第42話 仕込まれた映像
私の右側頭部には大きな刈り上げがあり、これを維持する為に月1で美容院に通っている。費用は1回千円。馴染みの美容師(というか刈り上げを作った張本人)である細木という男がやってくれる。
この細木氏、私のことをホラーマニアだと勘違いしており度々その手の話を仕入れては聞かせてくる。
先日もそうだった。
「初郎君さ~呪いのビデオとか好き~?」
また変なネタ仕入れてきたんだろうな。ゲッと唸ってしまいそうなのを堪えて「普通」と答えると、細木氏は癖なんであろうギャハハという笑い声を上げながら「なんだよ~」と肩を叩いてきた。
「呪いのビデオみたいなの仕入れたから一緒に見ようよ~ギャハハ」
肩をグラングランと揺らされ刈った髪が飛び散る。
細木氏は端からビデオを見せるつもりでいただろうし、恐らく私がビデオを見るまで帰さないだろう。「一人にせず一緒に見ること」という条件を呈示した上で承諾した。
「オッケ~、これに入ってたんだけど~」
言いながら細木氏が取り出してきたのは、映画のレンタルDVDだった。内容も不良や暴走族など武闘派な男達が対立したり協力しながら巨悪に立ち向かっていくアクションもので、呪いのビデオとは縁も所縁も無さそうなのにどういうことか。
「それ見たかったヤツ」
「俺もこれ見たくて借りたんだけどぉ~中身がぜんっぜん違うんだよね~まあ見て」
細木氏がDVDプレーヤー付きのテレビにディスクを入れ、ディスプレイに映像が映し出された。
まず初めに映されたのは、暗く広い建物の奥からカメラに手を振る喪服姿の女性。ここから花が咲く過程を早送りにしたもの、竹藪の中を歩く男の後ろ姿、順々に、画面いっぱいに表示される明朝体で書かれた「あ」「の」「れ」の字等が断続的に挿入され、最後に砂嵐が流れた。
「あれ、昨日見たやつと違うな」
ポツリと細木氏が漏らすのに思わず「やめろ!」と叫んだ。
「そういうこと言うなホント!」
「ホントなんだよ!昨日はどっかの山の映像だったんだよ!」
「やめろやめろやめろ!」
言い争い(?)をしていると、店の奥にあるトイレから人の顔が現れた。細木氏のアシスタントである純也君だ。
「僕が見た時は人形みたいなのがどんどん腐ってくヤツでしたぁ…」
細木氏と声を揃えて「やめろ!」と叫んだ。
3回同じディスクを再生して、何故3回とも違う映像が出てくるのか。そもそもどこでどのタイミングで仕込まれたのか。
まずどこでDVDを借りたのかと細木氏に尋ねると、美容院の近所にある全国チェーンのレンタルビデオ店だという。ならばそこに事情を話しに行こうかと考えたが、しかしDVDを再生する度に違う映像が映る等不可解なクレームを入れても店員が困惑するだけだと思い直した。
そもそも変な映像が流れるだけで害が無いなら放っておけば良いか、とも考えたが、別の客がクレームを入れた時に私達が疑われても困る。
ならばどうするか。
「ビデオ屋に高校の後輩がいるから話してみる」
そう言って細木氏が外出の準備を始めたので、私と純也君もついていくことにした。
レンタルビデオ店に着くと細木氏が後輩の真島という男性を呼び、事情を説明した。真島氏は初め全く信じていないといった様子で話を聞いていたが「じゃあちょっと見てみます」と言ってDVDを手に裏へ回った後、5分程で「何すかアレ」と眉をしかめて出てきた。
「ちなみに何が映った?」
「コンクリの割れ目みたいなトコから血みたいなのが流れる映像っす」
また違う。3人で顔を見合わせた。純也君に至ってはもう泣きそうだ。
「でもこれどうしましょ…まさか細木さん、返金しろとか言わないすよね?」
恐らく真島氏はまだ疑っているのだろう。それもそうだ。彼はDVDに上書きされた妙な映像をたったの一度見ただけなのだから、私達が巧妙な嘘をついて金を騙し取ろうとしているように見えても仕方ない。そんな真島氏の頭を細木氏が「ちげーわ」と叩いた。
「そんなはした金いらねーよ。ただ気持ちわりぃから話しただけ」
「なら良いすけど」
真島氏が叩かれた部分を撫でながら返した。
そこへ突然、私達の横から近所の中学校の制服を着た少女達が3人、恐る恐る「すいません」と割って入ってきた。
「ここで借りたCD、変な声が入ってるんです」
言いながら先頭に立っていた少女が差し出してきたのは、男性アイドルのアルバム3枚。私達の映画と同じく再生する度に声の話す内容が変わるのだという。
「もしかして同じ人が借りたんじゃないですか?」
純也君が問い、続けて細木氏がこのように続けた。
「真島よ。俺達が借りたDVDとこの子達が借りたCD、両方とも借りてる奴割っといた方がいいよ。多分直近だろ」
真島氏もさすがに信じたようで力強く「ウッス」と頷いた。
こうしてDVDを返却した後、細木氏は「やべ、予約の客が来る」と言って純也君と共に店へと戻った。
数日後、細木氏のもとに真島氏から「変な映像仕込んだ犯人わかりましたよ」と連絡があったらしい。私を店に呼び出した細木氏が嬉々として話し始めた。
「いたんだよ。あのDVDと女の子達のCD一気に借りてた奴。裏取ってゲロらせたらしいから間違いねえ」
いわく細木氏が借りる2日程前に、あのDVDと少女達が借りていたCDを含む人気映画DVD、音楽CD十数点を借りて1日も経たずに返してしまった客がいるそうだ。
その客は普段人気作品と呼ばれる類のものには絶対に手を出さない人間だった為、真島氏は貸出履歴を見て不審に感じたらしい。
そんな客が今度は大量に新作のCDを借りており、昨日それを返しに来たので試しに1枚だけ聴いてみたらモールス信号のような音を仕込まれていた為すぐに客を捕まえ自白させたのだという。
「なんで商品に別のモン仕込んだのか訊いたらさ、何て答えたと思う?」
「さあ」
「自分がそういうの嫌いだから、好きな奴に嫌な思いさせたかったんだって。ばっかでぇー」
結局、問題の客は警察に突き出されたらしい。話し終えてギャハハと笑う細木氏に私は「すごい奴もいるんだね」と言った。
「再生する度にランダムで違う映像流せる技術あんなら別のことに活かせよ。なんで世の中才能や技術の使い方を間違えた奴ってのが一定数いるのかね。上手いこと言う才能を人への悪口に使う奴みたいに」
「あ、それさ」
細木氏がニーッと不気味に口許を歪めつつ、私の側で囁いた。
「映像は1種類しか仕込んでないし、自分はそんな技術持ち合わせてないって言ってるってよ」
残らなくていい謎が1つ残ってしまった。私達が見た映像のどれが犯人の仕込んだものなのか、そんなことはもう考えないことにした。
ところで細木氏は何故わざわざ私を呼び出したのか。まさかこの顛末を聞かせる為に呼び出したわけではあるまい。尋ねると、裏からお椀と刷毛を持った純也君が現れた。
「こいつのヘアカラーの練習台になってほしいなって」
「かっこよくしますから!」
何となく嫌な予感を覚えつつ、圧に押されて了承してしまった。
その後、くすんだ青といった風な色にされた髪を靡かせながら、私は仕事帰りの同居人を迎えに自宅付近の駅を訪れた。同居人の秋沢氏は私の髪を見るなり「かっこいいじゃんブフッ」と腹を抱えて笑い出した。近々髪色戻しを買おうかと思った。
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