第45話 救いの手

日頃お世話になっている出版社の編集長である但馬氏は私のことを何かと気にかけてくれる。記事の執筆依頼が少なく収入が芳しくない月はどこからか仕事を取って来てくれるし、頻繁に食事に誘ってくれる。聞くところによれば、まだ小説家を目指していた頃の私にライターの仕事を与えようと言い出したのも但馬氏らしい。

何故そんなに良くしてくれるのか。先日、同居人の秋沢ともども焼肉にお誘い頂いた際に尋ねてみた。

但馬氏は当初、私の質問には答えようとせず「肉焼けてきましたよ。食べて食べて」「秋沢君ソルロンタン食べますか?」と誰が見ても故意とわかる程話を逸らしまくった。

そんな話したくないような動機で良くしてくれるのか。じゃあ聞かない方が良いのか。しかしやっぱり気になったので但馬氏に詰め寄り聞き出すことにした。

それでも但馬氏は答えようとせず無言で肉を焼き続けていたが、彼の右目周辺の火傷痕をつまもうとすると「わかりました!わかりましたから!」と慌てて話を始めた。


「初めて会った場所覚えてます?B市の山の中」


但馬氏に問われ、私は「宗教施設か」と即座に返した。

但馬氏の言う山には新興宗教団体が使っていた家屋がある。そこは数年前に起きた火事で廃墟になっており、小説家を目指していた時分の私はネタ集めの為に家屋に入り但馬氏と出会ったのだ。


「実はあの時ですね、黒牟田さんに助けられてるんですよ」


「え?会って話しただけですよね?」


「まあまあまあ、説明しますから」


但馬氏は肉を焼きながら説明を始めた。

以下、但馬氏の話。




但馬氏は14歳になる姪の千夏ちゃんと二人暮らしをしている。

千夏ちゃんの両親─但馬氏の兄とその奥様は既に亡くなっており、その原因が前々から信仰していた新興宗教の集会に出席する為、拠点であった例の家屋を訪れ火事に巻き込まれてしまったことだ。

当時小学生だった千夏ちゃんは但馬氏の家に預けられていた為に無事で、両親の葬儀が終わった後は自ら但馬氏の家で暮らす道を選んだ。

そんな千夏ちゃんがある年、変な夢を見るようになった。それは千夏ちゃんの両親が信仰していた宗教に関わるもののようで、千夏ちゃんは夢の中で白装束の人々に囲まれ「こちら側へおいでなさい」と身体に火をつけられるのだという。

連日のようにそんな夢を見続けた千夏ちゃんは次第に情緒不安定になり、度々体調不良を起こして学校を休むようになった。

但馬氏は千夏ちゃんを病院に連れていったり休養を取らせたりしつつ、一方で件の宗教について調べた。そしてわかったことだが、千夏ちゃんの両親が亡くなった火事の原因は教祖が信者と心中を図ったことによるものだった。

信じ難いが原因はあの施設にあるかもしれない。そう踏んだ但馬氏は、千夏ちゃんの体調が比較的良く学校へも登校していった日に、B市の山中にある例の廃墟へ乗り込んだ。

廃墟の外観は普通の一軒家とそう変わらなかったが、中に入ると教会のような大きな礼拝堂が広がっていた。外観とのギャップに時空が歪んだような感覚を覚えながら、但馬氏は千夏ちゃんの夢に関わる何かが無いか探し回った。しかし何も見つけることができず、肩を落としながら廃墟を出ようとしたところで但馬氏は気づいた。外に通じる扉が開かなくなってしまったのだ。

故障だろうか。仕方なく他の脱出ルートを探そうと但馬氏は背後を振り返り、身を強張らせた。いつの間にか、但馬氏の周りを白装束の集団が囲んでいた。全員頭に白い布をかけており顔が見えない。

まだ信者がいたのか。侵入者である故に袋叩きに遭ってしまうのではないかと恐れた但馬氏の前に、白装束の人物が2人歩み寄ってきた。


「千夏は連れてこんかったの?」

「千夏もこっちに来させな、寂しがるやろ」


そうT馬氏に語りかけてくるのは、亡くなったはずの兄夫婦だった。

千夏の夢の原因はコイツらか。但馬氏はこみ上げる怒りをそのままに、しかし努めて冷静に兄夫婦へと語りかけた。


「兄貴、アンタらずっと千夏のことほたくって、こんなもんにのめり込んでたくせに、何を親ヅラしてんだよ。もう千夏の親は俺だよ。俺が千夏を育てるんだよ。だからとっとと消えてくれ」


但馬氏の語りかけに兄夫婦は顔を見合わせ、顔の白い布を剥ぎ取った。露わになった顔は般若のように歪んでいた。


「嫁も子供もおらん奴が一丁前な口を利いて!」


「もういい!千夏は俺達で迎えに行くけん、お前も来い!」


但馬氏の身体に周囲の信者がしがみついた。目の前では兄夫婦が松明と油を取り出し、但馬氏に向けた。

俺まで焼くのか。但馬氏は自分にしがみつく信者をそのままに辺りを見回し脱出手段を模索したが、周囲は完全に信者に固められていて何もできない。

諦めるしか無いか。但馬氏が目を瞑りかけたその時、突如として兄夫婦を含む信者達が砂のように舞い上がって消えていった。但馬氏にしがみついていた信者達ももういない。

何が起きたのかと呆然とする但馬氏の背後で、開かなくなっていたハズの扉が開き、背の高い青年が入ってきた。この青年こそ、小説家を目指していた時分の私である。


「…で、この後俺は黒牟田さんから"廃墟マニア"だと勘違いされたまま連絡先を交換し、それからもいろいろご縁があって今に至るわけです」


但馬氏が半ば強引に締め括ったところで、ずっと静かに話を聞いていた秋沢氏が「待って」と口を開いた。


「肝心なことが抜けてますけど」


「そうですよ。今の今まで姪っ子ちゃんがいるとか聞いたことないですよ」


「黒牟田さんロリコンっぽいから…」


「ムキャー!!」


ロリコンっぽいと言われて憤慨するも秋沢氏から「それはいいから」諌められてしまった。全然良くない。


「それまでの宗教云々はどこいったんですか?」


「ああそれ…俺も意味わかんないんですけどね、黒牟田さんが乱入したのが良かったみたいです。兄貴達は消えたし、姪も夢を見なくなったし。だから黒牟田さんに感謝してて、ウチの編集から小説家志望っつって黒牟田さんの名前が出てきた時は何が何でもウチで働いてもらおうと思いました」


「姪っ子の存在は隠すくせに」


茶々を入れる私を再び秋沢氏が「やめろ」と諌める。


「とにかく黒牟田さん、何か困ったこととかあれば俺や編集の奴等にヘルプ出してください。こっちは身内と命を助けられてるんだから、できることは何だってやるつもりです」


そう言って但馬氏が手を差し出してきた。

私なんて別に何をしたわけでもないのに。但馬氏との握手を躊躇っていると秋沢氏から「ほら握手!」と促された。


「僕も変な話だと思うけど、でも但馬さんの中で初郎君は確かに恩人なんだろうから、ほら」


「あ、じゃあ…うん、何というか…今後も宜しくお願いします」


複雑な気持ちが拭えぬまま恐る恐る差し出した手を、但馬氏の手がしっかりと掴んだ。


「ちなみに今姪っ子さんと会わせてもらえたりします?」


「駄目」


「駄目か」


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