■024――やさしい毒
かつて、ソルラエダのダンジョン占有が問題になり、その調停に龍族が乗り出した。
カタリ一族はこの問題に関心がないのか、族長との交渉は途中までは順調に話し合いが進んだが、解決目前の土壇場で当のソルラエダがとんでもない要求を出してきた。
それは、王都のダンジョン解放と引き換えに中立地帯のダンジョン使用権の半分を龍族に要求してきたのだった。
この蛮行といってもいい物言いに、それまで忍耐に忍耐を重ねていた龍王ガーラはブチ切れた。
「あの時は姉さんを宥めるのに本当に苦労したよ『迷惑行為一つ諌められないギルドの不始末を遺恨なく解決しようとしているのに、これ以上まだ何かを望むというのか!』って。ボクも激しく同意だけどね」
「ひどいな」
「流石にカタリ一族の長が平謝りで一時的な損失補填することでその場は納めたけど穏便な解決は絶望的になったよ。彼らとしてはむしろ解決したくなかったんだろうね。はっきり言ってレベルしか取り柄がない連中だし。下手すると実戦は一度もやってないんじゃないかな」
「……冒険者の意味あるのか?それ」
「冒険者といっても色々いるからね。毎日同じダンジョンとギルドと自宅の往復しかしない人はかなりいるよ。ソルラエダは別に例外的存在ではない、ただ……あまりに官僚的にやり過ぎたんだ。悪い意味でね」
真夜中になっても、俺の怒りは収まらず気が高ぶって眠れそうになかったので、モジュローに頼んで強い眠りのエンチャントを使ってもらい強引に眠りについた。
意識が落ちる間際、何かが寝床に潜り込む気配を感じた。
◇
俺は全力で自転車を漕ぎ続けていた。
「なづっちゃーん!早くしないと図書館終わっちゃうよー!!急いで急いで!!」
スピカは後ろの荷台から立ち乗りで声を張り上げた。
「だー!!今日でなくってもいいだろ!」
「今日でなかったら課題が間に合わないよー!!補習確定は嫌だよー!!」
「ったく!!だから自業自得だろっての!!なんで月末まで何もやってなかったんだよ!!」
「そんなこと言ったってー……あれ?今日何曜日だっけ?」
「はぁ?月曜だよ!」
「……ごめん!なづっちゃん。今日休館日だったー!」
ズコ――――。
「そういうのは早く思い出せよ……」
俺は無駄に疲れて自転車を押しながら夕暮れの防波堤脇の道路を歩いていた。
「ごめーん!てへへ……」
おどけて頭を搔くスピカは唐突に足を止めた。
彼女の視線の先、テトラポットの上に同じ学校の制服の男子生徒が佇んでいた。
副生徒会長の龍崎弦間だ。
イケメンで金持ちで成績優秀スポーツ万能の誰もが認める学校一のリア充だ。
クラスは違うが成績上位者として意識することがあるのか目が合うと話しかけてくる。
海を見つめていた彼は俺たちに気がつくと地面に降りて近づいてきた。
夕日を浴びた彼は全身がオレンジ色に染まっていた。
弦間はこちらをジロジロ見てスピカを指差して俺に言った。
「この子誰?見かけない子だけど……」
「転校生の星野だよ。星野スピカ」
「ども!超絶美少女中学生でなづっちゃんの彼女の星野スピカでっす!ヨロピク!」
自分で美少女っていうなよ……確かに可愛いけどさぁ……なんか残念というか台無しなんだよなぁ。
弦間は彼女を見て首を傾げた。
「スピカ?……どっか聞いたことあるような……」
「にひひひ」
弦間はしばらく考えていたが、不意に屈んで俺の押していた自転車を見る。
「これは何?」
いくら金持ちでも自転車くらい知ってるだろう。何を言ってるんだ。
「ジ、テンシャ……?」
「セレブはいつもリムジンで無料送迎だから下々の乗り物には疎いんだよ、なづっちゃん」
スピカはしたり顔で解説してる。
「へぇーこれ乗り物なんだー、どうやって乗るの?倒れない?」
◇
「うわー、何これ!面白い!うわー、楽しいねぇ!」
弦間に近くの空き地で自転車の乗り方を軽く教えると、あっという間に習得して乗り回し始めた。
「君たちっていつもこれで遊んでるの?」
だから何を言ってるんだ。これは移動の手段であって遊びじゃないんだぞ。
「遊びは別にあるんだ。普段は何して遊んでるんだい?」
「そりゃもう、カラオケとかボーリングとかゲーセンとか色々あるよー!」
「へー、じゃあ、“からおけ”ってのをやってみたいな」
そんな金はないぞ。こちとらそこまで裕福な学生じゃないからな。
「奢るよ」
即答か。
「さっすがセレブ、太っ腹〜。なづっちゃん行こうよー」
「課題はどうすんだよ……お前」
「もう、補習確定だよ。だったら今のうちに遊んでおかなきゃ!」
ほんっとうにどうしようもない奴だな、コイツ。
「なんだか変わった子だね」
スピカはニカっと笑った。
その後俺たちはカラオケボックスに行き、なんだかんだいって三時間盛り上がった後、弦間の呼んだ車で自宅に送ってもらった。
■
なんだこの夢は……。
目が覚めてまず目に入ったのは、俺の腕にしがみついて寝ているモジュローだった。
そして、反対側に何かの感触があり、身を起こしてみると龍形態のゲンマが寝息を立てていた。
なんだこの状況は……。
□
俺たちはオクルスと地下室の結界が貼られた会議室で彼の諜報活動の中間報告を聞くことになった。
「では、いままでの報告を纏めてくれないか?現状認識は共有しておきたい」
俺はオクルスに促した。
「わかりました。フィン王国包囲網の協調はベース帝国が本腰を入れたのもあってまずまずといった所です。ディレイ側もその対処に追われていて出兵の準備は遅れています。今の所あっちに寝返る勢力は出ておりません」
いい流れだ。こちらも迎え撃つための準備期間は少しでも欲しい。
「あと依頼のあった縁者の件ですが、一人連絡がつきました」
「それはどなたですか!?」
思わずモジュローが声をあげた。
「地方領主のジェームズという男です。なんでもエンダー・ル・フィンとは書簡を交わす仲であったと聞きました。彼の地でディレイの暴虐に憤り兵を集めて義勇軍を率いて各地で抵抗しています。直筆の書簡も預かっております」
俺は巻物を受け取り目を通したのちモジュローに確認してもらった。
「確かにジェームズ卿の筆跡と印章です。そうですか……あの方が立ち上がってくれたのですか……」
「信用できる男か?」
「はい。彼は義に厚く武に優れ書を嗜む、若様の良き友人でありました……ご無事であっただけでも喜ばしいです」
「さしあたって、預かっていた銀貨の半分を渡しておきました。物資の不足が補えると喜んでおりました」
「いい判断だ。あとで追加で出す。出来ればゲリラ戦法である程度敵の戦力を消耗させてくれれば助かるんだが……」
「ゲリラ?何それ?」
ゲンマは怪訝な顔をした。
「少人数で大軍と戦う時のセオリーだ。一撃離脱の不意打ちを繰り返して相手を疲弊させるんだ」
「ジェームズ卿は大義を重んじる方です……そのような作戦を了承していただけるでしょうか?」
モジュローはやや難色を示した。やはりこの世界での戦略としては卑怯な部類なのだろう。
「そうはいっても現状やむを得ないだろう。しかも相手は死霊使いだ。見栄を気にして死に急がれる方が困る。それに無駄死にさせるには惜しい人材だ。生存を優先しつつ兵力を温存し、決戦まで暗躍に留めてほしい……モジュロー、書簡を書いてくれるか?」
「そういう事でしたら……わかりました。草案をまとめておきます」
「その作戦でいくなら、姉さんに頼んでポーションとエンチャントの巻物を供給してもらうよ。炎や爆発の魔法を一つ使うだけでも十分な効果が得られそうだし」
ゲンマは知能が高く思考が柔軟なだけあって飲み込みも早い。
つくづく敵には回したくない奴だ。
「それと現時点でのカタリ一族の情報をまとめておきました」
オクルスはノートを差し出した。
「早いな」
「いつか要求されると予測してましたので、あらかじめ下書きは書き溜めてました」
「そうか、助かる。あとで目を通しておく。ところで、ゲンマ、昨日言ってた秘密結社ってなんだ?」
「選民思想の秘密結社といえば大小いくつかあるけど、一番規模が大きいのは“イフリード”だろうね。龍王国のみならずエルスや人間領域にも結社員が多く潜伏していると言われてるよ」
「何を目的としているんだ?」
「最終目的は奥義として隠されててはっきりしていないよ。旧支配者の復権を狙っているって話だけど……」
「正直、与太話ですがね。アッシから見ても眉唾もんですわ。プライドが高いだけの連中に実現不可能な夢を見せて銀貨を集める困った寄り合いにすぎませんよ」
「そもそも旧支配者ってなんなんだ?人間なのか?」
妖魔族であるオクルスの能力を考えると純粋な人間とは考えにくいが。
「人間の成れの果てって所です。なんでも人間が生まれつき持っている見えない設計図を書き換えて長い年月を経て能力を獲得した種族らしいですがね」
遺伝子操作されて品種改良した改造人間ってことか?別の大陸にはいるんだよな。
「ゲンマは会ったことがあるのか?ここに来た頃はまだこの大陸にいたんだろ?」
「ボクは直接話をしたことはないかな。黒龍テネブリスと争っている間に気がついたら居なくなってたよ」
「多分、恐れをなして別大陸に退避したのでしょうなぁ……流石に魔族の力は龍族には及びませんから」
でっかい怪獣が三匹以上大暴れしてたら、そりゃたまらんよな。
「そうそう、エルス共和国の分断されていた転送システムが予定より早く部分復旧したって」
へぇ、冬の間の復旧は絶望的と聞いていたが。
「システムが相当頑張ったんだろうね」
ゲンマはちらっとテルさんを見る。テルさんはニッコリ微笑んだ。
「それで延期していたサメイション商会の王都支店が近く開店することになって、それに合わせてローラ嬢たちがこっちに来るらしいね」
「ふーん」
□
会議の後、オクルスによるカタリ一族のレポートを読み込んだ。
現在の族長はケレベル。彼には三人の息子と一人の娘がいる。
長男のエブネオスは上級官僚として後継者と見なされている。
官僚としては可もなく不可もなくな無難な人間らしい。
次男アウルムは、例のソルラエダのリーダーだ。王都のダンジョンの狩場を独占して得た富と素材はカタリ一族をそれなりに潤しているようだ。
レベリングに異常に執着していたが現在頭打ちで、活動は行き詰まっている。
三男アルゲンは魔術師でエルス贔屓なことで有名。普段は魔術の研究に没頭しているが秘密主義で活動内容はよく分かっていない。他の兄弟と対照的に吝嗇な性質らしい。
長女イーリスは典型的な上級官僚の令嬢で、美人だがワガママな性格。
長年付き合ってたニヒル家の三男を袖にして、現在はポンス家の長男と婚約し来年結婚する予定とのことだ。
公開情報に基づくまとめレベルなので、一読した印象は退屈な官僚の家族って感じだ。
ソルラエダの幹部の情報も書かれていた。
副リーダーの剣士コレクチオ。アイテム収集家で特に剣をはじめとするユニーク武器に固執している。
古参の重戦士パリエース。防御特化戦士でレベリングにしか興味がない脳筋の朴念仁。
盗賊クルテル。腕はたつが、ギャンブル狂で迷信深い。リーダーの恋人らしいが二人の仲は適齢期を越えて冷え切っていると巷の噂だ。
魔術師パーヴォ。派手好きで美容とファッションに対する情熱は異常でそれに注がれる銀貨がどこから出ているのか周囲から不思議がられている。アルゲンの愛人らしいが、魔術師であるという以外に接点はなく、二人の関係は謎に包まれている。
「ふーん……アルゲンとパーヴォあたりは叩けば埃が出てきそうだな。リーダーとコレクチオも秘密結社と関わりがありそうだったし……長男の情報がないのが不気味ではあるが、名家の後継者ともなればガードも固いし簡単にボロは出さないか。まずは魔術師二人の金の流れを調べさせて……」
創作も謀略も、まずは情報収集という名の地道な下準備が肝心だ。
■
数日後、サメイション商会の王都支店が開店したとのことで、俺たちはお祝いがてら真新しい店舗に訪れた。
王都では珍しい、エルス式の建築で一から作られたモダンな建物は王都の市民に新鮮な驚きをもたらしたのか販売フロアは初日ということもあって大勢の人で賑わっていた。
「いらっしゃいませ……あ、お久しぶりです!」
出迎えた店員は久しぶりに会う、ヨネコさんだった。
「今は、このフロアをマネージャーとして任されてるんですよ!」
ほー、すごいな。出来るプロパー感を漂わせていただけあって、異世界でも順調にサクセスしているな。
「いや、先生には負けますよ……」
ん?なんのことだ?心無いお世辞を言っても何も出ないぞ。
心なしかヨネコさんの顔が引きつっているようだが、不思議だ。
「……はうっ……相変わらずモジュくんきゃわわ……」
ヨネコさんの背後に隠れるようにナスコさんがこっちを見ている。
そこから漂う不穏な邪気にモジュローは退いた。
「なんなんですか、この人は。私をどうしようっていうのですか」
着ている白いコートに付いているフードを目深に被った彼は不安からか俺の手を両手で握りしめた。
「……はぁ……尊い……」
まぁ、この手の手合いは気にしなければ人畜無害だ。気にしなければな。気になっても絶対にエゴサーチをしてはいけない(戒め)
「なぜ、あなたの物言いは一々含みがあるのですか……なんですか、“えごさーち”って」
「エゴサしちゃったんですよね……先生は……」
テルさんは何か言ってるようだが俺は全力でスルーした。そう、俺は何も見ていない。
「何ですって?この新作お菓子、好きなだけ買えないってどういうことですの?」
フロアに気の強そうな女の声が響き渡る。
「申し訳ございません。より多くのお客様にお届けするために一人当たりの販売数を二個に限定しております。どうかご了承ください」
「二個じゃ全然足りないじゃない!って、アルゲン兄様!よそ見してないでちゃんと並んでくださいませ!」
「私はエルス産のポーションと巻物を買いに来たんだ!甘味にかまけている暇はない!」
「んもう!まったく役に立ちませんわ!ちょっと、爺!」
彼女は後ろに控えていたお供の執事っぽい人に話しかけた。
「はい、イーリスお嬢様。すでに六人並ばせております」
「十人。お茶会は十九人出席するのですよ」
「はっ」
「……私の分はないのか」
「どの口がいうのかしらね。まったく!」
なんだ、こいつら。
アルゲン、イーリスってことはこいつらがカタリの族長の子息か?
店内の客のウンザリした白い目を無視して平然としている所を見るに、常習犯なのだろうなと思っていたら、こちらをチラッとみて鼻で笑った。
「野蛮人に文明の味がわかるのかしらね!」
またかよ……なんかもう、カタリ一族関係ってこういう奴ばっかりだな……。
モジュローは横で唸り声をあげている。
「あら、皆様!お越しになっていたのですか!」
店の奥からサメイション・ローラが駆けつけてきた。
「先生がレシピを提供してくれましたプリンを改良しましたのよ、味見してくれません?」
俺は差し出された皿に載ったプリンをスプーンですくって口に含んだ。
「ん?……これは……」
そのプリンには俺のレシピには含まれていない、バニラに似た香料が含まれていた。この世界にあったのか。
「分かります?メガロクオート産の材料を試してみましたの。王都支店限定の品をどうしても作りたくて採算をやや度外視して作ってみましたわ」
周りで聞いていた客からおおーといった声が上がる。
「へぇー。俺も使ってみたいな。後で教えてよ」
「そうそう、何か他のレシピはありませんの?勿論相応の対価はお支払いしますわ」
「あの、ふわふわでしゅわしゅわのがいいです!」
モジュローが声をあげた。
言っているのはスフレチーズケーキだろう。
「……あれかー……あれ作るのだるいんだよ……」
そう、この世界で卵白をツノが立つまで泡だてたメレンゲを作るのは苦行でしかなかった。ハンドミキサーがないのはきつすぎる。
途中で諦めて違うものを作ろうとしたが、見かねたモジュローが風の精霊を召喚してメレンゲ作りを手伝ってくれたのは有難かった。
だがそれ以来、よほど気に入ったのか事あるごとにリクエストをしてくるので閉口している。
「だったら、余計に職人に任せた方がいいではありませんか!」
モジュローは珍しく熱弁している。
「こないだのあれかー、ボクもまた食べたいなー」
いつの間にか背後にいるゲンマも呑気に援護射撃をする。
「じゃあ、早速、厨房にいきましょう!!」
俺はローラ嬢に引き摺られるようにフロアを後にした。
視界の端でカタリ兄妹はコソコソ退散していた。
■
執筆の合間にワークショップを開催したりして充実した日々を拠点で過ごしていたら、奉公に出てたイノが予定を切り上げて無事に帰ってきた。
ポンス家は二十日で家庭崩壊を迎えたようだ。
賭けは三週間と予想した森川に軍配が上がった。
意外と保ったな、というのが俺の感想だった。
「いやぁ、もともと火種が燻っていたとはいえ……こんなに早く爆発するとは……上級官僚もヤワになったものですな」
オクルスはかなり呆れているようだ。
話によると長男と三男と父親がイノを巡って争い、この醜聞に耐えきれなくなった奥方が愛想をつかして末子を連れて実家に帰った所、彼女が事実上ポンス家を支えていたらしく、全ての事業を継続することが立ち行かなくなって放棄したとのことだ。
現在、一家は文字通り離散したらしい。
「じゃあ、次はどこにしようか?」
「スタブルム家はどうです?ポンス家がカタリ一族と他の上級官僚たちとの橋渡しをしていたのと対照にスタブルム家は職人ギルドや下級官僚といった下々の者とのパイプ役を果たしてます」
「なるほどね。社会的に孤立させられれば、それだけ弱体化が進んでいくと……」
ゲンマは完全に悪役の顔で言った。
「……」
はい、俺のアイデアです。悪いのは俺です。
「わかればよろしい」
イノは新たな奉公先に出向いていった。
■
ウィアからファンクラブの第二支店が開店したとの通知を受け取り、俺はテルさんと見学に行った。
第一支店より広い敷地で休憩コーナーが広々としているのが特徴だ。
屋台が何軒か入っていて、ドリンクだけでなく軽い軽食も楽しめて、ちょっとしたフードコートになっている。
楽士と吟遊詩人が音楽を奏でる中、お客は和気藹々と談笑している。
「この辺りは王都の中心地から離れているので賃料が安いんですよ。周りは集合住宅も多いですし、立地としては恵まれていますよ」
俺はウィアはホレウム商会の営業マンだと思っていたが、実際は経営者であることを後から――あの朗読会の後に聞いて驚いた。
「あの不快な連中……ソルラエダを見てもわかるでしょう?彼らほどではないにしてもこの王都の人間の多くは大なり小なり辺境や人間領域のことを不当に低く見ているんですよ。王都で快適に暮らすうちに自然とここに住んでいない人間の事を侮るようになっていくんです。この事業はどうしても成功させたかったので人任せにするなんて、とてもじゃないが出来ませんでした」
「でも、ウィアさんも王都の官僚……ニヒル一族の出身なのにそうでないですよね?」
「昔は私もただの、普通の官僚でしたよ。自分の不自由ない生活に何の疑問も持たない傲慢な役人の一人でした」
「何かあったんですか?」
「事件が起きたんですよ。十年くらい前に上級官僚試験で史上最高得点で首席を取ったにも関わらず、その席を蹴って辺境に帰っていった『プリムムのオルタナ』と呼ばれる少年が現れたんです。彼は帰る際に『官僚になるくらいなら冒険者になった方がマシだ』と言い残したそうです。私はその事件に衝撃を受けました」
……え?それって……。
「確か、プリムム村の商家の出身だと聞きましたよ。辺境にこんなすごい才能の持ち主がいるのかと驚いたものです」
……やっぱりオルトか。まぁ、あの真面目なオルトなら如何にも言いそうだよな。
「私はその言葉に影響されて、一時は冒険者になろうかと考えたのですが、家族みんなから反対されましてね。官僚をやめるなんてとんでもない、と。ただ一人、お爺様だけが『お前は冒険者には向いてないが役人にも向いていない。だが商売の才能はあるから何か事業の計画を立ててみなさい。見込みがあれば援助しよう』と言ってくれたんです。それで今の仕事を始めました」
意外なところで人の縁があるのだなと俺は感慨に耽った。
多分オルトからしたら何の飾りもない素直な言葉なのだろうが、それが彼の知らないところで一人の男の人生を大きく動かしたと知ったらきっと驚くだろう。
□
第二支店の見学を終えて俺とテルさんは大通りに出て馬車を呼ぼうとした時、騒ぎが起きた。
ミギャアアア――――!!
人ならぬおぞましい咆哮が雑踏の中で響き渡った。
「いやああぁあああ!!魔獣よ――っ!!!」
「だ、誰かー!助けてー!!」
パニックになった市民は逃げ惑った。
人々を追い立ててるのは獅子の体に山羊の頭と大蛇の尻尾がグロテスクにくっついたキマイラが数頭のようだ。
慌てて駆けつけた警吏と自警団たちは協力して対処していた。
「たすけてー!」
子供がやや離れたところでキマイラの一頭に追い立てられていた。
「テルさん!」
「はい!」
テルさんは素早く近づき、キマイラに一撃を浴びせた後、子供を救出した。
それを見てホッとした瞬間、首筋にチクっとした痛みを感じた後、体の自由が利かなくなり、ゆっくりと倒れた。
俺に手を差し伸べるテルさんが光の壁の向こうに消えていくのを見ながら、俺は意識を手放した。
□
――ここはどこだ?
意識が覚めたが、体の自由が利かず、目蓋を開けることすらできなかった。
多分、麻痺毒を打たれた上に転移の巻物を使ってここに連れ攫われたのだろう。
そばに人の気配を感じる。
「私は“穏便”に、と言ったはずだ!」
「……だ、か、ら、そんなの無理なんだよ!」
聞き覚えのある声だ。
男はアルゲンで女はパーヴォだろうか。
なんだ?なんだ?
「あのお方は穏便な交渉を望んでいたのだぞ!こんな誘拐まがいのやり方では台無しではないか!」
「だからさっきから無理だって言ってるでしょー?あたしらこいつを怒らせちゃったんだから!」
「君らだけだろ!私には関係ない!」
「それこそあたしにゃ関係ないよ!しかもあんたってば、あのエルダーエルスに取り入るのに必要だったらあたしの首を差し出すくらいのことはするでしょ!」
「……」
「するんでしょ?」
「……し、しない」
「無理しなくてもいいよ。逆の立場ならあたしもするから」
「……性悪が!」
「とにかくさぁー、無理なんだよ、もう。出だしからして躓いちゃってるんだから。かくなる上はコイツをあたしらの眷属にしちゃうしか道はないんだよ!」
「そんなことをしたら大変なことになる……あのお方だけではなく、龍族まで敵に回すことになるぞ!」
「でも、それしかないんだよ……コイツをこっちの駒にして人質にすれば龍族だって手出しはできないんだ……ねぇ、アルゲンちゃん、もっといい方に考えようよ?」
「いい方だと?」
「そう、エルダーエルスが興味を持つようなマギアの証と魔剣とハーフエルスの従者が一遍に手に入るんだよ?しかも龍族に対して有利に交渉する手札にもなるんだ。ここの所嫌なことばっかり起きてるけど大逆転できるんだよ?」
「た、たしかに、家の事業も行き詰ってるし、小うるさい妹の縁談も白紙に帰ったし……もうなにがなんだか……しかし、出来るのか?噂では上位存在の使いと言われているんだぞ?」
「んなわけないでしょ、龍族の傀儡に決まってるじゃん、あたしよりレベルが低い野蛮人なんて大したことないって、ヒヒヒ、この天才パーヴォ様にかかればこんなのかーんたーん……」
俺の肩に手を触れる感触があったが何らかの干渉はその手前の方で弾かれた。
「……うぇ?何コレ??」
再度、肩を強く掴む感触があったが今度はもっと激しい反発がスパークした。
「ひぎゃああ!!!なによコレ!!」
前に同じことをゲンマがやったな。その後、お館様が補修した時に防御機構を施されたはず。
「何なのよ!コイツムカつく!!」
はい、ざまー。
「……やはり無理なのではないか?」
「もう頭にきた!禁呪を使う!!ちょっと別荘の書庫に巻物と写本を取りに行ってくるわ……」
「ま、まて!私も行く!」
「なんでよ?見張っててよ」
「そう言って私に罪をなすりつけるんじゃないだろうな?この状況で誰か来たら申しひらきなどできないぞ!」
「……わかったついてきて。言われてみると、あたしもアルゲンちゃん信用できないし」
「くっ……」
二人分の足音が遠ざかっていくのを聞いた。
さて……どうしようか。
このまま誰か助けが来るまで待っているか?
そうだ。試してみたいことをする機会ではないか?
念力であるマギアの“ウィルパ”を使うと見えない触手が伸びる感触があるのだが、コレを使ってインベントリから物を取り出せないかと考えていた。
俺はステータスからインベントリを開き、エリクサーに意識を向け、ウィルパと繋げようと試行錯誤した。
「やってみたら出来るもんだな」
俺は立ち上がって、軽く柔軟体操をした。
「エリクサー、マジすごいな。本当に全回復するんだ」
使ったの勿体無かったか?いや、背に腹は変えられない。
周りを見渡すと窓のない地下室といった雰囲気で耳が痛いほどの静寂と底冷えする低い温度から考えるとかなり外界から遠い場所かもしれない。
俺は上半身裸だったのでインベントリから代えの服を取り出し着る。
部屋にあるものを調べていると、突然扉が破壊された。
驚いて身構えると、そこにいたのは完全武装したゲンマだった。
強そうな槍と希少金属をふんだんに使った鎧に身を包んでいる。
「え?」
ゲンマはツカツカと歩み寄ると俺の体をチェックして頷いた。
「何ともないみたいだね……良かった」
普段は表に出さない武人らしい決死の覚悟で緊張した顔が緩み、心の底からホッとした笑みをこぼした。
「さっきエリクサーを使ったからな」
「……レアものをあっさり使うなんて、実に君らしいね」
俺はゲンマに礼を言って、状況をざっくり説明した。
「随分舐めた真似をしてくれたもんだね。エルダーエルスってのが気になるけど、これでアルゲンとパーヴォはお終いでしょ。後はここを軽く家捜しして脱出するかな」
「それにしてもゲンマ一人で来たのか?」
ゲンマは深いため息をついた。
「みんなを説得するのに骨が折れたよ。王都内ならボク一人で捜索した方が早いし相手に逃げられる心配もないからね。一触即発で殺気立ってるのをなんとか宥めて拠点を守って貰ったんだから……ん?」
ゲンマは不意に虚空を見つめた。
「どうした?」
「……泣いてる」
□
ゲンマに付いていくと奥の方の封印された部屋の前についた。
「マギアで開けられない?ここ」
「《 インバー 》」俺は鍵開けのマギアを使った。
ガチャリ、と、扉が解錠する音が鳴る。
中は薬品が多く並べられた実験室のような部屋だった。
闇に包まれた部屋の奥からすすり泣く声が聞こえる。
「……毒だね……これ、全部」
棚やテーブルに置かれている瓶を見てゲンマは絶句している。
暗闇に目が慣れると部屋の奥に鉄格子のついた座敷牢があり、その中に小さい人影があった。
暗闇の中で震えながら泣いている影は黒い覆いを被っているように見えた。
近づいて見ると中に居たのは一人の痩せこけた少女だった。
年の頃は十二歳くらいだろうか。粗末なボロボロの服を着ていて、遠目で覆いだと思ったのは長く伸ばした髪だった。
おそらく長い間手を入れてないのだろう。前髪で顔がほとんど隠れていた。
何より目につくのは頭から出ている猫のような耳と……身体中にミミズ腫れのように描かれたマギアの証だった。
「君は?」
「――!……だ、誰?……盗賊さんですか?」
彼女は俺たちに気がつくと怯えて慌てた。
「は、早く逃げてください……ここの主人は残酷で容赦のない人です、見つかったら酷い目に遭います!」
「言われなくても、逃げるけど……君こそ、酷い目に遭ってるんだよな?じゃあ、一緒に逃げよう。今ここを開けてあげるよ」
俺はインバーで牢の鍵を開けたが、少女は出てこようとしなかった。
「どうした?出ないのか?」
「……無理です……このマギアの証がある限り……主人には逆らえないんです……」
「見たところ、かなり強力な術式だね……これだけでも基本憲章違反で一発BAN対象だよ。レベルが一桁の子にこんなことをするなんて……」
ゲンマはそういうと彼女は首を振った。
「私は別の大陸から連れてこられたのでアカウントがないのです……魔族は支配種族の庇護の対象ではないから逃げても無駄だと散々言われてます……」
「ひどいな……なんとかならないのか?ゲンマ」
「アカウントならムーサに頼めば何とかなるよ。ただ、このマギアの証はちょっと厄介だね……彼女が正気なのが不思議なくらい雁字搦めだよ」
ゲンマは困っているようだ。
ふと、ここで、お館様に付与された中で使っていないスキルを思い出した。
俺は彼女に近づき跪くと彼女の腕を取った。
「【サインクリーナ】」
俺がスキルを使うと彼女の全身は輝き、マギアの証は消え去った。
「え……え……!!」
自分の体から忌まわしい証が消え去ったのを見て彼女の目は見開かれた。
その瞳は右目がシアンで左目がマゼンダのオッドアイなのに今気がついた。
彼女は両手で口を塞ぎ、声なき叫び――歓喜の絶叫をあげ両目から涙がこぼれた。
「本当に消えてるね……見た目だけじゃなくて、魔源回路への経路が初期状態になってる」
俺はインベントリから替えの服の上着を取り出し彼女に着せた。
「そっか、じゃあ、帰ろう……君も行く所がないなら、一緒に来ないか?」
「!……は、はい!お供させていただきます!……あ、あの、あの……お名前を教えていただけますか……」
「俺は神無月、こっちは友達のゲンマ。君は?」
「私の名前はここに来る前に奪われてます……主人には毒使いの
その様子から見ると彼女はそう呼ばれたくはないようだ。
「もう、誰かを殺める毒は作りたくはないのです……」
「あいつら、思ってた以上に悪事に手を染めてたようだね……ボクらに協力してくれる?これ以上犠牲者を出さないためにも」
「はい……」
□
「こんなところかなぁ……めぼしい資料と証拠は集めたし、あとはボクの眷属が現場を押さえてくれる手筈だから、一旦拠点に帰ろう」
彼女の協力で家捜しはスムーズに進んだ。
パーヴォとアルギンはどうやら上級官僚たちの為に様々な毒薬を提供して莫大な銀貨を稼いでいた。
魔族で毒使いである彼女の作った毒は巧妙で遅効性だが少しずつ使われると自然死と見分けがつかないようだ。いわゆる『遺産相続の薬』ってヤツだ。
その銀貨をパーヴォは自身の美の追求と不老不死の研究に、アルギンは秘密結社に、それぞれ注ぎ込んでいた。
流石にこんな不祥事が発覚したら、カタリ一族とソルラエダはしばらく目立った活動はできないだろう。
「拠点に帰ったらもう少し詳しい事情と……これからの待遇について話し合おう。君が罪に問われないように配慮はするつもりだよ」
ゲンマがそういうと彼女の表情は陰りを見せた。
「ともかく、家に帰ろう。まずは元気になることが先決だ」
俺がそう言って肩に手を乗せると彼女は微かに顔を輝かせて微笑んだ。
□
ゲンマが転移の巻物を取り出し使用すると、俺たちは光に包まれ、拠点の屋上に移動していた。
下に移動して部屋に入ると、全員が完全武装で待機していて、殺気走った目で一斉にこっちを見て、俺はちょっと退いた。
「カンナヅキ!敵はどこ!!」
「若様ぁ!!!ご無事ですかぁ!!」
「先生!一度ならず二度までも!申し訳ありません!」
「先生ーー!!官僚はー!全員、ぶっ潰すーーっ!!!」
「反撃の準備は出来てますぜ、先生」
「お帰りなさいませ、ゲンマ様」
……。
お、おう。とりあえず、みんなちょっと落ち着け……。
これを宥めたゲンマ君、すごい(語彙力)
あとブレないユリアさんの安定感がヤバイ。
俺がいない間に、謎の勢力による拠点襲撃があったようだが、あっさり撃退したとのこと。
「だから、幻獣と神獣と聖剣使いとマギア持ちと妖魔族とメイドの団体なんて、軍隊でもない限り勝てないって……」
ゲンマは呆れ気味に言う。
よくわからんが、オーバーキル集団にメイドが違和感なく入ってくるのって異世界特有なんだろうか。
「とりあえず暴力による報復は無し。せっかく向こうが自殺点を入れてくれたのに同じ土俵に立ったら意味ないからな」
「先生がそういうなら……分かりました」
森川は憤懣遣る方ない様子だ。
「あと、テルさんも気にしないように。まさか、王都内で魔獣召喚したどさくさに紛れて誘拐なんてバカな暴挙にでるなんて予測のしようがないからな」
「……でも、悔しいです。これが即効性の猛毒だったらと考えたら……」
「カンナヅキ!このお守りを身につけなさい!一通りの耐性を付与しておきました!」
モジュローはお守りを手渡してきた。
素人目にも重いオーラが漂っているロゴ入りキーホルダーだ。
「既に全員に配っております!後しばらくは外出は控えてください!今我々は大派閥の官僚と敵対しているのですよ!あなたは呑気過ぎます!」
お、おう。全く反論できない。
「今回に関してはボクも姉さんも我慢の限界だからね。この状況は最大限に利用するつもりだよ。カタリ一族とソルラエダ、それと秘密結社は徹底的に調べ上げて厳しく裁くよ。通常の調査機関には任せられないから龍族の眷属による特別調査団を結成済みで既に動いているよ」
「あの……そちらのお嬢さんは……どなたですか?」
オクルスはおずおずと聞いてきた。
俺の後ろにしがみついているトキシンのことだろう。
「パーヴォのお抱えの毒使いで脅されて無理やり協力させられていたらしい。別の大陸から連れてこられた魔族ということしかわからない。心当たりはあるか?」
「いえ……ただ、シアンの瞳が王魔族でマゼンタの瞳が夢魔族だと古文書で読んだ記憶があります」
「そうか。この子は行きがかり上、俺が保護することになった。どうかみんなで守ってやってほしい。それと、サリシス、彼女の体調を診てくれないか?長い間監禁されていたようなんだ」
「すごく痩せてるね……どこか痛いところはない?」
「……大丈夫です、聖女様」
「ふふ、あたしはただの治療師だよ。暖かいスープでも飲む?」
「はい、いただきます」
■
「アカウントを新規作成するにあたって名前が必要になりますが、どうしますか?」
テルさんはトキシンに尋ねた。
「そのことでカンナヅキ様にお願いがあります……」
なんだろう?改まって。
「私に、名前と……マギアの証を与えていただけませんか?」
え……いや、名前はまだいいとして、マギアの証はどうだろうな……まだ子供なのに……。
「不安なのです……あの二人に見つかったら……前よりもっと強い術式で拘束されて……皆様を傷つけてしまいそうで……怖いのです!」
そう言いながらも彼女は泣きそうな顔になっていた。
「アッシからもお願いします。どうか彼女をあなたの保護下に置いてやっていただけませんか?今の彼女には確かな寄る辺が必要なのです」
オクルスが珍しく熱の入った口調で俺に頼んできた。
「この大陸では魔族は弱い存在です。それは一人で生きてきたアッシが一番よく知っています……戦う力がある身でも心細くなる事は多々ありました。この魔族の姫様にそのような思いをこれ以上味わって欲しくはないのです……」
オクルスは頭を下げた。
「まぁ、いいんじゃない?本人が望んでいるし。ボクらとしても余計な警戒をしなくて済むのは大きいしね」
ゲンマの言葉にトキシンは唇を噛み締めて俯いた。
ゲンマは根っから悪いやつじゃないが、時々わざと露悪的な言動をするのが玉に瑕なんだよな……。
「わかった。望み通りにしよう」
俺は名前を考えた。
トキシンは論外としてもどうしよう……そういえば初めて会った時に覆いを被っているように見えたんだっけ……。
「じゃあ、君の名前は『ヴェール』だ、どうだい?」
俺がそう言うと彼女はパッと明るい笑顔になった。
「ヴェール、ヴェール……ありがとうございます!素敵な響きです!」
「では、『ヴェール』様でアカウント登録をいたしました。これで、あなたも列強諸国の一員ですよ」
テルさんはニッコリ微笑んだ。
その後、彼女にもサインスタンプのスキルでマギアの証を手の甲に押しておいた。
彼女を安心させるために“防壁”の付与もつけた。
これで三人目となる俺の眷属だ。
眷属には皆幸せになってほしい……お館様が人間にそう願っているように。
「ありがとうございます、あるじ様!これで私にも居場所ができたのですね!」
枷から解放され休息と食事を十分に取ったヴェールは花が開いたように微笑んだ。
顔が見えるように少し髪を切った方がいいだろう。
今のままでは可愛い顔が台無しだ。
「これはチャンスですよ?先生。ヴェール様はネタの宝庫なんです。分かりますか?今、ご自分がなすべきことが」
オクルスが生き生きとした声で言う。
彼が何を言いたいか分かる。
「……俺に力を貸してくれるか?ヴェール」
「はい。あるじ様、なんなりとお申し付けください」
俺は自然と笑みが込み上げるのを感じた。
彼女の記憶にある忌まわしい毒殺の物語を、俺の力で小説に昇華するのだ。
勿論ストレートにあるがままに書くのではない。
それではただのノンフィクションで、最悪ただの怪文書だと世間に片付けられてしまう。
俺が書こうとしているのは、知らない人が読んだらただのミステリ小説だが、事情を一片でも知るものには真実がピンと来るという、そういう小説を書くのだ。
そして、俺には読者が、ファンがいる。
大衆はこぞって噂を広めて、ガーラの仕事の後押しをしてくれるだろう。
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