第63話 怪奇初め 回帰

2020.1.4執筆


『"怪奇初め"しましょう』


元旦の昼下がり。日頃お世話になっている出版社の編集者・金本氏から送られてきたメッセージに私はゲッと小さく唸った。

"怪奇初め"というのは昨年の初めに金本氏主催の下行われた肝試しツアーのことである。記念すべき第1回である昨年の怪奇初めでとんでもなくグダグダしたので2回目は無いだろうと踏んでいたが、どうやら私は金本氏という人間を理解しきれていないようだ。どうも彼は学習しないというか懲りないというか、とにかく同じ轍を踏みたいらしい。

メッセージを貰った時点で私は実家から我が家に戻ろうとしており怪奇初めに参加しようと思えばできたのだが、上記のグダグダによるトラウマがある為『実家に泊まるから』と嘘をついて参加を辞退した。

今年は我が家でゆったりとくつろぎながら、買っておいた栗きんとんを舐めるんだ。栗きんとんのくどいまでの甘味に思い馳せながら実家を出てバス停へと向かう。周囲には団地や一軒家が乱立し各家の中から賑やかな声が聞こえるが、外は恐ろしい程ヒト気が無い。寂しさを感じつつも歩を進めていた矢先、正面から大きな黒いバンが迫ってきた。私はようやく自分以外の人間とまみえたことに安心を覚えたが、運転席と助手席に座る人物の顔を見てすぐに来た道を振り返り全力疾走した。しかしすぐに追いつかれ車の中に引きずり込まれてしまった。


「嘘つき確保ー!」


助手席の金本氏が、彼の従兄弟である運転手の細木氏と拳を合わせる。私の隣では出版社の編集長である但馬氏と編集者の樹氏が「明けましておめでとうございます」と笑みを浮かべる。


「はは、皆さんお揃いで…」


チンピラに拉致されたような気分に陥らせる絵面の中で苦笑いを苦笑いを浮かべていると、私の背後、3列目の席からギシッという音が聞こえた。振り向けばよく見慣れた童顔。私は反射的に背もたれから身を乗り出し彼の顎を掴んだ。


「お前が教えたのか圭佑!」

「暇だったんだもーん!」


私が今日中に我が家に戻ることを教えたのであろう犯人─秋沢氏の頬をプニプニと挟み口をタコにしていたら樹氏から取り押さえられてしまった。




それから樹氏に押さえられ身動きの取れぬまま車に揺られて約40分。金本氏が「ここです」と示した場所は何の変哲も無い十字路だった。辺りにはしめ飾りの飾られた車の修理工場や民家、郵便局など普通の風景のみが広がっている。

ただ十字路のうち我々の側を通る1本、上り坂になった道の先には密教系の寺が建っており、そこが本当の目的地じゃないのかと尋ねたが金本氏から「違います」と否定されてしまった。


「こないだタクシーでここ通った時、運ちゃんが言ってたんですよ。ここに落武者の大群が出るって」


"落武者の大群"という胡散臭い響きに私は大きく溜め息をつき「解散!」と叫んだ。


「なんで解散するんです!」


「落武者なんか怪談界隈においちゃ定番中の定番でしょうが!白い服の女ぐらい創作味が強いわ!」


「でも九州は平家の落人伝説とかありますし!」


「だからこそどこでもここでも怪談を作れるんだよ!」


帰ろうとする私と腕を掴んで引き止める金本氏。ご近所迷惑にならない程度の声量で言い争っていると、樹氏が「あ、アレ」と私達の肩を叩き坂を指差した。


「あそこ、やけに人多くないですか」


樹氏に言われて坂に目を凝らす。そこには確かに人が十数人集いこちらに向かって歩いてきている。驚くことに彼等は全員が全員ボロボロの大鎧を纏った頭頂ハゲの集団で…


「落武者やん!」


「僕の言った通り!」


「悔しい!クソ悔しい!日本薄毛の会とかじゃないの!?え!?」


そんなやり取りをしている間にも日本薄毛の会ならぬ落武者の集団は誰もが顔に疲れと警戒の色を浮かべて坂を下りてくる。中には仲間に肩を支えられ泣いている者や笑っている者もいる。そうして我々の前まで近づくと先頭の落武者が刀を向き、こちらを牽制するように突きつけてきた。

あらこれ危ないんじゃないのと思ったが、落武者が斬りかかってくる様子は無く、我々が何もしないと悟るや刀を鞘に収め、ちらちらと振り向きながら十字路を渡っていった。


「…疲れてましたね」


「…そりゃあね」


「…様子のヤバい奴いましたね」


「…多分戦闘神経症じゃない?」


戦闘神経症とは戦争という極限の環境に置かれたストレスが元で発症する病である。知られ出したのは第一次大戦頃からだが、戦ある限りはどの時代でも同様の現象が起こっていたことだろう。

思ったよりも生々しい落武者の姿に私は「やっぱ人間なんですね」としみじみとしながら呟いた。


「そうですね。我々凡人が目にする歴史は英雄譚ばかりですけど、実際は多くの人間が命の駆け引きをしていたわけなのでああいう光景の方が多かったんじゃないですかね。落人であれば特に、源氏の追手に追われ近隣住民にも襲われ…とストレスも半端じゃなかったでしょうし」


但馬氏の考察に全員がなるほどと頷いたところで、付近の家々から怪訝そうにこちらを覗く姿が見られ始めたので、私達は早々に退散した。

帰りの車の中、前年と同じく牛丼屋に寄ろうかと話し合っていた矢先、但馬氏が突然「ちょっと聞いてほしいんですけど」と言い出した。


「おっ、どうしました?さてはオススメの飲み屋が」


「違います」


違うんかい!とツッコむ我々をよそに但馬氏は話の続きを語り始めた。


「戦争っていつも少数の偉い人が始めますよね。それこそ英雄譚に描かれたり、それでなくとも文献に名が残るレベルの。そういう人達って自分で直接手を下すわけじゃなくて、いや手を下す人もいたでしょうけど、でも基本は人を多く召集して、その人達に戦わせてたわけじゃないですか。

で、どうやってそういう戦闘員を集めるんだろうって考えたことあるんですけど、結果『敵意を煽ること』が最も有効な召集方法だったんじゃないかって結論に行き着きました。最もらしいこと言って自国を持ち上げ敵国を貶め、皆でヤキ入れちゃろうやって誘いかけるんです。真偽はどうあれ、これで感化されやすい若者はイチコロですよ。

そうして偉い人に植えつけられた偽りの憎しみを糧にして若者が戦いに身を投じ、同様にして集められた敵と戦うっていうパターンが殆どだと思うんです。つまりこれってよく知らない誰かに煽られて、これまたよく知らない誰かを憎み攻撃し合ってるわけですよね。危険でしょ?

でね、最近ネットで同様の光景見るとウワッて思うんですよ。職業は様々あれどちょっと名の知れた小賢しい人が特定の何かを絶対悪であるように取り立てて他人の不安や憎しみを煽って…争いを起こす為の種を撒いてるんです。

そういう人達に煽るなって言うのは無自覚だから無理ですけど、もし君達が煽られる側に立ったら、まず相手の取り上げていることを精査して下さい。それで正誤や善悪を判断して下さい。絶対に鵜呑みにしないで下さい。それが争いを防ぐ第一歩です。…以上です。グダグダと説教してすみません」


但馬氏が話し終えると同時に拍手喝采が起こった。

細木氏は過去に何かあったのか「そうだそうだ」と賛同し、金本氏に至っては握手を求め但馬氏を恐縮させた。

正直私は本当に話が長かったので半分ぐらいしか聞いていなかったのだが、最後の忠告にはものすごく納得できた。なので但馬氏の牛丼代は私が出すことにして、我々は牛丼屋に向け走り出した。

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