第17話 合コン

先日、私の知人にして日頃お世話になっている出版社の編集長但馬氏から「合コンをセッティングするので奮ってご参加下さい」というSNSを頂いた。

突然何事かと問うと、但馬氏からこのような返事が返ってきた。


『弊社の編集者金本鉄雄は常日頃から「彼女が欲しい」と喚いておりますが、欲しい欲しいとほざくのみで自ら彼女を作る為の行動には出ようとしません。そんな彼を見ていると、何故だか黒牟田さんのことまで心配になって参りました。

ここは私が年長者としてあなた方独身貴族予備軍に出会いの場を設けてやらねばなるまい。そう考え、私の持てる限りの人脈を駆使して合コンの場をセッティングすることに致しました。奮ってご参加下さい。

P.S.同居されてる独身貴族予備軍も奮ってご参加下さい。』


伴侶を得るも得ないも個人の自由となりつつあるこのご時世に、なんて頭の古い男なんだ。自分だって独身謳歌しているくせに。

クソ失礼なメッセージに心の中で毒を吐きつつも、これまでの人生で経験したことの無い"合コン"という催しに興味を抱いた私は但馬氏に参加の旨を伝えた。




合コン当日、同居人である秋沢氏と共に会場であるカラオケボックスを訪れると、流行りの服でめかし込んだ金本氏が出入口に立ちスマホの画面を睨み付けていた。金本氏は私達の存在に気づくなり両手を大きく振り上げ「こっちー」と元気の良い声で呼び掛けてきた。金本氏の首には透明なポシェットがぶら下がっており、私は防犯意識の怪しさにハラハラしつつ合流した。

それから本日の合コンについて話し合っていると、間もなく若い女性が3人、私達目掛けて駆け寄ってきた。但馬氏が人脈を駆使して集めた女性達だった。私達は軽く挨拶を交わした後、店に入り予め但馬氏が予約していた部屋へ通された。

それぞれの座席を決めると備え付けの電話でフロントに飲み物と料理をいくつか頼み、それらが来るのを待ちながらそれぞれが自己紹介をしていった。但馬氏の人脈ということで女性達は皆出版関係の方かと思ったが、意外にもアパレルの店長、商社の課長代理、飲食店のチーフとそれぞれ違った仕事、しかもかなり責任のある仕事をされているようで、企業の下っ端社員とフラフラしたライターもどきで構成された男勢は頭が下がる思いだった。


飲み物と料理が運ばれ乾杯を済ませた後、金本氏とアパレルの方が流行りの曲を熱唱するのをBGMにして、私は飲食店の方と、秋沢氏は課長代理の方とそれぞれ話をした。私はウン年振りに話す(ゆうきさん以外の)女性に緊張して思うように喋れず、隣でにこやかに話を進める秋沢氏が羨ましくなった。

いたたまれなくなった私は金本氏が歌い終えたタイミングで「トイレに行きます」と席を立った。すると、先程まで課長代理の女性と楽しげに話していた秋沢氏まで「僕も」と席を立った。

こうして二人でトイレへと駆け込んだ。


薄汚れた小便器がズラリと並ぶ男子トイレで、私と秋沢氏は小便をするわけでもなくただ立ち話をした。「仮にどちらかが女性と付き合うことになった場合、家はどうするか」という話題で。

今現在私と秋沢氏が暮らしている家の主は私である。もし私か秋沢氏があの女性達の誰かと付き合うことになれば、秋沢氏は我が家を出て新たな家を探さなければならなくなる。住まいを探す度に事故物件を引き当ててきた負の実績がある彼にとってはそれがネックらしかった。


「いつかはこんな日が来ると思ってたけどさ…」


但馬さんも余計なことしてくれたなぁと頭を抱える秋沢氏に何と言葉をかけたものかと迷っていると、ふと背後から刺さるような視線を感じた。私の背後にはトイレの出入口がある。恐る恐る出入口に目を向けると、黒髪の女性がひょっこりと顔を出し、こちらを眺めていた。思わず目を剥いて凝視すると、女性はサッと身を潜めてしまった。

何だ今のは。私が出入口の方向を見つめて立ち尽くしていると、女性に気づかなかったらしい秋沢氏から「そろそろ戻ろう」と背中を押された。


トイレから戻った後、私の頭の中はトイレで見た女性のことでいっぱいになり、今目の前にいる女性達と話すことがままならなかった。実はこの3人の女性達の誰かが様子を見に来ていたのではないかと思ったが、3人はいずれも茶髪だった。


「大丈夫?」


アパレルの方に声をかけられた。


「めっちゃ顔色悪いやん。どうしたの?」


「あ、大丈夫…」


絞り出すように返事をしながら、私はふと部屋の入り口、ドアの真ん中に嵌められたガラスに目を向け、ひっと声を上げてしまった。ガラス越しに、さっきの女性がこちらを見ていた。女性は私の視線に気づくと再び身を潜めてしまった。

私は急いで部屋を飛び出し、廊下を見回した。女性の姿は無かった。廊下の左右の壁には他の部屋に通ずるドアが並んでいたが、そのどこかに隠れているというわけでも無さそうだった。

本当に何なんだろう。頭を抱えながらも部屋に戻ろうとした時、ガラス越しに見えた部屋の風景に言葉を失ってしまった。秋沢氏や金本氏、3人の女性達がいるハズの部屋に、あの黒髪の女性だけがポツリと座っていた。

私は再びトイレに駆け込み、持っていたスマホで秋沢氏を呼び出した。怪訝な顔で現れた秋沢氏に見たものを説明すると、秋沢氏は一瞬顔を強張らせた後、私の手を引いて部屋に戻り「ごめんけど帰るね」と言って財布から一万円を出した。


「初郎君が体調悪いみたいでさ」


「そうなん?大変やん。お大事にね」


「ありがとう。またご縁があったら会おうね」


金本氏と女性達が見送る中、秋沢氏は申し訳なさそうにしながら私の手を引いて部屋を出た。

それから二人で店を出て、家に向け街中を進んでいると、秋沢氏が「いやー良かった」と嬉しそうな声を上げた。


「本当に怖かったからさー。僕達のどっちかに彼女ができて、僕が初郎君ちを出ていかざるを得なくなるの。合コンを中断する良い口実ができて本当に良かった良かった!これからもよろしくね!」


さっきの黒髪の女よりも秋沢氏の方が遥かに怖いと思った。




後日、金本氏から合コンの結末について連絡が入った。但馬氏の人脈により集められたあの3人の女性達は全員「人の奢りでご飯が食べられる」という理由だけで合コンに参加したらしく、誰かと付き合おうという気など毛頭無かったそうだ。

私も秋沢氏も必要の無い心配で頭を悩ませていたわけだ。このことは秋沢氏には一生黙っておこうと思った。

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