第47話 強き女たち

女性というのはつくづく強い生き物だと思う。

男性が弱いというわけではないが、女性には何か違った強さ、"つよさ"というよりは"したたかさ"と呼ぶべき要素を感じるのだ。




私が短期バイトに通っていた郵便局の女性達はとりわけ強かだった。

現同居人である秋沢氏と出会う前、私は人恋しさと経済的理由で郵便局の年末短期バイトに従事したことがある。内容は主に年賀葉書の梱包。配達員が配達先の客から年賀葉書の注文書を預かってくるので、注文書の記載通りに葉書を梱包せよという話だ。

この仕事を任ぜられたのは私ともう一人、宮崎さんという20代初めの大人しそうな女性だった。

倉庫を空けて作ったという窓の無い作業室に二人で閉じ籠り、他愛もない話をしたり事務員の女性から貰った飴を舐めたりしながら次々と葉書を梱包していった。


働き始めて5日程経った頃の夕方、任されていた分の梱包を終えた宮崎さんから声をかけられた。


「あそこ変じゃないですか?」


宮崎さんが指す先、未開封の年賀葉書4000枚分が詰め込まれた段ボールを種類毎に保管している棚─"山"と呼んでいた─が占拠する壁面の片隅が黒く煤けている。


「ホントだ。何だろ」


「ここ火気厳禁のハズなのに」


二人で歩み寄ろうとすると、突如煤けた部分の壁紙が波打ち出した。

一斉に悲鳴を上げる。それを聞きつけてか作業室に女性社員の翁長さんが「どうしたん」と入ってきた。


「なんか隅が、隅が変なんです」


「壁紙がぐねぐねって」


宮崎さんと私による要領を得ない報告でも翁長さんには何のことかわかったようで、翁長さんは「ああ」とだけ返すと空いた段ボールを3つ拾い、煤けた部分のある隅に積み重ねた。


「これで見えんやろ」


それよりもう時間やけん帰り。翁長さんにそう促され、私達は逃げるように作業室を出た。


翌日、宮崎さんと「あの煤は何だったのか」と話し合いながら葉書の梱包作業をしていると、事務員の羽島さんという女性が「調子はどうだい」と言いながら作業室に入ってきた。


「昨日そこの壁が動いたって?」


「あ、はい。翁長さんが隠してくれましたけど」


そう言って翁長さんが積み上げた段ボールを指して、言葉を失った。段ボール群で隠されたハズの煤が、段ボール群の横にずれている。


「あ~ずれちゃったか。ほたっといて良いよ。何もしないし」


いや、何もしないったってアナタ。

絵面が怖いのでどうにかしてほしいと思ったが、私ごときが物申すのも気が引けるのと羽島さんが山の在庫をチェックし始めたのとで、何も言うことができなかった。

こうして壁の煤を気にしないように努めながら梱包のバイトを続けていると、12月の後半頃から例の作業場が使われなくなった。理由を尋ねると「年賀状の仕分けに来る学生バイトの休憩室にするから」とのことで、学生達があの煤で大騒ぎしないことを切に願った。

同じ頃、年賀葉書の注文が減ってきた為、私は翁長さんと共に近所のスーパーへ年賀葉書の出張販売に行くことになった。スーパーの出入口に簡素な販売スペースを構え「年賀葉書はいかがですか」と呼びかけながら、前を通りすぎていく客を眺める。

夕飯の買い物に訪れたであろうOL、学校帰りに遊びに来たと思われる制服姿の中学生、年末年始に向けた買い出しらしく鏡餅を提げた老夫婦。本業の文筆業では見られないような人間社会の模様に心を和ませながら呼びかけを続けていると、往来の中に妙なものを見た。それは子供の足のようで、道行く人の鞄の陰からひょっこり姿を覗かせたかと思うと、今度は別の人の買い物袋の陰から現れる。複数の子供が走り回っているのかと思ったが、どの足も同じ靴─赤いマジックテープ式の靴を履いている。

気持ち悪いなと思いつつそれを見ていると、翁長さんから「見えた?」と訊かれた。


「あの子やろ。毎年おるに。なんでか知らんけど」


怖くないのかと訊きたかったが、ちょうど客が殺到し始めた為訊くことができなかった。

夕方の6時頃まで販売をした後、店仕舞いをした私達は駐車場に停めてあった社用車のバンに商品や小道具を積み込もうとしたが、トランクを開けたところで私は思わず悲鳴を上げてしまった。何もないトランクの真ん中に、あの赤い靴がちょこんと置かれていた。私の悲鳴を聞いて駆けつけた翁長さんはただ「おぬし気に入られとるな」と笑うのみだった。


その後も更衣室に「黒い影に注意」と書かれた妙な貼り紙をされたり、誰も使っていない部屋で踊る影を見たりと様々な怪異に見舞われたが、その度に翁長さんをはじめとした女性職員が「だいじょーぶ」と笑い飛ばした。果ては「アンタ見た目怖いのに自分が怖がりやなぁ」と言われてしまった。


最終日、部長のもとへ挨拶に行くと長期雇用の話を持ちかけられた。


「黒牟田さんも宮崎さんもよう働いてくれるけんね、ウチで働いてもらえんかなぁって」


ありがたい話ではあるが、私は本業に戻りたくなったのとここで怪異に見舞われ続けるのに疲れたのとで辞退を申し出た。一方宮崎さんはというと、


「いいんですか!?やりますやります!」


この人も一緒に怪異に見舞われていたハズなのに。女性って強いなぁと心の底から感じた瞬間だった。




それからもう郵便局の人々と関わることは無いかと思われたが、先日、日頃記事の執筆依頼を頂いている出版社の方々に誘われ繁華街に出た時に、ちょうど飲み会に来たという郵便局人々と出くわした。羽島さんに「戻ってこ~い」と綱を手繰り寄せるようなジェスチャーをされながらも宮崎さんに近況を尋ねてみると、このような答えが返ってきた。


「今わたし郵便物の道順組む仕事してるんですけど、まあ変なこと多いですね!横に半透明の配達員さんいたり!でも楽しいですよ!」


女性って強い。改めて、そして強く感じた。

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