■022――情報戦の開始〜内外の敵

 龍形態のゲンマに乗った俺たちは、大陸沿いにメガロクオートの領土を迂回するように海上空を一昼夜かけて飛び、龍王国の東の関門前で降ろされた。

『この関門を通るとオリエンテムの街に着くから、そこからスパピアに転移して王都に帰ってね。ボクはこれから叡智の迷宮に行ってくるから』

 ゲンマは龍形態のままそう告げた。

「もう行くのかよ。王都に顔出さなくて良いのか?」

『今じゃなかったら、絶対先延ばしになる……今しかないんだよ。この決心が揺るがないうちに行きたいんだ』

 ゲンマは俺の顔を緑の眼で見つめながら言った。

 彼にとって叡智の試練は長年の悲願でもあるから致し方ないか。

「一人で大丈夫か?」

『心細いけど、叡智の迷宮は一人で挑むしかないから仕方ないよ……春までには戻ってくるから、姉さんのことよろしく頼むね。テル・ムーサ、モジュロー君、カンナヅキのこと守ってあげて』

「はい、ゲンマ様。ご武運を!」

「わかりました。どうか、お気をつけてください、ゲンマ様」

 テルさんとモジュローは丁寧に礼をした。

「……待っているからな、ゲンマ」

 俺は手を振った。

『うん……じゃあ、行って来るよ』

 一秒でも惜しいという風に彼は一陣の風と共に空に舞い上がり西の方角へ飛び去っていった。



 俺は関門前の行列を並びながら、森川に『戻った。今、オリエンテム』とだけ短い通知を送った。

 小一時間後、関門を通過した時、返信があり、それを見た俺は一瞬固まった。

 その内容が一見ランダムな文字列の――暗号文だったからだ。


 テルさんに頼んで宿を取ってもらい、部屋で通知を開き、カスタムエンチャントを唱えた。

「《 エニグマ 》」

 検閲の存在を知ってから思いついたことがあり、それは『暗号文は検閲削除対象になるのか?』という疑問だった。

 森川の協力を得て削除対象になる内容の文章で暗号文を作成して王都で試してみたが、文字を置き換えるだけの簡単な暗号は数時間以内に削除された。

 しかし、インターネット通信で使われているような、乱数表や素因数分解を用いた高度な暗号は削除されずそのまま残り続けた。

 このことから仮に暗号解読スキルがあっても、解くために必要な概念や前提を知らなければ解読はできないのかもしれない、との推測に至る。

 この世界の人間ではかなりインテリのオルトですら数学は日本の高校生レベルにも至ってなかったので王都の官僚では解読は無理だろうと判断した。

 俺は森川に暗号の作成・解読をするカスタムエンチャントのコーディングを依頼して、これに“エニグマ”と命名した。

 もっとも、こんな見るからに怪しい文字列を頻繁にやり取りしていたら官僚に目を付けられてしまうので使うことは極力控えることにしていたのだが……。


「……この内容はさすがに暗号じゃなきゃマズいか」


 俺は旅の疲れとオリエンテムの蚤の市を口実に一泊する事にした。



 翌日、二人を連れて蚤の市に訪れた。

 関門近くの街の市はどこも活気があって賑やかだ。

 この街は特にメガロクオートの近くなので、かの国の特産品が格安で多く取引されている。

 俺たちは醤油をはじめとしたクオート産の調味料を何本か購入した。

 その後、市を通り抜けて下町の奥まった場所にある小さな店に行き着く。

「“蝿の帽子”は入荷しているか?」

 俺が店主にそう尋ねると、彼は黙って店舗内の別室に案内した。

 そこでは初めて会う男が一人で待っていた。

「やぁ、はじめまして。カンナヅキ先生」

 黒い巻き毛の男はオクルスと名乗った。


 俺はテルさんに頼んでこの部屋を閉鎖空間に設定してもらった。

「モリカワさんからお話は伝わっていると思いますが……」

「諜報部の重鎮だってな……一体どういうことだ?」

「お伝えした通りです。アッシを貴方の眷属にして欲しいんですよ」

「既にガーラ様の眷属じゃないのか?」

「それはアッシの分体……このアッシが本体ですよ」

 オクルスは自身の胸を拳で叩き、笑った。

「……信じてませんね?」

 信じるわけがない。森川の話では相当のキレ者だと聞いている。

 おそらく誰にでもそういって分体を差し出すくらいの芸当はするだろう。

 しかし……

「アッシの能力は、今、貴方が喉から手が出るほど欲しい力のはず。ここに来たということは、受け入れてくださると考えて良いですね?」

「忌々しいがその通りだ。ただし、俺はガーラ様を裏切るつもりはない。今後も龍王国とは協調関係を維持していきたい。なので、この件は彼女にも伝えて欲しい」

「それで、よろしいんですか?」

「龍族にバレない嘘をついたり出し抜くような事は一切できない上に現状そんなことをする必要はない。二心を持っても危険なだけだ。だが、俺個人で自由に使える情報収集手段はどうしても欲しい。俺の忠誠心を試したとか、監視の為に首に鈴を付けたという体でもいい、彼女には上手いこと説明しておいて欲しい」

「それがご希望でしたら、仰せのままに」


 俺はお館様に付与されたばかりのスキル『サインスタンプ』を使ってみた。

 すると、ウィンドウが出てきて、ここで証の“マギア深度”と“制約・付与”を設定できるようだ。

 初めてでよくわからないので深度は推奨レベルの“3”、制約・付与はデフォルトで、“忠誠”、“誠実”、“加護”がセットされていたのでそのまま設定した。

 オクルスの左腕に手を押し付ける。

「【サインスタンプ】」

 光が手のひらから溢れ、そっと手を離すと、あのルーン文字のような紋章の証が付与された。

「もっとキツイ制約で縛ってくれても良かったんですがね。加護はありがたい、これが欲しかったんですよ!」

 腕に付けられた証を見ながら彼は言うが、制約が仕事の支障になるなら邪魔なだけだしデメリットもよく分からない以上無難な設定でいいだろう。


「眷属にしてくださったんで秘密を言っておきますよ。実はアッシは妖魔族の末裔でして」

「妖魔族?」

「……旧支配者の種族の一つです。大昔に滅んだといわれてます」

 モジュローが教えてくれた。

「滅んじゃいませんよ。ほとんどは他の大陸に移り住みましたが、少数は人間社会に溶け込んで出自を忘れてしまったり、そのまま闇に潜み秘密結社で自らを崇拝の対象に仕立てあげたりしています。アッシは先祖返りで今の能力を得ました」

 他の大陸か、そんなものがあるのか。

 でも今はともかく、この大陸に俺の安住の地を作ることが優先事項だ。


「さっそくだが、人間領域の情報を集めて欲しい。今、フィン王国とその周辺国がどうなっているのか?民衆はディレイの支配を認めているのか、包囲網の結束は硬いのか、確かな情報が欲しい……出来るか?」

「ご命令とあらば」

「それと、ここからが重要なんだが……エンダー・ル・フィンの縁者、親戚友人知人、がいたら、なんとか連絡を取りたい」

「ほう、心当たりがおありで?」

「モジュロー、思い当たる者を列挙してくれ」

「わかりました」

 モジュローは数人の名前を挙げた。

 予想はしていたが、エンダー君の交友関係は広くないようだ。

「もし、彼の地で逃げずにディレイの支配に抵抗しているようだったら、是非とも援助したい。それと、ディレイの側近でオズリックという者について詳細な情報が欲しい。どういう人物なのか、なぜ謀反を起こしたのか、最終的な目標は何かを知りたい」

「了解しました、では以上でよろしくて?」

「ああ、頼む。テルさん、彼に銀貨を渡してくれ」

 テルさんはインベントリから銀貨の入った大きめの袋を取り出し、オクルスに渡した。

「全部使い切っていい。足りなければ追加で出す。今はとにかく情報が欲しい」

「これは、久々にやりがいがある仕事ですな、成果を期待してお待ちください」

 彼は跪いて臣下の礼をし、不敵に笑った。



「胡散臭い男ですが……現状、致し方ないですね……必要だとわかっていても間諜というのはどうにも好きになれません。それにしても……まことの忠臣が生き残っていることを願うばかりです」

 モジュローの意見に特に異議はない。

 これでひとまず情報待ちの状態になったので、少しは執筆に集中できるか。


 スパピアの転移門ターミナルに到着すると、迎えにきていたサリシスと森川が駆け寄ってきた。

「カンナヅキ!」

 俺はサリシスと抱き合い、久方ぶりの温もりに心から安心した。


 やっと帰ってきた、そう実感できた。


 その様を森川とテルさんは暖かい目で、モジュローは若干の戸惑いの目で見ていた。



 王都に到着して、俺がいない間の話を聞き、驚愕する事態がいくつかあった。


 まず、サリシスはガーラの予見を元に、慈悲の聖堂の試練を受け、白の聖剣を獲得していたことだ。

「それって、危険だったんじゃないのか……?」

「あ……だ、大丈夫だったよ、あたしは」

 詳しい話を聞くと、サリシスの他に試練を受けたものが三人いたが、一人は死に、一人は廃人になり、一人は行方不明らしい。

「……申し訳ございません!私には止める事はできませんでした!」

 森川の必死の謝罪を聞きながら、俺の頭の中は真っ白になっていた。

 ……何が悪かったんだろうか……。

 ……やはりエルスに連れて行くべきだったんだろうか……。

 しかし、エルス動乱の騒動を思い返すと、それが最善とは一概には言えなかった。

 ……いや、後からだったらなんとでも言えるか。

「ごめん、俺が悪かった、サリシス……」

「ん?何でカンナヅキが謝るの?」

 俺は彼女を抱きしめて言った。

「もう、絶対に置いて行ったりはしない」

 しばらく周囲の時が止まったような沈黙が流れた。

「うん……その為の試練だもの。あたしも絶対離れないよ」

 もう、ジョイスのことは考えないことにした。少なくとも冬の間は。


 もう一つは、中立地帯で遭遇したイノが、何故かメイドの格好で王都の拠点で働いていた事だ。

「どういうことだよ……」

 だが、それ以上に驚いたのは、森川が拠点のテナントの一階で、俺のファンクラブの入会希望者を相手に爽やかな笑顔で応対していた事だった。

「お、お、お前、そういうキャラじゃないだろうおぉぉぉぉ!」

「せ、先生、落ち着いてください!」


 森川曰く、イノがゲンマによってここに送り込まれた時、自分の社交性の無さを痛感し、これを克服するためにオクルスに色々指導を受けた結果だそうだ。

「たとえ作り笑いでも、笑顔があるだけでも印象がだいぶ違うと、顔の筋肉が引き攣るまで特訓を受けました!」

「お、おう……」

 森川の人間的成長は喜ぶべきことの筈だが、何故か俺は取り残されたような焦燥感に囚われた。

 ……頼む……置いていかないでくれ……。

「何を言っているの?カンナヅキ」

「ふふふ、今、先生は陰キャの砦に取り残されてボッチの瀬戸際なのですよ」

 テルさんの身も蓋もない俺の内心の要約が突き刺さる。

「どこにも行きませんから!たかが営業スマイルを身につけただけで打ちひしがれないでください!!」

 俺は森川に両肩を掴まれて揺さぶられて平静を取り戻した。

「というか、私は先生の中でどういう存在なんですか?」

 真顔でつっこまれると辛い。めんどくさい自意識でスマン。


 思わぬ事があったものの、その他は概ね良好な経過を辿っていた。

 貸本業は好調で部数の不足がネックだったが、俺がエルスから持ち帰った神アイテム、スクリーバことコピー機によってその問題も事実上解決した。

「先生の説明によると、シャレにならないアイテムなので、ここに設置したままだと危険ですね。業務を終えたらインベントリに戻した方がセキュリティ的にも安全でしょう」

 これが壊れたり紛失したら俺は発狂するぞ。

 見るからにドジっ娘メイドのイノには絶対触らせてなるものか。

「それは賢明でしょう……あと、読者からの投稿も順調に集まっています。既に選考して読者投稿のみの冊子を発行して、こちらの貸し出しも好評です」

 現在、拠点のテナントの一階を貸本コーナーにして、併設している休憩スペースの売店で俺がいつも使っている筆記道具の販売も行った。

 そして入り口に改造したストレージを設置して投稿受付ポストとして使っている。

 読み手の意識調査も兼ねて、冊子の巻末に、簡単なアンケートと読者投稿を受け付ける募集ページを載せていた。

 作品の感想だけではなく、季節のお題や大喜利、フリー雑談、お悩み相談、それとなにより新人発掘だ。

「新人の作品投稿は日が浅いのでまだ来てません、これからでしょうね。雑談や大喜利は予想を超えて集まっていて、これ単発でも冊子が作れるくらいです。やはり大都市だけあって住民の知的水準は高いですね」

 いいねぇ。“本業”が順調なのは何よりだ。


 一段落した俺はオルトに通知を送ろうとしたが、着信拒否となって返ってきた。

「オルトに通知が届かないんだけど……心当たりはないだろうか?」

 俺は焦ってテルさんに問い合わせた。

 プリムム村は結界が貼られているので安全なはずだったのに……。

「実は……今、システムからプリムム村に人材が派遣されていて、メンテナンス作業がそこで行われている影響のようです。冬の間は恐らく不通のままでしょう」

「大丈夫なのか?」

「ゲンマ様の眷属が駐在されてますし、結界にシステムの加護も加わり、むしろ安全性は高まっているはずです。エラトを通じてガーラ様にもこのことは伝わっているので大丈夫でしょう」

 大丈夫とは聞いてもオルトとジョイスは心配してるだろうな……。

「何かありましたら村長が緊急通知機能でガーラ様に直接連絡するでしょうから心配は無用ですよ」

 あの村も色々巻き込まれて大変だな。

 何事もなく無事なままでいてくれたらいいのだが……。



 翌日、俺、テルさん、モジュローは龍王ガーラに呼び出されて宮殿に行った。

「申し訳なかった……かなり必死に止めたのだが、力及ばず引き止められなかった」

 開口一番で、サリシスの件で謝られた。

 密室とはいえ一国の王に頭を下げられるのは居た堪れない。

「……いや、エルスに連れていかなかった俺が悪いんです」

「ゲンマから報告を受けて向こうの状況は理解している。彼女が居たらより危険であっただろう?」

「結果は結果です。今更どうしようもありません。無事だったことを喜びましょう」

「わかった。それにしても……恋する女子には勝てぬ……」

 何千年も生きている支配種族でもお手上げなら、俺程度が勝てるわけがない。


「ところで、今日は一体……?」

 ガーラへの土産品を献上した後、俺は本題を促した。

「今週、宮殿で“新年の儀”が行われるのだが、ゲンマの代理を其方に頼みたい」

 お、おおおぅ……また大それた大役を……。

「正装でただ立っているだけでいい。この機会に王族と其方との友好関係を公式行事の場で強く演出しておきたい」

 これは断れない要請なんだろうな……万年寝正月の俺には正直しんどい。

「ゲンマが事あるごとに中立地帯でのイベントの話を自慢げにするのでな。栄えあるシステム設立一万年記念式典でもある、目一杯着飾ってもらうぞ」

 また公開処刑……じゃなくてコスプレイベントか……何を模したコスプレなのかさっぱりだが。


「話は変わるが検閲部から書類が回ってきてな。其方がデタラメな文字列で通知システムに混乱を招こうとしているから何とかして欲しいと陳情してきて……ククク、奴ら解読できなかったのが余程腹に据えかねたらしいな」

 ガーラは楽しくて仕方ないという表情で声を潜めて聞いてきた。

「で、どんな暗号を使ったんだ?奴らを出し抜く程の暗号ならば、こちらでも使い道は幾らでもあるので、良かったら詳しく教えて欲しい……あ、勿論奴らには内緒だぞ。あやつらの小遣い稼ぎに加担する気は無いからな」

 この口ぶりだと、官僚たちは通信の秘密は守ってなさそうだ。

「俺はアイデアを出しただけで、実装は森川に一任しています。俺たちのと違う乱数表を使っても良いなら提供させます」

「うむ、それが可能ならこちらとしてもそうしてくれた方が助かる。私は其方を信じているぞ」

 彼女は俺が何をしているか全て分かってるぞと言わんばかりの微笑みでウィンクをした。オクルスはちゃんと仕事をしているようだ。

 本来、検閲がなければこんな面倒臭いことも必要ないんだがな。


「ゲンマからエルス共和国で興味深いアイテムを手に入れたと聞いている。それを使って我が軍の戦力の増強を図りたい。魔石と銀貨はこちらで用意する」

 スクリーバだな。

 戦争が間近に迫っている今、エンチャントの巻物をほぼ無限に増殖できるアイテムを使わずに放置する手はない。

「これから毎日、こちらが指定する巻物の複製をできる限り作ってストレージに納めて欲しい。巻物一枚あるだけで生き延びる兵士の数が増えるのだ。まずは“通信”と“転移”の巻物が欲しい。それと“結界”と“再生”は大量に必要なので今から量産を始めてくれ。受け渡し用のストレージは今日中に拠点に設置させるのでよろしく頼む」

 これはみんなで交代でやればいいだろう。

 モジュローもテルさんも日中はゴロゴロしてるだけだしな。

 スケジュール管理はテルさんに任せよう。


「今から大魔導師モジュロー殿と打ち合わせがしたいのだが、いいだろうか?」

「私とですか?」

 俺は少し怪訝な顔をしていたのだろう。

「情報のすり合わせをしたいのだ。エルスと人間領域の両方の事情に通じている者はそうおらん。それとカンナヅキ殿の今後の処遇についても方針を話し合っておきたい」

「わかりました。主人の待遇は側にお仕えするものとして重要な事です」

 モジュローはキリッとした顔でガーラを見上げた。

 急に父兄会みたいな空気になってきた。

 違うからな?モジュロー。俺がお前の保護者なんだからな?

「その抵抗は無意味ですよ?先生」

 飯作って食わせてるのは俺なんだがなー、解せぬ。



 それからみっちりリハーサルと衣装合わせで予定が埋まって新年の儀、当日は逆にホッとした。これが終わったら正月休みと執筆三昧の日々だ。


 会場は宮殿裏にある、儀式用に作られた広大な野外ステージで客席は駆けつけた民衆で埋め尽くされていた。

 黄金で縁取られた七色の光沢の絹生地の衣装に身を包んだガーラは、大地に降臨した巨星アンタレスのように輝いていた。

 俺の衣装もそれに対応するかのように黄金と宝石で飾り付けられ、緑のローブに赤いマントを羽織った姿はクリスマスツリーを彷彿とさせた。

 流石に派手すぎないか?と思ったが、モジュローが衣装合わせで「若様……こんなに立派になられて……」と涙ながらにいうので仕方なく不満を飲み込んだ。

 そんな彼も式本番、従者として正装を纏い、俺の隣でドヤ顔で立ち、テルさんもドレス姿でエラトとともに参列している。

 派手でイベント好きな龍族のノリにも馴れてきたので、中立地帯の時ほど緊張することなく、舞台の上から会場を見渡す余裕ができていた。

 民衆は新年の抱負を熱く語る美しい龍王ガーラの姿に信仰を込めた熱狂で盛り上がっていた。

 だが、不思議とその熱狂は手前の貴賓席になるほど冷めてきて、特に最前列左側の一座は正月らしからぬ苦々しい表情でこちらを睨んでいた。

 それは最前列右側が熱狂を胸の奥に秘めて敬愛の眼差しでこちらを見ているのとは対照的であった。



「気付いたか、カンナヅキ殿」


 式典が終わった後、俺はガーラに最前列の者たちが何者かを聞いた。

「左側はカタリの一族、右側はニヒルの一族と呼ばれている。どちらも龍王国では代々上級官僚を多く輩出する名門で検閲部に深く関わっているものたちだ」

 実質世襲の貴族って感じか。左側のカタリ一族がやけに敵対的だったが……。

「龍王国……というより列強諸国では支配種族の元にいる人間はメシアの名の下に貴賎はないことになっている。だが彼らは自分たちを特権階級と考え貴族のように振舞っている。それでも持てるものの責任や義務に向き合ってくれているのならまだ良いのだが、この国の富を一族で独占することを当然と考え、実際にそのように行動している」

 龍族相手によくそんなことできるな……なんか後ろ盾があるのか?

「怪しい動きをしているものは何人かいるが基本無いだろう……政治力で長い間甘い汁を啜り続けた結果、危機感が麻痺しておるのだ。官僚たちを甘やかした私の不徳でもある」

 平和ボケってやつか。辺境から遠く離れた王都では無理からぬ事のようにも思えるが。

「検閲部はその象徴とも言える。危険な仕事もなく龍族のためといいつつ、自分たち官僚への不平不満の芽を摘み、そこで得た情報を利用して投資で富を増やしそれを自らの一派を広げることのみに注ぎ込み、今や王都のあらゆる腐敗の温床と化している」

 カタリの一族を評するガーラの目と口調は明確に彼らは敵であると物語っていた。


 そこまでいうなら実力で排除してもいいんじゃ無いのか?

 俺はそう思ったが、ゲンマがエルス共和国で人間に対する非道に怒った件ですら、千八百年たった今も風化しておらず、現地のエルス族には警戒され続けている。

 それを自国の人間にやった場合、如何に非が向こうにあっても龍族と人間の関係は確実に悪化し、その傷を癒すには何千年もかかるだろう。

 メシア十二使徒の一人で人間の守護者たる龍王ガーラはそれだけを恐れていた。


「それにしても、お偉いさんがめでたい席であんな険悪な態度なのは流石にどうかと思うが……何か確執でもあるのですか?」

「ふっ、戦争が始まるということを聞きつけて大量に買い占めて用意した巻物が不良在庫になったのだからな、腹をたてるのも当然だろう。ざまぁみろ、といった所だ」

 俺がやらかしてたんかーい。

 まぁ、検閲などという邪悪なシステムを維持する連中は滅ぼすがな。

 容赦はしない。

「頼もしい限りだ。これから彼奴らの力を削ぎ落とすのに其方の存在を存分に利用させてもらうつもりだ。この龍族を侮り愚弄した事は絶対に許さん。力であれ、政治であれ、イデアなき人間が我々に挑んだことを後悔させてやる」


 強大な力を持つ龍族であり民衆から愛されている慈悲深い支配種族、龍王ガーラ。

 その彼女をここまで怒らせる官僚とは如何なる輩か、俺はまだ具体的にイメージができていない。

 今予測できるのは、それは余程怖いもの知らずで視野が狭く傲慢な連中、くらいだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る