第16話 ひとりかくれんぼ

ひとりかくれんぼとは…こっくりさんと同じくらい有名な降霊術。爪とか米とかいろいろ詰めたぬいぐるみを鬼に見立ててかくれんぼをする。怪現象よりも手順が怖い。




先日、日頃お世話になっている出版社の金本氏から「ひとりかくれんぼ、やってみませんか」と誘いが来た。なんでも、出版社のWEBサイトに「一切の細工無し!大の大人が大真面目に開催するひとりかくれんぼ大会」という記事を載せたいらしい。

開催を予告する記事だけは既に作っているとのことで、出版社のHPを開いてみると参加者名簿に『ライター兼霊能者』として私の名前が挙げられていた。

霊能者じゃねえけどもう好きにしてくれ。思いながら、私は金本氏に承諾の旨を伝えた。




ひとりかくれんぼ大会の開催日は週末だった。私は仕事が休みだという同居人の秋沢氏を連れて、開催場所である福岡県の某市まで車を走らせた。

某市は福岡県の中でも田舎に分類される小さな街だがラーメンが有名で、秋沢氏と「終わったらラーメン食べよう」と話をしながら開催場所を目指した。

開催場所は大きな2階建ての日本家屋だった。殆ど木と漆喰で構成されたような外観に雨戸の開けられた掃き出し窓。縁側でスイカを食べたくなるタイプの家だと思った。


「あー待ってました」


玄関の引き戸が開き、中から金本氏がひょっこりと顔を出した。


「もうみんな中で待ってますんでね」


「名簿には金本君と僕の名前しか無かったけどね」


ツッコみながら居間に通されると、大きな卓袱台の置かれた畳張りの部屋に色白で切れ長の目をした少年がちょこんと座っていた。


「既に怪奇現象が始まっているようだけど」


「失礼な。彼は生きてる人間ですよ」


金本氏に促され、少年が私達に「ミン・ハオランです」と会釈した。


「中国から来ました」


「中国地方から?それはまた遠くから…」


「面積の広い方です」


ミン氏は他の人にも同じことを言われるらしく、ツッコミのバリエーションを取り揃えておくことにしたらしい。

こうして自己紹介を済ませた後、私達は縁側でスイカを食べたり川でザリガニを釣ったりしながら夜を待った。


そして夜中の1時、とうとうひとりかくれんぼ大会が開催された。金本氏が1人に1つ、種類の違うぬいぐるみとソーイングセットを配って回る。


「ぬいぐるみって1つで良いんじゃないんですか」


私が尋ねると、金本氏が眉を寄せチッチッチッと指を左右に揺らした。


「ぬいぐるみが1つだけということは、かくれんぼを終わらせる儀式の為に家の中を動き回る人間も一人で良いってことじゃないですか。そうすると残りの3人はぬくぬく隠れられるわけで…。それじゃ面白くないので全員が動き回らざるを得ないようにしました」


余計なことをしやがる。私と秋沢氏はブツブツと金本氏への呪詛を吐きながら人形に爪と米を仕込んだ。

途中、ミン氏に参加の理由を尋ねると「金本さんが日本の伝統的な夏の過ごし方を教えてくれるって」という答えが返ってきた。ミン氏よ、騙されてるぞ。

人形への仕込みを済ませた私達は、それぞれのぬいぐるみに名前をつけた。以下の通りである。


私…ポチ

A沢氏…部長

K本氏…孝幸

ミン氏…ジェラルド


秋沢氏はぬいぐるみを刺すことを考慮して名前を考えたようだ。ジェラルドはよくわからなかった。


ぬいぐるみに名前をつけた後、金本氏からルール説明が行われた。大体はネットで見られるルールと同じだが、そこへ金本氏が独自でルールを増やした。以下の通りである。


・ぬいぐるみの隠し場所は水が張ってあればどこでもよい

・隠れ場所はテレビを置いている居間のみとする

・1時間経ったら後は好きなタイミングでやめてよい


以上のルールをよく咀嚼した後、私達はようやくひとりかくれんぼを始めた。

私がポチの隠し場所に選んだのはトイレのタンクだった。「最初の鬼は初郎だから」とポチに3回言い聞かせ、タンクの中に仕舞った。

全員がぬいぐるみを隠した後、全員で家中の電気という電気を消して回り、居間の押入に人数の塩水を隠した。

何故か居間のテレビはけゲームが起動されており、マルチプレイのメニュー画面が映し出されていた。全員で10秒カウントした後、私達はそれぞれぬいぐるみの隠し場所に行き、ぬいぐるみに包丁を突き立てた。


「次はポチが鬼だから」


再び3回言い聞かせ、私は居間の押入に駆け込んだ。押入では下段に金本氏とミン氏、上段に秋沢氏が隠れていた。私は上段にお邪魔し、僅かに開けた襖の隙間から交互に居間の様子を見ることにした。


「狭い空間ではありますが各自、変な気を起こさないで下さいね」


金本氏の注意喚起に全員が「起こすか!」と突っ込んだ。


隠れ始めて30分。何か起こるわけでもなく至って平和だった。ここで唐突に襖が開かれ、下段からミン氏が恐る恐る出てきた。


「ミン君にゲームしてもらいます」


金本氏が楽しそうに言う。塩水を口に含んでいないようなので指摘すると、ミン氏が「だいじょぶ」と笑顔で手を振った。

ミン氏は10分程ゲームをしていたが何も起こらず、笑顔で「22キル3デス。大健闘です」と報告しながら帰ってきた。


「他にもいろいろやってみましょう。冷蔵庫につまみ食いに行ったり」


金本氏が嬉々としながら提案してきた直後、玄関の引き戸が開くガラガラという音が聞こえた。それから靴を脱ぐ音が聞こえ、今度は廊下をヒタヒタと歩く足音が近づいてきた。


「やばい。みんなしばらくここを出ないで下さい。音も立てないで」


金本氏の声に緊張が走る。何が起きたというのか。


「旅行に行った親が思いの外早く帰ってきました」


そういえば家の表札に「金本」と書いてあった気がする。

間もなく居間の戸が開かれ、中年の女性が顔を出したかと思うと「なにこれ」と呟き出ていった。

その後、私達は2時間程押入の中で怪奇現象を待ったが何も起こらず、飽きた私達はひとりかくれんぼを終えることにした。


「あの、絶対に姿を見られないようにして下さいね」


慌てたように言う金本氏にはいはいと返事をし、塩水を口に含んでそれぞれのぬいぐるみの隠し場所に行った。

ネットでの体験記ではよく「ぬいぐるみの位置が移動していた」等と書かれているが、私のポチはタンクの中で大人しくしていた。

私は口に含んでいた塩水をポチに吹きかけ、残りの塩水もかけてから「僕の勝ち」と3回言い聞かせた。

ぬいぐるみを可燃物として処理した後、私達は再び居間に集まり怪奇現象の報告会を開いた。

私と秋沢氏は何も起こらず、ミン氏はゲーム中に絶対倒せない無敵兵士を見たそうだ(多分チート)。

そんな中、金本氏が何故か押し黙っていたので全員でつついてみると、金本氏がゆっくりと、何やら言いにくそうに口を開いた。


「あの、さっき居間に顔出したのお母さんじゃない…」


全員が凍りついた。


ご両親が帰って来たのは事実なようで、翌朝金本氏のご両親と顔を合わせることができた。お母様は確かに深夜に見た女性と別人だった。

金本氏の実家を出た後、私達4人は有名店でラーメンを食べて地元の大分県に戻った。




数日後、金本氏がひとりかくれんぼ大会の経過をWEBサイトに上げていたので読んでみた。ゲームをしていたことから女性のことまで事細かに記載しており、またひとつかくれんぼに関する巷の伝説が1つ増えたんだなと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る