第3話 社の夢



「毎日同じ不気味な夢を見る」という相談を、同居人の秋沢氏を経由して受けたのは確かつい先日の金曜日だったと思う。ゴールデンウィークに差し掛かる直前で、朝点けたテレビで大型連休の過ごし方について街頭インタビューを行っていたのを覚えている。

その日、私は馴染みの出版社からの依頼で執筆した海外アイドルグループのゴシップ記事について編集の金本氏と共に推敲を重ねていた。そこへ秋沢氏から私のSNSにメッセージが入ったのだ。

同僚が毎晩おかしな夢を見るようでかなり憔悴しているので、オカルトマニアの立場から一つアドバイスが欲しい。そのような旨が書かれたメッセージに対し「別にオカルトマニアじゃないんだけどな」と思いながら、私は秋沢氏の勤務先付近にあるファミリーレストランに集合しようと返信した。

すると私のスマートフォンを覗き見ていた金本氏が「面白そう。ついていって良いですか?」と仰ったので快諾した。


夜の7時頃、金本氏と共にレストランに入ると秋沢氏と同僚の山野氏がコーヒーを飲みながら待っていた。私と金本氏もチョコパフェを注文し、簡単な自己紹介をすると、山野氏は目に僅かではあるが警戒の色を宿しながら「山野と申します」と仰った。


「最近同じ夢を見られると」


「あ、はい、そうです」


「どんな夢ですか?」


私が尋ねる山野氏が言いにくそうに「これってお金かかりますか」と尋ね返してきた。

警戒の理由はこれか。かかりませんよと苦笑しながら答えると、山野氏はようやく話し始めた。

以下、山野氏の夢である。


高い木々に囲まれ鬱蒼とした神社の境内。空中に人の横顔が浮かんでいる。性別はわからない。

その顔が徐々に自分の方を向いて─いつもそこで目が覚める。


「横顔が浮かんでいるんですか?」


隣で金本氏が「やば」と呟くのを聞きながら山野氏に尋ねた。山野氏はコクリと頷き「顔だけ」と答えた。


「横顔の角度とかは?いつも同じところから始まるんですか?いつもより自分の方を向いてるとか、距離が近づいてるとか無いですか?」


毎日同じ夢を見るといった類いの怪談では、夢の中の怪異が徐々に自分に近づいてくるのが鉄板である。もしかしたら山野氏の夢でもそういったことが起きているのではないかと思ったが、山野氏はきっぱりと「無いです」と言い切った。


「だからこそ怖いんです。いつ黒牟田さんの仰るようなことが起きるかわからないから気が気じゃないんです」


確かにそうだ。今まで私が述べたような変化が起こらなかったからといって、今後も同じとは限らない。いずれ夢に何らかの変化が現れるのではないか、現れたとしてその先自分に何が降りかかるのか。そんな不安に苛まれながら日々を過ごせば憔悴するのも無理はない。

"夢を見ること"自体を止めなければいけない。私は続けて質問をした。


「夢に出てくる神社なんですけど、心当たりはありますか?行ったことがあるとか─」


「あ、はい。この間合コンに誘われて、その帰りに皆で...」


「肝試しですかね?」


「そうです」


やっぱりそうか、と私は山野氏の隣にいる秋沢氏と顔を見合わせた。ただ、肝試しに行っただけでそんな何日も引きずるものなのか。大抵は1回ドンと大きな怪異が「死者を冒涜するような真似をするな」と言わんばかりに降りかかって終わるものなのに。

そう頭を悩ませたところで、私は思いついた。


「神社で何か持って帰ってませんか?」


私が問うと、山野氏が思い出したように鞄から丸めたザラ紙のようなものを取り出した。


「なんで持って帰ったのかわかんないんですけどね」


そう言って山野氏が包み紙を広げ、取り出した物体に、男三人でうわっと声を上げてしまった。

人の爪だった。爪切りで切ったような小さなものでなく、根から剥がしたと見られる卵形の爪。それが5~10個程包まれていた。金本氏が「やばきもっ」と口を押さえる。


「どこにあったんですかこんなの」


「敷地の中に落ちてました」


そんなものを拾うな、と言いたいところだが、恐らく山野氏もご自身の意志とは関係無く拾ってしまわれたのだろう。

ともかくこの爪が不気味な夢の原因だと思われるので、これをどうにかしなければならない。

神社に返すか、お焚き上げに出すか。

私は爪の包みを丸め直しながら、思いついた2つの処理方法を山野氏に伝えてみた。


「お焚き上げだと明日お寺にお持ちすることになります。神社に返すならこれからでも可能だと思いますが、どうですか?」


「神社に、これからですか」


山野氏が難色を示した。


「あの神社に行って...出ませんかね。顔」


山野氏はこれから神社を訪れることで、現実に例の顔と遭遇するのではないかと心配しているようだった。


「じゃ、お寺に持ち込みましょうか。あと1回夢を見ることにはなりますけど大丈夫ですか?」


「あー...そうか」


両手で顔を覆い考え込み始めた山野氏に、それまで黙って話を聞いていた秋沢氏が「行こうよ」と声をかけた。


「これだけ人数いれば大丈夫だって」


怪異に人数は関係ないので全然大丈夫ではないが、山野氏には何か響いたようで腹を決めた顔で「行きましょう」と仰った。


金本氏の車で件の神社に向かうことにして、秋沢氏の支払いで会計を済ませた。

そして店を出たところで、山野氏が「あっ」と小さく呟いたかと思うと店の中に戻り、ややあってから血相を変えて戻ってきた。


「爪が無くなりました」


真っ青な顔で山野氏が仰った。いわく、席を立つ時、爪を鞄に戻すのを忘れていたそうで、慌てて戻ったが既に片付けられた後だったとのこと。

今にも泣きそうな山野氏を宥めながら秋沢氏に「結構ドジな人?」と小声で尋ねると「そうでもない」と返答を頂いた。

爪はどうしようも無いので、とりあえずお参りだけしよう。そういう話になり、私達は金本氏の車で件の神社を訪れた。

大通り沿いに佇むその神社は電灯が消えかかり不気味な雰囲気を醸し出していたがただそれだけで、私達は何事もなくお参りを済ませ帰ることができた。

それから大型連休に入り山野氏からの連絡は途絶え、私と秋沢氏はヤキモキしながら10日程を過ごした。

秋沢氏は「連休が明けても山野が出勤しなかったらどうしよう」と頭を悩ませていたが、そうなった時は一緒に山野氏のお宅へ行ってみようと言い聞かせ一旦落ち着かせた。


それから連休が明けた頃、私が山野氏の一件について殆ど忘れかけていた頃に秋沢氏が菓子折を持って帰って来た。外装には山野氏の名前と「その節は本当にありがとうございました」という文面が書かれたカードが貼りつけられていた。


「解決したみたいよ」


菓子折の箱を開けながら秋沢氏が言った。

山野氏とお会いした日からしばらく、彼は例の夢を見続けたそうだが、ある日突然パタリと止んだそうな。また、その数日間に夢の状況が変化するようなこともなかったそうだ。

山野氏の事案が解決したことを、当日同行して頂いた金本氏にSNSでお伝えした。すると金本氏からこのような返事が返ってきた。


『もしかして夢見なくなったのって火曜か水曜じゃないですかね』


どういうことかと尋ねると『月曜が可燃ゴミの回収日なので』と。形はどうあれお焚き上げはできた、と言いたいらしい。

そんなことあるかと思ったが、実際に事案が解決してしまっているのであまり深く突っ込まないことにして、菓子折のフィナンシェを口に入れた。

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