第34話 座敷童のようなもの

一度だけ、我が家に座敷童子のようなものが出てきたことがある。当時はまだ現同居人である秋沢氏と出会っておらず、寝起き専用の何もない6畳間に一人で寝る寂しさに苦しみ誰かに撫でてもらいたいと切に願いながら眠っていた。


そんなある夜、いつものように真っ暗な部屋で「愛されてえーーーーーー」と唸りながら布団の中でもがいていると、ふと部屋の隅にぼんやりと光るものがあることに気づいた。

おかしいな、あんなサイズの照明持ってないのに。光るものに向けてじっと目を凝らすと、徐々に輪郭が見えてきた。

人だった。白い襦袢を着た16~19歳程の、長い髪を1つに結った少年。色白で目が大きく、愛らしい顔立ちをしている。

どこの非行少年だ、こんな夜中に人ん家に忍び込んで。警察を呼ぼうとしたが、しかしおかしいと思い直した。戸締まりはしているし、第一非行少年が襦袢着るかよ、と。無視した方が良いだろうかと目を閉じ、眠りに落ちるのを待つ。すると突如、身体にどっしりと体重をかけられた。


「なに!!」


思わず目を開き怒鳴りつけると、あの少年が私の身体に馬乗りになり「にいさま」と呼んだ。


「仁井じゃないです黒牟田です」


「にいさま、あそんでください」


あ、"兄様"か。末っ子である故に"兄様"と呼ばれると何だか照れ臭いような嬉しいような気がして、調子に乗った私は「よっしゃ!兄様が遊んじゃる!」と飛び起きた。

しかしいざ遊ぼうとすると、何をして遊んだらいいかわからなくなってしまった。襦袢を着ている辺り恐らくこの時代の子供ではないし、ウチに玩具やボードゲームの類は一切無い。それにこの子は少し…歳の割に幼い気がする。どうしたものか。

考えあぐねていると、少年が懐から赤地に薄桃の菊が描かれた手鞠を取り出した。


「おっ、用意周到だね」


少年の頭を撫で、距離を置く。すると少年が大○翔平もビックリのスローイングで手鞠を投げてきた。


「取れるか!!」


言いながらも西川○作もびっくりのキャッチで手鞠を受け止めてみせた。少年がキャッキャと愉快そうに笑う。

しばらく手鞠を使ってのものとは思えない力強い投げ合いを繰り返し、ヘトヘトになってしまった私に少年が近寄り「にいさま」と頭を撫でてくれた。

この子気遣ってくれてるんだ。嬉しいなぁ。私は少年に抱きつき、頭を撫で回した。少年が満面に笑みを浮かべた。

それからにらめっこをしてみたり、かくれんぼをしてみたり、道具を使わずあまり動くことも無く行える遊びをいくつかやってみた後、窓の外がうっすらと明るくなっていることに気づいた。


「あら、一晩中遊んじゃった」


僅かな光を浴びながら私が呟くと、少年が私に向かって手を振った。


「にいさま、ばいばい」


「えー、もう帰るの?まだ遊んでいきなよ」


「ばいばい」


少年は空気に溶け込むように消えていった。私一人だけになった部屋はあまりにも静かで、つい先程まで二人で遊んでいたことが嘘のように思えた。

また今夜も来るかな。私は期待を胸に日頃お世話になっている出版社に乗り込み、休憩室に置いてあるボードゲームとメンコを拝借して帰った。

しかし以後、少年が現れることは無かった。




少年と遊んだ数日後、現同居人である秋沢氏との出会いが訪れた。彼が我が家に住み始めてから、愛されるとまではいかずとも夜になると二人で食事をし、交互に風呂に入り、6畳間に布団を2つ並べて寝るようになり、寂しさがかなり埋められたような気がした。あと懸賞に当たる確率が上がった。


秋沢氏との同居から1年が経とうかという頃、彼に少年の話をしてみた。座敷童子みたいなもんだったのかなーと笑う私に秋沢氏は「"にいさま"っつったの?」と訊いてきた。


「うん"兄様"」


「待って待って、イントネーションが違うよね?」


「うん?」


そうだ。通常「兄様」と呼ぶ時は音を下げながら「に↓い↓さ↓ま↓」と呼ぶが、少年は単調に「に→い→さ→ま→」と呼んでいた。

まさか。


「あの、少し散歩に行こう」


秋沢氏にせっつかれるように、私は外へ出た。

街灯が疎らに灯る住宅街を進むと、突然A沢氏が足を止め「そこ」と指差した。


「石碑あるでしょ。字ィ読んで」


「あ、ほんとだ」


我々の視線の先、私の身長よりも大きい石碑に彫られた字を読む。所々削れたり苔むしたりしている為全ては読めないが「仁井照正」という人名は読み取れた。


「にいさまだ!!」


興奮して秋沢氏の肩を叩く。仕返しに膝を蹴られてしまった。


「その人が何なのかは郷土史の資料読まないとわかんないけど、多分関係者じゃない?」


「あー、囲ってるみたいな奴」


「そう、囲ってるみたいな奴」


少年は"仁井様"からよっぽど気に入られていたのだろう。少年の愛らしい笑顔を思い出しながら考えた。

帰り道、秋沢氏から「郷土史読みに行く?」と聞かれたが、いつの時代の人かもわからないし正直しんどいので今はいいわと断った。


あれから1年と何ヶ月か経ったが、私はいまだに郷土史の資料に手をつけていない。

ただ1つ、ものすごく気になっていることがある。

私と"仁井様"はそんなにそっくりなのだろうか。

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