■034――王国の新しい夜明け

 俺が転移して以降、俺たちをその謀略で苦しめ続けた奸臣オズリックは拘束されたまま目の前に座っている。

 手練れの諜報であるオクルスの完璧な管理によって、彼は老いた虜囚の身でありながら万全の体調を保って生かされている。

「自害を図ったら、あなたの一族郎党全て皆殺しにする。こちらにはそれをしても許される大義名分がある……いや、あなたが与えてくれたと言った方が正しいか」

 簒奪以前の彼が生まれたばかりの孫をこの上なく可愛がっていたという情報は事前に入手していた。

「この敗残の老いぼれに何の御用でしょう?」

 オズリックは捕縛されてからずっと取り乱す事なく落ち着いている。

 『自分の運命を受け入れてるのでしょう』とオクルスは言っていたが……今ひとつこの男の行動には釈然としないものがあった。

 名門貴族の出身で王室付きの文官として順調にキャリアと重ね、後数年で円満に引退して悠々隠居の予定……という絵に描いたようなエリートが、なぜこのような陰惨な謀反で国を滅茶苦茶に破壊したのかどうにも解せなかった。

「あなた様には理解できないでしょう……生まれながらに多くの才能を持っている上に、手を伸ばせばその手に黄金の林檎が落ちてくる……望みのものを容易く手に入れられてきたあなた様には……」

 こういう物言いをする輩はどこにでもいる。人や物事の表面しか見ない奴は地球にもこの世界にもいるのだ。

 その度に俺は内心で『どないせーちゅーねん』とツッコミを入れている。

 オズリックは言葉を続ける。

「確かに私は人よりは恵まれていたかもしれません。しかし、それだけ、です。墓に入って数年も経てば名前も業績も忘れられる……私の人生はその程度のものだと気づいたのです」

「……歴史に名を残したかったから大量虐殺したというのか?」

「この人間世界では良くある事です……それにしても、あの地方領主の抵抗さえなければ、今頃周辺国の掌握が出来ていた筈なのに……」

 取らぬ狸のなんとやら、だな。人間の屍人に対する忌避感タブーを甘く見過ぎだ。

「そちらの敗因は支配種族の領土に攻め入った事、それと“交渉”のカードを初手で切り捨てた事だ。何故兄フェードの子供まで殺した?あなたにも孫がいるんだろう?」

 ディレイとオズリックは、エンダーの父エンバーク王と兄フェード王子だけではなく、その子や縁者、王族のみならず、身ごもっていた側室にまで粛清の手を伸ばした。

 そのような相手と和睦の道を模索するのは流石に無理がある。

「謀反には覚悟が必要なのです。情けや温情だけでは人間世界で戦い抜くことは出来ません」

「情ではなく戦略の話なんだがな。いかに死霊術が強力でも、武力での戦いは戦争の一部分に過ぎない。仮に粛清するにしても戦争が終わった後にしてもよかった筈だ」

「あのドレイン様にそのような話が通じるとでも……?あなた様もご覧になったでしょう……そもそも、あなた様がそこまで考えられる方だと知っていたら最初から……いや、今更言っても詮無いことです」

 結局、私怨と我欲と嫉妬って事か……そんな理由で死にかけるとは俺もエンダー君も不憫すぎるだろ。

「覚悟は出来てるとは思うが、あなたはディレイの代わりに首謀者として公開処刑とする。これは決定事項だ」

「ディレイ様はどうなされたのですか……?」

 俺はオズリックの視線を正面から受け止めた。

「行方不明だ」

 彼は微かに苦笑した。

「きっと永遠に行方知れずのままなのでしょうね」



 俺はどこか期待をしていたのかもしれない。

 自分と対峙している奴が、魔法や呪い、そんな人知を超えたモノがあるこの世界ならではの何かであって欲しいと。

 しかし、実際に敵の親玉を捕まえてみたら、単なる欲にかられた人間……ありふれた凡庸な悪であったことに、俺は落胆していた。


 もっとも、それで良かったのかも知れない。


 本当に理解を超えた超常の悪が存在して、自分と敵対したとて、上手く対処できる気はしない。

 結局のところ、魔法があるこの世界も、普通の人間が住む普通の世界なのだろう。


 オズリックの親族に関しては、男で叛意の無いものは制約付きの眷属とし、女子供は龍王国で引き取る方針だ。

 叛意のある者はオズリックと連座で処刑となる。

 可哀想だが、これが人間領域の流儀である以上仕方がない。


 ゲンマの話では、ほとんどの女性は列強諸国でアカウントを作成し、市民権を獲得すると、人間領域のことは忘れ、二度と顧みなくなるらしい。

 それ程彼の地での女性の扱いは酷く、それ故に不利益を承知で苛烈な差別をしてでも人を人間領域に縛り付けざるを得ないのだろう。



 ジェームズを王城に招き入れた際、今後ここに住むのかと聞いたら、物凄く嫌そうな顔をした。

 魔法や呪いが身近な世界であっても、死霊に支配されていた建物は地球同様、事故物件でしかないようだ。

 話し合った結果、この王城は取り壊して更地にして、跡地に慰霊の為のモニュメントを建造する事に決まった。

 このくらいは魔法を使ってやっても問題はないだろう。

 俺たちが連携すれば三日と掛からない仕事だ。


 死霊使いがレジスタンスによって打ち倒された報はあっという間に周辺に広がり、都市には次第に人が集まり始めた。

 今朝は早くも行商人達による朝市が開かれ、あちこちで煮炊きの煙が立ち上った。

 人々は質素な粥を啜り、戦争が終わった安堵と今後に対する不安がないまぜになった複雑な表情をしながら、噂話に花を咲かせていた。

 身勝手な簒奪者によって龍族の怒りを買ってしまった、この国に未来はあるのかと。

「早めに何とかしないとね。民衆が一日も早く前に進めるようにしなきゃ」

 朝日に照らされたゲンマの表情は柔らかくも、その目は決意に満ち溢れていた。



 首都に残された王族の館を官邸としてジェームズに明け渡した所、彼の家族がどうしても挨拶したいとのことで、顔合わせすることになった。


 彼の奥方ラクーナは器量は人並みだったが、気品と知性に溢れた意志の強そうな女性だった。

「主人がいつもお世話になっております」

 彼女は完璧な貴婦人の礼をみせた。

「あ……いえ、こちらこそ無理ばかり言って、ご主人にご迷惑をかけて……」

「とんでもない!」

 彼女はジェームズをジロリと睨んで言う。

「そちらの策と援助が無ければ、今頃この人も屍人の仲間でしたよ!それをこの人ときたら、戦士の誇りがどうとかウダウダ言い出した時は本当にもう……どうしてくれようかと……!」

 奥さんが愚痴る傍らでジェームズは巨体を縮ませて恐縮して頭をかいている。

「この国を簒奪者から救い出せたのは、家内が策の合理性を解説してくれたお陰です」

 そうだったのか。それにしても謙虚で誠実な男だな、ジェームズは。黙ってたら分からないことを律儀にいうとは。

「この人間世界では、謙虚さも優しさも、それだけでは美徳ではありません。もっと図太く強かになって欲しいものです」

「私に不足してる部分を家内が補ってくれるんです……本当に頭が上がりません」

 お、惚気か。惚気だな。うん。


「それと……少し言いにくい話がありまして……」

「どうした?」

 早速相談か?なんでも乗るぞ。

「供犠の件ですが……あの後、ウチの次男もそちらに行きたいと言い出しまして、正直困っております」



 ジェームズには二人の息子がいる。

 長男のニコラは母親似で線は細いが真面目そうな少年だ。

 一方、次男のアランは顔は父親似だが、抜け目ない印象を見るものに感じさせる利発そうな少年だ。

「ご両親から話を聞いているとの事だが、本当に自治区の一員になってくれるか、ニコラ君」

「はい、フィン王国を呪いの鎖から解き放っただけでなく、その守護下に置いてくださるというのなら、この身を犠牲にする覚悟で奉公します!」

 いや、いや、いや、重いって。

 もう少し、軽く考えてよ。こちらとしては留学生受け入れくらいに考えているのだから。

「こういう時は素直に許諾するものだよ。これからよろしくね、ニコラ君」

 ゲンマは慣れてるからいいけど、こっちは正社員の経験すらないんだぞ。

 俺は隣のアラン少年を見る。

「初めまして!アランと申します。以前よりお二方の傘下に加わることを願っていました!」

 やる気満々なのはいいけど、君は跡取りじゃないのか?ご両親は困っているだろう?

「そこですがね、むしろ、この国にとって僕は要らない子なんですよ」

 ん?どういうことだ?

「兄が供犠としてそちらに行くのは、貴族連中を黙らせるのが主な目的でしょうけど、それなら、僕がここに残っては意味がないんですよ。僕は文字通り、兄のスペアですから」

「でもそれだと、ご両親は困るんじゃない?領地を継ぐものがいなくなるよ?」

 ゲンマはどこに着地するのか分からない会話を楽しんでいるようだ。

「母は今、身籠ってますから、その子を後継にすればいいでしょう、それに……」

 少年はニヤリと笑った。

「先のことを考えても、その方が断然いいんです。今は戦争が終わったばかりでみんな考える余裕はないようですが」

「へぇー、詳しく聞きたいな。君の考えを聞かせてよ」

「はい、ゲンマ様。元々この国は土地の呪いがある上に帝国から離れているが故に貧しい国でした。でも、龍族の保護下にあるエンダー様の領地の援助が見込めるなら今後の繁栄は約束されたも同然でしょう」

 まだ十歳にも満たない少年にしては頭も口もよく回るようだ。

「今は貴族や旧王族の動向を伺わなければならない状況ですが、実際に父上の治世の元に繁栄の時が続けば彼らの勢いは衰え、むしろ、旧王家の時代は暗黒時代として人々は積極的に忘却の彼方に葬り去ります」

 聞き様によっては不敬とも取られかねない話に、両親は気が気でないようだ。

「恐らく、数年も経てば……この国に甘い繁栄の蜜が行き渡れば、人々は以前の古い時代を懐かしく思うことはあっても戻りたいとは思わなくなります。そして十年もすれば、父上が代理ではなく正式な王になることを望む声が高まり、三十年も経てば父上の血筋に連なるものが跡取りになることを願う人が大半となるでしょう」

「ふーん、なるほどねぇ。それだと君は将来、王となる機会をフイにする事になるね。それでいいのかい?」

 ゲンマは話の先を読めていながら、あえて相槌を打ってるようだ。

「兄は父の後継者として育てられましたが、あくまでも未来の地方領主としての教育しか受けてないのですよ。そのスペアである僕も同様です。十年後に王としての教育を受けるくらいなら、まだ生まれていない弟か妹に託した方が望ましいでしょう」

 少年はしたり顔で胸を張った。

「なかなか面白い考えだね。でもそれは建前だよね?そろそろ本音の方も聞きたいな」

 ゲンマはニヤリと笑った。

「ゲンマ様には敵いませんね。僕は以前から列強諸国のシステムに興味ありました。それと……」

 少年は視線を俺たちの背後にいるオクルスに向けた。

「オクルスさんに弟子入りしたいんです。僕も将来は諜報に関わる仕事がしたいんです!」

 俺たちはオクルスを見た。

「……何度も言ったんですがねぇ、ロクな仕事じゃないって……アッシのどこが気に入ったんだか……」

「全てですよ!人間世界にも間者はいますが、コソ泥に毛が生えたようなのしかいません。諜報を学んでもっと洗練させてみたいんです。そのためなら精霊だって眷属化だって受け入れますよ!」

 この歳の少年が言うことじゃないよな……スパイに憧れる小学生の熱量じゃないぞ。

「育て方を間違えたんでしょうか……」

 ご両親はため息をついている。

 我が子が賢すぎるのも考えものだな。



 レジスタンス軍は現状、豪族派と貴族派に分かれていて、これまでは共通の敵の前に協調していたが、それが打ち倒された今、ジェームズの立場は万全とは言えなかった。

 奥方のラクーナが貴族階級で実家が公爵の地位にあり、その後ろ盾で貴族派の過半数は抑えているが、快く思わないものも多数いるようだ。

 正直なところ人民が飢えて貧しい暮らしをしているのを無策で放置しているような無能は貴族だろうが王族だろうが即刻排除したいくらいなんだが。

「新しい時代に乗れないならその内向こうからボロを出してくれるでしょ。ただの人間相手ならどうとでも手は打てるよ。ねぇ?オクルス」

「はっ。現状ではこちらの手に余る勢力は見当たりません。怪しい動きをみせている勢力はありますが、こちらが力を示せば黙るでしょう」

 オクルスが目を光らせているなら安心してもいいだろう。



 後日、六の月の十日に都市の大広場でオズリックの公開処刑が執り行われた。

 国中の民が集結したかと思うほどに大勢の人間が見物に押し寄せた。

 彼は最後まで取り乱すことなく、堂々と胸を張って処刑台に登る。

 民衆は罵声を浴びせるでもなく無言で稀代の悪人の最期の動向を固唾を飲んで見守っていた。

 顔をフードで覆った処刑執行人に跪かされ、号令を待つだけとなった。

「これより、首謀者である奸臣オズリックの処刑を行う!そして、これは新たな時代の始まりでもある!不幸の時は終わり、約束された繁栄の時が始まる!我は今日、この日、この処刑によって大地に流される血を持って戦いの終わりにする所存だ!」

 ジェームズの腹の底から出した力強いバリトンの声は魔法によって大広場いっぱいに響き渡った。

「処刑人よ!構えよ!」

 合図を受けて半裸にマントを羽織った処刑人は肉切り包丁のような巨大な刀を上段に構えた。

「討て!!」

 処刑人は刀を重力に任せて振り下ろし、老人の細い首を易々と切り落とした。


 こうして、この不幸な国を襲った騒動は幕を閉じた。


 少なくとも民衆は区切りを付けることが出来ただろう。

 その思いを裏付けるように、群衆のあちこちから拍手が起こり、それは歓声の波となって大きな盛り上がりを興した。


 その後も簒奪者に忠誠を誓う少数の者たちの処刑が続き、人々の表情は明るさを少し取り戻したのだった。



 処刑から三日後、大広場でジェームズの戴冠式を執り行った。

 俺とゲンマは正装で壇上に上がった。

 手前に貴族風の目つきの悪い輩がこちらを睨んでいて、その周りにはガラの悪そうな兵士が控えている。

 あからさまに良からぬことを企んでる風だが、ゲンマは涼しい顔で澄ましている。


 現シェルター公爵――ラクーナの実の弟の呼びかけで、着飾ったジェームズは壇上に登場する。

 彼は中央に歩み寄り、俺たちに跪く。

 俺は集まった大衆に宣言する。

「これより、叡智の図書館に所属する証を持ち、王位継承権を持つ我々が、この地を忌まわしき死霊使いより解き放った総司令官であるジェームズ・ティモンを我々の代理としてこの地を治める王となることを承認する!」

 俺は魔剣を抜いて彼の肩にそっと置いた。

「其方が良き王であるか我々は絶えず見張っている。我欲に走り民を苦しめる悪しき王となったらば、我々は即座にその首を挿げ替える。心して王として善政に努めるがいい」

「はい。誓います」

 俺が剣を収めて身を引くと、ゲンマは王冠を掲げて前に進み、ジェームズの頭に被せた。

「新たな王の誕生である!喝采せよ!!」

 民衆は割れんばかりの歓声を新たな王に捧げた。

 国を救った英雄が、見るも猛々しい力強い猛者が、上位存在の力を秘める者に承認されて王となる。

 正に歴史の一ページを飾るに相応しいイベントに立ち会っているのだ。

 もっとも、貴族階級からすれば苦々しいことこの上ないだろう。

 今まで下と看做していた豪族が自分たち貴族を差し置いて支配種族に王と承認されるのだから。

 手前の輩は今にも襲いかかろうと構えている。


「心あるものよ、聴くがいい!」

 俺が手を差し出して声を張り上げると、民衆は一斉に沈黙した。

「我々はこの地に叡智の加護に懸けて祝福する。この地に攻め入る敵は全て殲滅する!」

 ゲンマは俺の宣言を受けて空中に浮かび、龍形態に戻った。

 突然現れた巨大な赤龍に民衆は息を飲み、手前の貴族の輩たちの顔は一気に青ざめた。

「代理王ジェームズは我々の友である!ジェームズの敵は我々の敵である!その事を胸に刻みつけよ!」

 ゲンマは手を伸ばし、俺を掴んで胸に押し込み、形態をさらに変化させた。


 民衆の表情が驚愕する。


 ゲンマは今、龍と人が融合したような新たな龍神形態に変化している。

 あの侵攻の日から、メンバーと協力してデザインした、白い翼を持つ巨大ロボットのような姿だ。

 見る者に畏怖と感銘を与える神々しい形態は、ゲンマも大満足の渾身の出来だ。

 オリジナルデザインなので、俺も羞恥心を感じず、以前のパチモンより抵抗はない。


『「我々の定めた代理王に異議がある者は申し出るが良い!!我々は誰の挑戦でも受けて立つ!」』


 手前の輩を見ると、貴族風の男が横の兵士に何か聞いているが、兵士は青い顔で必死に首を横に振っている。


「代理王ジェームズ万歳!!」

「友人龍ゲンマ様万歳!!」

「叡智の使徒エンダー様万歳!!」


 民衆は歓喜の涙を流して新たな時代の始まりを歓迎してくれた。


 こうして、この国の呪われた暗黒時代は終わりを告げ、新しい夜明けを迎える。


 俺としては全ては良かれと思ってやった事で、今後の安寧の生活の訪れを期待するのだが、さらなる騒動の予感が胸の奥で疼いているのをどうにもできないのだった。

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