第51話 呼び起こす部屋 再

私の家は事故物件だ。しかし「幽霊が出る」とか「隣人が怖い」とかそういうオーソドックスなタイプの事故物件ではない。住む人のトラウマを呼び起こす特殊な事故物件だ。私も一度母親に関するトラウマを呼び起こされて精神を病んでしまったが、周囲の助けにより持ち直すことができた。

それからは特にトラウマを呼び起こされるようなこともなく、元気のいい同居人と可愛いメダカを迎えて楽しく暮らしていた。しかし最近、あることをきっかけに再びトラウマを呼び起こされることとなった。

そのきっかけとは同居人の秋沢氏から3週間程前に持ちかけられたサッカー観戦の誘いである。

秋沢氏は元々サッカー観戦を趣味としており、テレビの中継はもちろん、私と出会う何年か前までは友人達と共に市内のドームへ地元チームの応援にも行っていたらしい。しかしここ数年は仕事などで友人との予定が合わない為ドームへ足を運ばなくなっていたそうで、そんな矢先に市民無料招待デーの報せを聞き「せっかくだからウチの家主をスポーツ観戦沼に落とそう」と思い立ったという。


「先着順だから早く申し込まないといけないんだけど、マジで初郎君の分申し込んでいい?応援しなくても横で何か食べてるだけで良いから」


上目遣いで訊いてくる秋沢氏にいいよと返事をしつつ、私は心の中に何かモヤッとしたものが現れるのを感じた。

何故だかサッカーというものに対して苦手意識を感じる。サッカー部の奴等に悪い思い出があるわけでもないし、サッカーをして怪我をしたなんて記憶も無い。この苦手意識は何なんだろう。心に渦巻くモヤモヤの正体を考えてみたが、思い浮かばない。

そうこうしているうちに時間が経ち、寝る時間になった。私は隣で寝息を立てる秋沢氏を眺めながら焦燥した。苦手意識の理由がわからなければ、せっかく誘ってもらったサッカーも楽しめないだろうと思ったからだ。

寝れば忘れるか。秋沢氏の身体に背を向け目蓋を閉じようとしたところで、壁際に見慣れぬシルエットが浮かんでいるのに気づいた。でっぷりと丸っこい身体に丸っこい頭がついた、3〜4頭身の何か。何だろうと目を凝らそうとすると、影が話しかけてきた。


『ワールドカップの時期なのにサッカーを見てないなんてどういうこと?』


私はその声にハッとした。

苦手意識の理由を思い出した。この雪だるまのようなシルエットの正体─高校時代の生活指導教師から異常性を感じる程スポーツ観戦を強いられたからだ。

高校時代の私はスポーツに一切の興味を持たぬバリバリの文化系男子だった。体育の授業ではなるべく気配を消すことに努め、部活動では文芸部に幽霊部員として所属し、家ではゴロ寝しながらバラエティ番組を見ていた。同じ頃、巷では国内でサッカーのワールドカップが開催されたということでテレビは連日サッカーの特集を組みクラスでもサッカーの話題で持ちきりになっていたが、全く興味の無い私は前述のような生活を送り続けていた。

それをよく思わなかったのが件の生活指導教師─通称"達磨女"である。達磨女はワールドカップの話に乗らない生徒を見つけると個別に呼び出して説教をした。その言い分が


『こんなに大きな大会が国内で開催されたのに興味を持たないのはおかしい』


というものだった。

興味無いもんは仕方無いだろ、だいたい自分こそスポーツできねえだろ。私は達磨女の話を聞き流したが、それが気に食わないのか達磨女は毎日私を呼び出し説教した。

しかしワールドカップが終わると何事も無かったかのように説教をやめ普通に振る舞い出した。その変わりように怒りと恐怖を覚えた私はサッカーに関わるものに対し苦手意識を感じるようになってしまったのだ。


『今夜も中継あるから絶対見なさい!そして私に報告しなさい!』


達磨女が私を見下ろしながら、何年も前に終わった試合の観戦を強いてくる。

こいつの呪縛から解き放たれなければ。しかしどうするか。達磨女を見上げながら思考を巡らす私の視界に、突如別の影が入ってきた。達磨女とそう変わらぬ背丈だが達磨女よりも遥かに細く、恨めしげな顔で達磨女を見つめる男の姿。秋沢氏だった。


「勧め方ってモンがあんだろうがよぉ!」


秋沢氏はそう叫ぶと、いつの間に取ってきたのか塩を達磨女にぶつけた。塩を浴びた達磨女は徐々に溶けていき、跡形もなく消えていった。


「テメーみてーな奴がサッカーの印象悪くすんだよぉ!」


達磨女がいた場所を指差しながら叫んだ後、秋沢氏は私の枕元にしゃがみ「ごめんね」と涙ぐんだ。


「あんなキツいこと言われてたんだ…初郎君がスポーツ好きじゃないって何となくわかってたのに、僕1人で浮かれて事情も聞かないで…あの、多分まだキャンセルきくから…」


スクールカースト上位のギャルもビックリするであろう秋沢氏の二重人格っぷりに失禁しかけたが、それよりも彼が私のトラウマを払ってくれたのが嬉しかった。私は涙を拭う秋沢氏の手を掴み「大丈夫」と返した。


「大丈夫、だと思う。その、君が一緒なら」


なんだか無理をしているような言い方をしてしまったが、秋沢氏は「プロポーズかよ」と笑ってくれた。


それから約2週間後、私は秋沢氏と共に地元チームの応援に出かけた。

相手は多くの有名選手やを輩出してきた関西の強豪チーム。相手を翻弄するような動きを見せる彼等に先制点を取られ一時は負けを覚悟したが、何とか巻き返し最終的に2対1で勝つことができた。

勝利に湧く地元サポーター席に凱旋する選手達。台車で運搬されながら観客席に手を振るマスコットキャラクター。有名歌謡をアレンジした応援歌を合唱するサポーター。

こんな爽やかな気持ちでこの場にいることができるなんて。私の目頭が熱くなり、口の中の唐揚げがやけに塩辛くなった。

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