」


プールの縁にしゃがみ私を見下ろす細木氏。阿鼻叫喚の声がプール中に響いた。

この後、私は怒られ秋沢氏は"色ぼけチビ"と笑われたが何だかんだ楽しく過ごすことができた(ほぼ写真撮ってた)。ちなみに小腹が空いたので何か食べたかったがフードは置いてなかった。




後日、細木氏からナイトプールで撮った写真が私のSNSに複数送られてきた。その中の何枚かに、女優帽にトレンチコートというプールには似つかわしくない格好の女性が写り込んでいて気持ち悪かったので消しておいた。

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