第53話 あの日見た夢

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 「文也、ご飯は自分でお願い」




 女がソファの上で寝転び、テレビを見ている。その様子を眺める小さな少年は、テーブルに広げられた五百円玉を黙って握ると、近くのコンビニへ向かった。




 公園で遊ぶ子供たちは、その保護者だろうか、彼女たちに見守られながら楽しそうにはしゃいでいた。




 僕もお母さんと遊びたいな。少年はそう思いながら味の濃い総菜パンを齧る。家に戻ると、玄関に知らない靴が置いてあったから、再び外へ出て日が暮れるまで子供達を眺めた。




 ……。




 「文也、ご飯は自分でお願い」




 女がソファの上で寝転び、テレビを見ている。その様子を見てため息を吐いた少年は、テーブルに置かれている千円札二枚を鷲掴みにすると、家を出てコンビニへ向かった。




 彼はコンビニの前に座り込んで、弁当を二つ平らげた。きっと今日もあいつが来るのだろう。見飽きたあの顔を殴りつけることが出来ればどれだけ救われるだろうか。そう思って、少年は自分の弱さを嘆いた。




 ……。




 「文也、ご飯は自分でお願い」




 「文也、ご飯は……」




 「文也、……」




 ……。




 「お兄ちゃん。今日は何食べたい?」




 少女は男に訊く。何を頼んでいいのかがわからなかったから、彼は何でもいいと言った。初めてのその言葉に彼は戸惑っていた。




 料理に味が無いように感じていたが、それは確かに温かく、そして何よりも、そこに彼女がいるという事実があった。




 ……。




 「お兄ちゃん。今日は……」




 「お兄ちゃん。……」




―――――




 「お兄ちゃん、朝ごはん食べよ」




 その日の朝、俺の飢えはパンの一切れとスープの一杯で満たされた。





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義理の妹が結婚するまで 夏目くちびる @kuchiviru

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