第4話 木村さん



木村氏と知り合ったのは2018年の11月頃。私がお世話になっている出版社の金本氏からの紹介だった。


『ウチで執筆依頼した人でホラーとか好きな人いるんですけど、会ってみませんか?』


金本氏からSNSで送られてきたメッセージに、私は当初お断りする旨の返事を送ろうかと考えた。

何故かというと、私は別にホラーが好きなわけではないからである。

周囲の人々は(同居人の秋沢氏ですら)私がホラー好きであると思い込んでいるようだが、私がそのようなことを公言したことは今までで一度もない。せいぜい呪いの動画を漁るか気になったホラー小説を読むぐらいだ。そんな人間がホラー好きを名乗る方とお会いしてマンツーマンで話そうものなら、あまりの知識不足に相手をがっかりさせてしまいかねない。なんなら「こいつ薄っぺらい奴だな」とも思われかねない。

そんな相手も自分も傷を負いかねない事態を避けるべく『貴重なお誘いありがたいけど』と文章を打ったところで、仕事から帰ってきた秋沢氏にスマートフォンを覗かれこう言われてしまった。


「近い将来、初郎君のライバルになるかもしれないんだよ?今のうちに敵を知っておこうよ」


ライバルになるかは定かではないが、確かに情報収集の為に会うのは良いかもしれない。ホラーの件は当日どうにかしよう。

私は金本氏のSNSに『是非とも』と返事を送った。


3日後、私は市街のカフェで木村氏とお会いした。

木村氏は御年37歳とのことだったが、青のマウンテンパーカーを着こなしパッチリと大きな目を綻ばせてこちらに微笑みかける姿は、大学生と言われても信じてしまいそうな程に若々しかった。

私は挨拶をするついでに「大変申し上げにくいのですが」と、私が木村氏の思う程ホラーが好きでないことを打ち明けた。木村氏はがっかりされるかと思ったがそんなことはなく、むしろ「そんなことあるのかよ」と手を叩いて笑った。


「謙遜してるとかじゃなく?」


「はい。なのに周りからその手の相談をよくされるんです」


「あっはっはっは!」


木村氏は甲高い声でひとしきり笑った後、自分がこれまでに訪れたという心霊スポットの写真を見せて下さった。中には私が訪れたことのある場所や"心霊スポット"で検索すれば真っ先に出てくるような場所もあり、私は木村氏の行動力に感心すると共に「いつかこの人何かの事件に巻き込まれるんじゃなかろうか」と心配になった。


「僕ねえ、次は海外まで飛んでみようと思ってるんですよ」


「かいがい」


どことなく縁遠さを感じる響きに大言壮語を聞いたような気持ちでいると、それを察したようで木村氏が「本当ですよ」と言った。


「近いとこなら国内よりも安く行けますし、海外にも心霊スポットは沢山あるんですよ」


「ああ確かに」


じゃあ行ったらお土産買ってきてください。そう言ってSNSのIDを手近な紙に書いて渡すと、木村氏が「ちゃっかりしてるなあ」とまた甲高い声で笑った。

こうして木村氏をがっかりさせることもなく平和に会合を終えた後、金本氏にお礼を兼ねて顛末の報告を行った。

金本氏からは兎を模したキャラクターが親指を立てるスタンプが1つ送られてきただけであった。


木村氏から連絡が入ったのは会合から約4ヶ月後、3月の初めだった。

出版社からの依頼で海外アーティストのムック本に載せる記事を書いていたところへ、私のSNSにメッセージが入ったのだ。


『ちょっと相談があります。会えませんか?』


会合での気丈な姿とは裏腹な弱々しさの感じられる文章に「とうとう事件に巻き込まれたか?」と思いながら、私は『これからでも良ければ、この間のカフェで会いましょう』と返信した。



カフェに入ると、奥の席で木村氏がクリームソーダをつついているのが見えた。ただその顔は前回お会いした時に比べ痩せ細り、大きな目の下には隈が出来ていた。


「お久しぶりです」


席に近づき声をかけると、木村氏が「しばらくだね」と力無く笑った。


「あの後ね、僕本当に海外行ったのよ」


席についてホットミルクティーを注文した後、K村氏がそう切り出した。

あの会合から約2週間後、木村氏は一番近く安値で行ける韓国へ飛び、気になっていた心霊スポットを訪れたのだという。


「まさかコンジ...」


「そんな有名なとこじゃない」


木村氏は地図を取り出し行った場所を説明してくれたが、残念ながらいまいちピンと来なかった。


「よく見つけましたねそんなの」


「友達伝いにさ。コンジ...は騒がれ過ぎて近所の人がパトロールしてるらしくて、じゃあマイナーな所の方が行きやすいかなって思って」


それよりもこれを見て、と木村氏がインスタントカメラで撮られた写真を一枚取り出した。写真には所々黒ずんだ廃墟を背景にして、木村氏と丸刈りの男性が並んで写っていた。


「友達スポーツでもやってそうな見た目ですね」


「そこ僕一人で行ったんだよ」


「えっ」


私は思わず写真を手放した。一人で行ったなら隣の男性は誰なのか。


「ガチモンじゃないですか」


「なんなら最初見た時はもっと奥にいた」


「うわっ」


私は手放した写真を拾い上げ木村氏に突き返したが、木村氏は受け取ろうとせず大きな目で私を見つめ「まだ何かおかしいよな」と言った。


「誰がそんな写真撮ったんだろうな?」


そういえばそうだ。

インスタントカメラは近くのものを撮るとぼやけてしまうので、スマートフォンのように自分で自分を写すことなどできない。そもそも写真の木村氏はほぼ全身像で、気をつけの姿勢をして立っている。



「あの、僕ちょっとトイレ行きます」


背筋がゾワゾワと寒くなるのを感じながら私は席を立ったトイレのような静かな空間で一旦心を落ち着かせよう。そんな思いからだったが、木村氏は私が逃げようとしていると思ったのか腕を掴んできた。


「一人にするなよぉ!」


「すぐ戻りますよ!」


半泣きの木村氏を振りほどいてトイレに駆け込み、スマートフォンで頼りになる人間がいないかと漁ってみた。しかし誰もいなかった。

どうしたもんか。考えながら席に戻ると、木村氏がいつの間に注文したのかピザにかぶりついていた。


「食べて気を紛らわしている」


言いながら黙々とピザを食べ続ける木村氏の皿からピザを一切れ奪い取り、タバスコを手に取った。

そういえば、唐辛子って大陸の方じゃ魔除けに使われるんだっけか。そんなことを考えた直後、1つ妙案を思いついた。


「木村さん、唐辛子って魔除けの役割もありましたよね」


「え、そうだけど...あっ」


木村氏も同じことを考えついたようで、私の手からタバスコを取りこれでもかという量をピザにかけた。


「でもこれ魔除けとしてどうなの?」


「とりあえずの気休めです。後で吊るす用の唐辛子買いましょう」


了解、と木村氏は威勢よく返事をしてタバスコまみれのピザを平らげた。


木村氏に会計をしてもらい店を出た後、私と木村氏は大型スーパーに立ち寄り野菜コーナーで唐辛子を探したが見つけきれなかった。

代わりにスーパーの中に併設されているアジア雑貨店で唐辛子を模したお守りを見つけたので「これでいい!むしろこっちがいい!」と2つ購入した。


木村氏の家に上がり購入したお守りを飾った後、シンクで写真を燃やし塩を振り撒いた。

そして帰り際、木村氏が大きな紙袋を差し出してきた。


「お土産。忘れてたよ」


「おお、ありがとうございます。僕にとってはさっきの写真よりも大事な物です」


「ひどい」


「冗談ですよ。美味しく頂きます」


「中身を見てないのに食べ物だって断定してるよこの子」


この後2~3言冗談を交わして木村氏の家を後にした。

我が家に帰り紙袋を開くと、中には即席麺5食入りが一袋とカップのトッポギが3種類2つずつ、お菓子が幾つか入っていた。本当に食べ物だった。

それから木村氏の家では突然お守りがバラバラに砕け、その度買い換えるということを3回繰り返した末に何も起こらなくなったそうだ。

最近では私が記事を執筆したムック本からアイドルの写真を撮って『この子僕に似てハンサムだねぇ』という戯言を送ってくるようになった。


『そういえば、例の心霊スポットってどういう曰くがあるんですか?』


戯言を無視して尋ねたが、返ってきた答えは『わかんない』だった。


『友達の友達がヤバイヤバイって騒いでたらしいから行ってみたの。でもあんなことが起きたってことは何か曰くはあるんだろうね』


由来のわからない心霊スポットに突撃したのかこの人、と半ば呆れつつ夕飯用に木村氏から頂いた即席麺を茹でた。


追記:木村氏には申し訳ないが即席麺もトッポギもお菓子も日本国内で手に入るものである。あと即席麺が辛すぎて秋沢氏ともどもお口が真っ赤になった。

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