第19話 祭り囃子

近所の夏祭りで、一度だけ妙な経験をしたことがある。

その時、私は夏祭りの独特な空気感に浮かれてタコ焼きやら焼き鳥やらフライドポテトやらを片っ端から食べた為に腹を下し、一緒に来ていた同居人の秋沢氏と別れトイレに駆け込んでいた。

蒸し暑いトイレの中、便座の上にかがみ込み汗を床に垂らしながら腸の中に鎮座する魔物を絞り出した後、落ち着いた腹を撫でながらトイレを出ると、それまで騒がしかったハズの会場が嘘のように静まり返り、人っこ一人いなくなっていた。

な、なに?中止になったの?慌てふためきながら秋沢氏を探したが、秋沢氏の姿は愚か屋台を営業しているハズの人々の姿すら無く、昆虫くじの屋台でカップに収められたカブトムシが暴れ回るのを、金魚掬いの屋台で金魚がトロ舟を泳ぎ回るのを横目に私は会場を駆け抜けた。

しばらく屋台が連なる道を走り回っていると、どこからかお囃子が聞こえてきた。

もしかして皆出し物を見に行ったのか。お囃子の鳴らされる方向に向け歩を進めると、前方から何かが迫ってくるのが見えた。それは渡御行列のようで、白丁衣装に身を包み白布で顔を隠した人々がそれぞれ鼓や横笛、提灯を操りながらこちらに向けて歩いてくる。

皆これを見に来たのかと思ったが、辺りに観客らしき人はおらず、行列自体もどこか陰鬱としておりとても祭りの出し物とは思えない。道の端に立ち行列を眺めていると、奥から大きな輿が運ばれてくるのが見えた。輿の上には紋付袴姿の男と白無垢姿の女が、同じく白布で顔を隠した状態で座っていた。

輿が私の前を過ぎ去る間際、私は顔を覆う白布の端から男女の横顔を覗き見て、言葉を失った。紋付袴の男は私だった。

なに?なんで?どういうこと?私の姿をした男が輿に乗っていたことを何と捉えるべきか、困惑しながら行列が過ぎ去っていくのを見守っているうちに、辺りがザワザワと騒がしくなってきた。いなくなっていたハズの人々が戻っていたのだ。

「ちょっと。ちょっと」


私より頭一つ分低い位置で、秋沢氏の丸い目がパチクリと瞬く。


「L○NE見てないでしょ」

「あ、ごめん」


秋沢氏に指摘されミニバッグに突っ込んでいたスマホに目を向ける。トイレに駆け込んだ時から20分程しか経っていなかった。

この後私は秋沢氏を引っ張って再び屋台に繰り出したが、頭の片隅ではあの渡御行列について考えていた。紋付袴の男が私と同じ顔をしていたのは何を意味するのか。というかあの渡御行列は何故こんなところに現れたのか。ここはただのショッピングモールであって神聖な場所ではないのに。




後日、私は学生時代から件の祭りに通っているという美容師の細木氏に電話をかけ、あの渡御行列について何か知らないかと尋ねた。細木氏は切羽詰まった声で『見たの!?それを見たの!?』と聞き返してきた。


『やっばー!身近な人がそれ見たの初めてだわー!おめでとー!なんかそれねー!嘘かホントか知らんけど"行列に遭遇するのは運命の相手が近くにいる証拠"とか昔から言ってたわー!それ抜きにしても実際に見たって奴みんな元気だし気にしないでー!ギャハハ!』


細木氏との電話を切った後、ベランダで揺れる2枚のシャツが目に入った。片方が私のもので、もう片方が秋沢氏のものだ。

まさかな…そんなまさか。私はもう乾いたであろうそのシャツをとっとと取り込んだ。

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