第46話 お菓子くれなきゃ
ハロウィンというのは家族を訪ねて現世に戻ってきた死者の霊を迎え、そこへ便乗してきた悪霊を追い出すという北欧の行事である。
しかし日本では宗教色を排除され、仮装をしてパーティをする為のイベントとして扱われている。これには「本来の意味合いから逸脱している」「若者がゴミを処理せずに帰ってしまう」と難色を示す方々が多い。私も「何故ここ数年の間に突然浸透したのか」と疑問を抱いた。抱くだけだ。イベントにはちゃっかり参加する。屋台グルメを求めて。
昨年のハロウィンでもそうだった。
ある週末に市街でハロウィンイベントが開催されると聞いた私は同居人の秋沢氏と共に、会場である市街中心部の公園を訪れた。公園ではゾンビや魔女、アニメのキャラクター等様々な仮装をした人が集まり、そこに便乗して屋台も出ていた。
私は早速珍しいものを求めて屋台へ歩を進めた。が、すぐに秋沢氏に引き止められた。
「僕らも何かやろうよ」
イベントの雰囲気にあてられたらしかった。
私は「君が言うなら」と承諾したが、仮装グッズらしきものを売っているような屋台が無かったので、酒を売っている屋台の端に申し訳程度に陳列された悪魔の角型カチューシャを買った。
そうしてガバガバ悪魔コンビになった私達は同じ屋台で買ったモヒートを飲みながら他の屋台を見て回った。唐揚げ、フライドポテト、B級グルメ…。夏祭りで見るような大して珍しくもない屋台が公園を端から端まで、囲いに沿うように連なる。
パッとしないなーとぼやきながら歩いていると、秋沢氏が魔女や狼男等の仮装をした5~6人程の集団と挨拶を交わした。高校の同級生が中にいたらしい。
楽しげに同級生と話すA沢氏を見ていると少し羨ましくなった。
いいなぁ、高校の同級生とか成人してから全然会ってないや。森くん("森くん伝説"参照)とかこういうイベント好きだったハズだけど、忙しいのか全く見かけないもんなぁ。この時期になると各所に「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」と言って回っていた森くんのことを思い出してノスタルジーに浸っていると、突如ズボンの裾を引っ張られた。何事かと見下ろすと、頭部にマーカーか何かで大きな稲妻型の口が描かれた白い布を足首まで被った子供の姿。
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ」
男の子とも女の子ともつかない声で子供が言う。
なんて可愛いオバケちゃんだろう。私は鞄に入れていたりんご味ののど飴を子供に差し出した。子供はのど飴を受け取ると、頭部に描かれた簡素ながら大きな口の中にのど飴を突っ込んだ。
え?口?目の前で起きたことが理解できず呆然としていると、子供が広げた手を突き出してきた。
「足りない」
これ、下手したら私が喰われるのだろうか。怖くなったので持っていた飴を全て差し出したが、子供はそれでも「足りない」と言う。
こうなれば奥の手だ。私は子供の頭に耳を寄せ囁いた。
「ここから東に行ったところに五嶋書房って会社があって、そこの金本っておじさんがお菓子いっぱい持ってるよ」
子供は「わかった」と頷き、出口に向け駆け出した。
適当なこと言っちゃったけど、確か今日出勤してたハズだしいいか。前日にSNSで金本氏と交わしたやり取りを思い出しながら子供の背中を見送っていると、同級生と別れた秋沢氏から「どこの子?」と訊かれた。
「知らないイタズラっ子」
「へえ、可愛いね」
私は「ねー」とだけ返し、再び屋台を巡り始めた。
翌日の昼過ぎ、コンビニに行こうと思って家を出たところで待ち伏せしていた金本氏から「僕を売ったのはお前か!」とタックルを喰らわされた。
いわく、私があの子供を送り出した後、間もなくして休日出勤中だった金本氏のもとに同じ特徴の子供が現れたそうだ。金本氏は机に仕込んだお菓子を全て差し出したがそれでも満足してくれなかったそうで、しかし邪険にするわけにもいかないのでコンビニまでお菓子を買いに走ったらしい。
「ああ、他の人を売れば良かったのに」
「そんなことしたら売られた奴のもとまで走らされるあの子が可哀想じゃないですか」
いくら人でないとはいえ子供を大切に扱おうとする金本氏を前にして、私はいかに自分の心が汚れきっているかを痛感ししばらく自己嫌悪に陥ったのだった。
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