第50話 クッキング黒牟田

私は料理がそこそこ好きである。

普段の食事は殆ど私が作っているし(最近ラーメン率が高くなってきたが)、ネットで見かけたレシピで心惹かれるものがあれば機会を見て挑戦する。茶巾絞りやスコップケーキのようなスイーツも作れる。そのことを先日、普段仕事を頂いている出版社の金本氏と会った時に話してみた。すると金本氏からこのような提案を頂いた。


「WEBコラムに写真載せたいんで会社で作ってもらっていいですか」


人前で料理をしたことが無いので少し躊躇ったが、それで金が貰えるならば良いかと私は承諾した。


そして写真撮影の当日、金本氏に案内され出版社の談話室に入ると、机の上にカセットコンロ、調理器具一式、事前に指定しておいた食材が用意されていた。これらは全て出版社の経費で用意したそうで、私は「人の金で料理ができるなんて」と心躍らせながらエプロンを巻いた。


「黒牟田さん、今日は何を作るんですか?」


「はい、大根の餃子とビスケットケーキを作っていきます」


質問に答えながら金本氏の方を見る。金本氏はこちらにスマホを構えたまま立っており、それが動画の撮影だと気づいた私はモチベーションが下がるのを感じた。しかし金を貰う為、私は金本氏(のスマホ)を気にしないようにして料理に取りかかった。

まずはビスケットケーキ。市販の丸いビスケットを牛乳に浸し、絞るだけのホイップクリームを塗って接合しながら重ねていく。


「デザートからなんですね」


金本氏の言葉に「冷やす時間があるのでね~」と答えて作業を進める。

そのうち金本氏の周りに事務の女性や編集の人々、清掃のミン君などがワラワラと集まってきていた。編集長から我々のことを聞きつけてきたらしい。

私は尋常でないプレッシャーを感じつつあるだけのビスケットを接合しきり、余ったホイップクリームを塗ってラップに包み冷蔵庫へ突っ込んだ。


「おっ次にオカズですか」


「そうです」


金本氏の質問に簡単に答えながら大根の皮を剥く。皮を剥ききった大根は包丁やスライサーで薄く切り、塩を刷り込んで水分が粗方抜けるまで置いておく。その間に肉だね作り。ひき肉に酒、塩コショウ、片栗粉、醤油を入れてこねる。


「ここで彩りに大根の葉を入れましょう」


少々ドヤ顔気味に言ってみたが、誰も反応しなかった。


何やかんやあって肉を薄切り大根で包んだ(というか挟んだ)後、ごま油をひいたフライパンに大根餃子を並べ加熱を始めた。辺りにごま油と肉の匂いが立ち込め、周囲から「お腹すく」という声が聞こえ始める。

そこで異変は起きた。談話室の窓が白く曇り出している。それも全体がではなく、僅かに間を開けた状態で白く丸く曇り、すぐに元に戻る。それが各所で何度も繰り返されている。まるで…


「誰かが窓に息を吐きかけてるみたいすね」


ミン君の一言に事務の女性達がキャーッと悲鳴を上げた。金本氏は「やめろよぉぉ…」とミン君の腕にしがみついた。

そのうち曇りの箇所が増えていき、窓がガタガタと揺れ始めた。金本氏を含め見物人達が後退る。

これは料理どころではないかな。そう思いコンロの火を消そうとしたところで、1人の女性が窓の前に立ち住居用消臭剤を吹きかけ始めた。誰かと思えばゆうきさんだった。ゆうきさんとは、趣味のボクシングで鍛えた拳と強靭な精神力を駆使し、様々な怪異を治めてきた出版社のリーサルウェポンである。

ゆうきさんが住居用消臭剤を吹きかけた窓からは、嘘のようにあの丸い曇りが消え揺れも治まった。

そうして怪異が落ち着くと同時に大根餃子が出来上がった。


「あ、できたんですかぁ?食べて良いですかぁ?」


ゆうきさんは何事も無かったかのように箸を構え、私の前に立った。


「あ…はい、どうぞ」


私がフライパンを差し出すと、ゆうきさんは大根餃子を1つ取って口に運び「美味し~い」と顔を綻ばせた。


この後ビスケットケーキも出来上がり、金本氏達は写真を撮りつつ料理にがっついた。

その間に私は再び大根餃子を大量に作り、持ち込んでおいたタッパーに詰めた。今日の夕飯にする為だ。


「黒牟田さん」


タッパーを鞄に詰め込んでいるところへ、編集者の樹氏から声をかけられた。家主に見つかった空き巣の如く身を強張らせ「ひぁいっ」と返すと、樹氏が私の耳許に顔を寄せ囁いた。


「ここらへん一帯ね、すごい昔にちょこちょこ飢饉が起きてて…ひどい時は集落がほぼ全滅しかけたらしいですよ。多分さっきのはそれだと思います」


そうだったのか。私はタッパーでパンパンになった鞄のジッパーを無理矢理閉めつつ「歴史があるんですね」と返した。それから帰り道にどこかへお供えする為に、また大根餃子を作り始めた。

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