第48話 集団ヒステリー

先日、高校の同窓会に行ってきた。

会場は市街地にあるホテルの宴会場。従業員に案内されて会場の襖を開くと、見覚えのある顔が沢山、目を大きく見開いて私を見た。


「あー、黒牟田です…」


何とも言えぬやりにくさを覚えながら名乗ると周囲からえーっという声が上がった。


「嘘やろぉ!?めっちゃ面白い!」


「日小田(あんまり授業に出なかった不良)かと思った!変わったなぁ!」


「おいでー!」


私は篠崎という女性(女子のリーダー)に手を引かれ、女性だらけの席に連れてこられた。そこには成人式以来会ってなかった森くん("森くん伝説"参照)もいた。森くんは私を見るなり別の人間と勘違いしたようで、隣に座る私にやや強張った表情で「ビール飲みますか」とグラスに鮮やかな黄色の液体を注ぎ始めた。面白いので素性を明かさないでおこうかと思ったが、篠崎が「それ黒牟田くん」と言いやがった為、森くんから頭を叩かれてしまった。あとよく見たら森くんが注いだのはビールではなく、ビールを模した子供向けのジュースだった。篠崎達が取り替えようかと言ってくれたが、せっかく森くんが注いでくれたのでと断った。しかし本心では「ビール苦手だからジュース注いでくれて助かった」と思っていた。

ジュースを飲んで落ち着いたところで、それぞれの近況についての話になった。篠崎は県外で美容師をしており、森くんは市役所で働いているらしい。続いて周囲からOL、保育士、医療事務と声が上がる中、私がライターと答えると女性陣が「すごーい!」と黄色い声を上げた。


「何書くん!?」


「○○書房さんてとこで記事をちょこちょこと…」


「アイドルの本出すとこや!子供と読んどるよ!」


彼女が言うのは恐らくムック本のことだろう。こんな身近に読者がいたとは。今度出版社の人々に話してあげよう。

嬉しくなったところへ森くんから脇腹をどつかれた。


「そういえばマーミン死んだん?」


1人の女子の口から出た名前に全員が固まった。

マーミンとは家庭科を担当していた女性教師のことで、高圧的な物言いで生徒全員から嫌われていた。

どこかのクラスでは調理実習の日に、誰一人としてエプロンを持っていかなかったなどということもあったらしい(そのせいで学年全員集められて説教された)。

マーミンは私が卒業する頃まで学校に在籍していたが、それから間もなく体調を崩して退職してしまったらしい。その後のマーミンの行方については当時の彼氏と別れたとか結婚したとか、はたまた自ら命を経ったとか諸説流れている。


「黒牟田くん地元に残っとるんやろ?何か知らんの?」


篠崎に問われ、私は「全く」と首を横に振った。マーミンどころか他の教師の行方も知らない。

そこへ突然、悲鳴が聞こえてきた。声の主はクラスの中で「霊感女子」として扱われていた岡田さんだった。


「窓にマーミンがいる!」


岡田さんの口からマーミンの名が出た途端、他の女性達が次々と悲鳴を上げ出した。中には泣いている者もいる。

悲鳴は男衆にも伝播し、会場はパニックになった。


「マーミンが祟りに来た!」


全員が口を揃えてそう言った。幸いマーミンの姿が見えなかった私と森くんは、それぞれ周囲の女性達に「大丈夫」「落ち着いて」と声をかけて回った。しかし全く効果が無く、騒ぎは大きくなるばかり。ホテルの従業員達は困惑し、救急車を呼ぶべきなのかどうか考えあぐねている。

仕方無く私が救急車を呼ぼうとしたところで、はっきりとした男の声が響き渡った。


「馬見塚先生はご主人と暮らしておられるよ!」


担任の首藤先生だった。

首藤先生の声で場は次第に落ち着き、やがて元の和気藹々とした宴会に戻っていった。騒ぎを起こした張本人の岡田さんは泣きながら周囲に「ごめんなさい」と謝って回り、女性達から頭を撫でられていた。


宴会が終わった後、私と森くんは2次会の誘いを断り帰ることにした。

家に泊めろという森くんをあしらいながらホテルを離れようとすると、首藤先生から声をかけられた。


「黒ちゃん達大丈夫やったん?」


「あ、はい」


「そらええこっちゃ。実はな…ちょっと耳貸し」


先生に促されて森くんと二人で耳を寄せると、先生が囁いた。


「実際窓におったんよ。人」


叫びそうになる森くんの口を押さえ、私は「じゃあ…」とマーミンの姿を思い浮かべた。


「いやいや馬見塚先生じゃない。ていうか女の子でもない。でもあの子…そうかあの子…」


先生が声を詰まらせるのに嫌な予感を覚えた。


「先生、それ」


「日小田や。悪い奴等と山でバイク走らせて亡くなったんや」


私は自分が同窓会会場に入った時の、同級生達の驚く顔を思い出した。当時は誰かわからなくてああいう顔をしたのかと思っていた。しかしその後で「日小田かと思った」と言われた。皆私のことを亡くなった日小田と見間違えたわけだ。

そのやり取りがあって皆過敏になったから、あの集団ヒステリーが起きたのではないだろうか。


「ごめんな、こんな話して。まあ黒ちゃんももっちゃんも気にせんで」


先生は私と森くんの肩を叩き、そのまま街へと消えていった。

その後、森くんから再び家に泊めろとせがまれたが、集団ヒステリーの根本原因が自分である可能性に愕然とする私はもう構うことができなかった。

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