第8話 物理攻撃

仕事帰りのサラリーマンやサークルの集まりらしき大学生達、呼び込み中のホスト、客と同伴で出勤するホステス。

人でごった返す土曜の夜の繁華街。私はコインパーキングを探して車をのろのろと走らせていた。車の助手席には同居人の秋沢氏。後部座席には私が日頃仕事を頂いている出版社の編集者金本氏と事務員のゆうきさん。何故か3人とも痣や擦り傷等の怪我をしており、中でもゆうきさんは口から左目の上が大きく腫れ口の端から血を流していた。

繁華街から少し外れたところにコインパーキングを見つけた私は駐車スペースに車を頭から突っ込み、秋沢氏と共に車を降りた。


「くろむー!私"わかば"ねぇ!」


ゆうきさんの間延びしながらも力強さを感じる声が響く。私は「煙草のチョイス可愛くねえ」と思いながらもはいと返事をした。


「僕チキン!」


金本氏の要求にもはいと答えて鍵を閉め、私と秋沢氏はコインパーキングから一番近いコンビニに向けて歩き出した。




何故3人が怪我をしているのか。

発端は2時間程前。夕飯の支度を始めた私のスマホに金本氏からこのようなメッセージが届いた。


『ローカル誌の企画で心霊スポット特集をやろうと思うんですが、1ヶ所だけ怖くて行けないところがあるんでついてきて下さい』


お前なんでこんな夕飯時に、と思いながらも私は承諾した。

というのも、心霊スポットと呼ばれる場所は暗に治安の悪い所を示している場合もあるので、そんな場所に金本氏を一人で行かせるのも悪い気がしたからだ。私はソファで寝ていた秋沢氏にも誘いをかけ、私の車で出版社まで赴いた。


出版社の前では金本氏の他にゆうきさんも待っていた。 興味本位でついてきたらしい。

金本氏とゆうきさんを乗せた私の車は隣市の山奥にある秘湯を訪れた。ここでは遥か昔から人をさらう化け物の噂が囁かれ、つい数年前にも女性が一人行方不明になっている。

「心霊スポットっていうかリアルに事件の現場じゃないですか」と言いながらも秘湯の入口まで足を踏み入れたところで、私は激しい腹痛に襲われた。


「もう霊障が」


金本氏がどこか嬉しそうに言う。

違う、これは恐らく朝食で食べた消費期限切れのヨーグルトが当たったのだ。

私は3人に「先に行っててください」と伝えその辺の茂みに身を沈めた。

それから長いこと食あたりと闘った後(時間にして20分程か)、どうにか腹痛を鎮めて3人のもとに行ってみたら、何故か3人が3人とも負傷していたのである。


以下、秋沢氏達の話を総合したものである。



私が食あたりと闘っている間、3人は金本氏を先頭、秋沢氏を最後尾にして湯船のある場所まで行き、雑誌に載せる為の写真を撮影していた。

金本氏が場所を変え角度を変え何枚も写真を撮る中、秋沢氏はゆうきさんと世間話をしながら私が来るのを待っていた。

すると突如秋沢氏の肩が誰かに掴まれた。秋沢氏は当初、私が追いついたものかと思ったそうだが、それにしては手が大きく土臭い。それに秋沢氏の背後に目を向けたゆうきさんの顔が強張っている。


「え、だれ…」


振り返ったと同時に、秋沢氏は頬に衝撃を受け吹き飛ばされた。

地面に倒れ込んだ秋沢氏の上に何かが跨がり、続けて2発3発と拳を喰らわす。親父にもぶたれたことの無い秋沢氏は受け身も取れぬまま拳を喰らいながら、相手の顔を見て悲鳴を上げた。相手は顔の所々が大きく裂け、その間から瞳の白い目がギョロギョロと覗いていた。

秋沢氏達の異変気づいた金本氏が2人のもとまで駆けつけようとして足を滑らせ、その場に頭を打って気絶してしまった。

その間にも秋沢氏の顔に拳を喰らわす化け物の頭に、ゆうきさんが膝蹴りを喰らわし退けた。化け物はゆうきさんの膝蹴りで吹き飛んだ後、今度はゆうきさんに向けて突進してきた。ゆうきさんは横たわる秋沢氏をその場に残して自身も化け物に突進していき、趣味のボクシングで鍛えた拳を化け物の顔に喰らわした。

そのままゆうきさんは化け物と打ち合いになり、顔をボコボコに腫らし口の中を切りながらも化け物を打ちのめすことができた。化け物は野太い悲鳴を上げてその場から逃げていき、それと入れ違いで私が現れたのだという。


私達は金本氏を揺り起こした後フラフラのゆうきさんを介抱しながら車に乗り込み、とっとと市街まで戻ってきた。

ゆうきさんを病院へ連れていこうとしたが「病院行ってもお医者さんへの説明が大変なんでぇ、それより煙草吸いたいなぁ」とのことなのでコンビニへ向かうことにして、今に至る。




コンビニで飲み物と弁当、お菓子をカゴに突っ込み、レジにて人数分のチキンとゆうきさんのわかばを注文する。秋沢氏のボコボコに腫れた顔に強張る店員に二人で作り笑いをしがら会計を済ませ、商品を手にダッシュで車に戻った。

煙草に火をつけ、煙を深く吸い込むゆうきさんに「男が3人も揃っていながらすみません」と3人で頭を下げた。ゆうきさんは煙を外に向けて吐き出すと「とんでもない」と笑った。


「適材適所ってやつですよ」


全員がゆうきさんのファンになった。




数日後、あの秘湯で行方不明になった女性を殺害したという男が逮捕された。

ニュースに映し出された男の顔は殴られたように腫れていた。

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