第36話 森くん伝説

私の高校時代の友人に"森くん"という男がいる。

森くんはクラスの男子の中では背が低く地味な外見をした少年だが、話が上手かったりそこそこ運動が得意だったりするのでクラスでは一目置かれていた。

そんな森くんには、今でも同窓生の間で語り継がれる伝説がある。その伝説は高校2年の秋頃に生み出された。

当時、我が校では南校舎の3階廊下、生徒指導室の横に大きな鏡が取りつけられていた。その鏡には「毎日午後4時44分44秒になると女子高生の霊に引きずり込まれる」というベタな噂があり、その噂を耳にしたクラスのボスが特殊な肝試しを思いついた。それは毎日一人ずつ、午後4時44分44秒に例の鏡の前に立つというものだった。これには男子は全員参加、女子は希望参加という無茶苦茶な規定が設けてあり、私や森くんのような地味枠の男子も参加せざるを得なくなった。

そうしてこの無茶苦茶な肝試しが開始されると毎日一人ずつ、クラスの男子が出席番号順に鏡の前に立たされた。鏡がある廊下は北校舎の3階にある3年生の教室のベランダから覗き見ることができ、そこからボスが先輩達と共に毎日我々(強制)を監視していたので怖がりの奴も逃げられなかった。

そんな中でも猛者はいて、私の1つ前にいる怖がりの工藤くんはボスの監視もお構い無しにバックレてしまった。後日、工藤くんはボスと取り巻きから責められ、一番最後に鏡の前に立たされるハメになった。そして私も「黒牟田はイモらねえからな」と遠回しにプレッシャーをかけられた。しかし私は例の噂を信じていなかったので、存在するハズの無い女子高生の幽霊に怖気づくことなく鏡の前に立つことができ、何事も無く肝試しを終わらせることができた。

そして月日は流れ、男子生徒達も次々と肝試しを終え(ちゃんとボスもやった)いよいよ森くんの番が来た。ボスと3年生が監視する中(私も少し離れて様子を見ていた)、森くんは淡々と3階へ上っていき件の鏡の前に立った。まだ4時43分だった。森くんは自身が持つ腕時計と鏡を交互に見ながら立ち続けた。

そして4時44分44秒。南校舎の窓越しに見える森くんの背中と、その向こうの全身鏡。その中に、長い髪の人物。北校舎から見守っていた我々はギャーッと声を上げた。噂は本当だったのだ。しかしこのままでは森くんが霊に引きずり込まれてしまうのではないか。私は急いで森くんの下へ向かった。

北校舎と南校舎を繋ぐ渡り廊下は2階にしかない。私は全身の筋肉を動員するつもりで2階へ駆け下り、渡り廊下を渡って南校舎の3階へと上がった。


「モリリン!?」


息を切らしながら例の鏡がある場所に着くと、森くんが目をパチクリさせながら私を見ていた。


「モリリン大丈夫なん?」


「あ、うん、大丈夫やけど、けど、」


どこか爛々として見える目で何か言いたげにする森くんに、先程まで北校舎で騒いでいたハズのボスが駆け寄り「どやった!?」と声をかけた。


「あんなん出たの森だけや!どやった!?どやった!?」


興奮気味に問い質すボスに、森くんは目を輝かせながらこう答えた。


「あの子めっちゃ髪綺麗やんな!」


私とボスは揃ってずっこけた。

何を隠そう、森くんは自他共に認める髪フェチなのだ。サラサラの髪からゴワゴワの髪まで全ての髪を愛する真性の髪フェチだ。

引きずり込まんから全然髪触れんやんと嘆く森くんに、ボスが「顔はどやった!?」と訊いた。


「可愛かった!?可愛かった!?」


「顔ぜんっっっっっぜん見てねかった!」


さすが髪フェチ。私とボスは再びずっこけた。

後日、肝試しの話を聞きつけた教員により鏡は撤去されてしまったが、森くんが噂の生き証人となったことがボスの人脈により学校中に広められ、森くんは伝説の髪フェチとして有名になってしまった。

当の森くんは「いつか髪触ろうと思いよったんに」と鏡が撤去されたことだけを嘆いていた。


それから森くんとは机に押さえつけられて頭を撫で回されたり、超有名フライドチキンチェーンのチキンを食べたことがないと暴露されたりしながら高校卒業まで交流を続けたが、大学に進学してからどんどん疎遠になっていった。

最後に会ったのは成人式の日であるが、森くんは白地に金刺繍の紋付袴に金髪リーゼントといういかにもな姿になっており全然誰だかわからなかった。

現在、私は森くんがどこで何の仕事に就いているのかも知らない。少し寂しいが、高校の友達ってこんなもんだよなとしみじみするのであった。

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