■a006――ジョイスの視点〜俺の村が着々と魔改造されている件
ダンジョンのアドバンスモードが発見された件は村長を通じて龍王国に報告され、今いるメンバーで調査できないか打診された。
結果、冒険者ギルドの駐在員とゲンマの眷属と俺で調査団が組まれ、潜入することになった。
発見者であるデンはどうしても調査団に参加したいとゴネたが、彼程の才能ある若者を危険な初見調査に加えるわけにはいかなかった。
「功績を横取りする訳でも取り上げるつもりもない、ここは堪えてくれ。安全が確認できたら優先的に潜入してもいい」
ギルドの駐在員のヴァリエは真摯に説得する。
「……でも!」
彼は利発な若者らしく、理屈では理解しているが、心の奥底から沸き起こる情熱と好奇心でジッとしていられないようだ。
「あなたは自分を過信しすぎよ、デン。ここは経験者の大人の言うことに耳を貸すべき、少し落ち着きなさい」
彼のパートナーであるジュンは冷静に諭した。
この村では唯一彼の思考を理解していて、尚且つ彼からの信頼を得ている人物だ。
「はぁー……目の前に手付かずの未知の冒険があるのに……落ち着いてなんていられないよ」
彼の思考も才能も俺では到底理解が及ばないが、その冒険への渇望だけは唯一、共感できるものだった。
「あなたがやるべきことは沢山あるはずよ。今はそちらに専念したら?ダンジョンは逃げないんだし」
「初見プレイはノーヒントで一番乗りしたかったんだけどなぁ……」
「……まったく、どうしようもなく救い難い“ゲーム脳”ね……」
“ゲーム脳”の意味するところは分からないが、人知を超えた才能を持ってる人物の若者らしい短慮を見るとむしろホッとするのも確かだ。
□
ジュンは黙っていれば豊かな緑がかった金髪を背中まで伸ばした物憂げな美少女だ。
フードのついた黄色い上着をラフに羽織り、長く程よい太さの足はよく鍛えられ、縞模様の長靴下に覆われていた。黒い半ズボンと長靴下の間の空間は絶妙に調整されている。
上着の下の白いシャツには青と緑のまだら模様の円が描かれていて、その下に古代文字のようなものが五つ刺繍されている。
彼女の口調や所作から見ても上流階級の出身と予想できる。
天才のデンに引けを取らない頭脳と、常人離れをした身体能力を兼ね備えた文字通りの超人だが、それが何故普通の少女に見えるモモに崇拝にも似た恭順の意を示しているのか、不思議でならなかった。
俺はその疑問を彼女との付き合いが長そうなデンに聞いてみた。
「ジュンはね、元々は“アンチ”だったんですよ。神無月先生の」
「アンチ?」
「ファンの反対です。私がフォーラムに入り浸ってると知って先生の作品を貶す投稿をして場を荒らそうとしたんです」
「……なんでまたそんなことを?」
「デンが私との約束をすっぽかして夢中になってるのを知って頭にきたのよ」
「……誰だってど忘れすることはあるじゃないか。その時に黒ウサさんと論争になって……結果、論破されたんですよ」
「そう!私、あの時生まれて初めて論破ってものをされましたの!それまで喧嘩であれ議論であれ一度も負けたことなんてなかったのに……あの衝撃は忘れられないわ……雷に貫かれたようなショックと快感が……」
ジュンの整った顔は淫靡に崩れかけ、それを見たデンは顔をしかめた。
「もう、いい加減にしてよ……ともかく、それ以来黒ウサさんのフォロワー……追従者になっちゃったんですよ」
「苦労してるんだな……」
婚約者が自分の遊び場を荒らしたかと思ったら勝手に倒錯した性癖に目覚めたとか、男としてはあまり考えたくない事態だ。
「……複雑な心境ではありますがね……かといって、あのままだともっと不味いことになっていたでしょうし……」
「……?」
「当時のジュンは常々、人類は増えすぎてるから減らさないといけないとか言って、過激な環境テロ集団に加担していて……」
「はぁ?」
「あら、昔の話よ。どう考えても人類が七十六億人いるのは多すぎるし地球を汚すようなことばかりして許せないと思っていたけど、ウサギお姉様のような一欠片のダイヤを産み出すにはそれだけの量が必要なのだ、と考えたら許せるようになったわ」
ジュンの表情は正気を疑うような内容とは裏腹に真面目そのものだった。
「ジュンは本気で実行する気でしたから……そういう意味では黒ウサさんに世界は救われたと言っても過言ではないですね……」
「そうよ、あの日、私が論破された日を全世界で記念日として世界救済の日と命名するべきね。この私が人類に存在してもいい価値を見出した日なんですから」
「……これ本気で言ってるんだよなぁ……」
デンは頭を抱えていた。
しかし、ここまで常軌を逸しているにも関わらず、まだ婚約者と認めているのはやはり愛のなせる技だろうか。
「……」
「ふふふ……違うわよ、ジョイスさん、騙されちゃダメ。この人はね、私の同類なのよ」
「はぁ?」
「鵜呑みにしないください、ジョイスさん」
「何が違うのかしら?この人は私と同じ超人類なの。私以外の人間を同類と見なせない人外。人当たりの良さで誤魔化しているけど、実際は私以外の誰とも打ち解けられないんですもの」
「……忌々しい」
「別にいいのよ。私も同じなんだから。ただ、私はウサギお姉様のおかげで人類愛に目覚めたけど、あなたにはその機会があるのかしら?」
ジュンの辛辣な言葉にデンは傷ついた顔で俯くが、俺には多感な若者が罹る思春期特有の、狭い視野と全能感による心の患いのように思えた。
いずれ、社会の中で居場所を見つけ日常に馴染めば成長とともに時が解決してくれるだろうと感じたが、早熟で利発な少年に平凡な中年男である俺の言葉が届くとは思えなかったので、何も言えなかった。
■
新年のお祭り騒ぎが終わってから本格的に始まった、ダンジョンの調査はつつがなく進み、地下二十五階までの安全は確認できた。
ベーシックまでクリアしていれば、そこまで到達するのは容易く、レベル二十五〜三十五くらいまではレベリング可能だろう。
ダンジョンの構造は、デンが発見した一階の隠し通路の先に二十人くらい入れる小部屋があって、そこにある操作盤から十一階層以下に転移できる。
また、通過したことがある階層が個人単位で記憶されていて、一度クリアした階層はスキップすることが可能なようだ。
他の階層にも同様の小部屋があって、そこに入ればいつでも地上に帰還することができる。
「まんま“エレベーター”だね。レベリングはかなり捗りそうだ」
この報告を受けて、村は若者や自警団を中心にレベリングブームが到来する。
今までレベルを上げたくても十五が限界だったのがそれ以上を目指せるのは戦争を前にした村人には朗報だった。
戦うにしても逃げるにしてもステータスが高いことに越したことはないのだ。
□
「じゃーん。今日のお昼ご飯はー、私が作りました!」
モモは満面の笑みで大皿に乗った昼食を差し出した。
「ラップサンドを作ってみました!このトルティーヤに好きな具材を載せて食べてね!」
小麦粉をお湯で捏ねた生地を丸く薄く引き伸ばして焼いたパンと、茹でた豆、炒めたひき肉、刻んだ漬物が大皿に乗っていた。
モモは生地の上に具を載せて包んだものを頬張った。
「うん、美味しい!」
トオルはモモに倣ってラップサンドを作った。
「んじゃ、いただきまーす、お、美味い!モモ姉、これ優勝だよ!」
「やったぁ、優勝しちゃったー、はい、これはジュンちゃんの分」
ジュンはモモにラップサンドを手渡される。
「有難う。うん、美味しいわ」
ジュンは無表情で食べている。
「姉ちゃんって昔っから食の感動薄いよな……」
「正直あんまり興味ないと言うか……時間が勿体無いと言うか……あ、ウサギお姉様との団欒の時間はプライスレスですわよ!それは別腹!」
「そうだったんだ……じゃあ、もっと早く食べれるものにした方がいいのかな……」
「そんなぁ……あ、でも、これは食べやすくてすごくイイわ!お弁当に欲しいくらい!」
モモは首を傾げている。
「……大富豪ってグルメとか食育とかしないのかな……?良いもの食べてるイメージだけど……」
「姉ちゃんの場合は生まれつきだぜー。何食べてもこんなリアクションで父ちゃんもご馳走の作り甲斐がないって嘆いてたぜ」
「むぅ……何故か悔しいわね。別に味がわからないわけじゃないのよ?単に費用対効果の問題で……」
モモの作った料理は生地が少し焦げていて、具の味付けが濃かったが、十分美味しく楽しい昼食だった。
■
村中がレベリングに夢中になっている中、宿屋の転移門のチャイムがまた鳴った。
俺が驚いて「またかよ!」と言って転移門に駆けつけると、オルトが見かけない少年を連れて向こうから歩いて来た。
「その子は?」
黒髪黒目で大人しそうだが強い意志を秘めた目で、年少ながら覇者の気配を漂わせている。
「僕の……知り合いの子供で、名前はセツというらしいです」
彼が言うには、長い間音信不通だった知り合いから通知が来て、その通りに転移門に行ってみたらこの子が転移して来たそうだ。
「今まで龍の恵みの家にいたそうです。余裕があったら引き取って欲しいとのことで……」
作動していない転移門を使うことができる人間はそういないことを考えると、この子もあのMTP同様、訳ありの子なのだろう。
セツはオルトの家に住むことになり彼の仕事を手伝いながら、兄弟のように仲良く暮らし始めた。まるで昔からそうであったかのように。
セツ少年は歳が近いのもあって時間が空いているときはトオルとクインと三人でダンジョンに潜っている。
レベルは順調に上がっているようだ。
■
ダンジョンの調査は五十階層まで順調に進んだ。
ここまででもレベル七十五前後まで楽に上げることができるので、それだけでも村にとっては喜ばしいことだ。
ドロップ品の種類も豊富で、この村で自活するには十分な質と量の素材が手に入れられる。
なにより、四十五階層以降で魔石を入手できるのは大きい収穫だった。
この報告に村中が沸いた。魔石が出るダンジョンはシミュラクラ化していない危険な野良ダンジョンばかりだからだ。
「……逆に困った面も出て来ました」
「どういうことだ?」
冒険者ギルドの駐在員ヴァリエは渋い顔をした。
「余りにも報酬が良すぎるんです……ジョイスさん、ウチが今、揉めているのはご存知でしょう?」
ヴァリエは冒険者時代からの知り合いで、ある程度腹を割って話が出来る仲だ。
冒険者ギルドが王都支部のトラブルを巡って二つに割れているのは聞いている。
「発端はソルラエダという問題パーティのダンジョン占有の件ですが、この解決が長引くせいで冒険者ギルドのあり方、評価基準を見直そうと言う声が高まっています」
要するにダンジョンを素材発掘の鉱山と見なすか、人類の能力の底上げをするための訓練所と見なすかで真っ二つに割れている。
「メシア論で国を統治している龍王ガーラ様は当然後者の立場ですが、面倒なことにソルラエダは大官僚のカタリ一族の者です」
「選民主義のいけ好かないお気取り野郎か」
俺の簡潔なコメントに彼は苦笑する。
「優れた選民が弱き民を率いることを是としている彼らからすれば、一部の強いものがダンジョンを占有して指揮をした方が素材集めの効率は最大に限りなく近づきます」
「ふざけんなだな、利益を独占したいのが見え見えだ」
「まぁ、実際その通りです。彼ら隠そうともしてないんで擁護の余地はないです。ただ、なんとかするとしても評価基準をどうするかが悩ましい問題です。レベルを基準にしても連中は腐っても王国内ではトップランカーだし、COM・社会貢献度を基準にしても寄付額の多い……キャッシュのある連中が評価されてしまいます」
「今までにないギルド独自の評価基準が必要か……」
「そうです。そんな風に揉めてる中で、こんな美味しいダンジョンが公開されたら、絶対に連中駆けつけてここも占有しやがりますよ」
ヴァリエは腹に据えかねてるものがあるのか彼らに対する悪態をストレートに吐いた。
「私はね、冒険者は自由で、その機会は平等であって欲しいんですよ。誰でも努力と運次第で英雄に成り上がることが出来るってロマンを少しでも守りたいんです。恵まれた官僚生まれの人間が冒険者になるのは別に構いませんが、王都の官僚のやり方まで持ち込まないで欲しいです!」
「今は戦争間近だから、連中寄り付かないだろう。保身を優先する官僚ならな」
身の危険を顧みないくらい気概がある連中だったら、今頃もう少しマシな評判だったろうに。
「ガーラ様とギルド本部が組んで何かやってる気配はあるので、早く何とかなってて欲しいものです……」
俺の記憶では王都のダンジョンのレベリングは百前後が限界だった筈だ。
彼らに対抗するにはそれに匹敵するレベルが必要だろう。それも一人でも多くが。
■
村がレベリングで盛り上がる中、オルトが食事の席で深刻な顔で悩みを吐露した。
「そろそろ職業クラスを変えようと考えていて、悩んでいるんだ」
オルトの職業クラスである、商人はレベル上限が七十五だ。
これ以上の強化を考えるならクラス替えは必須だろう。
「魔術師になろうかと思ってるんだけど、どう思う?」
俺はオルトの人生なので、好きにすればいいと思った。
しかし、聞いていたデンは異を唱えた。
「私は反対ですね。お勧めできません」
彼が普段の慎重で他者に配慮した態度とは裏腹に強く否定したのに俺たちは驚いた。
「それは、どうして?僕は少しでも強くなりたいんだ」
「強さ、と言ってもいろいろあります。オルトさん、これからこの村に必要な人材はどんな能力の持ち主か、わかりますか?」
「村を守るための強い力を持った人間じゃないの……?」
デンは首を振った。
「戦争に勝つだけだったら、村を物理的に守るだけなら、強い冒険者や傭兵を雇えばいいんです。これからこの村はダンジョンから集められた資源が溢れかえります。今、切実に必要な人材はそれを管理運用する人材です。そして、そういう人は雇うのが難しい、外部の商人を信じるのは賭けでしかないからです。私はオルトさんこそ、この村の資産を管理するのに最もふさわしい人だと思います」
デンの説得理由には大いに頷けるものだった。
冒険者ギルドの問題――ソルラエダのような抜け目のない連中からこの村を守るためには、オルトのような村出身で村の事情に詳しく大事にしてくれる人物が不可欠だろう。
「なんか逆に責任重大だな……でも確かにこれからキャッシュや物資のやりとりが膨大に増えるだろうし……商人系上級職のスキルは必要かぁ……」
その日、オルトはデンのアドバイス通りに商人の上級職である“豪商”を選択し、再びレベリングに励んだ。
その報告を聞いたデンは小声で呟いた。
「……これでオルトさんが取り寄せ出来る品が増えたはず……足りなかった資源は何とかなりそうだな」
おい。まさか、それが目的だったんじゃ……。
■
俺はトオルたち年少組に頼まれ、午後からダンジョンに同行することになった。
「先輩ちーす!オナシャス!」
相変わらずトオルの言ってることは言葉を略しすぎて不明瞭でよく分からない……何だか一気に老け込んだ気がした。
「もっとキチンとしないとダメだよ……あ、よろしくお願いします!ジョイス先生!」
セツは施設育ちの割にはちゃんとした教育を受けたことがあるようで綺麗な一礼をした。
「いーのいーの、ジョイスパイセンは堅苦しいのが苦手なんだから」
「親しき中にも礼儀ありだもん!古文書で剣豪がそう言っているもん!……よろしく頼む!」
「ははは……クインちゃん、フリー音源の勇者みたいー」
「ぶっ……はっははは!確かに!ウケるー」
モモとトオルがよく分からない内輪ウケで盛り上がってるのを三人で見守るしかなかった。
「今日はご指導よろしくお願いします」
モモは最年長らしく、丁寧に礼をした。
「あー、そんなに肩肘張らなくていい。知らん仲でもないし。特にダンジョン内だと無駄なやり取りは省いた方がむしろいいくらいだ」
「な、オレが言った通りだろ!」
トオルが両手を腰に手を当てて胸を張って言った。
「……お前はもう少し周りに合わせろ」
俺は軽く頭を小突いた。
「意思疎通を普段からしておくことは生存率につながる重要な要素だ。用語や略語はなるべくパーティ内で統一した方が望ましいが、部外者に応援を頼んだ時のことを考えてなるべく広く普及しているものを使った方が混乱がなくて良い。わかったか?」
「「「「はい!」」」」
「で、おまえらどこまで潜ったんだ?」
「はい、昨日は三十五階層まで到達しました」
モモが手を上げて言う。
パーティの回復役が勇者見習いのセツだけである事を考えると、なかなか頑張っている方ではある。
「私がサーナジェリをテイムすれば楽なんですけどね……なかなか遭遇自体しなくて」
回復魔法サーナを連発するジェリバグは二十階層以下で低確率で出現するレアモンスターでどちらかといえば遭遇したくない敵だ。
防御力が高く魔法が効きにくい敵で普通に戦えば苦戦する相手の筈。
「モモ姉がいればお客さんだよなー。よく見たら可愛いし」
「頼りになる仲間だもん!」
「レベルが上がると支援魔法を使ってくれるので助かります」
テイマーであるモモの能力は完全に手探りで調査中だった。
ダンジョン内でテイムしたモンスターはダンジョンの外に出たら消滅してしまう仕様のようだ。
また、基本的に勝手に行動するらしく、テイマーの指示に従うかどうかはその個体ごとに違うらしい。
それでも厄介なモンスターが敵対せずに協力してくれるならありがたい能力だ。
モモは特にレベリングに熱心だ。
少しでもカンナヅキの力になりたいと頑張っている。健気な娘だ……。
「よぉーし、今日もレベリング、頑張るぞー!」
「「「おー!!」」」
■
全てが順調に進んでいるかのように見えた……。
しかし……五十一階層に初見調査に突入した瞬間、明らかに空気感がそれまでの階層と違うことに気がついた。
「気をつけろ……何が起こるか分からんぞ」
魔獣の呻き声が遠くから聞こえる中、初めて見る巨大なヒルのような一匹の丸虫が通路を塞いでいた。
ゲンマの眷属である騎士が離れた位置から火炎魔法を放つと襲いかかってきた。
丸虫の外皮は見た目より耐久度が高く、剣による斬撃は通りにくく、その上HPが高いのか騎士のミスリル製の槍の攻撃でもなかなか仕留めるのは手こずった。
強敵ではあったが、なんとか丸虫を倒した時、俺は違和感の正体に気がついた。
倒した死体は消えさらず、そのままの状態で横たわっている。
近づいて調べると、確かに息絶えている、体液を流して絶命しているにも関わらず消えようとしなかった。
「シミュラクラでない……だと……」
「何……!では、ここで死ぬとそのままってことか?」
ゲンマの眷属たちに動揺が走った。
「ま、待て、ここから先は野良ダンジョンだというのか?、野良とシミュラクラが一緒になってるダンジョンなんて聞いたことがないぞ」
ヴァリエも初めての事態に動揺している。
「一旦、引き返した方がいい。これは調査計画を練り直す必要がある」
俺たちは地上に引き返した。
■
村内で話し合いを重ね、五十一階層以下は立ち入り禁止区域に定めた。
そこまででもダンジョンの役割として十分過ぎるのと、難易度が明らかに高くなっているのに命と引き換えに探索するには危険すぎるからだ。
おそらく戦争が終わった後にギルド本部で野良ダンジョンの攻略経験者が集められ、改めて調査団が組まれるだろう。
「わかってるとは思うが、お前ら突入するんじゃないぞ。マジで危険なんだからな」
俺は少年たちに釘を刺した。ここの子供たちは無謀で困る。
「デンなら私が見張ってるから安心していいわよ」
ジュンはいい笑顔で言った。
「……ちっ」
「特にデンは単独で行こうとするなよ。ヴァリエにジュンと一緒じゃないとダンジョンに入れないようにと伝えてあるからな」
「手回し早いな!ジョイスのおっちゃん」
トオルは暖炉で焼いた串刺しの
流石の俺でも、こいつらのノリはいい加減把握した。
「これは意地悪してるわけじゃないからな。有望な新人をつまらない理由で死なせたくないんだ。理解してくれ」
「理解できるでしょ?デン。あなた賢いんだから」
ジュンはニヤニヤしている。
「……賢さなんて糞食らえだ」
デンはすっかり不貞腐れている。
「言葉が汚いわよ。ダンジョン内の詳細なデータを調査することも大事なこと。また新しい発見があるかもしれないんだから」
「はぁー、お預けが多過ぎるよ……念願の異世界で冒険なのに……」
元冒険者として気持ちは痛いほどわかるが、それでも彼にはまだ自由に行動するために必要な経験がまるで足りてなく見ていて非常に危なっかしい。
俺が彼くらいの年頃の時の周りの大人たちも、これと同じ気持ちだったのだろうか。
■
ダンジョンの調査が保留になったのは残念だが、それでも村の物資の貯蓄はかなりの量になった。
内容もアイテムや武器防具だけでなく、食料、素材、鉱石と多岐にわたっている。
この村が孤立したとしても十分にやっていくことも可能な上に、余剰をシステムに売却してキャッシュを蓄える余裕すらある。
俺たちは先送りになっていた村の建物の補修や村道の整備を行うことにした。
その際、デンとオルトの提案でより耐久性が高いものへと生まれ変わった。
「春になったらこの村には多くの人がやってきますからね。それに耐えうるものにした方が絶対いいです」
ゆっくりと朽ち果てていくかに見えた村は栄養を与えられ再び息を吹き返した。
さらに、デンとジュンは余った素材や鉱石を加工してレアアイテムを作り出し、それをシステムに売却して多額のキャッシュを稼いでいる。
「そんなにキャッシュを貯めてどうするんだ?」
俺はデンに尋ねた。
「ダンジョンや周辺の調査に必要な機材や装備を作るために必要なんです。出来ることは出来るときにやっておかないと……あと、オルトさんに協力してもらって村の防衛強化計画も立てました。春になったら“なる早”で防壁の建造に取り掛かった方がいいでしょう。自警団としての意見も欲しいので目を通しておいてください」
お、おう……デンに紙の束を手渡された。
俺の村が着々と要塞化しつつあるようだ……
「ジョイス!大変だ!モモちゃんが……!!」
ヴァリエが血相変えてオルトの店に飛び込んできた。
年少組が五十階層でレベリングしていた時にモモがトラップを踏んで落とし穴に落ちたらしい。
俺たちは慌ててダンジョン入り口に駆けつけた。
□
「私が行くわ!!邪魔しないで!!」
ジュンを引き止めるのに大人数人が押さえつける。
「何があった?」
俺は入り口で呆然としているトオルたちに聞いた。
「わかんねぇ……モモ姉が丁度レベルアップした時『新しいスキル覚えた!』ってはしゃいだはずみで隠しトラップを踏んで下の階に落ちて……」
ジュンは拘束を振りほどいてトオルにつかみかかった。なんて力だ……。
「何やってんのよ!!もう!!なんで黙って見てたのよ!!」
「トオル君が下の階層に突撃しようとするのを止めたのは僕です!彼は何も悪くありません!」
セツは必死にトオルを責める彼女を止めようとした。
「どうして!どうしてお姉様を取り残したの!!」
「無茶言うな!」
俺はジュンの頬に平手を打った。
「深追いせずに即座に引き返した彼らの判断は正しい。少し頭を冷やせ」
それを聞いたジュンはそばにあった水桶に近づき、そこに頭を突っ込んだ。
「……」
顔を上げたジュンは水を滴らせながら無言で俺を睨んだ。
「どうするんですか?捜索隊を組むんですよね?」
デンは冷静に俺に聞いてきた。
「ああ。この前のメンバーで五十一階層を探索する。戦闘はできるだけ避けて探索と救助を優先とする。デンとオルトはジュンを抑えててくれ」
「大丈夫かい?ジョイス」
オルトは心配そうに言った。
「行くしかないだろう、放っておけるわけがない」
その時、ジュンの上着のポケットから振動音とメロディが流れた。
彼女は慌ててポケットから“スマホ”なるアイテムを取り出した。
「ウサギお姉様からだわ……『今帰ります』って……」
その場に沈黙が流れた。
「スマホのショートメッセージってダンジョン内だと使えないんじゃなかったっけ?」
トオルは不思議がっている。
「もしかしたら……五十一階層以降だと使えるのかも……?」
デンは顎に手を当てて小声で呟いた。
□
「ご心配かけて申し訳ありません。あんなトラップがあるなんて思いもよらずで……」
戻ってきたモモはひたすら平謝りでペコペコしていた。
「まぁ、事故だったようだし、無事ならいい……で、何があったんだ?」
「そう!スキルですよ!新しいスキル!『お気に入り登録』ってのが増えたんですよ!」
「お気に入り?」
「テイムしたモンスターをシステムに登録していつでも呼び出せるようになったんですよ!それで五十一階層のモンスターをテイムしまくってたんです!」
「……それで連絡が遅れたんですか?」
ヴァリエは穏やかに微笑みながらもコメカミに青筋を立てている。
「うっ……!ごめんなさい……!」
「ゔぁあああああん、うさぎおねえさまぁあああ!!」
「ジュンちゃん落ち着いて!って!なんでビショビショなの?風邪ひくよ!」
モモに抱きついて幼児のように泣きじゃくるジュンを見て、呆れたような様子で肩を竦めるデンだが、俺は無事に戻ってくれたのならそれでいい思った。
素直でまっすぐな彼女をもはや娘のように感じていた。
俺もデンに頼んでスマホの注文をするつもりだ。
年少のトオルに使い方を伝授してもらうのも、お互い良い経験になるだろう。
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