第31話 旅行記

先日、私の同居人である秋沢氏がとある音楽グループのライブチケットを当てたので、秋沢氏の好意の下私もライブに参戦させてもらうことになった。

ライブの会場は隣のF県で開演は夜。ホテルは会場のそばに取ってあるので、私達は早朝の電車で隣県に入り昼過ぎまで観光することにした。


当日、F県の若者が集う繁華街に降り立った私達は「ここといえばラーメンだよね」ということで大通りを外れた路地の中にあるラーメン屋を訪れた。しかしお昼時だったからか、それともこの地のラーメン屋はそういう運命にあるのか、店の前には長蛇の列ができていた。


「…並ぶとは思ってたけど」


終わりの見えない列に目を見張っていると、秋沢氏から「諦めよう」と袖を引かれた。


「僕達時間あるようでそんなに無いから」


「そっか、あと2時間か」


こうして私達はラーメンを諦め、大通り沿いに建つファッションビルに入ることにした。

ファッションビルで服を見たり虹色のチーズが入ったアメリカンドッグを食べたりしながら1時間半程を過ごした後、私達はホテルに行く為にバスへ乗り込んだ。

繁華街を出たバスは都市高速を渡ってホテルのある街へと辿り着く。都市高速の下には埠頭があり、企業の社屋や倉庫が並んでいる。車窓から埠頭を見下ろしていると、私の目にあり得ないものが映った。埠頭の中に建つ倉庫という倉庫から人が、全体的に白く輪郭がぼんやりとした、紙人形を思わせる見た目の人々が次々と出てきては海に飛び込んでいく。

なんか変なもの見ちゃったなぁ。A沢氏に伝えようかと思ったが、ライブを前にしてそんな気持ち悪い報告をするとお互い興が削がれる気がしたので黙っておくことにした。

それから十数分程経ってバスがホテルの前に着いた。私達はホテルにチェックインする前に、そばにあるライブ会場周辺を散策した。会場は普段野球場として使われているドームで、敷地内にグッズ販売コーナー、ガチャポンコーナー、ファンクラブ入会コーナーなど複数のテントが点在し、どこも若い男女で埋め尽くされていた。

私達もグッズを買った後、ようやくホテルにチェックインした。通された部屋は角部屋で窓が2面についており、ホテル周辺のみならず街全体を見渡すことができた。また風呂場には浴槽と別にシャワールームがあり、私達は「セレブの部屋だ」とはしゃぎながら写真を撮った。

一頻り部屋の写真を撮りまくった後、ライブの開演まではまだ時間があったので部屋で休むことにした。地元では見られないような外国のテレビ番組を流しながら部屋の外を眺めていると、私の目に再びあり得ないものが映った。ドームのそばに広がる海、地図上では「湾」と称される部分に、無数の大きな影が見える。魚にしてはでかすぎるぞと観察していると、水面から影の正体が顔を出した。あの紙人形のような人間だった。私は急いでカーテンを閉じた。


「どうしたの?」


「なんでもない。準備しよう」


怪訝そうに窓に近づく秋沢氏を押し戻し、ライブ用に持ってきておいた前掛け鞄に貴重品を詰め込んだ。

その間に秋沢氏が再び窓に近づいたので、別の話題を持ち出して気を逸らした。


ライブの開演30分前になったところで、私達はようやくドームへと向かった。人混みの中はぐれないように手を繋いで歩き、入口でチケットを見せ、チケットの記載通りの席につく。席について15分程で、開始が暗転しライブの開始を告げる音楽が鳴り始めた。続いて数多のバックダンサーと共に音楽グループのメンバーが現れ、パフォーマンスを始めた。会場がワッと盛り上がり、観客達が持っていた旗を振る。私達も事前に旗を買っていたので一緒になって振った。それから力強いダンスパフォーマンス、しんみりとさせるバラード、誰もが知る名曲の合唱等が休み無く繰り出され、ファンである秋沢氏は元より私まで骨抜きにされてしまった。


約2時間半(体感30分程度だったのに)に及ぶライブが終わった後、誰々のラップが良かったとか誰々の肉体美にやられたとか話しながらホテルに戻り、カーテンの閉めきられた窓を見て私は「ぉあっ」と声を上げてしまった。ライブに夢中ですっかり忘れていたが、アレはまだいるのだろうか。恐る恐るカーテンをめくり、夜空と同化した暗い海に目を凝らす。

まだいた。輪郭がぼんやりとした紙人形のような姿をした無数の人間が、沖合に浮かぶ小島の上に直立している。我慢ならなくなった私は風呂上がりの秋沢氏を呼び、小島を示した。秋沢氏にはもっと詳細に見えるらしく「やだーこんなもん見せないでよ!」と背中を小突かれた。


「いたーい!なんで小突く!」


「小突くわ!」


「小突く程のもんじゃないじゃん!」


「だってみんなブヨブヨに膨れてて怖いんだもん!」


「え…?」


詳細に見えすぎていたようだ。

すっかり背筋が冷えた私は秋沢氏に「一緒のベッドで寝てほしい」と頼んだが固く断られてしまった。仕方がないので別々に寝ることにしたが、一人分のベッドがやたら広く心細かった。点けっぱなしにしていた外国のテレビから流れるEDM調の音楽が救いだった。


翌朝、朝食会場でスクランブルエッグを頬張る秋沢氏に昨夜見たものの話を振ってみた。


「ああ、アレ。土左衛門じゃないの?」


「にしちゃ数多くね?あそこでデカイ水難事故とか聞いたこと無いよ」


私の反論に秋沢氏はチッチッチッと人差し指を振った。


「人類が生まれて何万年も経ってんだから、その間にちょこちょこ水難事故が起きればあれぐらいの数になるでしょ」


「そっか」


それなら無くも無いかと納得したところへ、秋沢氏が「でも最近つくづく思うんだけど」と続けた。


「記録に残されたことだけが歴史の全てではないよね」


もしかしたらあったかもよ、デカイ水難事故。そう言って笑う秋沢氏の目は一切の曇りも無く爛々と輝いていて、その様が逆に恐ろしかった。

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