第23話 同調
つい3~4日程前になるが、私はライター仲間の木村氏に誘われてとある飲み会に参加した。
その飲み会には県内外のライターが5~6人程集まるらしく、そんな会合に私が参加して良いのかと尻込みすると木村氏が「皆さん君に会ってみたいって言ってたよ」と仰ったのでならばと参加を決めたのだ。
飲み会は昭和レトロをモチーフにした居酒屋の個室で行われた。参加者は私と木村氏、それから40~50代程の男性3人と女性2人だった。殆どの方が隣県か九州の南方に位置する県から来られたそうだがが、男性陣のうち1人はもっと遠くの地方から来られたとのことだった。
私が簡単に自己紹介をすると、参加者から口を揃えて「俺達みたいなジジイと違ってピチピチだねぇ」というお言葉を頂き、どう反応してよいかわからなかった。
「おれ最初借金取りが追いかけてきたかと思ったよ」
「アンタまだ借金してたんな!」
借金をしているという禿頭の男がへへっと笑う。
「初郎くん、こんな甲斐性なしになっちゃ駄目よ」
「彼女に逃げられるわ」
女性陣の忠告に私は「気をつけます」と苦笑いした。彼女ができる予定は今後100年程無い。
「ところで初郎君、君どんな記事書いとんね」
ロマンスグレーの髪色をした男に問われた。海外アーティストのムック本を中心にやってますと答えると、男はよくわからないといった顔で「ふーん」と返した。
「最近はネットニュースなんかもあるやろ。ああいうのはやらんのかい」
「あー、時事ネタが苦手でして…」
確かにネットニュースの執筆依頼も探せばあるのだろうが、正直書きたくはない。男に返した通り苦手だというのもあるが、何より憶測やデマなど人を不快にさせる記事で金を稼ぐというのが性に合わないのだ。
すると男が大口を開けてハァッハァと笑った。
「苦手なもんでも金になるもんはやっていかないかんわぁ!やっとればそのうち得意になってくるかもしれんし、何よりその辺の人よりもずっと早く世界の情報をキャッチできるんやから!な!」
いや別にキャッチしたくはない。
本音が口をついて出そうになるのをこらえ、私は「勉強になります」と頷いた。すると彼に感化されたのか、他の方々が「記事を通して自分の意見を載せられる」「自分の書いた記事で世間が振り回されるんや」と口々に言い出した。
私は突っ込みどころが沢山あるのに突っ込めないことに歯痒さを感じながら、話に加わらず様子を眺めている木村氏を見た。彼は苦笑いしながら「こんなもんだよ」と言った。
「そういえば最近の若い人は本当に世間に対して無関心だよね」
遠方から来られたという方が呟いた。
「わかる~、あれがゆとり世代なんかしら」
「娘なんか俺がニュース見ながら物言ってたら『当事者でもないのにばかじゃないの?』なんて言いやがる」
ちょうどゆとり世代が目の前にいるんだけどなー。肩身の狭い思いをしながら聞いていると、先輩方の議論が過熱していき、だんだん芸能人の悪口やら政治への文句やら話題がマイナスな方面を突き進みだした。
それと同時に、個室の中に妙な変化が起きた。先輩方の口から赤と黒が斑に混じりあったような色のモヤが現れ出した。モヤは我々が囲むテーブルの上で形を成し、巨大な人の顔を作り上げた。
顔は私を見下ろし、先輩方の声でこのように言った。
「君もそうは思わんか」
直後、私の視界が真っ暗になった。
気づくと私は自宅の布団の上で、同居人の秋沢氏に見守られていた。彼が連れて帰ってくれたそうだ。
彼いわく、木村氏から「初郎君がえらいことになった」と迎えの要請を受けて居酒屋を訪れたところ、私が吐瀉物を撒き散らしながら泣きわめいていたらしい。
私が秋沢氏に見たものを話すと、彼は「大変だったね」と私の頭を撫でてくれた。
「憎しみとか怒りとか、マイナスな感情を同調させようとするのって無意識の悪意だよね。それが見えたんだ。初郎君は気にしないで、そのままでいてね。お疲れ様」
秋沢氏の手と言葉の温かみに思わず涙した。
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