■032――供犠と改革
ジェームズとの会談の後、俺は拠点に帰るやいなや、速攻で寝室のベッドに倒れこんでそのまま寝てしまった。
あまりにも色々なことがありすぎて疲れたのだ。
ニワトリの鬨の声を号令にドルチェアルボラが早朝ランニングする地響きで目が覚め、身を起こそうとした時、自分が身動きが取れない状態であるのに気がついた。
首を回し、右腕にモモちゃん、左腕にサリシスが、しがみつき、寝息を立てていた。
……えええ……こ、これは……。
二人は全力で俺にしがみついていた。
新ダンジョンでメンバーはパワーレベリングに励み、クロード先輩の指導で最適なクラスを選定して大幅に強化された。
その成果であるマスターテイマーと聖剣士というレア上級職で高レベル二人のホールドに、俺は為す術がなく体はピクリとも動かなかった。
「たすけてくれぇ……」
エルダーエルス・フェサードから貰った香水のいい匂いに包まれ、俺は途方に暮れる。
□
「夕べはお楽しみだったようだな……」
なんとか二人を起こして拘束から逃れ、食堂に降りた俺を待っていたのは、怒りの波動を纏った宿屋のお父さんジョイスだった。
「何もしていない……」
俺は目が覚めた状況を話すと、ジョイスは呆れたように言った。
「おまえ、不能か?」
「どうしろっていうんだよ!?」
色々理不尽すぎる……だいたい二人がかりで来られてもどうしていいかさっぱりだぞ……もっとAVで勉強しておくべきだったのか?ぬるい百合ものとか見てる場合ではなかったか?……ってこんな状況想定できるか!
「うわっ……先生の童貞力、たかすぎ……?」
テルさんの小さいつぶやきが胸に刺さる。ど、ど、童貞ちゃうわ!
「あははは、まぁ、最初はこんなものだよ。焦らない焦らない」
ゲンマはジョイスの作ったモーニングセットを食べながら適当な茶々を入れた。
お前ってこういう時は他人事だよな……。
「友達の恋愛沙汰に首突っ込んでも損しかしないってジョイスで学習したからね」
ん?もうちょっとkwsk。
「言うなよ!ゲンマ!絶対言うなよ!」
「ジョイスはこう見えても若い頃はかなり遊んでてねー……」
「ほうほう……続け給え、ゲンマ君」
「言うなっての!!」
ゲンマのナイスパスで事を有耶無耶に出来た。ありがとう。
□
朝食を食べ終えた俺は農業試験場に散歩に赴いた。
ジュンはドルチェアルボラの生態について解説する。
彼らは夜、体内に蓄えた精霊や魔素を無害な状態に変換し、朝のランニングの際に周囲に散布している。
この行動はテリトリーのマーキングも兼ねて生態系の維持に寄与している。
その後水場で沐浴の後、午前中日光浴をする。
午後は周囲の散策や仲間たちとおしゃべりをしてのんびり過ごす。
夕方、ジュンと助手のフォルミカが樹液や黄金林檎を収穫した後、日が暮れると就寝する。
以前は朝のランニングで村人と一悶着あったが、スタートするのはニワトリが鬨の声を上げてからとお願いしてなんとか収まった。
魔物にしては真面目な彼らは農業試験場が出来てからも決まりを守ってくれて助かっている。
環境に何より気を配っているジュンは彼らの存在を高く評価する。
「彼らのおかげか、この辺りに希少な薬草が生えるようになったわ。それに落ち葉をコンポストで堆肥にしてからの土壌回復も上手くいきそうだし。まさに森の守り神ね」
この世界でも汚物や残飯を堆肥化するコンポストは存在していて、当然のように謎技術で高性能だ。
村のトイレは全て共有のコンポストに繋がっていて汚物は自動でそこに転送されて堆肥となり、村の資源として扱われている。
もっとも農業が主要産業でないプリムム村ではほとんどがシステムに売却されて、得たキャッシュは村の維持費用に回されている。
今はジュンの提案で専用のコンポストを使って落ち葉と土だけで堆肥を作っているようだ。
魔法で土壌回復が補えるとはいえ、今後の人間領域開拓を視野に入れると、魔法に頼らない方法も模索するべきだろう。
フォルミカは、ドルチェアルボラたちが走り回った後に散らばった落ち葉をかき集めて袋に詰めていた。
□
日光浴をしているキングたちに挨拶しようと彼らの休憩所に行くと、森川が本を開いて木の魔物たちに朗読していた。
「……『でも、彼女にはアリバイがあるのです』と高井刑事は言った。『ええ、見事なアリバイです。しかし、それは巧妙に作られたトリックなのです』名探偵思井兼仁はきっぱりと言い放った……」
俺の短編『旅の途中』をそのまま読み聞かせているようだ……意味分かるのか?
そんな疑問を他所に彼は最後まで読み終わった。
『モリカワ様、質問です』
その中の一体は声を発した。
『ジコクヒョウとは何でしょうか?』
「はい。時刻表ですね……みなさんは大陸横断列車は見たことがあるでしょうか?」
『おう、俺はあるぞ!デカイ長虫に人間がたくさん乗って遠くに運ばれていくんだ!』
彼らの中で冒険者気質の個体が何体化か頷いた。
「私たちがいた世界では地上と地下にその列車が何十何百も走り回っていました。時刻表とは、走り回る列車がいつどの場所に到着するかを正確に記した書なのです」
木の魔物はほぉーと感嘆の声をあげた。
『予言の書と言う訳ですな』『あんな大きいのが何体もいるなんて、大きい都がいくつもあるのでしょうね』『それにしても複雑な時間のトリックすら見破るとは……メイタンテイとは強力なクラスだな』『俺は助手のスザワが使うコブジュツのスキルを習得したいぜ!』
ドルチェアルボラたちはおしゃべりに花を咲かせていた。
森川は満足そうにその様を眺めている。
「最初は翻案されたモノを読んでいたんですが、すぐに読み尽くしてしまいました。その内、彼らが“原典”の存在を知り、それを読んで欲しいとせがまれたんです」
それにしても大変そうだな。いつもこうなのか?
「好きでやってますので、大したことはありませんよ。そもそも、彼らはこの世界の人間にも詳しくないので、文化の相違を気にしなくていい分、むしろ説明は楽ですね」
森川の目はとても穏やかで優しかった。
敵を前にした時の冷たい目を思い起こして、早く戦争を終わらせないとな、との思いを新たにした。
□
その後、地霊グノムたちが耕した畑で
イチゴ畑の傍らには森で捕獲したミツバチ、アピスの巣箱が設置されていた。
あのアピスはその後、モモちゃんの手で育成されてレギナアピスに進化し、多数の眷属を生み出してイチゴの花の受粉を手伝っているようだ。
こうなると、温室も欲しくなってくるな……。
ジュンも頷いて賛同した。
「いいわね。今は手が足りないけど……早めにゲンマさんに申請した方がいいかも」
巣箱から念願の蜂蜜が採取できるようになったが、お菓子に使うには貴重すぎるとの事で、まだ味見すらさせてもらってない。
なんか警戒されている気配を感じるのだが……。
「当然でしょ……魔物が生やした果物を躊躇なく食べるって常識的に考えて、かなりの蛮行よ。それより、うさぎお姉様にちゃんとフォローしてるの?朝からずっとため息をついて……」
「ひやぁあぁぁ!ジュン様ー!ベルミスは!ベルミスは無理ですーっ!」
フォルミカはミミズ型の魔物のベルミスから必死に逃げ回っていて、グノムたちに笑われていた。
「あー、もう……これだから都会っ子は……」
ジュンはブツブツいいながら魔物を軽くいなして土の入った箱に放り込んだ。
後でモモちゃんのフォローしないとな、と思いつつも、そういえばトマトとかジャガイモは出来ないのかな?とも考えた。
「デンは私と同類だから、私以上に食べ物に興味なんてないわよ。売ってる植物の種なんて見た事もないかも」
あいつギークだからな。彼のお取り寄せ能力は手に取った事のある商品か設計図を書ける物に限られるようなので仕方がない。
「探せばこの世界にもあるかもしれないけど……外来種はなるべく取り入れたくないのよね。地球でも思わぬ動植物が繁殖して既存の生態系を破壊しているし。魔物や魔法があるこの世界では突然変異でどんな影響が起こるか予測できないもの」
ふーん。でも、この外界から隔離された農業試験場なら大丈夫そうだが……。
「甘いわね。遺伝子組み換えの植物だって厳重に管理された環境で生産されているけど、結局野生に流出しているわ。植物の魔物が存在するこの世界では慎重すぎるぐらいでちょうどいいのよ」
魔法チートが横行するヌルゲースローライフも案外楽じゃないな。
でもこの辺は専門家の意見に任せておけばいいだろう。
□
モモちゃんは道端のベンチに腰掛け、空を見上げて歌っていた。
聞いたことのない歌だった。
周囲を取り囲んでいる小型の魔物たちはリズムに合わせて左右に揺れている。
――恋する気持ちがあれば、なんでも出来るの、マジカル☆セブンDAYS♪
歌い終わると膝に載せた猫型の魔物に手を置いて、ぼんやりしてた。
俺が近づくと彼女はハッとしてこちらを見る。
「あっ……先生……」
「ごめん、モモちゃん……」
「……どうして先生が謝るんですか?」
……それもそうだな、なんで謝ってんだろう、俺。
彼女は立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
「昨夜はどうもすみませんでした……」
「でも、俺も別に何もないし……」
「あ、それもそうですね、あはは……」
そんなぎこちない会話をしていると、ジュンとフォルミカが近づいてきた。
「午後からミカちゃんのレベリングするけど、先生にも協力してほしいの」
「別にいいけど……モモちゃんも来るかい?」
「今日はダラダラ過ごします。天気もいいし、のんびりしたい気持ちですので」
ここ最近働き詰めだったしな。数日まとめて休んで英気を養ってほしい。
「んー、昨夜で十分な先生分を補充できたし、もう大丈夫ですよ」
モモちゃんはニコニコご満悦な顔をしてるけど、謎な成分を定義しないでほしい。
□
王都からやってきたエドガルスの妻フォルミカは青い髪を左右に分けて縛った大人しそうな娘だ。
ここにきた当時はやせ細った体にカサカサの青白い肌で、この辺境でやっていけるのかと少し思った。
ジュンの助手として働いた最初の日、様子見で書類仕事を頼んだ所、ジュンが彼女のメガネの度が合っていない事に気が付き、デンに頼んで新しく縁なしの薄いレンズのメガネを取り寄せたら冴えない印象は少し薄れた。
その後、農場試験場の手伝いを始めたら、体力不足ですぐにバテてしまい、急遽彼女の育成計画が練られることになった。
そして今も午後の手の空いた時間はダンジョンでのレベリングに費やしている。
「というか、さっきから気になってたけど……その格好……」
「我が大地家、伝統の勝負服――黒ジャージよ。文句ある?」
元はフォルミカが野外作業に適した服を持っていないため、ジュンが貸し出したものらしい。
今では自治区の仕立て屋でも取り扱うようになって、一部の住人も愛用している。
「軽い上に動きやすくて助かってます。今日はどこまで降りるんですか?」
「そうね、今日中にレベル三十は目指したいから、もう少し下層に降りたいんだけど……」
「……すみません。私、攻撃力低すぎですよね……」
現在のクラスは書生でレベルは二十八。明らかにアタッカーには向いていないためレベリングに苦慮しているようだ。
「そこを補うために先生に来てもらったんだから。武器の強化もしたし、いつもよりは捗るはずよ。これでダメだったら、火器の使用を考えればいいだけ、前向きにいきましょう」
「はい!ジュン様を信じて頑張ります!」
彼女は年下のジュンを女神のように崇拝している。
最近は育成の成果か、恵まれた自然環境のおかげか、ここに来た時より健康的でツヤツヤしている。
「真面目だし、頭も悪くないし、ちょっと虚弱だけど根性はあるから、磨けば光るでしょ」
ジュンのモモちゃん以外の人間に対する評価は極めてフラットだ。
「奥さんも頑張っているんだから、エド君も頑張ろうね」
「……は、はい」
その日はオルトとエドガルスも同様にダンジョンにレベリングに来ていた。
もっとも、最近では村長とセネカもクインたちと一緒にレベリングしているらしい。
「なんか、馬が合ったみたいで日中ずっと一緒にいるよ、あの二人」
「お、お爺様まで……ううっ……」
頑張れエドガルス君。レベリングは始まったばかりだ。
□
「かっとばせー、みーかーちゃん」
ジュンは手を叩きながら抑揚のない声で応援している。
俺のマギアで攻撃力が上昇したフォルミカは、魔剣のデバフで弱らせた宙に浮く球体の魔物バルブサクラに向かって、エンチャント済み金属バットを大きくフルスウィングした。
状態異常攻撃が厄介な敵だが――村長の鑑定スキルで彼女が隠しスキルで毒を始めとした様々な耐性を素で持っていてるのが判明してから――弱体化さえさせればカモの部類だった。
「どっせーーーーっ!!」
フォルミカ渾身の一撃で魔物の体は大きく凹み、見るからに瀕死状態になった。
「今よ!とどめを刺して!」
ジュンの指示でサバイバルナイフで敵を滅多刺しにする彼女を見て、もう少しなんとかならんのかと思った。
黙っていれば大人しい委員長キャラで通りそうな容姿の娘が地元のヤンキーのような実戦スタイルで単身戦ってるのはキャラ崩壊もいい所だ。
「仕方ないでしょ、レベリングは遊びじゃないのよ。レベル四十以上はないと森と山の調査には連れていけないんだから。攻撃魔法が使えるようになってくれれば、もう少し楽になるんだけど……」
彼女はこの村に来てから社会奉仕活動をするようになり、COMの値は十分に高まったが、レベリングが十分でないせいか、基本の攻撃魔法であるブレすらまだ習得できていなかった。
そうこうしているうちに敵は耐久値がゼロになり、ドットに還っていく。
「レベルが上がりました!……あ、MPが増えて……新しい魔法が!やっと“ブレ”を憶えました!!やりましたよ!ジュン様!!」
「あら、おめでとう。じゃあ、もう少し“上”を狙えるわね……」
ジュンの頭の中で新たな育成計画が立ち上がったようだ。
■
三日後、オクルス経由でジェームズから書簡が送られる。
内容は俺たちの申し出、代理王になる事を許諾する旨だった。
しかし、それにはどうしても飲んで欲しいという条件が付け加えられていた。
「ジェームズの長男を供犠として俺たちに捧げる事……か」
「どうやら奥方様が、これくらいしないと貴族連中を黙らせられないと判断されたようで……ジェームズ卿は子煩悩なことで有名でしたからね。あくまで一代限りの代理王であると強調したいのでしょうな」
人間領域の国では一度でもアカウントを持って列強諸国で暮らしたら、余程のことがない限り人として扱われることがない。
これは文字通りの人身御供だ。
「しかし……いいのか?」
俺の良かれと思った策が家族を引き裂く結果になってしまったのは心苦しい。
「向こうがそう望んでいる以上、断れませんね。それに、こちらに罪悪感を抱かせる意図もあるでしょう。犠牲を払うのだから、国も息子も粗末に扱うな、とね」
なるほど。ジェームズは真面目で義理堅い男だが、奥さんはしたたかな策士のようだ。
「ゲンマはどう思う?」
「受け入れるしかないだろうね……断る理由がない。はぁ……」
ゲンマは憂鬱な面持ちでため息をついた。
「何かまずいのか?」
「予測するべきだったけど……この流れは面倒臭いかなぁ……計画をちょっと練り直さないと……」
ゲンマはブツブツいいながら長考に入って、それ以上の説明をしてくれなかった。
■
翌日、朝食を食べようと食堂に行くと、村長とセネカが談笑しながら食後のお茶を飲んでいた。
「おはようございます、カンナヅキ様」
俺がパンとスープで簡単な朝飯を食べているとセネカが話しかけてきた。
「先ほど、“通信”の巻物で入手した情報ですが、王都で官僚制度の改革が始まったそうですね」
「改革?」
「ゲンマ様から、お聞きになってませんか?検閲部の規模の縮小と……所属する者には龍族による眷属化を義務付けると聞きました」
何かやろうとしている気配はあったが、思ったより厳しいな。実質、退職勧奨だ。
「検閲部は業務の内容に対して明らかに人員過多で規律も手緩い。カタリ派が権勢を水増しするために無理やり人を増やして調子に乗った結果、龍族の怒りを買ったわけです」
「随分他人事みたいに言いますねぇ」
村長はニコニコしながら揶揄うように言う。
この二人は相当打ち解けているようだ。
「ん……まぁ、我々ニヒル派も多少は便乗しましたがね……それよりも暫くしたら、ここにも職にあぶれた官僚が押し寄せてきますよ」
「この辺境にですか?王都の官僚がわざわざ山を越えてまで来ますかね?」
村長はセネカの懸念に疑問を呈した。
「大半は王都で他の仕事に付くでしょう。彼らの多くは王都以外に住むことを罰だと考えている。ただ、役人を続けるには地方に出るしかない。他の部署も規模を縮小するので王都にはもう空いてる椅子がないのだよ」
役人としてしか生きられない者がどれだけいるのか。
それでも、都市は他にもあるし、この辺境の自治区にまで来るかは微妙だな。
「ダンジョン拡張の情報は次第に漏れているようで、私のところにもコネを使った問い合わせは増えております。今の所は言葉を濁してますが、正式に公表されたらどうなるかわかりませんよ」
流石にゲンマは対応を考えているだろうな。
後で詳しく聞いてみるか。
□
「あー、もう始まったんだ。戦争が終わるまで待ってられなかったんだろうねー」
ゲンマは呑気そうに言った。
「なんで教えてくれなかった?」
「まだまだ先だと思ってたのさ。姉さん我慢できなかったみたいだね。まぁ、村長とセネカ君に頼んで水際で堰き止めて貰う予定だから問題ないよ」
水際作戦は決定事項なのか……。
「今頃駆けつけて来るなんて、コネも能力もない人材だろうし、辺境だから未開の地だと舐めてかかってるのがほとんどだよ。拾い物があればラッキー、けど期待は出来ないね」
成る程ね。それにしても王都は今頃大騒ぎだろうな。
ウィアの所も仕事どころじゃなさそうだ。
「そうだねー。そういえばオクルス君からの情報だと、今、王都では見よう見まねで出版や印刷を後追いしている業者が出てきてるらしいね」
ほー、それは興味深い。是非ともこの世界オリジナルの印刷物に目を通しておきたい。
「クオリティは君らの物とは雲泥の差だってさ。下品な
まぁまぁ、新しい文化というのは時にそういう掃き溜めから生まれがちだからな。若手発掘できればワンチャンだ。
□
昼食は食堂で弁当を買って農業試験場内の公園でみんなで食べることになった。
「ちょっと困ったわね」
平たいパンに切り込みを入れて野菜やハムを入れた物を頬張りながら、ジュンは淡々と話した。
「希少な薬草が採取できたのはいいけど、利用できるスキルを持った人がいないのよ。サリシスさんもモナさんも全てのポーションは作れないみたいだし」
サリシスも頷いた。
「出来ないことはないけど、成功率は高くないから、ちょっと勿体無いかな……スキルを持った人がいればいいんだけど……」
ふーん。そーなんだー。
「黄金林檎もあるからエリクサーも作りたいけど……話によると錬金術のスキルが必要らしいのよね……」
ほー、れんきんじゅつねー。
「ここなら、各種機材も用意できるから……できれば科学的な知識も持ってて、秘密もちゃんと守れて、信用できる人物なら尚いいんだけど……そんな人いないかしら?」
そんなひといるのかなー?
ふと、隣を見るとモジュローは物凄く嫌な顔をしている。
「いるんじゃない?一人」
ゲンマは何も考えてなさそうに言った。
「えぇー……あの変な人を呼ぶんですかぁー……」
ゲンマが言っているのは現在サメイション商会に属している召喚者のナス子こと那須近子さんだろう。
彼女はレンジャーのクラスで錬金術のスキルを取得している。
しかも、森川の話では薬剤師を目指していた大学生らしい。
「ふーん。いいんじゃない?しかも知り合いなんでしょ?」
ただ、惜しむらくは生きながらに脳が腐っていることか……。
「あー成る程、そういう人種ね。でもそのくらい我慢して欲しいわね。信用問題だけはお金じゃどうにもならないんだから」
「それはわかりますけどぉ……」
モジュローは彼女が苦手なせいか激しく難色を示している。
子供の教育的にはよろしくないが、エリクサー量産の為には必要な人材だろう。
「それに、今、彼女大変らしいんだ」
ゲンマは真面目な顔で言った。
「どうかしたのか?」
「さっきも言ったけど、今王都は出版ブームで作家や職人の引き抜き合戦が過熱しててね。売れっ子の彼女も身の危険を感じるレベルでヤバいらしい」
マジか……。
「事業者も明らかにカタギじゃないのが増えてきてね……拉致されそうになったのも一度や二度じゃないってさ」
「パティアは大丈夫なのか?」
「うちは警護を付けているから安全だけど……場合によっては彼女もこっちに来て貰うことも考えた方がいいかもね。自治区の仕事も増えそうだし……あ、そうそう」
ゲンマはインベントリから一枚の紙を出した。
「ナスコちゃんの新作で、王都ではすごい人気だって」
その紙はカラーのイラストだった。
特色で彩られた金の鳥かごにエルス族の美少年が囚われていて、魔剣を掲げた青年が助けようと手を差し伸べている絵だった。
……おそらく、エモートの奴隷市場での俺とモジュローをモチーフにしているのだろう。
いや、なんで事実を湾曲するかな。モジュローは自力で檻から出てきたというのに。
「流石にそれは台無しじゃない?これも様式美なんでしょ?」
ゲンマはそうコメントするが、そのイラストを見たモジュローは複雑な顔をした。
「あら、いいじゃない。額に入れて食堂に飾れば?壁に空いてるスペースがあるし」
「いいねー」
ジュンとゲンマは無責任な事を言い合ってる。
「やめてください!もう!!」
モジュローは真っ赤になってた。
■
その夜、寝床で目を閉じた途端にストンと深い眠りに落ちた。
――目を開けると、そこは、叡智の図書館の書斎だった。
隣には龍形態のゲンマもいる。
「呼び出して済まないな」
お館様は相変わらず抑揚のない声で話す。
「お前たちに頼みたい事がある」
「なんでしょうか?」
お館様が俺たちに頼みごとなんて珍しいな。
「エンダーの兄、ディレイを私への供犠として引き取りたい……いいだろうか?」
この申し出に俺とゲンマは少し驚いた。
『彼を叡智の探求者として受け入れるのですか?』
ゲンマはやや不快そうに言った。
「いや、彼をこの叡智の図書館で引き取る訳ではない。今、タルタロスの方で人手が足りなくてな。そこでの業務を手伝わせたいのだ」
お館様の言葉にゲンマは少しホッとしたようだ。
俺としては命を狙われているとはいえ、会った事もない男に何の感情も抱けなかった。
「具体的にどうすればいいんですか?」
「彼と対面したら、身柄を確保して私に呼びかけてくれ。フィン王国ではディレイさえ殺さなければ後は好きにしていい」
城攻めに関しては城自体を爆撃で吹き飛ばすことも考えたが、流石にそういう荒っぽいことは出来ないようだ。
「ああ、それと……プロークシーの事はもう気にしなくていい」
「どう言う事ですか?」
「私が確保して恭順させたプロークシーと入れ替えておいた。君たちに表立って味方する事はないが理由もなく敵対する事はもうない。ついでに人間領域の環境改善でもさせておく」
残ってたプロークシーって四分の一だったもんな……。
そういえば、プロークシーを納品した褒美はどうなったんだろうか。
俺がふと思うと、お館様は微かに笑った気がした。
「林檎は美味かったろう?」
……ああ、そうだったんだ……。
「元々、プロークシーにタルタロスの管理をさせようかと思っていたが……どうも適性がないようでな。インフラの整備なら喜んでしてくれるだろう」
『わかりました、お館様。必ずお望み通りに成し遂げてみせます』
ゲンマは背筋を伸ばして誇らしげに言った。
珍しいお館様からの依頼にテンションが上がったようだ。
お館様は無表情で頷いた。
「頼んだぞ、叡智の探求者よ」
■
フィン王国の本拠地制圧作戦は大詰めに入った。
モジュローの情報とゲンマの遠距離からの探知とオクルスによる周辺調査で大体の残存戦力は推定出来たので後は作戦を立てるだけだった。
不確定要素は隠し球の存在だが、ここまで本拠地である城に引きこもったままである事を考えると、大したものは無いと結論付けた。
あったら、侵攻の際に使っていただろう。
「城内の魔力量もそれほど多く無い上に徐々に減っていってる。屍人兵はともかく、周辺を守護している人間の士気は下がりまくってるし、攻めるなら今だろうね」
俺がこの世界に来るキッカケとなった因縁の一つにようやく決着をつける時が来たようだ。
王を太陽に例える王国の歴史は、国を追われた王子によって、今まさに終わりの時を迎えようとしている。
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