第18話 第2回目ひとりかくれんぼ大会

金本氏の実家でひとりかくれんぼ大会を行ってから約1週間後、出版社でWEBサイト用の記事を書いていると金本氏から「また"ひとりかくれんぼ"やりませんか」と誘われた。


「何です、まさかこの間の一件で味をしめたんですか」


「そのまさかです」


金本氏は私からパソコンを奪い取り、先日のひとりかくれんぼ大会の記事に寄せられたコメントを開いてみせた。


「爪の他に髪の毛、唾、血等を使うともっとヤバくなるって話を頂きまして。やってみたいなーって」


「じゃあ他の人誘ったらどうですか?前と同じメンバーじゃ面白くないでしょ」


「いやそれが残念ながら」


金本氏が再びパソコンを動かし、別の画面を開いてみせる。そこには『第2回ひとりかくれんぼ大会』の文言と、参加者として私の名前が書いてあった。


「こいつ!また!」


記事を削除する為パソコンを奪い取ろうとした私に

、金本氏がチケットを1枚突きつけた。


「市内で一番高い焼肉屋の割引券です。秋沢君と行ってきて下さい」


こいつ、何から何まで。私は「わかりましたよ」とだけ返し、金本氏の手から割引券を奪い取った。金本氏が満足そうにしていたので妙に悔しかった。




ひとりかくれんぼの開催場所は、例によって金本氏の実家だった。ご両親は開催日の朝から3泊4日の海外旅行に出たそうで、金本氏は「今度こそ大丈夫」と胸を張った。

当日、同居人の秋沢氏と共に金本氏の実家を訪れると、出版社の事務員であるゆうきさんが白地に波線と金魚が描かれた浴衣姿で現れた。前回の参加者であるミン氏は同郷の仲間との飲み会で来れないらしく、ゆうきさんはピンチヒッターとして駆り出されたそうだ。


「えらく涼しげですね」


「日本家屋で夏っぽい1日を過ごせるって聞いたんでぇ、思いきって着てきちゃいましたぁ」


この人も騙されて来たクチか。心の中で合掌したが、反面この人なら何かあっても大丈夫だろうとタカを括った。

それから金本氏と合流した私達は、居間で風鈴の音をBGMにかき氷を食べたり、暗くなると線香花火で遊んだりしながら深夜になるのを待った。日付が変わる頃にはゆうきさんの服が浴衣からTシャツ短パンに変わっていた。


そして深夜1時、金本氏が1人に1つ、ぬいぐるみとカッターナイフを配っていった。


「マジで血ィ使うんですか」


「オールミックスでも良いですよ」


「いやいいです」


私は大人しくカッターナイフを受け取って指を切り、腹を割っておいたぬいぐるみの中に血をこすりつけた。ゆうきさんだけぬいぐるみを持って別室へ消えたのでオールミックスをする気なのだろうなと思った。

全員がぬいぐるみの準備を終えた後、私達は早速ひとりかくれんぼをスタートした。ルールは前回と同じだが、今回はゲームが用意されておらず、テレビにはアイドルのMVが流されていた。


「くれぐれも変な気は」


「起こすかて!」


私達は例によってぬいぐるみを各々水の張った場所に沈め、お決まりの文句を唱えながらナイフを刺した。ちなみに名前は以下の通りである。


私…タマ

A沢氏…課長

K本氏…ひろし

ゆうきさん…ポンチ


ゆうきさんに「可愛い名前だとやりづらそう」と言うと「甘さは命取りよ」と返された。

この後、例によって居間の押入に隠れた私達は、襖の隙間から交互に居間の様子を覗いたりアイドルのMVに見入ったりしながら1時間程を過ごしたが、何かが起こる等ということは無かった。前回現れた謎の女性も現れず、すっかり白けた私達は終了の儀式に入る為押入を出た。各々自分のぬいぐるみを沈めた場所に行き、ぬいぐるみに塩水をかけて終了の文句をとなえる。

ぬいぐるみの中身が何だろうが関係無かったな。ビショビショになったぬいぐるみを突っ込んだビニール袋を提げて居間に戻ると、金本氏とゆうきさんが待っていた。


「あれ?秋沢君は?」


「まだ戻ってこないですぅ」


「ぬいぐるみの位置が変わっちゃったんじゃないすかね」


金本氏が冗談めかして言う。私は「まさかぁ」と笑ったが、しかしどこか嫌な予感がしたので秋沢氏を探しに行くことにした。


私達は三手に分かれて家の中を探し回ったが、秋沢氏は見つからなかった。


「金本君…どうしてくれるのかな」


「もう少し、もう少し探してみましょう。ね!」


金本氏はそう言ったが、もう探すような所は残されていない。

秋沢氏はこのまま行方不明になってしまうんじゃなかろうか。尋ね人の貼り紙に秋沢氏の顔写真が掲載されている様を想像して血の気が引いたその時、玄関のベルを連打する音が家中に響き渡った。私は弾かれたように玄関へ飛んで行き、引き戸を開ける。引き戸の先には頬を膨らました秋沢氏が目に涙を溜めて立っていた。


「どこ行ってたんだよ!」


思わず抱きしめようとする私の手を潜り抜け、秋沢氏は風呂場に駆け込んでいった。それから間もなく「僕の勝ち!」と3回聞こえたかと思うと、秋沢氏が嗚咽を漏らしながら出てきた。


「どうしたの…?」


「顔の無い人が追いかけてきた…」


それで外まで逃げたのかこの子は。

とんでもなく怖かったことだろうと頭を撫でようとすると、秋沢氏の目線が私の背後を捉え表情を強張らせた。


「僕の勝ちって言った…」


いるのか。玄関に目を向けると、確かにいた。

顔どころか、首から上が薄れるように消えた、ポロシャツ姿の男。男は玄関の戸を潜り、私達の方へと歩み寄ってくる。

そんな、ひとりかくれんぼは全員終えたのに。何故まだ。秋沢氏を背に隠しジリジリと後退っていると、突然背後から何かに押し退けられた。ゆうきさんだった。ゆうきさんは「私が鬼ィィィ」と叫びながらポンチ(ぬいぐるみ)を握りしめた拳を男にぶつけた。男の身体はゆうきさんの拳を受けた部分からとけていき、モヤのように消えてしまった。


「ゆうきさああああん」


男二人で抱きつくと、ゆうきさんから「暑苦しい」と押し退けられた。


この後、泣いて謝る金本氏に「割引券だけでなく焼肉の代金全額負担します」という誓約書を書かせ、第2回ひとりかくれんぼ大会を締め括った。


「高いやつ食べましょうねぇ。サイドメニューもぉ」


「えっゆうきさんも来るの」


顔を強張らせる金本氏に、私と秋沢氏は口を揃えて「当たり前じゃないですか」と答えた。


「一番の功労者ですよ」


「一番美味い肉を召し上がって頂かなくては」


「そんなぁ~っ」


この一件以来、金本氏は二度とひとりかくれんぼの話を持ち出さなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る