第40話 伝説の御神酒を求めて

平日の真っ昼間、お世話になっている出版社の編集者である金本氏からの呼び出しで訪れた出版社の社屋で、意外な人と対面した。

小洒落た七三ヘアのビジネスマンと共に応接室から出てきた短い茶髪にスーツ姿の小男。我が家に2年半程住み着いている秋沢という青年だった。


「あっ…」


声をかけようとすると、それよりも前に七三ヘアの男が「こんにちは」とスマートに会釈をしてきた。続いて秋沢氏も「こんにちは」と会釈をし、そのまま二人で颯爽と歩き去ってしまった。


「えー、ちょっと何ー他人のフリされたんだけどー感じワルー。ていうか誰よあの男ー」


嫉妬深い彼女のような口振りでそばにいた金本氏に不満を垂れると、応接室から出てきた但馬氏に「あぁー黒牟田さん」と声をかけられた。


「お友達大山酒店の人だったんですね」


驚いた様子で話す但馬氏にネーと頷きながら、私は「そういえば話したこと無かったな」と思った。

これは今まで誰も聞いて来なかったので話しても来なかったことだが、秋沢氏の勤め先は地元でだいぶ名の知れた酒類販売業者である。そこで秋沢氏は営業職を務めており、契約や調査の為に方々の飲食店を回っているらしい。

しかし酒屋の人間が出版社を訪れるとはどういった用事なのか。但馬氏に尋ねると「その件でちょっと」と談話室に通された。


「相手さんが顧客に配る季刊誌をウチで作ることになったんですよ。それが基本は大山酒店イチオシの酒とおつまみを一季に三種類紹介してくだけらしいんですけど、創刊号には別の記事を載せたいらしいんです。酒が絡むような」


なるほど、そういうのも刊行するのか。目を見開いて頷くと、但馬氏が次のように続けた。


「で、じゃあ頭のおかしいライター知ってるんでソイツに記事書かせましょうって言って黒牟田さんを紹介しました」


「おい」


頭のおかしいライターとは何かと猛抗議するも「黒牟田さんが書いた記事見せたら納得してましたよ」と反撃されてしまった。何を見せたのかと問い詰めところ、私が先月書いた『コカレロに何を混ぜたら一番美味いか』というコカレロにジュースやら麦茶やらを混ぜて相性を検証する記事を見せたとのこと。見せた記事が悪すぎる。

"頭のおかしいライター"というレッテルを貼られてしまった私は、クソッと思いつつも件の季刊誌にどんな記事を載せるか話し合った。そして決まったのが『K半島の山中に眠る伝説の御神酒を探す』という記事だ。

K半島とは県内北部に位置する半島で、密教や山岳信仰が盛んな為あちらこちらに神社仏閣が築かれている。そんなK半島の山中に誰も名を知らぬ神社が存在し、そこに供えられている御神酒を飲むと強大な神通力を得られるという。

「はいはい中二中二」とあしらいたいところではあるが、お金は欲しいので嫌々ながらこの記事の執筆を引き受けた。

その夜、私は家に帰ってすぐ秋沢氏に「何故他人のフリをしたのか」と問い質した。「まともに対応したらちょっかい出してくると思ったから」とのことで、私は思わず彼の手に噛みついてしまった。泣かれた。




それから1週間後、私はK半島の土を踏んだ。この取材(?)には金本氏が同行するということで彼が事前に方々の寺社に問い合わせてくれたそうだが、どの寺社の方も口を揃えてこう仰ったそうだ。


『御神酒で神通力を得ることなんか無いし危ないからやめなさい』


金本氏からこの報告を受けたのがK半島に入ってからのことで、私が「寺社の人が言うんだからやめましょう、他の記事書きましょう」と提案すると金本氏から「もう引き下がれません」と首を横に振られた。


「なんか大山酒店の方も来るみたいなので」


私は即刻但馬氏に電話をかけ「ばーか」と罵った。但馬氏は「あ、聞きました?」と笑っていた。


K半島に入ってから約20分後、事前に但馬氏が御神酒の在処として目星をつけてくれていた山の麓で大山酒店の職員と合流した。現れたのは先日出版社に現れた七三ヘアの男ともう一人。


「初めまして!大山酒店の秋沢と申します!」


"主任"と書かれた名刺を差し出してくる見知った小男の手に、私は思わず噛みついてしまった。「頭のおかしいライター」としてまかり通っているハズなので構うめえと思った。

「ばーかばーか暇人」と罵りつつ挨拶を済ませてから、私達は山に入った。山には地元の人が踏み固めて作り上げたと思われる獣道が延び、そこを先頭から金本氏、私、秋沢氏、七三男の順で1列に並んで辺りの景色を撮影しながら進んだ。この時に聞かされて驚いたことなのだが、秋沢氏と一緒にいる小賢しそうな七三男は秋沢氏の後輩で、今年大学を卒業したばかりらしい。


「コカレロに麦茶混ぜる記事読んだ時点でヤバい人だと思ってましたけど、秋沢さんに噛みついた時にいよいよ人選ミスしたなって悔やみましたよ」


社会人1年目とは思えないスマートな佇まいのまま罵倒してくる七三男に苛立ちを感じたので、私は再び秋沢氏の手に噛みついた。秋沢氏から「3回目だぞ」と肘鉄を喰らわされた。よそよそしくない秋沢氏に戻ってくれて少しだけ嬉しかった。


引き続き撮影をしながら30分近く山中を練り歩いていると、土と草木しか見えない全体的に茶色がかった景色が少しずつ変わり始めた。キハダ色やムラのある濃藍色、赤褐色等ダークな色合いの布が掛けられた木々があちらこちらに立っている。


「ありそうな感じになってきましたね」


先頭の金本氏がケケッと笑う。対して大山酒店の二人は変わりゆく景色に不安の色を隠せないようで、目をしきりに泳がせながら歩を進めている。


「おやおや、怖いんですか?若い人には刺激が強すぎましたかな?ブフッ」


嫌味たっぷりに挑発してみせたところで、私は自身が刺さるような視線を浴びていることに気づいた。それも金本氏や大山酒店の二人のものでなく、もっと禍々しい視線を。

正体を探るべく慌て気味に辺りを見回し、そして思わず唸ってしまった。周囲に繁る木々のあちらこちらから、人のようなものが私達を見ている。それは全身が緑がかった茶色でテラテラとしており、毛が無く、大きな目のついた顔はどこかにぶつけたかのように平たい。昔図鑑で見た"恐竜人間"の頭部をペラペラに潰したような生き物だ。


「うわっ」


「何ですかアレ…!」


秋沢氏と七三男も生き物の存在に気づき、身構える。

そんな中、金本氏は「やばー」と笑いながらスマホで生き物達を撮影し始めた。刺激するなと彼を止めようとして、私は自分達の進行方向、50m程先に古びた社があるのを見つけた。


「アレやー!」


金本氏が走り出す。私も彼を追って走り、後から「やだちょっと待って」と怯えながらも秋沢氏と七三男がついてきた。そうして辿り着いた社の上に、「神」と書かれた真新しい瓶に入れられた御神酒が供えられていた。


「僕ハンドルキーパーなんで初郎君飲んでくださいねー」


言いながら金本氏が御神酒を持ち上げた瞬間、背後からドドドと地を震わせるような音が響き出した。何だ何だと振り返り、思わず悲鳴を上げてしまった。木々の陰から私達を窺っていた生き物達がこちらに向けて走ってきていた。その数恐らく30体前後。

私達はあっという間に取り囲まれ、キーキーと奇声を上げる彼等に押されつねられくすぐられとにかくいじくり回された。


「ごめんごめんごめんマジごめん」


「返す返す返す返す」


「ちょっと変なとこ触らないで」


「お婿に行けなくなるから!」


揉みくちゃにされつつも金本氏がやっとこさ御神酒を元あった場所に返すと、生き物達はサッと手を引き元いた場所へ戻っていった。その際生き物達のうちの一部から「眉なしつんつるてん」という歌声が聞こえ、何かムカついたので再び秋沢氏に噛みついた。頭突きを喰らわされた。


この後、ボロボロのまま下山し全員で直近の道の駅に寄ると、社で見たものと同じ酒が売ってあり、「テメー酒屋じゃねえのかよ」ともう一度秋沢氏の手に噛みついた。「地酒は取り扱ってねーんだよ」と怒られた。

それから道の駅のレストランで食事をしつつ但馬氏に顛末を報告し「記事にできますかね」と尋ねると「目標達成してないから駄目です」という答えを頂いた。


「あの、記事にできないって…」


言いながら大山酒店の二人を見ると、七三男が秋沢氏に指示を仰ぎ、秋沢氏がこう言った。


「写真は撮ってあるんだし、さっきの酒買って目標達成したことにしようか」


会社員の強かさを感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る