第44話 地蔵の首

他の話で何度か触れてきたことだが、私の外見は少し威圧的だ。人より少し背が高く、右側頭部を刈り上げていて眉毛も無い。服だって派手好きの友人知人から貰ったお下がりを着ているので派手になりがちで、なんなら最近髪を青く染めており、おかげで周囲から「清純チンピラ」と揶揄される。私自身は今の格好を気に入っているので何と呼ばれようが変える気は無いのだが、しかし外見が元でトラブルに見舞われると一瞬でも「やっぱり変えようかな…」なんて思ってしまう。




この間、首なし地蔵と呼ばれる地蔵を見に行った時が正にそうだった。それは週末を控えた金曜の夕方頃、お世話になっている雑誌編集者の金本氏に誘われてのことだった。

金本氏は自分が課せられた仕事で首なし地蔵の写真を撮りに市内の山中まで行かなければならなくなったそうだが、一人で行くのは怖いので呼べる知り合いを全て召集することにしたという。

集められたのは私と金本氏の先輩である樹氏、金本氏の従兄弟である美容師の細木氏、そして金本氏の後輩であるミン氏だった。ここへ更に私の思いつきで、私の同居人である秋沢氏が仕事から上がったところを捕まえて同行させることにした。総勢6人での取材である。

首なし地蔵がある山へ向かう前に、私達は市街のコンビニでお菓子や飲み物を買い漁った。その時、スーツ姿のまま動員されてしまったお疲れ気味な秋沢氏の肩に手を回して店内を回る私を訝しげに見つめる金髪の青年の姿が視界に映った。

これが後にトラブルの発端となってしまうのだ。

コンビニで食糧を買い込んだ私達は金本氏の運転するバンで山中へと入った。

街灯の疎らに灯る山道を目的地に向けて飛ばし気味に進んでいると、後部座席に乗っていたミン氏があることに気づき声を上げた。


「金本さん、後ろの車ずっとついてきてるぞ」


車内は少しだけざわついたが、しかし山道というのは殆ど一本道が続くもの。金本氏は「同じ方向なんだろ~」と呑気な声で返し運転を続けた。

それから間もなく首なし地蔵のある祠に着くと、地蔵の姿を見た全員が「は?」と声を上げた。子供の背丈程はあろうかという大きめな地蔵の首は、しっかりと存在していた。年季もかなり入っているようで、所々に苔や汚れがついている。

何故"首なし地蔵"なんだ?全員が眉をひそめる中、金本氏が一眼レフの仰々しいカメラを取り出して撮影を始めた。実はこの金本氏、編集部の中で編集者とカメラマンを兼業しているからか写真には人一倍のこだわりがある。被写体が1つあれば様々な距離や角度から写真を何枚も撮るし、ちょっとした虫や埃等の写り込みも許さない。故にとにかく時間がかかる。

私達は金本氏が撮影をする間、彼の背後に立ち世間話をしていた。洋服好きの樹氏と細木氏はファッションの話で盛り上がり、私と秋沢氏はミン氏の故郷である中国の話を聞いていた。

この時、私はまだ秋沢氏の肩に手を回していた。私より頭1つ分小さい秋沢氏の肩は手を置くのにちょうどいいのだ。

すると、突然背後から複数の怒号が聞こえた。驚き振り返ると、柄の悪い男が5人、装飾の施されたバンから出てきてこちらに迫っていた。後ろにはコンビニで見かけた青年の姿。


「誰かと思えば細木やないかぁ!」


先頭に立つ黒いオールバックの男がH木氏に迫る。


「"跳ね馬"が落ちぶれてしもうたやんけ!」


男が出した細木氏の渾名らしきものに吹き散らかしそうになるが、堪える。当の"跳ね馬"こと細木氏は「おぉー?」と男を威嚇する。


「俺のどこが落ちぶれたってんだニーチャン?」


「自分の周り見渡して言えやワレェ」


細木氏とリーゼント男が睨み合う中、他の男達が私達を取り囲み始めた。不安げな秋沢氏の肩を強く抱き寄せる私には赤の長髪をハーフアップにした細身の男が迫り「兄ちゃん手ェどけぇや」と凄む。


「情けねぇ真似すんなや兄ちゃん」


「…何が情けないんですかね」


「見ての通りやろが」


情けないとはどれのことだろうか。地蔵1体撮影する為に男6人も集まったことだろうか。戸惑いつつ後退りすると、背後にいた金本氏から声が上がった。


「あー!地蔵の首が!」


金本氏の声と共に、私達の頭上に地蔵の首が投げられた。反射的に飛び出る私の左手。しかし左手は一度掴んだ地蔵の首を再び天高く投げ、ついでに赤髪男の顔に当たってしまった。


「テメーやったなぁぁ!」


「うわあああああごめんなさい!」


赤髪男の拳を間一髪で避けつつ、地蔵の首を追いかける。すると他の男達が方々に襲いかかり始めた。

樹氏は一人の男に追われて砂を撒きつつ山中を逃げ回り、金本氏は私と共に地蔵を追いかけ、故郷でアイドルを目指しダンスを学んでいたというミン氏は持ち前の身体能力で男達の拳をかわしながら逃げ回る。細木氏は地蔵の首などそっちのけでリーゼント男と殴り合う。

目をすごく薄めて、ぼやっとした視界で見たら不良映画の乱闘シーンみたいになりそうだな。自分の手もとに落ちてきた地蔵の首をテンパって天高く投げながら、そんなことを考えた。

そして何度か地蔵の首を投げてしまった後、金本氏が地蔵の首をキャッチし胴体の上に置き直した。これで一旦地蔵の首は落ち着いた。安堵したところで、私はあることに気づいた。秋沢氏のことを忘れていたのだ。学生時代を勉強のできる陽キャとして過ごし現在はそこそこ大きな企業に勤めながら休日に無○良品散策を楽しむ現代っ子秋沢氏が暴力を振るわれたらそれこそ太刀打ちできないだろう。

再び繰り出された赤髪男の攻撃を避けつつ秋沢氏を探すと、コンビニで見かけたあの青年が秋沢氏に絡んでいた。


「お前クソガキィィ!」


思わず青年に喰ってかかる。面喰らう青年。直後、秋沢氏が「やめろ!」と叫んだ。静まり返り秋沢氏に注目する男達。秋沢氏が申し訳なさそうにこう続けた。


「ごめんなさい、ウチの弟が何か勘違いしたみたいで…」


青年は秋沢氏の弟だった。いわく、市街のコンビニで私に肩を抱かれたお疲れ気味の秋沢氏を見て「兄貴がチンピラにカモられてる」と勘違いしたらしい。そして秋沢氏を助けるべく、一緒に市街に出ていた勤め先の先輩達に助力を請うてこの山中まで追跡してきたそうだ。


「勘違いかよ!初郎君柄悪いからな!ギャハハ!」


足下に横たわるリーゼント男を叩きながら顔を腫らした細木氏が笑う。私などより細木氏の方が遥かに柄が悪いと思う。

しかし私がこの見た目で紛らわしい行動をしてしまったのも原因の1つだ。チビリーマンの秋沢氏と肩を組んでも「仲の良い友達かな」なんて思われるような爽やかな絵面になるようもう少し大人しめな見た目にした方が良いだろうか。

でもなー…とゆるくクセのついた髪を摘まみながら口をへの字にして考え込んでいると、弟氏が秋沢氏に促され「ごめんなさい」と頭を下げた。


「あの、兄貴がワルそうな人と絡んでるとこ見たことなくて」


「見た目だけだけどね」


「俺ちゃんとわかってるんすけど…ワルそうな見た目でも良い人がちゃんといるって…ていうかワルそうな見た目の人の方が良い人多かったりするって…友達とか先輩とかそうだし…でも知らない人だとまだ警戒しちゃって…」


「見た目がワルそうだろうとそうでなかろうと性格にはピンキリあると思うけど」


弟氏の謝罪(だいぶ言い訳)に茶々を入れて対応すると、見かねた秋沢氏が「とにかく」と割って入った。


「初郎君悪くないから。今髪型変えようとか思っただろうけど変えなくていいから」


「え、」


「端から見た絵面に左右されて見た目変えてたら、それこそ細木さんがイメチェンしてくれた意味が無いじゃん。それに気に入ってんだろ、その髪型」


私がこの見た目になるまでの経緯("呼び起こす部屋"参照)を秋沢氏が覚えくれているのに、私は思わず「抱いて」と漏らしてしまった。秋沢氏はその一言だけ綺麗に受け流し、他の人にも謝るようにと弟氏に促した。弟氏は我々取材勢にも自身の先輩達にも頭を下げた。細木氏がボコボコにしたリーゼント男に関しては慰謝料と治療費を払わなければならないかと思われたが、リーゼント男がいらないと言うのでお言葉に甘えた。

こうしてその場が和やかな空気になり出したところで、金本氏が突然「うおー!」と野太い悲鳴を上げた。


「地蔵の首くっついてる!」


外れたが故に追いかけ回したはずの地蔵の首が、ヒビも何も無くしっかりと胴体にくっついていた。

これが首無し地蔵たる由縁か。全員の背筋が寒くなった。


その後、首無し地蔵の写真はエピソードも含めてお蔵入りとなってしまった。

本当に怪異が起きてしまったことと、我々のように地蔵の前で喧嘩をおっ始める者が現れないようにする為の配慮とのことで、私は叫喚する金本氏のSNSに『賢明な判断だね』と送りつけておいた。

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