第28話 入れ替わる

私は同居人の秋沢氏と、1つの部屋に布団を並べて寝ている。お互いの寝相はあまり良くなく、夜中に目を覚ますと相手の身体に脚を乗せていたとか、はたまた相手が布団を侵食していたとかそういったことが日常茶飯事であるが、一度だけ毛色の違う事態が起きたことがある。

その日の夜中、私は額に何かがぶつかった衝撃で目を覚ました。痛む額を撫でながら、多分A沢氏がぶつかってきたのだろうと彼に目を向け、そして目を剥いた。私の横に、秋沢氏ではなく私が眠っている。右側頭部が大きく刈り上げられた長い髪を1つにまとめ、すぅすぅと寝息を立てている。

何これ。まさかこれが"幽体離脱"という奴だろうか。と、すると秋沢はどこへ…。思いながら私は身を起こし、気づいた。自分が秋沢氏の寝間着を着ている。まさかと思い手を見ると、普段の自分の手よりも僅かに肉付きがよく指が短い。どうやら私と秋沢氏が入れ替わってしまったらしい。

どうしよう。額を汗が伝う。これが夢であれば良いのだが、部屋のニオイや物に触れた感覚がハッキリしているので夢ではないらしい。

もしこのまま戻らなかったら…。秋沢氏として、快活な会社員として生きてゆける自信など無いのに、と頭を掻き回し唸っていると、隣で大きな影が動いた。目を向けると、私の見た目をしたA沢氏が起き上がり、寝惚け眼で私を見つめていた。


「秋沢君…」


恐る恐る秋沢氏の名前を呼ぶと、彼は毛のない眉をしかめ、側頭部に手を当てた。自分が入れ替わったことに気づいたようだ。秋沢氏は私の三白眼を大きく見開きしばらく骨張った大きな手を見つめていたが、やがて何事も無かったかのようにトイレへと消えてしまった。

え、なに、なんで。こんな事態なのによくトイレに行けるな。それともトイレに行ってからゆっくり対処法を考えようというのだろうか。

秋沢氏の行動の意図が読めぬまま15分程待ったところで、ようやく秋沢氏が戻ってきた。

時間かかりすぎだよ!"大"でも出したのか!思いながら秋沢氏の名前を呼んだが、彼は私の大きな身体を布団に横たえ、そのまま眠ってしまった。


「え、ちょっと何寝てんの。こら、寝るな。現実を見ろ」


私は秋沢氏を揺り起こそうとしたがピクリとも動かず、そのうち私も眠ってしまった。

翌朝、目を覚ますと私の視界に秋沢氏のよく見慣れた、年齢の割に幼い丸顔がすぅすぅと寝息を立てていた。

良かった。戻ったんだ。私はよく見慣れた骨張った手で、側頭部の刈り上げを撫でて安堵した。

それからしばらく経って起き出して来た秋沢氏に、昨夜のことを話してみた。


「君ったら何事も無かったかのようにトイレ行っちゃうんだから。覚えてる?」


多分昨夜の様子だと覚えてないかもなぁ。思いながら尋ねると、秋沢氏は「覚えてるよ」と頷いた。


「え、寝惚けてたっぽいから覚えてないかと思った」


「いや、覚えてるよ。何もかも」


"何もかも"。何気なく言ったのだろうが、秋沢氏の笑顔から放たれたその言葉が妙に怖かった。

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