■023――王都の裏表〜腐った太陽

 新年の儀の後、俺たちは拠点に篭った。


 その後も宮殿では新年を祝う宴やイベントが行われたが、これ以上本業をおろそかにしたくなかったので全て辞退を希望して、ガーラもこれを受け入れてくれた。

 一日のほとんどを執筆に費やし、その合間に寄せられた読者の投稿に目を通す、小説家の俺にとって至福の日々が続いた。


 暗号エンチャントは森川を通してガーラに無事納品されたようだ。

 セキュアな諜報に貢献できたなら嬉しい限りだ。

「ただ、高度な暗号だからと、あまり安心は出来ないんですよね……まだこの世界のスキルや魔法の全てを把握しているわけでは無いのと、それにちょっと気になることがあって……」

「気になること?」

「エルス族の命名規則です。ほとんどがプログラミング絡みですよね?」

 そういえばそうだな。たまたま似てるにしては偶然の一致が多すぎる。

「モジュローはなにか心当たりあるか?」

 一応大魔導師だから何か知っているかな。

 先日雑談をした時、モジュローの知っている数学のレベルが意外と高かったので驚いたばかりだった。微積分を理解している点から少なくともオルトよりは上だ。もっとも彼曰く、エルスの首都アブストラクトの図書館で『大数学論』という禁書で学んだそうなので例外中の例外らしいが。

「一応は余計です。エルス族の名前は古文書に出てくる失われた技術から引用することが多いのですが、現在では廃れつつある風習です」

「……大昔にはあったということですか。やはり気になりますね……それと、クオート族の情報がまったくないのも不気味です。チートの気配もありますし、星の民と提携しているのなら実用的な量子コンピュータくらい持っててもおかしくないです」

 地球の通信で使われている大半の暗号は量子コンピュータがあれば簡単に解けると言われている。まだ地球では実用段階ではないが。

 でも、とりあえず放置でいいんじゃないかな。今の所関わる予定もないし。



 新年のお祭り騒ぎが終わり王都も通常進行が始まった頃、一人の営業が飛び込んできた。

「エンダー先生ですね?ちょっとお時間をいただけないでしょうか?」

 たまたま、拠点で応対できる人間が俺だけだったので、休憩中だったが話を聞いてみた。

「私設ストレージサービス・ホレウム商会の王都担当ウィアと申します。この度は是非、ウチと業務提携していただきたく参じました」

 薄茶色の髪を香油で撫で付けた如何にも営業マンといった風貌の男だった。

「私設ストレージサービスとは?なぜウチに?」

「主な業務は荷物の預かりと転送ですが、個人間で書簡のやりとりをする人が増えてきて、これを拡張し独自ビジネスとして売り出す計画があり進めてました。その一環でこちらの“ファンクラブ”と同じものを他所にも作りたいのです」

 なるほど。今の所、貸本業はこの拠点だけでやっていて、交通の便がいい立地とはいえ、王都ですら隅々まで行き渡っているとは言い難い。

「最初は王都内で二店舗ほど試験営業したのちに、スパピアやオリエンテムなど他の都市にも支店を広げていこうと考えてますが、ご検討していただけないでしょうか?書簡や荷物のやりとりも活発になるでしょうし、人材と費用はこちらで持たせていただきますよ」

 聞く範囲だと悪い話では無い。いつかは王都以外にも広げたいと思っていたが、今はまったく人手が足りていない現状だ。

「こちらで検討しますので、一旦話を預からせていただいてもいいですか?スタッフとも話し合いたいので」

「はい、勿論です。資料は置いておきますので、よろしくお願いします」



「と、いう話を持ちかけられたんだが、どうだろうか」

 俺は、森川とオクルスに相談した。

「こちらとしては願ったりな内容ですね。むしろ都合が良すぎて警戒するレベルです。このホレウムというのは信用できる企業なんでしょうか?」

 森川はオクルスに尋ねた。

「ホレウムはニヒル一族の長の息子が運営している商会ですね。親が検閲に携わっている関係で信用度の高い通信や転送の需要に目を付けて堅実に業績をのばしています」

 なんだかマッチポンプな会社だな……。

「王都の官僚一族がやることは概ね自作自演といっても過言ではないですよ。ただ、ホレウムはその中では良心的な部類ですね。今の所通信の秘密は守られてますので。システムを介してちゃんとした契約を結ぶなら、アッシは信用しても良いと思います。もっともガーラ様の許可を貰うのは言うまでもありませんがね」

「そうか。じゃあ、その方向で話を進めてくれ」



 午後を過ぎて治療院からサリシスが帰ってきたのでみんなと一緒に昼食を食べる。

 最初は警戒していたモジュローも彼女の素直で真面目な人柄を知り、徐々に受け入れるようになった。

「若様にこのような良いご縁を提供できなかったのは残念です……」

「なんで、お前に嫁の世話までされなきゃいけないんだよ」

 ちびっこにそこまでされるほど俺は落ちぶれてはいない……はず。

「高貴な方とはそういうものなのです!式までお相手と対面しないことも珍しくはないのですよ、庶民とは違うのです!まったく」

「ふふ、なんだか面白い子だね。エルスの子供ってみんなしっかり者なのかな?」

「私は子供ではありませんよ……もう」

「治療院で焼き菓子を分けて貰ったけど後で食べる?」

「………………いただきます」

 お前ってすぐ餌付けされてるな。ちょろいぞ。


 プロークシー (の半分)を倒したおかげか、俺のレベルは80になっていた。

 そういえば、王都にもダンジョンってあるのだろうか?

 暇な時もう少しレベリングした方がいいのかな?

「あー、王都のダンジョンは……お勧めできない、かな」

 サリシスは少し困った顔をした。

「ん?どうして?難易度が高いとか?」

「ある冒険者グループが事実上、占有しちゃってるの。彼らに義勇金を払わないと使わせてもらえないって状態がずーっと続いてて……」

 なんだそりゃ。ギルドはなにをしているんだ。

「それが……グループのリーダーが偉い官僚の息子さんでギルドの王都支部の幹部と組んで狩場を独占して、みんな困っているの」

「ひどい話ですね……この世界のダンジョンは公共資源だというのに」

 森川も顔を歪めて嫌悪をあらわにした。

「最近は王都だけでなくスパピアの方にもちょっかい出してるらしくて……」

「ひどいな。ギルド本部は何もしてないのか?」

「龍王国でレベル100を超えた冒険者ってなかなかいないからギルドも強くいえないみたい。グループの幹部は全員レベル100を超えてるから」

 うーん、そいつらがダンジョンを占拠してるなら他の冒険者がレベリングできない以上、普通に害悪じゃ無いのか?それ。

「でも、王都から滅多に外に出ないし、討伐クエストも受注しないしでグループ外の人には評判は悪いんだよね」

 うん、害悪確定。いや、本当に王都の冒険者ギルドどうなってるんだ。



 ――この世界に来て夢は魂が上位世界で遊ぶ現象だという事を知った。


 俺は叡智の図書館にいる。

 そこでは、二人の子供が遊んでいた。

 一人はワカバ少年、もう一人はオレンジ色の髪のツノの生えた幼い少年……お前、ゲンマか?何やってんだよ……。

「正直困っている」

 お館様は二人が遊ぶ様を眺めつつぼやいた。

「二週間で叡智の試練をクリアしてここに来てから、ずっと私に纏わりつくので子供の姿に変えたら余計に遠慮がなくなった」

 子ゲンマは図書館の蔵書を読みふけっている。

 ワカバ少年は何かの端末を操作している。ゲームでもしてるんだろうか。

 ふと、子ゲンマが本を持ってこちらに駆け寄ってきた。

「おやかたさまー。これよんで!」

 それを聞いたワカバ少年は顔を上げ、近づいて子ゲンマを窘めた。

「またワガママ言って!お館様を困らせたらダメじゃないか!」

 やーい、小学生に怒られてやんの。

「えー、いいじゃんー。どうしてもよみたいんだよー」

 そう言った子ゲンマは少年の耳元で囁いた。

「あとでせなかにのせてあげるから!ね、いいでしょ?」

「……しょうがないなぁ、少しだけだよ」

 ん?、買収されたか?ずるいな、龍は。

 お館様はため息をつき、子ゲンマを膝に載せて本を広げた。

「『セラエノ断章』?随分なつかしいものを見つけてきたものだ」

 お館様は遠い異国の言葉でその本を読み上げた。

 子ゲンマは理解しているのか?と思ったが、ニコニコしながらお館様の声に聞き入ってた。

「さぁ、もういいだろう、こんなオカルト本など読んでないで外で遊んで来なさい」

「はーい」

 そう言った子ゲンマは何やらジタバタと変な体操を踊り出した。何やってるんだ?

「けいたいへんかしたいの!」

 あー、そういえば龍に変わるのに時間がかかるとか言ってたな。

「どれ、見せてみなさい。うむ、ラプラス変換からの……畳み込みで……プランク長に……こんなものかな」

 お館様は呟き、子ゲンマの脇腹に手を当てた。光が宿る。

「スキルを付与した。試してみなさい」

 子ゲンマが横にスライドする動作をすると、一瞬平面的になり、次の瞬間はもう龍の形態に変わっていた。

『おおー』

 感動した子ゲンマは何度かスライドして、化身アバターを切り替え、スキルを確認している。

『お館様、有難うございます』

 龍のゲンマは平伏した。

「うむ。それと、そろそろいい加減帰りたまえ。君のお姉さんが困っている。戻って助けてあげなさい」

『でも、約束を守ってからでいいですよね?』

「……まぁ、いいだろう。行きなさい」

『はい!じゃあ、行こう!』

「うん!」

 ゲンマは少年を背中に乗せて窓から空に飛び出した。



 俺が以前書いた長編と短編集をこの世界向けにリライトしたものが完成したのでこれを新作として発表した。

 巻物の複製の合間に貸本の部数も十分に用意できた。

 今回から、希望者には写本の販売も行う予定だ。

 オクルスの工房で職人が装丁した見本を見せてもらったが中々の出来だ。

 正直、俺の本には勿体ないくらい豪華なデザインだった。


 新作追加の通知を会員に送ると、娯楽に飢えた市民たちが午前中からファンクラブに集まってきて、休憩スペースはちょっとしたサロンになった。

 会員と非会員が飲み物を片手に様々な話題で討論している。

「いいですね。オフ会を思い出します」

 森川は作り笑いではない心からの微笑みを浮かべた。

 本当にこういう活動が好きなんだな。

 救済したいと願った眷属が幸せなのは俺としても嬉しいことだ。


「今日は、先生に紹介したい方がいます」

 森川は一人の女性会員を俺に会わせた。

 二十代後半の赤毛の女性でパティアという名の未亡人とのことだ。

「先生の書いた“小説”というものに大変感銘を受けました……それで、自分でも挑戦して書いてみたのですが……是非とも先生のご意見を伺いたいのです」

 お、新人候補か。

 彼女の作品は短いがちゃんとした内容があるもので初めて書いたものとは思えなかった。

「以前から各地の伝承に興味があって文書や巻物はよく読んでました……でも自分で一からお話を作るというのは難しいものですね」

 なるほど……この拠点でも作文ワークショップを開催した方がいいのかもしれないな。

「それはいい考えですね。先生と触れ合える貴重なイベントであり、新人発掘の足がかりにもなります」

 俺の彼女の小説に対するアドバイスは細かいブラッシュアップに留め、この次発行する冊子に掲載する許可を求めると彼女は大喜びした。

「それはもう喜んで。ところで私もここで働かせていただけないでしょうか?暇でしたら、それはもういくらでもありますので!」

 森川を見ると力強く頷いたので、俺は許諾した。



 新作発表とホレウム商会による王都支店一号のオープン計画が纏まり一段落した頃、ゲンマがひょっこり拠点に顔を出した。

「もっと長居したかったなぁ……」

 なーにを言ってるんだ。宮殿じゃ仕事が山積みだぞ。

 新年の儀もすっぽかしたし、ガーラ様も怒ってるんじゃないのか?

「あんなの立ってればいいだけなんだから、誰でもいいんだよ。君でも代役できたでしょ?」

「それにしても本当にちゃんと試練をクリアしたのか?」

 俺がそう尋ねるとゲンマはニヤリと笑って上着の裾をめくって脇腹を見せた。

 そこには俺と同じ叡智の紋章が刻まれていた。

「中々楽しめたよ。他のダンジョンとは毛色がかなり違うから、人間にはちょっと難しいかもね」

「ほー。これでお前もフィン王国の王位継承者ってことだな。俺にとっては王位を押し付ける相手が出来たって事だ」

「えー、ボクだってやだよー。面倒くさいからって押し付けないでほしいな」

 そこまで言って自分が言ってる事に気がついたゲンマはゲラゲラ笑い出した。


「帰りに軽く人間領域を見てきたけど、あまりいい雰囲気ではなかったね」

 ゲンマは俺が息抜きに作ったスフレチーズケーキを食べながら話し出した。

「フィン王国の中心に行くに従って動く屍人の数が多くなって、宮殿では数えるほどしか生きてる人間はいないみたいだね。まともな人間は逃げたか殺されたかして屍人兵になったって感じかな」

 オクルスから送られてくる中間報告とも一致している。

 ディレイは死人の国でも作るつもりらしい。

「じゃあ、攻めてくるのは屍人兵だけなのか?」

「どうだろうね。龍族に戦いを挑むんだから何らかの手札は持ってるはずだよ」

 プロークシー (半分)もまだ生きてるしな。

 手札の検討はついているのか?

「何か……の召喚は試みるだろうね。神獣か、下位の上位存在か」

「それ、大丈夫なのか?」

「なんとかなるよ。赤龍もこの世界では十分強いからね」

 ……プリムム村は無事で済むのだろうか。心配だ。


 俺はゲンマにゲスト出演依頼をした。

「ところで今度、会場を借りて朗読会のイベントを計画してるんだけど、ゲストで出てくれないか?」

「えー?ボクが?」

 客寄せパンダならぬ客寄せドラゴンだ。

 人気者なんだろ?

「何をさせる気なのさー、気の利いたことはできないよ?」

「別にただ座ってるだけでいいよ。司会進行は吟遊詩人に頼む予定だからさ、俺と一緒に正装しておしゃべりしてればいいよ。普段するように砕けた感じでさ」

「ふーん。それなら別にいいけど……それでお客さん来るの?」

 いや、来るだろ。中立地帯のイベントを思い返すと楽勝で来るだろう。



 ある日の夕方、会議室に俺、ゲンマ、森川、オクルス、ユリアが集まり、秘密会議が開かれた。

 議題はイノの扱いについてだ。

 森川の精神は既に限界らしい。

「……なんとかならないでしょうか?」

「お、おう……」

「私が嫌悪感を我慢するだけでいいなら血反吐を吐いても耐えますが、最近お客さん同士のトラブルが増えてきてるんですよ……見た目だけはいいですから、あの娘。彼女狙いで休憩所にたむろしてる連中が増えてきて揉め事が毎日のように起こってます……私も彼女と一緒に働いてるというだけで無駄にヘイトが溜まってきてるのを感じますし……ううう、胃が……」

 苦労かけるな……森亭、すまん。

「かといって、内勤を任せるだけの事務能力はないんですよね……教育機関も再指導は難色を示しているようですし……困りました」

 オクルスも珍しく渋い反応だ。

「彼女ってそんなにダメなのかな、ユリアはどう思う?」

 ゲンマは副メイド長のユリアに尋ねた。

「私がこれまで担当した中では中の下くらいでしょうか。言葉が通じるだけでもマシな方でございます。ただ、殿方を惑わせる負の才能があらゆる障害の原因になっている印象です」

 あれで、中の下なのか……壮絶だな。下には下がいるものだ。

「それにしても困ったものだね。彼女メイド長にものすごく嫌われてて宮殿にも置いとけないし……困ったなぁ」

 同性には嫌われて異性にはモテモテってかなりヤバイ物件だな。

 俺としては彼女のことはどうでもいいのだが、森川の胃が心配だ。

「じゃあ、いっそのこと気に入らない官僚の家にでも送り込んじゃえばいいんじゃないかな」

 俺が何気なくそういうと全員の動きが止まった。

 あ、やべ。

 地球にいた時、うっかり心ないことを言ってしまい、つぐみに『なにそれ!信じられない!了ちゃんちょっとそこに座りなさい!』と言われ、思いやりの大切さについてマジ説教を食らうということが数回あった記憶がある。

 いくら相手がサークルクラッシャーのイノでもこれはなかったな……。

「いや……ごめん、今のは言い過ぎ……」

「「「それだ!!」」」

「……え?」

「今、ちょうどカタリ派官僚から供犠の返礼を催促されてて鬱陶しかったところだったんだよね。ちょうどいいかも!」

 おいゲンマ。監督者責任はどうした。

「敵方の家庭内に不和を呼び込むついでに情報収集も出来て一石二鳥ですな」

 オクルスもひでーな。表に出さないだけでストレス溜まってたのか?

「なるほど、三国志演義で王允が董卓と呂布を仲違いさせる為に貂蝉を送り込んだ連環の計というわけですね!さすが先生!」

 おまえ、歴オタでもあるのか?森川。

「作戦なのでしたら私からは特に言うことはありませんが、あの娘にそんな大役が務まるでしょうか?それだけが心配です」

 ……ユリアも彼女の心配はしてないっぽいな……流石にかわいそうになってきた。情けはかけないが。

「それについてはアッシに考えがあります」

 自信満々でオクルスは拳で胸を叩いた。



 後日、イノはカタリ一族の配下でもっとも有力な官僚ポンスの家に龍族の返礼として三ヶ月奉公することが決まった。

 龍王国では供犠の名目で官僚が一族から令嬢や子息を龍族へ差し出し、気持ちだけ受け取って送り返すという半ば儀礼と化したやりとりが毎年行われる。

 官僚から龍族への敬意を示すイベントが形骸化したモノだが、龍族から官僚への返礼だけはしっかり残り続けているという不条理な状況になっている。

 龍王国内では支配種族エルスの血を引く側仕えは富豪でも手に入れる事が困難なモノの一つで、見栄っ張りな官僚たちの垂涎の的でもある。

 イノの奉公は速攻で相手方に了承された。


「イノにはこの使い魔をお供に付けて派遣します」

 オクルスが手のひらに乗せているのは二頭身で尻尾の大きいヌイグルミのトラ猫のような物体だった。

『オイラ、今日からイノのお目付役になる使い魔のケトシーってんだ!よろしくな!』

「いや〜ん。かわいいですぅ〜」

 イノはケトシーを抱きしめて破顔する。

 見た目は完全に魔法少女とお供の謎生物の図だ。

「イノには普通に働いてもらいます。内偵はケトシーに全て任せます。こう見えてもレベル65の偵察特化タイプなので見た目より有能ですよ」

『おう、任せとけ!ばっちし調査してやるよ!』

「これから、このケトシーをボクやユリアだと思って何でも相談してね?期待しているから、頑張って」

 ゲンマはイノの肩に手を置いて微笑んだ。

「はい!私、頑張りますぅ!ゲンマ様!」

 新しい仕事を与えられ励まされることによって眷属としての存在意義を刺激されたのか、いつもより高揚とした様子のイノは張り切って奉公先に赴いた。


「イノには礼儀作法は一通り叩き込んでますし、メイドの簡単なルーチンワークならこなせるので表向きの業務遂行は問題ない筈です。後はあちらの家庭との根比べでしょうね……何日持つのでしょうか?」

 ユリアは無表情で呟いた。

「ねぇねぇ、何日持つと思う?ボクは一ヶ月かな?」

 ゲンマは悪い顔で俺たちに囁いた。

「……アッシは流石に二ヶ月は持つと思いますね……賭けますか?」

 オクルスも悪い顔で囁いてる。

「じゃあ、私は三週間に銀貨一枚で」

 森川も負けじと生き生きとした悪人顔で囁く。

 ひでー。お前ら本当にひでーな。ここは悪の枢軸かよ。

「誰のアイデアだったかなー?ねえねえ?」

 ゲンマはニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んだ。

 ……二週間に銀貨二枚賭けるわ。



 俺たちは少し大きめの会場を借りて王都では初めてのイベント、朗読会を開催した。

 会場にはファンクラブの会員と非会員だが興味のある者たち、それとゲスト出演のゲンマ目当ての者たちで文字通り溢れかえっていた。

 イベントの構成はオープニングでゲンマの挨拶、俺による短編の朗読、休憩を挟んで吟遊詩人の進行によるトークショー、最後に握手会とグッズ販売会といった内容だ。


「今日はボクの友達のために集まってくれて有難う。王都の市民の知的好奇心がまだ旺盛である事は、人間を保護する龍族としてとても喜ばしいです。様々な社会の歪みを是正出来ていないことは支配種族として悲しく思いますが、今日は自由に思考する楽しいひと時を過ごしましょう」

 正装で着飾った上機嫌なゲンマの挨拶で始まったイベントは中々の盛り上がりだった。

 メインの小説の朗読は久々で緊張したが、観客は真剣に聞き入ってくれた。

 ゲンマとのトークショーではアドリブで質問コーナーを始めたら、俺とゲンマの個人的な人間関係に関するものが五割、小説に関する事が三割、残りはその他だった。

 君ら、俺の小説に興味はないのかね?


「そういうのは書簡や内輪でいいという考えなのかもしれませんね。サロンでは結構白熱した議論が起きてますよ」

 握手会を終えて、成功に終わったイベントの余韻を噛み締めながら、俺たちは控え室で休みながら森川の報告を聞いていた。

「グッズの売り上げも好調みたいです。一番人気はモジュローさんにエンチャントを付与していただいたロゴ入りアミュレットですが、真っ先に売り切れました」

 お、おう。あの子の勝ち誇った顔が目に浮かぶ。

「写本の受注予約も順調ですね。装丁に凝ったことでインテリアとして購入する方が多いようです」

 だから、読めよ……俺の小説を、読め!

「まぁ、まぁ、第一回イベントですから、これからですよ!」

 様子を見に差し入れに来たウィアが励ましてくれた。

 そういえば彼もいつの間にかファンクラブに入会していたようだ。

「そりゃ、新作は真っ先に読みたいですからね。私だってファンなんですよ?まだ勉強不足で難しい議論は出来ませんが……」

 あー、いや、読んでくれてるだけでありがたいです。

 読者様、ありがてぇ、ありがてぇ。

「今日だけでファンクラブの会員がかなり増えましたよ。全部が先生の読者ではないかもしれませんが、地道に活動を続けていけば龍王国全体にファンの輪が広がるのも夢ではないです。頑張りましょう!」

 最近コピー作業ばかりさせて申し訳なく思っていたテルさんがニコニコして冷たい飲み物を差し出してくれた。

 そうだな。まずは周知が大事だよな。

 俺は受け取った飲み物を一息に飲み干した。



「ボクはちょっと挨拶していくから、先に帰ってて」

 ゲンマはそう言い、会場の支配人室に入った。

 俺たちは拠点に帰ろうと会場を後にして通りに出ると知らない一団がウィアを取り囲んでいた。誰だこいつら。

「……そんなこと言われましてもね、知らないものは知りませんよ」

「貴様が裏で暗躍しているのは分かっているんだ!」

「今回の舞踏会はあたしら“ソルラエダ”の大事な活動資金源だってのに……客を買収して横取りしたのあんたでしょ!」

「あの官僚嫌いのゲンマにどうやって取り入ったのよ!ずるいわよ!」

 彼が何かのトラブルに巻き込まれたのは一目瞭然だった。

 俺が心配して声をかけようとした時、一団の一人がこちらを見るなり掴みかかってきた。

「その魔剣をよこせ!それは貴様のような蛮族風情が持つべきものじゃない!」

 なんだこいつは。

 俺が後ろに引くと代わりにテルさんが間に入った。

「先生にお手を触れないでいただけます?」

 テルさんは微笑みつつも殺気を放った。

 男は彼女の殺気の壁に弾かれるように背後に後ずさった。

「……下等生物のくせに!人間に逆らいやがって……くそっ!」

「……相手はシステムの御使だぞ、ここは控えろ」

「……なんでだよ……俺たちはトップランカーだぞ!くそっ、くそっ」

 男たちは小声で囁きあってるがどうにも不快な連中であるのは明らかだった。

「大丈夫ですか?ウィアさん」

 俺は一団を無視することにしてウィアに話しかけた。

「ええ、ちょっと不当な言いがかりを付けられただけです。大したことはないです」

 彼は肩をすくめて無理に微笑んだ。

 ざっと見たところ一団は王都で見た中では珍しく高レベルの集団だった。

 そんな連中に取り囲まれた上に脅しを掛けられて大したことがない訳がなかった。

 早くこの場を離れたほうがいいだろう。

 俺たちは速やかに立ち去ろうとした。

 しかし、一団の一人で下品に着飾った女が俺のマギアの証を見て鼻で笑う。

「ふん、マギアの証といっても、どうせ未開の猿みたいな上位存在の紋章でしょ。そんなものを見せびらかすなんて恥ずかしくないのかしら!」

 一団は一斉に俺を嘲笑した。


 その一言で俺の魂が一瞬で沸騰し、周囲の空気は一気に凍りついた。


 数秒か、それよりも長い時間、その場の時は凍りついた。


「……ソルラエダとか言ったな」

 俺は肩越しに彼らを見た。

 彼らは引きつった青い顔で俺を見ている。

「憶えておこう」



 帰りの馬車では全員無言だった。

 ふと傍を見ると森川は小刻みに震えていた。

「どうした、森川。風邪でも引いたか?」

「いえ……」

「これからお前にはやってもらいたいことが山ほどあるんだ。体調には気をつけろよ」

「は、はい……」

 馬車の中は再び沈黙が支配した。



 拠点の俺の書斎に入ると、森川は決死の表情で跪いた。

「先生!ご命令とあらば、私があの連中を全員血祭りに……!」

「落ち着け、森川」

 俺は森川の肩に手を置いて、優しく宥めた。

「お前は俺の大事な腹心だ。それがこんな短絡的では困るぞ……」

 俺は大きく深呼吸してできる限り穏やかに語った。

「こういうことには準備が必要だ。念入りな準備と計画がな……ここであいつらを血祭りにあげてもガーラ様の迷惑にしかならない。今は堪えてくれ」

 これは森川にではなく自分自身に言い聞かせているようなものだな、と俺は自戒した。

「今日はゆっくり休め……それと、すまないがオクルスを呼んでくれないか?」

「は、はい!では失礼します!」


 森川が部屋を出て、すぐにオクルスが部屋に入ってきた。

「何があったんで……まさか、ソルラエダの連中が何かしたんで……?」

「オクルス、手一杯の所すまないが、奴らの事をできる限り詳しく知りたい。調べてくれるか?」

「それは問題ありません……あいつら、いつかやらかすとは思ってましたが……」

 オクルスは苦々しい顔で退出した。


 俺の中では、まだ怒りが燻って収まりそうになかった。

「彼ら、何をしたのさ?君をそこまで怒らせるなんて」

 いつのまにか部屋に佇んでいた正装姿のゲンマは俺に尋ねた。

「……俺のマギアの証を見て、お館様を愚弄した」

 ゲンマは真顔で固まった後に呆れ気味に言った。

「バカな連中だね。自分たちが何に守られているかも知らずに小さい壺の中でイキってるんだから。“腐った太陽”と影で言われているだけのことはあるよ」

 恐らくあいつらがサリシスが言っていた、リーダーが官僚の息子でレベル百の害悪冒険者パーティなのだろう。

「この王都に人間至上主義の新興宗教カルトでもあるのか?奴ら気持ちの悪い選民思想に侵されてるように見えたが……」

「そういう秘密結社はあるよ。もっとも王都だけではなく、列強諸国の都市部に蔓延っているけどね……へぇ、なるほど。君にはそう見えたんだ、それは興味深い」

 ゲンマは勝手に腑に落ちているようだ。

「ゲンマ、得意の悪巧みの知恵を貸してくれ。奴らをどうしてくれようか?」

「えー、難しいなぁ。その様子だと生ぬるいのは嫌なんでしょ?」

 ゲンマはイタズラを計画する子供みたいにニヤニヤしている。

「当然だ。お前だって同じだろ?」

「まーね。元々ボクも姉さんも彼らには思うところはあるしね。カタリ一族を没落させても彼らはしぶとく残りそうだから、この際抜本的に冒険者ギルドの改革もやろうかなー」


 今日、俺は王都の腐敗の一端に直接触れた。

 正直、見えないところで誰が何をしようと俺には関係のないことだった。

 しかし、俺の大事な、命よりも大事なあの御方を愚弄した事は絶対に許されないことだ。

 その罪に相応する報いは必ず受けてもらおう。

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