第5話 怪奇初め
「賀正」の二文字が掲げられた派手なセットの中で、艶やかな振袖を纏い新年の挨拶を述べる女性アナウンサーが映し出されたテレビを横目に、大きな丸餅が1つ入った雑煮をすする。1月2日の我が家には私一人しかいなかった。
同居人の秋沢氏は大晦日から市内の実家に帰省している。私も同じ日に実家へ帰省していたが、元旦になって挨拶にやって来た親戚達から「そろそろ結婚せんね?」「そもそも彼女おらんの?」と耳の痛くなる質問をぶつけられた為に憤慨し、従姉妹の息子用のお年玉だけ置いて帰ってしまった。
秋沢氏が戻ってくるのは今日の夜。それまで2Kという広くも狭くもないはずの我が家(家賃1万円)で「いつもより眺めが良い...」等と何かの歌の如く孤独感に苛まれながら過ごさなければならない。
そんな矢先、私がお世話になっている出版社の金本氏からSNSにメッセージが入った。
『怪奇初め、しませんか?』
"怪奇初め"。全く聞いたことのない日本語に私は誤字かと思い『書き初め?』と返信した。
『"かいきはじめ"です』
いわく、人を集めて今年初めての心霊スポット探訪をするのだという。ちなみにどこの心霊スポットなのかは金本いわく「着いてからのお楽しみ」とのこと。
私とオカルトを結びつけるのはいい加減やめてほしい、と普段なら考えるところだが、孤独感と人恋しさでおかしくなりかけていた私はすぐに参加の申し出を送り、さらにあることを提案した。
『ちょっと秋沢くんびっくりさせてやりましょうよ』
夜の8時頃、私は金本氏の運転するミニバンの二列目に乗り込み市街の駅前ロータリーを訪れた。ミニバンの中には私と金本氏の他に金本氏の従兄弟である細木氏、事故物件の件で度々お世話になっている但馬氏が乗っており、全員が駅の出入り口から出てくるであろう秋沢氏を待ち受けていた。
秋沢氏にはSNSで『市街で寿司食べるので駅前ロータリーで待ってて』と一方的にメッセージを送っておいた。秋沢氏は何の疑いも持たなかったようで、アルパカを模したキャラクターのスタンプで了承の意を伝えてくれた。
そして待つこと5分程。駅の出入り口から見慣れた小さな影─秋沢氏が大きなボストンバッグを抱えて出てきた。秋沢氏はロータリーをしばらくうろついた後、タクシー乗り場を示す看板のそばに落ち着いた。
私達も行動を始めた。秋沢氏が立っているタクシー乗り場から少し進んだ所に車を停め、私と細木氏、但馬氏の3人が車を降りる。そして秋沢氏のもとまで駆け寄り、こちらの存在に気づいた秋沢氏を取り押さえた。
「なに、なんで」
騒ぎにならない程度に声を上げる秋沢氏を私と細木氏で運び、但馬氏が荷物を持った。そして秋沢氏を引きずり込むようにして車に乗り込むと、金本氏が車を発進させた。
「あの、皆さんあけましておめでとうございます...寿司だよね?」
私と細木氏に挟まれ戸惑っている秋沢氏に私は寿司の件が秋沢氏を誘い出す為の嘘であること、代わりに"怪奇初め"をすることを伝えた。
秋沢氏は寿司が食べられないことにショックを受けたようで、年始早々の心霊スポット巡りについて何の反応も示さなかった。可哀想になったので途中のコンビニでいくら入りのおにぎりを買ってやった。
おにぎりを食べたりオーディオで何の曲をかけるかで争ったりしながら車に揺られること約一時間、私達は複数の漁村が点在する半島の先端に辿り着いた。200m程海を挟んだ場所に有人島が見え、集落であろう箇所は家々から漏れる電灯の光で明るく照らされている。
港の駐車場に車を停め、私達は先端付近を散歩して回った。先頭を金本氏と細木氏が歩き、その後ろを但馬氏、そのさらに後ろを私と秋沢氏が歩くという砂時計のような形のフォーメーションで、水平線に灯った漁火が綺麗だとか星がよく見えるだとか話しながら歩いた。
ふと、秋沢氏が何かに引っ張られるように一歩だけ後退りした。
「どうしたの」
「いや、今なんか肩引っ張られて」
秋沢氏が辺りを見回しながら説明すると、金本氏が「待ってました」と嬉しそうな声を上げた。
「さすが引き運の強い秋沢くん。ここそういう話が多いからね。背後から声をかけられたとか、肩を叩かれたとか。でも引っ張られた人は初めてだ」
興奮気味に捲し立てる金本氏に但馬氏が「慎めクソ本」と諭した。
「出発前に目的地を聞いておけば良かったよ。一応あの島は昔の戦争でかなりの人が死んだ場所だからな。それと関係あるかは知らんけど、楽しんでいいことじゃないな。黒牟田さんは知ってますよね」
但馬氏の気だるげなタレ目から視線が注がれ、私は頷いた。確かにあの島は戦時中、離島にも関わらず空襲の被害をモロに喰らい沢山の人が亡くなった場所だ。中には島からこの港まで逃げ果せようと海を渡るもその途中で亡くなった人達だっている。
恐らく金本はそれを知らなくて、我々をここまで連れてきたのだろう。
「こんな亡くなった方々を冒涜するような目的で来ちゃいけない場所なんですよ。まあ心霊スポットなんてどこもそうなんですけど」
僅かに語気を強めながら話す但馬氏の目が有人島を見据えていた。
それから但馬氏に促され全員で黙祷した後「市街に戻って夕飯食べて帰ろう」という話になり車に戻った。
途中、但馬氏が私にこのような話をした。
「すみません、先の大戦は人類の黒歴史みたいなものなので、俺少し敏感になってしまうんですよ。金本君には申し訳ないけど叱らせて頂きました」
せっかくの"怪奇初め"なのに、と本当に申し訳なさそうにする但馬氏に私は「但馬さんが正しいですよ」とフォローした。金本氏は全く気にしていない様子だった。少しは気にしてほしいと思った。
市街に戻る途中の山中。細木氏が「トイレに行きたい」と言い出した。
「わりい、その辺停めてくれたら茂みで済ますからさ」
「いいよ、ちょうどちょっと進んだところに展望台あるからそこ行こう」
金本氏がそう返し、展望台のある公園へと入った。
公園には鎖で入口を封鎖された展望台と微弱な照明に照らされた公衆トイレが建っており、細木氏は着くなり公衆トイレに駆け込んでいった。
細木氏を待つ間、私は展望台を眺めながら何かを忘れているような気がしていた。この公園について昔、親戚から何かを聞かされたはずだが。何だったか。
すると突然、外側から車をバンバンと叩かれた。細木氏だった。
「入れて入れて入れて!」
顔を歪ませ叫ぶ細木氏。その背後に、いつの間にやら中年の女性がゆっくり迫っていた。女性には足がなかった。
「うわ!え!?何アレ!?」
「こんな所におば...え?」
「あ、足?足なくね?」
狼狽える3人をよそに私はドアを急いで開けて細木氏を引きずり込むと、すぐさまドアを閉め金本氏に発進するよう促した。金本氏は恐怖からか多少もたつきながらもギアをRに切り替え、勢い良く発進した。
「何あれ何あれ何あれ!」
私の身体を揺さぶりながら声を上げる細木氏の横で、私はようやく親戚から聞かされた話を思い出した。
─あそこ夜行かん方がいいわ。ウチの斜向かいに住んどるアキちゃんがあそこで足の無いおばさんに追いかけられとる。
早々に思い出すべきだった。
私は親戚の言葉を胸にしまい、細木氏に対して「わからん」とだけ返した。
市街に戻ってから全員で牛丼屋に入り牛丼を食べた。食事中に金本氏が「次は旧正月に怪奇初めなんてどうですか」と言った。冗談抜きに但馬氏の言葉を気にしてほしいと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます