■030――帝国訪問
人間領域の中央にそびえる聖アルバ山。
ベース帝国はその山の西側の沿岸部にある。
エンダー君の故郷、フィン王国は山の北東部、大森林の近くだ。
重い腰を上げて人間領域にやってきたが、上空から見る村落の文明度は予想通り低かった。
城塞都市から伸びる街道沿いは中枢から離れるに従って粗末な建物が目立つようになる。
列強諸国と違って転送システムがないからか、街道を行き交う人や馬車は龍王国より多く見える。
『そろそろ到着だよー。寝てる人は起きてー』
ゲンマの気の抜けたアナウンスが客室に響く。
空の旅をしてる時は寝るに限るという知見を教え子から得たモジュローはアイマスクを外し、寝ぼけ眼を擦って欠伸をした。
□
着陸したのは人通りの少ない街道近くの平野で、四頭立ての馬車数台が既に待機していた。
馬車の前には騎士とその従者たちが敬礼の姿勢で俺たちを迎えた。
彼らから離れたところに護衛の兵が待機していた。
俺たちを下ろし、人間形態に戻ったゲンマは騎士に声をかけた。
「君が迎えに来たんだ、レイモンド君」
「はっ、お久しぶりでございます、ゲンマ様。勇士の方々もベース帝国へお越しいただき、有り難く存じ上げます」
レイモンドは育ちの良さそうな白い鎧の金髪の騎士でゲンマとは知り合いのようだ。
「知り合いというか……信奉者?……悪い人じゃないけど、ちょっと重い感じ」
ゲンマは小声で囁いた。ああ、慈悲の守護龍だっけ?
ナマハゲになったり龍神様になったり忙しい奴だな。
「別にボクが呼ばせてる訳じゃないよ……時々人助けをしてるうちに自然と呼ばれるようになっただけ」
人間領域という事で血の気の多い人物が出迎える可能性も考慮していたが、思いの外理性的な武人で安心した。
この辺の戦士は言葉も通じない野蛮人というのは俺の一方的な偏見だったようだ。
「私はゲンマ様の薫陶を受けた身ですので知性の鍛錬も日々重ねております。ですが叡智の輝きはこの暗黒世界の全てを照らしてはおりません。これからの道中、その警戒は決して緩めぬようお気をつけください」
お、おう……。
「レイモンド君はねぇ、こう見えても昔は“やんちゃ”だったんだよ、ふふふっ」
「ゲ、ゲンマ様!それはもう昔の話で……」
レイモンドは赤面してしどろもどろになった。
「と、ともかく!城までお送りしますので、馬車にお乗りください。勇士の方々もご案内いたします、こちらへ……」
俺たちは二組に分かれて迎えの馬車に乗り込んだ。
□
ベース帝国は常に戦乱の人間領域では珍しく五百年の歴史がある安定した政権だ。
沿岸に接した豊かな経済を生む国土とマギアを重視した人材登用で多くの魔術師を抱え、国境を高い防壁で囲んでいるのが勝因だろう。
もっとも、人間領域の“ほどよい”安定化は経済を重視する帝国と国境線を守りたい龍王国の共通する目標なので、早くから二国が水面下で提携していた事も大きい要因だ。
そんな前情報から俺は、この国は民度が高いと思っていたのだが……。
「ああ、また出てきたようですね。失礼、しばらくそのままでお待ちください」
馬車は度々その進行を止め、その度に男たちの雄叫びと金属が激しくぶつかり合う音が響いた。
窓を恐る恐る覗くと蛮族のような出で立ちの半裸の戦士たちが護衛と激しく交戦していた。
「野盗、山賊、賞金稼ぎ、落ち武者、傭兵くずれ、隣国の偽装兵……色々いるみたいだね」
ゲンマは半ば呆れ気味に言った。
「我が帝国では、それらをまとめて“例外人”と呼び、全て駆除の対象と見なしております。陛下の慈悲に預かる価値はない連中です」
厳しい……もっとも安定している帝国ですらコレ、なのか……先が思いやられるな……。
「いや、流石に市街地に入ったら落ち着くでしょ。混乱を抑えるのに人里離れた所に着地したから仕方がないよ。この辺の蛮族はパレス・コロシアムの信奉者が多いから、やたら喧嘩をふっかけられるんだ」
「勇敢に戦って死んだモノは永遠の闘技場に招かれる……ですか。帝国の兵卒にも多くの信奉者がおります」
列強諸国ではメシア論が中心だからほとんど聞かないが、人間領域ではパレスの信奉者はまだ残っているんだな。
□
馬車は城塞都市の中に入り、休憩を挟んだ。
馬車を降りると、サリシスが傷ついた兵士たちに再生のポーションを分け与えながら傷にゲル状の何かを当てがって治療していた。
「人間領域の人達には治癒魔法や普通のポーションは効果が薄いんだよ」
「へー。そうなんだ」
「カンナヅキが運び込まれた時も大変だったんだよ?身に宿る精霊の力が弱いから自然治癒に任せるしかなくって……目が醒めるまで心配だったんだから」
お、おう。
「まさに命の恩人ですよね……ありがとうございます」
話を聞いていたモモちゃんは頭を下げつつ感謝をする。
「お礼はいいよー。モモさんだって、お父さんを……村の人たちを守ってくれて本当にありがとう。村の恩人だよ」
「あはは……なんか照れ臭いなー」
「ふふふ」
二人はハニカミながら微笑み合ってる。
「先生!私が、ハーレムルートに進めるようにバッチリフラグ調整します!お任せください!」
テルさん……頑張るべきはそこなのか……もっと他に……こう……。
□
ゲンマの言った通り、都市に入ってからは特に物騒なイベントもなく、帝都の城に到着した。
俺たちは城の裏門から入り、城の敷地内にある塔の一室に通された。
そこで、茶菓子を摘みながら待っていると、見るからに高位の中年男性が供を引き連れて入ってきた。
「ようこそお越しいただきました、偉大なる友人龍ゲンマ様」
「ああ、スティーブ。色々無理言っちゃってごめん、迷惑かけるね」
黒い縮毛に浅黒い肌の男性はどうやら、この国の帝王スティーブ五世のようだ。
人間領域一の権力者にもタメ口のゲンマ君、微塵も悪いと思ってないに銀貨三枚。
「私共はまったく構いませんが……でもよろしいのですか?正門からお越しいただければ大々的に歓迎しますのに」
「今日の所は打ち合わせだけにしたいんだ。イベントは心惹かれるけど、お互い儀礼にリソース割いてる場合じゃないからね」
「確かに、事は急を要します。でもお越しいただいた以上、最低限の持て成しは受けてもらいますよ」
秘密の会談は和やかに進んだ……が。
「エンダー様!エンダー様!」
帝王の供の間から一人の若い女性が駆け寄ってきた。
「私の事をお忘れですか!あなたの婚約者、メアリーです!」
メアリーと名乗る女性は胸元を大き開けた以外は貴族らしいドレス姿であまり父親とは似ていないようだ。
波打つプラチナブロンドで白い肌の二十代前半のお嬢さんだった。
「メアリー!今日は控えるように言ったはずだ!下がりなさい!」
俺は無言でモジュローを見た。
「……確かに若様の婚約者候補の一人、メアリー姫です」
「親しかったのか?」
「……私からは何とも言えません」
んー、まぁ、お察し案件。親しかったら事前情報入ってるよな。
彼女は護衛の兵に引き止められていた。
帝王は娘に穏やかな口調で諭した。
「メアリーよ……エンダー殿は、記憶を失くし、龍族の寵愛を受け、列強諸国の水を飲み、その血に精霊を宿す身になったのだ。もう諦めなさい……」
「そんなの!血を入れ替えてしまえばいいじゃない!」
何を言ってるんだこの娘は。物騒な事言うなよ。
俺がそう口にしようと思った瞬間、俺の背後から凄まじい殺気が溢れた。
「……何ですか?この方は」
森川の震える声の背後に煮えたぎるマグマの幻聴を聞いた。
「……カンナヅキを苦しめるつもりなの?」
サリシスの声が普段より2オクターブ低い。
「……先生の敵なら容赦しません」
モモちゃんの声が冷たい。
「うふふふふふふふふふふふふふふ」
テルさんはあの怖い笑顔なんだろうな……。
「へぇー、君、面白い事を言うねー」
ゲンマは明るい口調で嘲った。
俺はチラッと横を見てギョッとした。
ゲンマの目は真っ赤に光ってて、口は三日月型に開き鋭い牙が見えていた。
「ボクの、龍族であるボクの友達に何をするって?じっくり説明してほしいなぁ」
メアリーも、帝王の護衛達も、濃厚な殺気を前に真っ青な顔でブルブル震えている。
「お、お許しください!ゲンマ様!この愚かな娘には厳罰を与えますので、どうかご容赦くだされ!」
帝王は金縛りで身動き取れない部下を尻目に、平伏する勢いで謝罪を表明した。
……ゲンマ、その辺にしておけよ。
俺は彼の肩に手を置いて、落ち着くよう必死に念じた。
ゲンマは目を閉じて深く息を吐く。
再び目を開けた時はいつもの、緑色の目に戻っていた。
「少し、休憩を挟もうか?まだ参謀のマイケル君も来てないようだし。そっちも色々あるでしょ?」
「ご配慮に感謝します……」
帝王の一団は波が引くように部屋から出て行った。
□
「なぁ、モジュロー。エンダー君の本命って結局誰だったんだ?」
「……若様の口から、そのような意中の女性がいるとは聞いた事はありません……そもそも普段から社交活動は最低限で、特に女性とは距離を取っておられました」
そりゃ、あんなのばっかりだったら女性不信になっても無理ないよな。
あれと比べたら、つぐみが女神様に見えるのもしょうがない。
「聞いた話だと、君に随分執着していたようだね。継承権を持つ王族でマギアの才まである花婿は後ろ盾のない野心家の彼女にはどうしても必要だったみたい」
実情を知れば知るほどロクでもない性悪としか思えないんだが……。
「現状、帝位継承五位だけではどうにもなりませんな。ご自身の容姿を過大評価する傾向があったようで、会いさえすれば何とでもなると考えたのかも知れません」
オクルスは帝国の内情を掴んでいるのか苦い顔で淡々と言った。
「何にせよ龍族の不興を買った時点でお終いですよ。歴代帝王はそこのところ、よく弁えていたからこその五百年の繁栄ですから」
帝国の長期政権は帝王の土下座外交で保っていたようだ。
「問題は、こちらを侮っているのは彼女だけではないってこと。あそこにいた兵士全員ボクらを舐めてたよ。これからの会談で何か面倒事をふっかけてくるかも」
ゲンマは少し疲れた顔でウンザリした風に言った。
「それが何か問題なのか?」
「大問題だよ。人間領域では一度侮られたら予定が全く進まなくなるんだ。下位の人間ほど何らかの方法で力を示さないとビタイチ動こうとしない……楽じゃないよ本当」
マジか。俺はさっさと用事済ませて早く帰りたいんだが。
□
「遅れて申し訳ありません、ゲンマ様」
会談は再開し、帝王の隣に現れたのは自己紹介によると参謀のマイケルだった。
帝王の乳兄弟で腹心として厚い信任を得ている男と聞いている。
「……まぁ、いいけど。そっちは良い状況とは言い難いようだね」
ゲンマはかなり機嫌が悪そうだ。
もっとも駆け引きとなると普段の天衣無縫な言動とは裏腹に老獪な策略家になるヤツの事だから、この不機嫌さは演技で盛っている部分もあるだろう。
「長期間の包囲網維持で消耗した挙句、エルス族の武闘集団の蹂躙を受けました。非力な我々では完全に立ち直るにはまだ日が浅いのです」
「相手に時間を与えるほど危険な状況だと知ってるよね?黙っていれば問題が勝手に消えてくれるって思ってる?」
「私個人は現状を理解しております……しかし、人間世界に於いては理論だけで軍を動かすには限界があります」
「はっきり言ってもらえるかな?」
「軍の士気を上げる材料がありません。兵士全体に飴も鞭も不足しております」
この流れで言いにくい事をサラッと言ったな。俺は感心した。
見た目は文官風の線の細い男だが、中々ガッツのある奴のようだ。
「別に君らにタダ働きさせるつもりはないよ……今、それ言う?」
「ゲンマ様にお願いが二つあります」
帝王は重々しく頭を下げた。
「なんだい?聞くだけ聞くけど」
「一つはエルス族の残党狩りをお願いしたい。支配種族が相手では我々には太刀打ちできません。奴らを何とかしない限り、軍は動かないでしょう」
これは仕方ないな。
戦力的にも俺たちで何とかするしかないだろう。
それに、力を示す良い機会でもある。
「わかった。それはこっちで何とかするよ。で、もう一つは?」
「エンダー殿のご領地は龍王ガーラ様から自治権を賜ったと聞きました。我が帝国と通商条約の締結を申し入れたい」
なるほど、こっちが“飴”か。
状況を最大限に利用するつもりか。したたかだな。
条約の内容にもよるけど、こっちに損はない申し出だろう。
コピー巻物に各種ポーション、それにダンジョンドロップの余剰品、あと農場での作物も余った分は輸出してもいい。
どれも損が出るとは思えない取引だ。
「今は確約は出来ないけど前向きに検討するよ。流石に姉さんにも相談しないといけないからね」
ゲンマのさっぱりした受け答えを見るに、こちらから話を切り出す手間が省けたって所かな。
そんなことを考えていると俺をチラリと見てニヤリと笑った。
□
その後の夕食会は何事もなく過ぎた。
人間領域とはいえ、流石に五百年の歴史のある帝国だけあり、出された宮廷料理は見事な物だった。
中でも燻製肉や生ハム等、初めて見る食材が多い。
特に目を引いたのはチーズがしっかり熟成された濃厚な風味と匂いを持ったものだった事だ。
列強諸国のチーズは全てあっさりしていた。
現地勢は独特の臭みにやや辟易していたが、俺としては懐かしい友に再会出来た気分だ。
この世界で初めて見るフルボディの赤ワインにも良く合い満足した。
食事の後、心地よい酩酊を醒ましつつ歓談していると、帝王と参謀が侍従を伴って訪れた。
「お食事はご満足いただけましたか?」
俺はワインの素晴らしい味わいを讃えた。
「我が国の葡萄酒造りは初代帝王時代よりの伝統。この大陸で比肩するものは無いでしょう」
帝王は俺の心からの賛辞に破顔した。
「お土産に何本か買って帰りたいな。オススメがあれば教えて頂けませんか?」
「いいね。ボクの分も頼むよ」
「わかりました。城の蔵から良いのを見繕っておきましょう」
催促したつもりは無かったが結果としてそうなってしまった。
内心申し訳ないと思ったが、ゲンマは涼しい顔をしている。
……コイツ、平常運転だな!
俺はマイケルの横に幼い少女がいるのに気が付いた。
「この子は陛下の末娘でアンと申します。故あって私が後見人をしております」
彼女は歳の頃五、六歳くらいで父親似の、口をへの字に曲げた厳しい面構えの幼女だった。
「お二方にお願いがあるそうで……聞いていただけないでしょうか?」
「ゲンマ様、エンダー様!お願いがありまする!!」
お、おう、なんだ、なんだ。声でかいな。
彼女は膝をついて祈るような姿勢を取った。
「残党狩りの部隊に我が兄が参加する予定です!どうかお二方のお力でお守りください!お願い申し上げます!!」
俺が頭にハテナを浮かべていると、ゲンマが小声で補足してくれた。
「この子とお兄さんは平民の側仕えの子で……まぁ、エンダー君に似た立場だね。宮廷内ではあまり良い扱いをされてないんだ」
ほうほう、なるほど。
俺は彼女に近づき、両手で脇を持ち上げて立たせた。
「帝王の娘が簡単に膝をついちゃダメだぞ」
俺は彼女に目線を合わせて頭を撫でた。
「明らかな強者には即座におもねるのが帝王への道であると教えられてまする」
流石、小さくても帝王一族なだけあって帝王学が行き届いているな……。
ただ、周りの大人たちは微妙に苦笑している。
「アニーちゃん」
ゲンマは優しい声で語りかける。
「ボクらがここに来たのは人間領域の安定の為でもあるんだ。君のお兄さんだけを特別扱いは出来ないけど、犠牲を少なくするよう努力はするつもりだよ」
「友人龍ゲンマ様のお心遣いに感謝いたしまする……」
彼女はゲンマに深く頭を下げた。
その時、扉がいきなり大きく開き、身分の高そうな若い男女が部屋に入ってきた。
「何事ぞ。今日は待機しているよう命じたはずだが」
帝王は平静を装いつつも、明らかに不快な表情で言った。
「帝位継承者として、客人にご挨拶に伺いました」
「メアリー姉様と末席のアンですら機会に与れたのですから、私にもお声がけ頂きたく参上しました」
帝王の苦い顔とは対照的に二人はすました顔で立っている。
「ならば挨拶して立ち去りなさい」
帝王がそう言うと二人は姿勢を正してポーズを取った。
「ヘンリー・ロード・ベースでございます。主に内政を任されており、帝位継承第二位にあります。以後お見知りおきを」
ブロンドの文官風の男は王子というより、王都の官僚のような胡散臭さを漂わせていた。
「ジェーン・グレイス・ベース。魔術師の後援者を務めております。帝位継承権第三位でございます。お近づきになれて光栄です」
先程のメアリーより露出度を抑えた魔術師風の服と帽子を身に付けているが、抜け目ない気配は姉に勝るとも劣らない感じだ。
「さぁ、気が済んだろう、立ち去るのだ」
帝王はウンザリした顔で右手を振った。
「そうはいきません、帝国の未来の為にも今後の展望について是非ともご意見を伺いたく……」
うわー、コイツ意識だけ高い系かよ。なんかめんどくさいなー、もう疲れたから帰って眠りたいなーと、俺が思った時、
――ググゥ〜〜〜〜
横に立っているアンのお腹が盛大に鳴った。
彼女の側に立っていた侍女が済まなさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません、準備に手間取ったので、姫様のお食事はまだなのです……」
お、おう。大変だな……まだ小さいのに……。
俺はインベントリからバランスバーを取り出した。これ食うか?
「……お気持ちだけ受け取りまする。列強諸国の印の付いた食べ物は口にしてはならぬと言われてまする」
アンは丁重に頭を下げた。
印って、シリアルコードのことか。じゃあ、これはいいのかな?
俺は旅立つ前にキング達から受け取った黄金の林檎をアンに差し出した。
彼女は林檎を受け取ると齧り付き、夢中で食べた。
よっぽどお腹空いてたんだな。
「美味しゅうございました。エンダー様、有難うございまする」
綺麗に食べ終わると、アンはぺこり、と礼をした。
そうそう、子供はお腹いっぱい食べて、立派に育てよ。
俺が満足して頷いていたが、はたと気がつくと、周りは呆然としてこっちを見ていた。心なしか帝国側は表情が引きつっている。
ゲンマを見ると必死に笑いを堪えていた。
「み、皆様、お疲れでしょう!今日はもう寝室にてごゆっくりお休みくだされ、さあ、皆の衆、準備をするのだ!」
帝王は慌てて指示を周囲に出して、強引にその場をお開きにした。
□
「ねぇねぇ、ボクの分の林檎ある?」
客間に通されて真っ先にゲンマはそう聞いてきた。
俺はゲンマに林檎を一つ渡した。
「いやー、君ってほんっとうに、面白いね。一緒にいて全然退屈しないよ」
今日一番の笑顔で含みのあること言うなよ。
「俺なんかしたのか?」
「……人間領域では一個の黄金林檎を巡って国同士が戦争を始めてもおかしくないんです……それを子供のおやつにするなんて……とんでもない事です」
モジュローはおずおずと教えてくれた。マジか……。
ゲンマは林檎を食べながらゲラゲラ笑っている。
「まぁ、上も下もこっちを舐め腐ってたからね。アレくらい強烈な一発かまして結果オーライじゃない?」
「笑い事じゃありゃあせんぜ……こっちの心臓が持ちませんよ」
オクルスはゲッソリした様子で言った。
「あのメアリーとかいうのはどうした?」
「彼女なら、隔離塔に幽閉されたみたいだね。流石に暫くは出てこれないでしょ」
「帝王の命に逆らった上に来賓に暴言を吐いたとあってはタダでは済まないでしょう。継承権の引き下げで済めばいい方です」
□
同行が眠った後、俺とゲンマは閉鎖空間でオクルスの報告を聞くことになった。
「まったく、問題が片付いてないのに後継者争いを優先するとはね。スティーブも頭を悩ませる訳だよ」
「派閥に関してはどこも状況は変わらずって所でしょうな……さて、残党ですが、一旦自治区に帰って準備をした方が良さそうです。拠点の位置は把握してますが、残存戦力の調査はした方が良いでしょう」
「フィン王国の方は大丈夫か?」
「ジェームズ殿が上手く立ち回っておられているおかげで、後しばらくは国外にとりかかることはできないでしょう。国内に踏みとどまっている地方領主や下級貴族を束ねて組織的に撹乱しています」
フィン王国にはオクルスの“複体”を派遣している。
オクルスの分体は二種類あって、
複体は本体と独立した存在だが一日に作成できる数は一体程度だ。
参照体は本体が死ぬと全て消滅するがほぼ無限に作成できる。
そしてどちらでも本体と同じ機能を有していて、記憶とインベントリは共有可能だ。
諜報部の重鎮である彼の力と経験を最大限に生かす能力ともいえる。
フィン王国内の各組織への連絡や物資の供給、各種工作活動等に縦横無尽に活躍しているが、そんな彼でも中枢である王城には潜り込めていない。
かの城は今や生者の侵入を受け付けない死の牙城と化している。
「孤立しているエルス族の残党さえ何とかすれば、彼らは切り札を手に入れることも出来ず、問題なく制圧できるでしょう」
「北のプロークシー達はどうしている?」
「領地の治水事業を中心に公共設備を整備してます。足場固めですかね。戦略を長期戦に切り替えたようです」
本業に立ち戻ったって所か。最初っからそうしていれば良かったものを。
「ディレイ達とはお互い関係を絶ったって認識でいいのか?」
「そうでしょうなぁ……元々強い繋がりでもありませんでしたから」
「オズリックについては調べはついてるか?何故謀反をおこしたか?」
「色々聞き取り調査を行ってますが、今一つ分かりませんね。動機らしい動機が掴めません。経歴を調べても不満や野心が有った風でもないし、恨みや復讐と言う線も無さそうです」
うーん……なんかスッキリしないが、もう時間切れだな。
「動機ってそんなに大事かな?」
ゲンマは首を傾げているが、ミステリ作家としては非常に大事だ。
むしろ、それが全てと言っても過言ではないな。
「今は国内での工作活動が功を奏して、如何に優秀な策士でも対処に追われ策を弄する余裕はないでしょう」
「でも、国内勢力には消耗はさせることはできても、城攻めまではどうにもならない。さっさと残党狩りを済ませて戦いに終止符を打とう」
ゲンマの意見に俺は大きく頷いた。
■
翌日、俺たちは帝国の市井の様子を見に、帝都の市場に視察に行った。
早朝にも関わらず、多くの人で賑わっていた。
多くの山海の珍味に玉石混交の物品の山が積まれている。
俺は食料店で各種チーズや料理に使えそうなワインを購入した。
カビの生えたチーズにサリシスやモジュローは露骨に嫌な顔をする。
美味いのに……。
森川は露天で売られている巻物を何本か購入していた。
モモちゃんは土産用のアクセサリを沢山買っている。女の子向けかな。
少年たちの土産も必要だろうか?
俺がそう言うと、モジュローはこの世界の玩具をいくつか購入する。
現代っ子にウケるか?それ?
「こういうのは気持ちが大事なんですよ!」
それはごもっとも。
買い物と散策を楽しんでいた俺たちはゲンマに呼び寄せられる。
「敵意を持った集団がこっちに集まってる。人気のない所に移動した方が良さそうだ」
お供について来ているレイモンドは顔を引き締めた。
「では、ご案内します……こちらへ」
俺たちは路地裏へ移動した。
□
人気のない路地裏に移動して、周囲の喧騒から隔絶した途端に、顔を仮面で隠した集団が四方から襲いかかった。
躊躇いなく俺の急所にナイフを突きつけた襲撃者の攻撃は事前に貼った結界に阻まれた。
俺は魔剣ソウルモンガーを抜いた。
訪問前にレベルを七十五まで上げておいたおかげか、リーダー格とその側近二体以外の襲撃者は魔剣の歌声で弱体化に成功したようだ。
リーダー格は両手に付けたかぎ爪をかざして側近二体を襲い掛からせる。
「あの二体は屍人だよ!気をつけて!」
ゲンマの警告を聞いて、サリシスは聖剣ディバイドスターを抜いた。
《 サンフラジット 》!
聖剣は光り輝き、彼女は屍人を真っ二つに袈裟斬りする。屍体は黒い波動を浄化させながら消え去った。
もう一体はモモちゃんに襲いかかっている。
「セラちゃん、ケルちゃん、お願い!」
彼女が呼び出した天使型の魔物二体が聖なる光を発して屍人は秒で浄化された。
弱いと見なしただろう少女二人にあっけなく屍人が倒されたのを見てリーダーは見るからに動揺した。
「ヒョオオオオオ――!!」
リーダーは壁を三角飛びしながら襲いかかって来る。
「天昇流星脚!!」
しかし、彼の攻撃が届く前にテルさんの飛び蹴りが炸裂して撃ち落とされていた。
……ウチの女性陣やべーな。
リーダーを失くした残った手下達もあっさり制圧され、警吏に連行されていった。
□
俺たちは準備と調査を理由に自治区に帰ることになった。
城の裏庭で帝王と参謀の見送りを受ける。
『では、準備が出来次第、連絡を送るよ』
「はっ、お待ちしております」
短い期間だったが、ドッと疲れた訪問だった。早く帰りたい。
帝王からワイン五ケース頂いたが、気軽に飲めない年代物何だろうな……。
市場で手頃なのを買っておいて良かった。
俺たちはゲンマに乗り込んで天に向かって上昇した。
正直、襲撃者より人間の王族の方が相手しててシンドかったってのはどうなんだろう……。
「これからも関わりがあるのですから、もう少し政治や社交にも慣れてください」
モジュローはアイマスクをしたまま座席でうたた寝モードに入ったが、俺は一気に憂鬱になった。
関わりたくねぇ……激しく関わり合いたくねぇ……。
小説家に小説書く以上のこと期待すんなよ……。
だが、そんな俺の願いはどこにも届かないのだった。
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