第37話 心霊スポット

心霊スポットというのは幽霊が出現したり怪奇現象が起きたりする場所の俗称であるが、時々別の意味を孕むことがある。それは"治安の悪い場所"だ。過去に凄惨な事件が起きていたり暴走族等の溜まり場になっていたりする場所を、人を遠ざける為"心霊スポット"に仕立て上げるのだ。すると大抵の人間は「あそこお化け出るらしいやん」「不気味やしなぁ、行かんどこ」と噂の立つ場所に近寄りまいとするようになるのだが、世の中広いもので、好奇心だとかスリル目当てだとかでわざわざ足を踏み入れる者が少なからず現れ出す。そしてそんな人々の中でも運の悪い人間が、怖いお兄さんお姉さんに絡まれたり廃墟ならば不法侵入で訴えられたりするわけである。


今のところ私やその周囲の人間で"心霊スポット"と呼ばれる場所に足を踏み入れて危ない目に遭った者はいないが、一度だけ肝の冷える思いをしたことはある。それはつい先日、ここ1ヶ月以内の話だ。その日、同居人の秋沢氏が高校の同窓会に出て行った為に夕飯を食べる相手がいなかった私は、知人である金本氏、細木氏、ミン氏に誘われ隣のU市まで夜のドライブに出ていた。江戸時代に城下町として栄え、今でも城跡や石畳の敷かれた商店街等それらしい名残が窺えるU市の市街を観光し、デカ盛りで有名な洋食屋で夕食を摂った後、地元まで帰る途中の道で運転手の金本氏が「あっ」と声を上げた。


「帰り道にあっこ通りますからね。Q山」


金本氏の口から出された山の名前に、後部座席に座っていた私と細木氏は「うわっ」と小さく唸った。日本に来て数年しか経っていない助手席のミン氏は何のことかわかっていないようだったので、3人で以下のように説明した。

Q山とは私達の地元たるO市とこの日訪れたU市の間に聳える小さな峠であり、地元民の間ではよく知られた心霊スポットである。途中にあるトンネルとその付近で女の幽霊を見たという話が多く、ついでに事故も多いので大抵の地元民はあまり近づきたがらない。

一方で、私は両親からQ山についてこのように言い聞かされてきた。


「あそこはホトケが遺棄されとることがある」


この話が本当なのかただの噂なのかわからないが、確かにQ山は暗く藪だらけなので何かしらの犯罪を行うには絶好の場所である。これも地元民が近づかない所以の1つだろう。


「なんでそんなトコ通るんだよぉー!」


血相を変えてミン氏が叫ぶ。その様子を見た金本氏はキャッキャッと子供のような笑い声を上げながら「道があるもん」と返した。


「お化けは見えなきゃよし!犯罪は道外れなきゃ大丈夫!レッツゴー!」


叫ぶミン氏を乗せたまま車はQ山へと入った。

Q山の灯りがまばらにしか無いクネクネとした山道をハイビームで進むと件のトンネルが見えてきた。トンネルの側には真新しい軽自動車が停めてあり、近くで肝試し目的と思われる若い男女が二人ずつ、道の脇に繁る藪の中へ入ろうとしていた。

やっぱいるねぇ夏だねぇ夜だねぇと4人で囃し立てながらトンネルに近づいているうちに、私はあることに気づいた。


「あれウチの同居人じゃない?」


男女4人組のうち、先頭に立って藪へと突っ込んでいく背の低い男。私の同居人にしてこの日同窓会へ行ったハズの秋沢氏だった。


「こんな暗いのに藪ん中入るかね。あぶねえな」


「初郎君、どうしますか?止めます?」


金本氏に問われ、私は迷うことなく「止めます」と返した。そうして金本氏にあの4人組のもとまで近づいてもらいながら、私は車の窓を開け「おぉぉーい!」と声を張り上げた。4人組が一斉に振り返る。同時に車が停まったので、私は金本氏達と共に車を降り、唖然としてこちらを見つめる秋沢氏の肩に腕を回し「何しに行くのかな~」と囁きかけた。


「こんな暗いのになんで藪に突撃していくのかな~よりにもよってQ山ってアンタさぁ~」


「あの、初郎君なんで」


「こっちが聞きたいなぁ~!」


私が詰問している前で、秋沢氏の同行者である男女3人が戸惑っているのを金本氏と細木氏が落ち着かせつつ私に向けて「絵面!絵面!」と叫ぶ。そんなにひどい絵面しているだろうか。


「ていうか同窓会は?」


秋沢氏を解放しながら尋ねると、秋沢氏は「終わったよ」と答えた。


「一次会が終わって、そしたらアイツらがQ山に肝試し行こうよって声かけてきて─あれ?」


同行者の男女3人組を指差した秋沢氏の顔から血の気が引いていく。


「お前ら、誰…?」


指を差された男がチッと舌打ちをした。


この後、秋沢氏の同窓生を装っていた男女3人組はさっさと軽自動車に乗り込みどこかへ行ってしまった。

私達はしばらく身を寄せ合ってキャーキャーと叫び散らし、落ち着いたところで車に乗り込み地元へ戻りながら秋沢氏の話を聞いた。


「そういえば僕、後部座席にいたからトランクの中が見えてさ、灯油タンクとかロープとかノコギリとか入ってたから工業系の仕事してる人かなーと思ってたんだよ。でもよく考えたらアレ…そういうことなんだね」


今後何があってもQ山には近づかないようにしよう。全員が固く心に誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る