■029――踊る都市計画

 非日常的イベントがいくつも通過したこの地にも、いつものありきたりな日常が次第に戻りつつあった。

 そんなある日、この辺境の地に軍関係者以外の人間が訪れた。

 自治区となって初めての来訪者だ。


「主人がこちらの領主の方との面会を望んでおられます」

 丁重ながら、身分が高い者に仕えている空気を漂わせた執事風の男が門番に申し出てきた。

 村長からの言伝で俺とゲンマは翌日、村長宅で面会に同席することになった。



「お目通りが叶い、感謝いたします。私はニヒル・セネカと申します。こちらは孫のエドガルスとその妻のフォルミカです」

 セネカの第一印象は眼光の鋭い油断ができない老人だった。

 ただ、その付き添いの若夫婦は始めて対面する龍族にかなり緊張している。

「ここに何しにきたんだい?まさか観光、じゃないよね?」

 ゲンマからの事前情報ではセネカは大官僚ニヒル家の前当主との事だ。

 そんな御大自ら少人数の供のみで、こんな辺境に突然現れたのだから警戒するのも当然だろう。

「はい、龍族のお役に立ちたいと考え、馳せ参じました」

「それはニヒル家の官僚としての意志かい?」

「いいえ。完全に私個人の意思です。我々は官僚を退任した上で、ここに来ました」

「ほう、ニヒル家の者がね……」

 ゲンマは含みをもたせた相槌を打った。

「時流を見れば龍族が官僚を必要としていないのは明らかでございます」

「ふふ、そんなことはないよ。国家運営には官僚や役人の存在は必要不可欠さ」

「でも、その数を減らしたい、そうお考えなのでしょう?ゲンマ様もガーラ様も」

 ゲンマは瞳の虹彩を赤く光らせて目の前の老人を値踏みする風に見つめた。

「姉さんは嘆いていたよ」

 その無感情な物言いに、その場にいた全員に緊張が走る。

「……この国にマトモな頭がついている役人は三人しかいないのか、とね」

 ゲンマの言葉から一拍おいて三人から安堵のため息がこぼれた。

 龍族による圧迫面接は合格のようだ。



「どうするんだ?あの三人」

 仮拠点であるジョイスの宿屋に戻った俺はゲンマに聞いた。

「まぁ、さっきも言ったように役人……特に文官はこれから必要だからね。当面、彼には村長と一緒に外からの仕官志願者の見極めをしてもらうつもりだよ。立場上、歩く官僚目録みたいな人だし」

「信用できるのか?」

 ウィアのお爺さんと弟のようだけど、大官僚の古狸って雰囲気も漂っている。

「官僚を辞めたってのは本当のことだね。戦争前からセプテントリオに滞在して情報を集めてたみたい。抜け目ない老人だよ」

 ゲンマは楽しそうに言った。

「信用できるかどうかは彼らの働きぶりを見て決めるさ。エドガルス君はオルト君達の手伝い。奥さんはジュンちゃんの助手をしてもらうよ。人手を欲しがっていたからね」

 あの二人含めてメンバー全員忙しそうだし、こき使われそうだな。

 辺境スローライフを期待していたなら、アテが外れるだろう。



 ここのダンジョンでのレベリングと戦争で勝利した結果、俺はレベル百になり、それ以上レベルが上がらなくなった。

 現在のステータスを確認する。


――――――――――――――――――――――――――――――

名前:神無月 了 職業:小説家 レベル:100

AGE:18

STR:53+128

CON:50+128

DEX:48+128

INT:120+128+100

MND:100+128


NOB:91

COM:75


HP:1056(356+700)

MP:1156(456+700)

――――――――――――――――――――――――――――――


 これが俺の限界なんだろうか、と思っていたら、いつのまにかクラスチェンジが可能になっていた。

 転職先は、『剣士[→]』、『魔術師[↓]』、『文豪[↑]』の三択のようだ。

 まぁ、ここは『文豪』だよな。考えるまでもない。


「……」

 モジュローが何故かこっちを睨んでいる。

「なんだよ?」

「何故考えなしに将来の進路を決めてしまうのですか?もっと他人の意見を参考にしたらどうですか?」

 ぐぅ、正論。

 でも、俺の魂は小説家であるのだから、他の人生なんて考えられない。

「それでも、です。後から知らなかった、と後悔してからでは遅いのですよ?それに、今やあなたも民を導く立場なのですから、システムに関することは知っていて損はありません」

 うーん、確かに一理ある。

 考えてみたら俺はこの世界の職業システムのことをマトモに理解していない。

「そうでしょう、そうでしょう。では見識者に意見を聞くと良いでしょう!さぁ!」

 モジュローは両手を腰に当て、得意げに胸を張った。

「じゃあ、ちょっとクロード先輩に相談してくるか」

「……っ!どうしてそうなるのですか!」

 だって、お前に聞いたら魔術師推してくるの目に見えてるし……。

「基礎は大事なのですよ!それに適した加護を持っているのに!勿体無いです!」


 

「うーむ……」

 俺が転職の件を相談すると先輩は腕を組んで考え込んだ。

「この場合は魔術師はお勧めできないな……」

「それはどういう理由で?」

「俺とは系統が違うんで一般論として聞き流しても構わないが……まず、小説家って職業はこの世界には無い、というか俺は初めて見るクラスだ。魔術師に転職してそれを極めたとして、小説家のクラスに戻れる保証は無い。クラス自体に思い入れがあるなら余計に止めた方がいい」

 じゃあ、魔術師も剣士も論外だな。

「先生の加護と祝福ならどのクラスを取ろうが問題ないだろ。今更、魔術師として独り立ちする必要もないし、レアクラスを極めてレアスキルの取得を狙う余裕があるなら、そうした方が強みは出る」

 モジュローは不満げだがこれは仕方ないだろう。

「人を教え導くものとして、正道を外れて不確定要素に人生を賭けるのはお勧めできないのですが……」

「魔術師系はステータスが偏ってる割に伸び率は低いからな。種族補正がなければ冒険者としてはイマイチなクラスだ。魔術師ギルドに入ると仕事やマギアの証、秘伝の術式に手が届きやすい利点はあるが……先生にはどれも必要ないだろ。所詮、硬直した年功序列の組織だぜ、あそこは」

「その点は反論できないです……」

 出来ないのかよ。

 まー、エルダーエルスが深く関わってそうな組織には関わり合いたくはないな。

「そもそも、こういうのは正道はあっても正解はないからな。結局本人がどういう自分になりたいかにつきるんだ。特に先生みたいな規格外の存在だと尚更だ。無難な強さを持った無難な奴になるか、この世に二つとないクラスを持った唯一無二の人物になるか、俺だったら後者を取る」


 クロード先輩のお墨付きも得られた俺は、満を辞して『文豪』クラスチェンジした。

 余剰経験値がそれなりにあったのか、初期レベルは十五だった。

――――――――――――――――――――――――――――――

名前:神無月 了 職業:文豪 レベル:15

AGE:18

STR:61+8

CON:58+8

DEX:59+8

INT:150+8+15

MND:123+8


NOB:91

COM:75


HP:506(231+275)

MP:736(461+275)

――――――――――――――――――――――――――――――


 やはり、加護や祝福の補正値はレベルに応じて付くようだ。

 地のステータスは底上げされているが、一時的に弱体化したので、またレベリングに励まねばなるまい。



 ダンジョンの新しい階層にも慣れてきて、ジョイスのお使いで素材集めも熟せるようになった。

 初見では生理的に無理だった闇に蠢く黒い触手モンスターのセーピアも、宴会で出てきたマリネの材料と知った今では“美味そう”と感じるようになった。

 ゲンマは踊るサボテンの魔物スピネーを絶滅させる勢いで狩っている。

 あの酸っぱいピクルスがよっぽど気に入ったようだ。

 俺としては近々人間領域に出征する予定もあるので、実戦訓練も兼ねたいのだが、転職直後というのもあって、同行者に待ったを掛けられる。

「レベルが上がるまでは辛抱してください」

 本日のレベリング同行担当であるモモちゃんは天使の微笑みで魔獣たちをテキパキ使役している。

 モモちゃんと彼女が使役する魔物勢だけで、あの厄介なオーラ=クーを制圧したようで、ジョイス曰く、『ありゃあ、軍の中隊に匹敵する戦力があるだろう。いくら手練れの工作員でもどうしようもない』らしい。

 俺はモモちゃんの呼び出した魔物、赤い帽子のゴブリンたちに護衛される中、ひたすら瀕死の敵にトドメだけ刺し、ドロップ品をインベントリに放りこんでいた。完全に作業だった。

「あ、ワニさんがいますね!あのお肉美味しいんですよ!絶対仕留めなきゃ!」

 モモちゃんは嬉々として手に持ったロッドを振り回して電撃を放つ雲状の魔物を呼び出す。

 この小さな自治区で自給自足できる勢いで食べ物が採取できるなんて、ダンジョン様様だな。

「そんなに甘くはないよ。自給率はまだ二十五%くらいかな。主食を初めとしてまだまだ足りてないさ。後でシステムの統治コンソールで確認するといいよ。自給率を五十%以上にすると、システムから実績解除のボーナスが付くから計画を考えないとね」

 そんなのもあるのか。

 こないだまで拠点防衛ゲームやってたかと思ったら、今度は統治シミュレーションかよ。

 デンとか森川はそういうの得意そうなので、後で相談するか。



 夕食の席でメンバーに食料自給について相談すると様々なアイデアが出てきて、議論は盛り上がった。

 それに関してはジュンの考えた持続可能な農業の計画に基づき、モモちゃんが呼び出した魔物を使って余っている土地を耕作させる方向で纏まった。

 どんな作物を植えるか、ジョイスも交えて話し合っている脇で、デンは手持ち無沙汰なゲンマに叡智の迷宮の事を聞いていた。

「面白そう!私も挑戦してみたいです!!」

 いや、お前……危険なんだぞ……大抵の人間が死ぬ場所だと聞いてるんだが……。

「んー、デン君なら大丈夫でしょ。祝福を持っているレアクラスなら、そこまで難易度は高くない筈」

 ゲンマが解説する叡智の迷宮とは……。

 まず、意外にも野良ダンジョンではなく内部はシミュラクラ空間だそうだ。

 ダンジョンに潜入するとレベルは強制的に1になり、持っているアイテムは一つを除いて全て没収される。

 探索途中で死ぬと潜入時の状態でスタート地点に戻される。

 そして、ダンジョンはリスタートするごとにマップをランダムに再生成する……。

「ローグライクダンジョンじゃないですか!大好きなんです!」

 しかし、話を聞くならそこまで危険ではなさそうだが……。

「いや、難易度はものすごく高いよ?ソロ専用だし普通の人間だったら何百回と死ぬから、レア度の低いクラスだと強化も難しいもの。しかも途中でダンジョンを脱出する手段はないからね。クリアするか、心が折れてスタート地点で自殺するか、全てを諦めてダンジョンの一員となるか……一度潜入するとクリアしか脱出の道はないよ」

 エンダー君って、すごいゲーマー……もとい、勇者だったんだな……。

「それだけその魔剣がチート装備なんだよ。そういう突出した要素が一つでもないと攻略は無理な難易度ってこと。デン君は祝福とクラスでチートを二つ持ってるし条件的には問題ないよ」

「えぇー……どっちか一時的にオフにできないかな……」

 リアルで生きるか死ぬかの状況で自分から難易度を上げるのは止めるんだ。

 家族が心配しているぞ。主に俺が。



 翌朝。

 当初は余裕を持って互いに競い合っていたダンジョン攻略組が朝食を食べながら真面目な表情で情報交換を行なっていた。

 いつも脳天気におチャラけているコミットが真剣な顔でクロード組の話を聞いてるのは激しく違和感だった。

「僕だってフザケてばっかりじゃないんだよ」

 ふーん。やっぱり難しいのか。ここのダンジョン。

 というか、ふざけてる自覚あんのかよ。

「七十五階までは余裕だったんだが……」

「僕は七十七階ね!」

 コミットの対抗意識はまだ失われてはいないようだ。

「うぜぇ……ともかく、普通の人間のパーティだと六十階付近が壁になるだろうな。敵の耐久度や即死トラップの頻度が明らかに高くなってる。さらに七十階以降は敵の知能が上がっていてこちらをトラップに誘導しようとしたり、異なる魔物同士が連携して襲撃してくる。冒険者より軍の先鋭じゃないと手に負えないかもな」

「罠も一箇所に複数の仕掛けが仕組まれていて、毎回ランダムで作動するから盗賊職がいても苦戦するだろうね」

 コミットがフォークに刺したソーセージを振り回しながら語った。

「術式やマギアで結界を常に展開してなければ、命がいくつあっても足りない魔境ですゆえ。出来れば永遠に封印したままが無難でしょうなぁ……」

 ロータスはここに来て初めて口にしたコーヒーが気に入ったようで食事の度に嗜んでいる。

「今は方針を変更して五十階以降、一階毎に念入りに調査している。転移トラップでもあったら事だからな。だが、ロータスが言う通り、五十階以降は立ち入り禁止のままにしておいた方がいいだろうよ。四十九階に結界を貼るのも止むを得ない」

「救いがあるとしたらどんなに深層でも日帰りが可能な所ですわ。あんな地獄に何日も寝泊まりしたら確実に気が触れてしまいますもの」

 このクロエの一言に攻略組全員が黙って頷いてるのを見て、相当キてるなと思った。



 俺は攻略組の労をねぎらって、おやつを作ろうと宿屋の厨房に入った。

「カンナヅキ様、命じて頂ければ、何でもお作りいたしますが……?」

 ゲンマ付きのメイドであるユリアさんは気遣う様子で話しかけてきた。

「……」


 この世界に来て悩ましい問題の一つ、それは味覚の問題だ。

 食材やジョイスの作る料理には何の不満もなかったが、唯一甘味には参った。

 とにかく、俺には甘すぎるのだ。

 砂糖やシロップはシステム経由で手に入るが、他の食材に比べると値段はやや高いように思えた。

 それをこの世界の人々はこれでもかと、ぶち込んでくる。

 焼き菓子だろうが、ジュースであろうか、脳天を突き刺すくらいの甘さに正直辟易している。

 ユリアさんが作っても多数決的に現地基準の甘さを採用するだろう。

 仕方ないので自分で作るのだが、俺の作る菓子は珍しいのか皆がねだってくる。

 モジュローなどは人の倍以上食べた挙句、『甘さが足りない!』と毎回文句を付ける。

 俺はその度に無言でシロップをドボドボかけてやるが『そういうことではない』と不満そうに言う……どうすればいいんだよ。

 これを解決するために蜂蜜やメープルシロップを自作しようと考えたが、ジョイスやサリシスに『勿体無い!!貴重なポーションの材料なのに!』と叱られる始末だ……。


 ……あ、思索に更けてしまった。

 ユリアさんは辛抱強く俺の返答を待っている。ごめん。

「これは俺が気分転換でやってる趣味なので、お気遣い無用ですよ」

 俺はなんとか微笑んで言った。

「そうですか。差し出がましいようでしたら申し訳ありません。これも務めなのでご容赦ください。では、お手伝い出来ることがありましたら、何なりとお申しつけください」

 そういうと彼女は一礼して定位置に戻り、待機モードに入った。


 さて、会議で出す予定の昨日作ったレアチーズケーキは冷蔵ストレージの中でいい感じで仕上がっているだろう。

 モジュローの為に森で採れたベリーで甘めのソースを作ってやるか。

 後はチョコチップクッキーでも作ろうかな。



 人間領域対策の会議に出したレアチーズケーキは好評で、現地勢に激甘ベリーソースを泳ぐ勢いで注ぐように要求され、足りるかどうか若干不安になる。

 多目に作っておいてよかった。

「じゃあ、今はフィン王国の包囲網は完全に解けてるのか」

 テーブルの中央の皿に山盛りにしたクッキーの減り方が想定より早いのが気になる。

 クッキーを食べながらゲンマは言う。

「そう、再び構築するならベース帝国と交渉する必要があるけど、書簡だけだと難しいだろうね。こちらから呼びつける訳にもいかないし、直接出向いて説得するしかないよ」

 人間領域に行くしかないのか……いや、いつかは行く必要があるのだが。

 向こうの現状はどうなっているんだろうか。

「死霊軍も周辺諸国も国内の守りを固めたままで動きはありやせん。どの軍勢も攻めるには決め手に欠けております。当分の間はこちらが出るまで動きはないでしょう」

 オクルスは淡々と現状を解説する。

 ようやく主導権を握れたのは喜ばしい事だが、あまり時間を掛けてはいられないだろう。

 相手がいつ第二の切り札を手に入れるか分からないからだ。

「ディレイとオズリックを討てばこの戦争は決着するけど、その為の包囲網に必要な軍勢は現地で何とかするしかないんだよね。列強諸国の軍隊は人間領域には手を出さない不文律になっているからさ」

「城攻めは我々だけで行うという事ですか……?」

 モジュローはシリアスな表情と口調で何か言っているが、両手にクッキー持ってたら緊迫感皆無だぞ。

「じゃあ、テル・ムーサを止めてください!さっきから会議そっちのけでずっと食べてますよ!」

 テルさん……後で俺の分あげるから……我慢してくれよ……。

「ふはい?……失礼、早い者勝ちだと思ってましたわ」

 彼女の口の端にチョコチップが付いていたので摘んで取り除いてあげた。

 この自治区のエンゲル係数の高さに頭を痛めつつも話を軌道修正する。

「そういうことになるな……ゲンマは考えがあるのか?」

「このメンバーなら何とかなるでしょ。むしろ過剰だよ。誰が行くかより、誰が待機するかの方が重要かも。まさか全員で行く訳にもいかないからね」

「俺らも行こうか?」

 クロード先輩は名乗り出るがゲンマは制した。

「攻略組はダンジョンの調査を継続して。僕らが留守の間に攻め込まれた時の事も考えると防衛力は残しておきたいんだ」

「そのことなんですが……」

 デンが手を挙げた。

「私は残留してもいいです。ただし……」

 デンは俺をじっと見つめた。

「フィン王国の件が片付いたら、叡智の迷宮の試練に挑戦したいんです」

 デンの決意は固いようだ。止めても無駄なんだろうな。

「ちょっと待って、勝手に決めないでよ!あなたが残るのなら私もここにいなきゃいけないじゃない!」

 ジュンが咄嗟に反応した。

「何か問題があるのか?」俺はジュンに尋ねた。

「ウサギお姉様は今回は絶対に何が何でもついて行くって言ってたのに……あーあ」

 ジュンは激しく落ち込んでる様子だ。

 モモちゃんは微笑んでる。

「ダメとは言わせませんよ?先生。この為に今日までレベリングを頑張ったんですから」

 人間領域は危険で野蛮で不衛生な地域だろうから、出来れば女の子は連れて行きたくはない……。

「でも、サリシスさんは行くんですよね?」

「あたしは絶対ついていくよ。カンナヅキ」

 二人の視線の重圧に負けてゲンマの方を見た。

「どっちかというと来てくれた方が助かるかな。集団戦に強い能力は戦略上必要だからね」

 自分の無力さと説得力の無さに若干の絶望感を味わう。

「ともかく、カンナヅキ君は出発までにレベリングしておいてよ。今回は君が直接戦闘する機会はないと思うけど、万が一があるからね」


 その後、俺は夕食の時間までダンジョンに潜り続けた。



 レベリングに励む日々を過ごす中、念願の新居が完成した。


 実際に建てられた屋敷は想像よりも大きく、城まではいかないが大都市の公共施設くらいの規模はあった。控えめに言っても豪邸だった。

 もう少し慎ましいもので良かったんだが……。

「そうはいうけど、大勢の人間が住む場所なんだから、ましてや龍族が住む屋敷としては最低限のものだよ」

 出たよナチュラルボーンセレブ星人。いちいち大げさで派手派手なんだよな。

 龍族には侘び寂びの精神は絶対に理解できないだろう。

 建物の他に、正門から屋敷までの間は広い庭園で、裏門には菜園や裏庭がある。

 ドルチェアルボラたちもここに住まわせればいいだろう。


 中央の建物の一階入ってすぐが食堂になっていて、カフェテリア風のしゃれた空間になっている。

 ここの厨房はジョイスが采配する予定だ。

 食堂の横は大浴場で、ちゃんと男湯と女湯に分かれている。

 二階は会議室と応接間になっていて要人との打ち合わせはここでするのだろう。

 地下は倉庫のような空間で何を置くのかはまだ決まってないらしい。



 俺は真っ先に自分の居住区の書斎を見にいった。

 扉を開けると、二十畳くらいの空間に左右に大きな本棚が並んだ部屋だ。

 本棚はまだほとんどが空で、まばらに巻物が置かれている。

 床には絨毯が敷かれていて、部屋の中央にローテーブルと座り心地の良さそうなソファがある。

 突き当たりの大きな窓の前に重厚感のある机と椅子が既に設置してある。

 全体的に既視感があるレイアウトだ。

 これは叡智の図書館のお館様の書斎を模した部屋だろう。

 初めて見た時から羨望した、夢にまで見た理想の書斎だ。

「気に入ったかい?」

 嬉しさのあまり俺は言葉に詰まった。

「……ああ、まるで夢のようだ」

 込み上げてくる感慨を抑え、何とか感想を述べた。

 ゲンマは満足そうに頷いた。

「棚に納めるものは、君が選ぶといいよ。とりあえず、この世界の基本的な古典を収めておいたけど、こういうのは自分で選びたいものでしょ」

 さっそくデンに相談しよう。

 でも、ちゃんと自分の著作を置くスペースは空けておかないとな。



 一通り屋敷を見学した俺たちは裏庭に訪れた。

 既にドルチェアルボラたちがモモちゃんの引率で集められていた。

 人通りが少なく日当たりのいい裏庭を、彼らは気に入ったらしい。

 ガーラから転送ストレージ経由で送られた新居祝いの中に様々な苗があり、その中に林檎の苗木があった。

 林檎って確か接ぎ木しないと実が付かないんじゃなかったっけ?

 この苗木はそうは見えないんだが……名前が同じなだけで種が違うのかな?

 俺がそんな疑問を口にするとモジュローは不思議そうに言った。

「魔法を使えばいいじゃないですか」

 彼はそう言って、庭師が埋めた林檎の苗木に魔法を使った。

 《 アドレスケレ 》!!

 あっという間に苗木は1.5メートルの木に成長し、枝には花が開き、赤い実が鈴生りになった。

 魔法って本当に便利だなー。というかズルイな、これは。

「私からすれば異世界のやり方の方が異常ですよ」

 モジュローは大変不本意という風に顔を顰めて収穫したばかりの林檎にかぶりついた。

『接ぎ木……ですか。“花飾りの祭り”に似てますね』

 ドルチェアルボラのリーダーは俺たちの話を聞いていたようだ。

 彼らは銀杏のように雌雄が分かれている種で、繁殖期になると雄達は様々な花の木の枝を体に挿して身を飾り雌にアピールするらしい。

「へぇー、じゃあ、彼らに林檎の木を接ぎ木したらどうなるんだろうな」

「なんてことを言い出すんですかあなたは!」

 モジュローは俺を思いっきり不信の目で見た。

 思いついたことをついそのまま言ってしまうのは俺の悪い癖だな。

 ドルチェアルボラ達にも悪いことを言ったな。すまん。

『いえ、別に構いませんが……それより殿のお役に立ちたいので何なりと命じてください。樹液を提供する程度でこのような楽園に住まわせていただけるのは心苦しいので……』

 彼らのおかげでポーションの備蓄は大分潤ったので恐縮することはないのだが。

「ふーん、面白そうだから試してみればいいんじゃない?」

 例によってゲンマは悪ノリした顔で嘴を突っ込んできた。

 ジュンは林檎の枝を短刀で切りリーダーに差し出すと、彼は蔦を伸ばして受け取り、体に付いている小さな木のウロに挿した。

 すると、挿した枝から花が咲き、その花は林檎の実に育ったが、それは黄金の林檎だった。

「へぇー、これはすごいね。黄金の林檎は野良ダンジョンのボスが稀にドロップするレアアイテムでエリクサーの材料にもなる貴重な素材だよ。意図的に生産することができればこの自治区の特産品になるかもね」

 ゲンマの声がすごく遠く感じる。

 それくらい俺はその林檎に見入っていた。

 俺はほとんど無意識にその林檎を枝からもいだ。

「ともかく、これは大事件です。今すぐガーラ様にお伝えするべきで……」


 ――シャクッ


 モジュローが全て言い終わる前に俺は黄金林檎を無言で咀嚼していた。

 全員があっけにとられる中で俺は一言言った。

「うまい……!」

 俺は夢中で黄金林檎を貪り食った。

「な……何をしてるんですか――!!実際に口にしていいのは安全性を確認してから……あーもう、いい加減にしてくださいっ!!」

 モジュローは何か言っているが、その小言は右から左に聞き流した。

 それくらいこの林檎は美味すぎた。


 食べ終わると全身に力がみなぎり生まれ変わったような爽快な気分だった。

『殿の舌をご満足させられたのなら光栄です』

 リーダーは嬉しそうだった。

 よくわからないが自治区にとって快挙な事らしいので褒美を与えないとな。

『それでしたら、お願いがあります……名前を賜り、殿の眷属に加えて欲しいのです』

 うーん、そんな事でいいのか?

「いいんじゃない?彼ら魔物にとって名付けは重要な事だからね」

「そうか……じゃあ、お前は今日から“キング”だ」

 俺は指を鳴らした。

 ドルチェアルボラのリーダーだからな。これからもよろしく頼むぞ。

 俺が名を告げ、眷属の証をサインスタンプで付けるとキングは喜びに震えた。

『ありがたき幸せ……今後一層の忠誠を誓います!』

 そういうと彼の枝に多くの花と実が成った。

 その実はさっきの黄金林檎よりも輝きを増したもののように見えた。



 この事件は速攻でガーラに伝わり、自治区の都市計画は大幅な変更が加えられた。

 現在の城壁に囲まれた六角形の区画の隣に同じ区画を作り、そこを農業試験場として使うことになった。

 この区画は関係者以外立ち入り禁止で、ここにキング率いるドルチェアルボラ達を住まわせ、さらにモモちゃんが呼び出した地霊グノムに耕作させて、主食になる芋と小麦を収穫できるようにする計画だ。


 俺がリーダーにキングと名付けたのを受けて、モモちゃんは最初にテイムしたドルチェアルボラに“クイーン”と名付けた。

「私達がいない間は二人で協力してここを治めてね。何かあったらジュンちゃんに相談して」

『『ははっ!!』』

 この区画は事実上モモちゃんとジュンの領地になったようなものだ。



 近日中にベース帝国に交渉に赴く手筈は整った。

 使節団のメンバーは俺、ゲンマ、テルさん、サリシス、モモちゃん、森川、モジュロー、それと、オクルスだ。

 デンとジュンとオルトは留守番で、レベリングをしているとはいえ流石にヴェールは連れていけない。

 もっとも、用が済んだらすぐ帰ってくるつもりだ。可能なら日帰りしたい。

「あるじ様のご武運をお祈りしてます……ヴェールは足手まといにならぬよう、鍛錬に努めます……」

 彼女の大きく潤んだ目は二つの宝石のようだった。

「アッシが命に代えても姫様をお守りいたします」

 オクルスの分体がいれば留守の間は安全だろう。シグレとユリアさんも付いているし。


 オルトは同行したがったが、今の状況では無理だろう。

 見習いのエドガルスが代理を務められるくらいに成長すれば話は別だが、現状を見ると難しそうだ。

「僕もレベリングが必要なんですか?……そんなぁ……ダンジョンなんて入った事ないですよ!」

「君の奥さんはジュンと一緒に連日ダンジョンでレベリングしてるよ。もうレベル二十五に達したってさ」

「えっ……本当ですか?」

 元が上級官僚の温室育ちの青年であることを考慮すると前途多難なようだ。



 俺は一人書斎に戻り、椅子に座って物思いに更けていると、ノックの音がした。

「モモです、ちょっとお時間いいですか?」

 俺が入るように促すと彼女は後ろ手で扉を閉めて、こちらに歩み寄ってきた。

 書斎机の前に立つと両手を机に付いて前のめりに顔を近づけた。

「先生、お願いがあります!私も先生の眷属に加えてください!」


 この日が来るのを、俺は恐れていた。


 いつかは来るだろうと予想はしていたが……。

 というより、森川は普段は常識人だが信者としての立場だと、彼女に対して事あるごとに大人気なく煽るのだ。

 自分が神無月了の一番のファンであると。

「……私では力不足なんでしょうか?……あのキングさんより」

 そんなことはない。

 彼女がこの自治区にもたらした功績は高く評価するべきだ。

 躊躇うのは完全に俺の個人的感情だ。

 彼女を一人の人格を伴った人間であることを否定するようでどうしても躊躇ってしまう。

「俺にとって君は大事な存在だから……じゃダメなのか?」

「……それは先生のワガママです。私の思いに対する答えになってないです」

 ワガママかー。もう、何をどうしても最低の男じゃないか、俺は。

「じゃあ、もし私が悪い魔法使いに捕まって無理やり眷属にさせられて、酷い目にあったり、先生の敵になったらどうしますか?」

「嫌だっ――!」

 思わずそう言った後、彼女の勝ち誇った笑顔を見てハッとした。

 自分には最初から選択の余地なんて無かったんだな……と、その時ようやく気がついた。


 俺は観念して彼女の左肩にマギアの証を付けた。

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