■017――エルス断絶の日―遠回りして帰ろう

「転移システムが攻撃を受けたようです。エルダーエルスのプロークシーが国外に出た後に起きた事を考えても彼の差し金で間違い無いでしょう……」

 テルさんは眉間にシワを寄せて苦しげに言った。

「転移門は使えないのか?復旧は?」

 俺は内心の焦りを抑えながら聞いた。

「転移システムのみならず転移門自体にも物理的なダメージが与えられましたので直ぐには無理でしょうね……しかも主要都市の転移門に連動して攻撃が行われたのでしばらくはエルス国内の移動は徒歩もしくはそれに準じたものに限られるでしょう」

「エルダーエルスが反旗をひるがえすなんて……どうして……」

 モジュローは信じられないという表情で目を見張る。

 プロークシーが議会で吊るし上げ食らいそうだから逃げたってことか。

「でしょうね。裏では議員を辞職するかアカウントを剥奪されるかの二択を迫られるとの噂が流れてましたわ」

 それ二択になっているのかイマイチ良く分からないんだが……。

「離島送りになって、ほとぼりが冷めるまで反省しつつ静かに暮らすか、力と配下を奪われ国外追放か、という所でしょうか」

 プロークシーがどんな奴かは知らないが、これまで聞いた話だと大人しく言いなりになるとはとても思えないな。

 奴が国外に出た後で事件が起きてるとすると、時限装置を仕掛けて遠隔操作したか内通者がまだ国内にいると考えるべきか。

「ともかく龍王国と連絡を取った方が良さそうだな。メッセージは送れるか?」

 俺はローラ嬢に聞き、彼女は頷いた。

「それは勿論するつもりです。商会も業務を停止して警備を強化しますので皆様も活動は控えて――」

 話の途中で店舗の方から衝撃と爆発音が聞こえる。俺たちは身構えた。


 俺はローラ嬢に部屋の奥に隠れるよう指示し、念の為防具を装着する。

 ドアが開かれ、黒いフード付きのマントを着た人物が唐突に現れた。

 マントの裾から出した右手に握られているモノを見て俺は驚愕した。

 て、テーザー銃!?

 アメリカの警察などで暴徒鎮圧によく使われる帯電した針を飛ばす銃だ。カートリッジの構造上連射はできないが、当たったらまず身動き出来なくなり最悪ショック死する。

 その人物は迷うことなくテルさんに向けて引鉄を引く。その動作はあまりに素早く、彼女は回避できなかった。銃からクラッカーの様な紙吹雪が散らばり二つの電極が黒いレギンスに覆われた腿に刺さった。

「うっ!」

 テルさんの全身に放電が纏い、苦悶の表情で倒れた。

「テルさん!!」

 俺は駆け寄ろうとするが、その乱入者の左手に握られているモノを見て咄嗟に後ずさった。

「スタンガンを左手に持ってる!気をつけろ!食らったら麻痺するぞ!」

 俺はモジュローに伝えるべく大きな声で叫んだ。

 乱入者は俺にターゲットを移し、素早い動きで近付いて来る。

 俺は魔剣ソウルモンガーを抜いた。

 乱入者は魔剣の歌声に怯み、その背後からモジュローが徒手空拳で攻撃する。

「させません!」

 その攻撃で右手のテーザー銃は叩き落とされ破損した。

 モジュローは一撃離脱で死角からの攻撃を加え続け、俺も同様に加勢をするが、相手は熟練者らしく、二人がかりでもなかなかダメージは与えられない。

 膠着状態が続く中、新たな乱入者複数が部屋に飛び込んできた。

「イテレータ様の配下、アイサム率いるエモート自警団参上!反逆者を成敗致す!」

 彼は黒マントに剣を突きつけ大見得を張った。

「制圧するぞ!ヒズ、バズ!」

「「はいっ!!」」

 黒マントの人物は舌打ちを残し窓から脱出した。



「いやー、油断しちゃったね……まさかアイサムに借りが出来ちゃうとは……とほほ」

 コミットは警戒中に閉店作業を進める店舗内で客を装う乱入者に不意打ちを食らったらしい。

「これは自警団として当然の行い。別に借りを感じる必要はない」

「本当に助かりましたわ……有難うございます」

 しかし、あの乱入者の装備品なんなんだよ。この世界で作ったものとは思えないし……。

「あー、それなんですが……自分がこの世界に持ち込んだ物かもしれないっス」

 発言したのはアイサムの二人の部下の……バズの方か。

 見た所、金髪碧眼の二十代前半のスポーツマン風の青年だ。

「自分、アメリカで警備員の仕事やってたんスが、その時の装備品の一部がプロークシー様に没収されたっきりでして」

「……ということは、彼奴はやはりオーラ=クーか」

「……オーラ=クー!道理で、殺気も隙もなかった訳だ」

 ゲンマも直接関わりたくなかった噂の輩か。

 向こうから仕掛けてこられたら、かわしようがないな。


 サメイション商会の全ての業務が停止して従業員も荒らされた店舗の後片付けを終え屋敷内の安全地帯に避難した。

 ローラ嬢の警護の為にヨネコさんとナスコさんがやって来たのだが、モジュローを見たナスコさんはおもむろに鼻血を出した。

「ぐふ……エルフで男の娘でケモとか……破壊力高すぎ……」

「……この人は何かの病気なのですか?」

 怪訝な表情でナスコさんを見るモジュローにヨネコさんは悟りの表情で返答した。

「そうねぇ……ある意味不治の病かしらね……」

 ヨネコさんは遠くを見るような眼差しで呟いた。

 俺はなんとなく察した。多分生きながらに脳が腐っていく女子特有の病なのだろう。ものすごく嫌な予感がする。

「ナスコさんは絵の心得もお持ちで、彼女の描くゲンマ様はとてもお美しいのですよ。後でご覧になります?」

 ローラ嬢はやや興奮気味で語り、俺の予感は疑惑に昇華した。

 俺は疑いの眼で彼女を見ると、ビクっと震えた。

 ヨネコさんとナスコさんは焦った様子でヒソヒソ話をする。

「……大丈夫なの?……アレはマズイでしょ」

「……大丈夫……“裏”は渡してないから」

 疑惑は確信に固まった。

 こういう手合は何処にでもいる。地球でも俺の作品の登場人物で掛け算に励む物好きが少数ながらいた。それはまだ分かるが、作家の俺と同業者で掛け算する輩は本当に意味が分からなかった。アレは何なんだ。


「……う、うぅぅ」

 ソファで横たわっていたテルさんがゆっくり身を起こした。

「テルさん!まだ横になっていた方が……!」

「いえ……もう大丈夫です……といっても本調子になるのにしばらくかかりそうですが」

 ソファの背もたれに寄りかかり大きく息を吐いた。

「先ほどの針に毒が含まれてましたが、なんとか中和できました。後は回復を待つだけです」

 お、おう。

 それにしても、真っ先にテルさんを撃った事といい、狙いは俺か?誤算だったのはモジュローが想定戦力に含まれてなかったのとアイサムが加勢しにきたあたりか。

 プロークシーとディレイが組んでる可能性も考えておくべきか。

「実は……イテレータ様からカンナヅキ殿に伝言があるのだ」

 俺はアイサムから樹皮で出来た紙片を受け取った。

「なんと書かれているのですか?」

 モジュローが背伸びして覗き込もうとしたので紙片を渡した。

「『会って話がしたい』としか書いてないな」

「私も詳しい話は聞いていない。だがかなり切実なご様子だった」

「お会いになるのですか?先生。危険なのでは?」

 テルさんに不安な顔で聞かれた。

 うーん……正直悩ましい。かなり怪しいが、現状手詰まりなんだよな。

「罠の可能性もあるのでは?プロークシー様とは無関係ではさなそうですし……」

 ローラ嬢も難色を示している。

「イテレータ様に害意は無い。あの方がこの都市に攻撃を加えるなどあり得ない!」

 俺の見立てが正しければそこは警戒しなくてもいいかな……そもそもグルだったら、アイサムを静観させていればいいだけだし。彼は演技のできる男では無いと見ているので罠の可能性は低いだろう。

「ただ、敵の武装がな……雨でも降ってくれればまだいいんだが」

「降らせますか?」

「え?」

 モジュローの軽い返答に戸惑った。

「私は雨乞いのマギアが使えます。必要なら使いますが?」



「《 メンディコス 》!」

 モジュローがマギアを唱えると街に通り雨が降り注いだ。

 これで不意のスタンガン攻撃は思い止まらせるかもしれない。

「こっちだ」

 アイサムの先導でマントのフードを深く被った俺とモジュローは大通りを駆け抜け、一際大きい古い屋敷に案内された。

 モダンな都市の中でここだけ時間が停滞している、博物館のような内装だった。

 俺たちは二階の書斎に通される。

「いらっしゃーい。よーこそ」

 そこにいたのは宮廷道化師のような三つに分かれた帽子を被ってひし形模様の服を着たエルス族の女だった。

「アタシがエルダーエルスで永代議員のイテレータ。ヨロシクちゃーん」

 ノリ軽いな!


 ここからだな、大事なのは。対応間違えたら大変だ。

 俺は丁重に礼をした。

「お初にお目にかかります」

 俺に合わせて、モジュローも礼をする。

「別に畏ることないよ。バカにされるのは慣れてるからね」

 どうせアンタもそう思ってるんでしょ、と言外にニュアンスを匂わせているが、俺はそうは思っていない。

 ローラの話からこのエモートの都市を実質支配しているのはこのイテレータであると聞いている。

 ゲンマによって焼け野原と化した都市を再び復旧させた手腕は十分評価に値するだろう。

「ここは港町で人間領域や他国との交易の玄関口。誰が采配しても勝手に栄えるよ。それにしてもよく来てくれたね。あんまり期待してなかったんだけど」

「今、我々は窮地に陥ってます。どうかお力を貸していただけるようお願いにあがりました」

 俺はテルさんに預けていた貯金から下ろした銀貨の袋を彼女に差し出した。

「今日の良き出会いに感謝してこれを捧げます」

 イテレータは袋の中身を見て、目を見張り、そして俺の予想に反して思いっきり渋い顔をした。

「……うーわー……これはヤバイ……めっちゃ誘惑やん……あーダメダメ、これは受け取れないわ」

 彼女は未練タラタラで袋を俺に突き返した。

「アタシにも一応信条ってのがあってね。割りに合わない仕事はしないってのと多すぎる報酬は受け取らないって決めてるんだ。今日呼びつけたのはアンタにお願いがあるからなんよ」

「お願い」

「そう、アンタってゲンマのお気に入りなんでしょ。彼に口利きして欲しいんだ。イテレータが会いたがっているって」

 それだけの事をわざわざ俺に?

「そう。サメイション・ローラに頼んでもいいんだけどさ、アンタに恩を売ってから口利きしてもらった方がお得でしょ?」

 なるほど。プロークシーとの関係の切断処理も兼ねてということか。

「……アタシとプロークシーが繋がってるっていうのは、ゲンマがそう考えてるって事でいいのかな?」

 俺の脳裏に森川の冷めた顔が浮かぶが、ゲンマの様子を見るに漠然とした推測が第三者の印象に基づく証言によって補強された感じなので間違いではないだろう。

「本当にバカだよ……何度も忠告したのに全然聞きやしないんだから……おかげでこっちにまで火の粉が降りかかりそうだし……どれほど強くても使いこなせない人間を手元に置いても危険でしかないのに……そんなことも分からないなんてね」

 イテレータによる間接的な森川の冷遇は軽んじられた私怨もあるのだろうが、こうなることを予め見越した行為のように思えてきた。

「それは買いかぶりすぎだね。アタシは単に見下した態度にムカついただけだよ。バカにされるのは慣れてるけど好きなわけじゃあない。それに、これでも一応支配種族だからさ、メンツってのはあるのよ。一応」

 ですよね。あの中立地帯の件については森川にも多少の非があるように思えていた。もっとも森川がコミュ障でなかったら、イテレータの不興を買ってなければ、俺と出会うこともなかったのだが……。

「それにしても、アンタってアタシのこともゲンマの事も怖がってないようだね。あのモリカワって奴はヤケになってるだけだったけど、アンタはそれとは違うね……もっとヤバイ奴に会ったことがあるとか……?」

 俺は自然とあの銀貨のレリーフの元になった……お館様、パレス・ビブリオンの姿を脳裏に思い起こした。

 イテレータは俺の顔を見て悪寒に襲われたように一瞬震え、振り切るように首を振った。

「アイサムちゃん、このまま彼らの警護を続けてねん」

「はっ、かしこまりました」

「魔法の才能も都市の中じゃ殆どが役に立たないから、この脳筋でも十二分に役に立つんよ。アタシの大事な拠点エモートをバカの好きにはさせないよ。じゃあ、ちょっとアタシについてきてね」



 イテレータは俺たちを屋敷の地下にある部屋の前まで案内した。

「アイサムちゃんはここで待機して、誰も入ってこないように見張ってて」

「はっ」

 俺たちは警戒しつつ中に入った。

 部屋の奥にブロンズ製の謎の機械が鎮座していた。

 2メートルほどの高さの機械で卵型のタンクにレバーとチューブが付いていて、どういう用途に使うものなのか見た目では分からなかった。

「これは旧支配者の貴重な遺物の一つでね、ルートエッグって言うんだ。この投入口に銀貨を十枚入れてレバーを下ろすとレアアイテムが入ったカプセルがここから出てくるの!」

 ……

 …………

 ガチャじゃねーか!露骨にガチャガチャじゃねーか!

 旧支配者ってのはふざけてるのか、おい。

「最初はアイテムの研究と収集が目的で引いてたけど……だんだん引くこと自体が目的になってきてね……もう必死になって銀貨をかき集めるようになって、それに伴ってこの街が発展していったの」

 どう見てもガチャ中毒です。ガチャはわるいぶんめい。

 それにしても銀貨を使うのか。見た目的に魔石を使いそうなもんだけどな。

「古代の文献にレインボールートエッグの言及はあるけど、そういう伝説があるとしか書いてないんだよね。ほぼ無いでしょ。そもそも今も昔も魔石は貴重品だし」

 なるほど。で、これがどうかしたのか?自慢かな。

「まぁ、記念で引いていったら?その銀貨で。五回くらいは引けるんじゃない?」

 ほう?……いいのか?

「最近ちょっと研究が手詰まりでねー。季節毎に出てくるアイテムの傾向が違うのは掴めてるんだけど、引く人によっても違うんじゃないかなーって仮説を立ててみたの」

 でも悪いなー。護衛つけてくれただけじゃなくてガチャまで引かせてくれるなんて。

「ハハ、銀貨は実費なんだから別にいいよ。その代わり、このことは絶対他言無用なのとゲンマにはちゃんと世話になったって伝えてよねん」


 俺は銀貨を投入口に入れレバーを引いた。

 機械は銀貨を飲み込むように振動してチューブからカプセルが出てきた。

 カプセルを開けると金色の紐のようなものが出てきた。手に取ってよく見てみると、表面にルーン文字の様な模様が織り込まれている。

「なんだこれ?」

「ちょっと見せてください」

 俺は紐をモジュローに渡した。

「……ふむ?『フェイムスフィルム:如何なる相手も一定時間拘束可能』と。かなり強力なユニークアイテムですね」

「うわー、何それ。初めて見るしそんなの……」

 なんかイテレータはドン引きしているようだ。

 ともかく使えそうなアイテムなのでモジュローに所持してもらう。身体性能の高い彼なら俺より使いこなせるだろう。

 その後のガチャはエリクサー、エリクサー、オリハルコン鉱石と汎用アイテムが出てきた。

「……いや、それでも十分高レアアイテムだからね?ちょっと感覚おかしくない?」

 こちとらエリクサー症候群だからおそらく永遠にインベントリに塩漬けだぞ。

 最後の一回、もう一個くらいユニークアイテムが出ればいいな、と気合い入れてレバーを引いた。

「……」

 出てきたアイテムを見て俺は絶句した。

「『スクリーバ:銀貨と魔石を媒体に文書の複製を生み出す』なんですか?これは」


 おおおおおおおおおおぉおおおぉおおおおおおおおおおおおおぉぉぉお!!!

 キタコレ!神機来た!!神アイテムキタ――――――!!!


「ど、どうしたのですか!カンナヅキ殿?!」

 出てきたものはどう見ても見た目コピー機だった。

 モジュローの鑑定を聞いてもコピー機だった。

 勝った!第三部完!

「……なに勝手にはしゃいでるんですか……」

 うっせー、これがあればもう俺は何もいらないんだよ。これで俺の小説家としてのアイデンティティーが有頂天でハッピーがエブリデーなんだよ!

「だから、落ち着きなさい!ほら、イテレータ様も呆れてます!」

 我に返ってイテレータを見ると彼女は呆れるというより得体の知れないものを見る目でこっちを見ていた。

「……まぁ、うん……喜んでもらえて何より」


 商会に帰るべく玄関に向かう途中モジュローの小言が延々と続いた。

「あなたはバカなのですか?カンナヅキ」

 モジュローの俺の呼び方がついに呼び捨てになった。

「なんでもっと良いものを願わないのですか?もう少しこの状況に役立つものを想像できなかったのですか?」

「ガチャなんだから仕方ないだろ。出てくるものを選べないのがガチャなんだよ」

「そうでしょうか?あの機械は人間の願望を反映している可能性もあるでしょう。大体この大陸広しといえども、そんなアイテムを喜ぶ人間なんてあなた以外にいやしませんよ」



「ふぉぉぉおおおおおおおぉぉぉ!!神!神!神――ィ!!」

「そう、まさに神!神アイテム――!!」

 モジュローの言葉に反してナスコさんも神引きの戦利品であるスクリーバを見て大興奮した。俺たちはハイタッチした。

「……異世界の人間はみんな変人なのですか?」

「みんなじゃないです……みんなじゃ……」

 モジュローの冷めきった発言に弱々しい抵抗を試みるヨネコさんだが周囲の目は心なしか冷たい……何故だ?


「先生が不在の間に動きがありました」

 テルさんは顔色も良くなり、大分回復した様だ。

「まだ、仕上がり六割といった所ですが……先ほど玄関に伝言が貼り付けられていて『エンダー・ル・フィンへ、解毒剤が欲しければ交渉に応じよ』との事です」

 ん?どういう事?解毒は出来たんだよな?

「ええ、私はシステム権限があるのでこの程度の状態異常は解除出来ます。毒はガルム紛争で使われた強力なものでしたが新しいものではないです」

 幻獣ガルムの事は知っててもムーサの事は知らないのか。

「永代議長のアブストラクト様のお側にもクリオ・ムーサがついておられますが、他のエルダーエルス達はムーサを見た事はあってもその能力までは知らないのでしょう」

 モジュローが語る通りなら、この状況は使えるかもな。



「……来たか」

 俺とモジュローはやって来たオーラ=クーと商会近くの通りで対峙した。

「お前が、エンダーだな」

 黒いマントの女は低い声で言った。

「オーラ=クーだな?プロークシーはディレイと組んでいるのか?」

 オーラ=クーは鼻で笑った。

「ふっ。あのお方の力を持ってすればシステムの加護などなくても人間領域と龍族を手玉に取るくらいは容易いこと。貴様は行きがけの駄賃だ」

 ふーん。どの程度の意思疎通が出来てるんだろうな。まぁ、いい。

「解毒剤は持って来たのか?」

「それならここにあるぞ。もっと近くに来い」

 オーラ=クーは不敵に笑いながら小さな瓶を掲げて振った。

 俺はモジュローに目配せした。彼は頷くとオーラ=クーに近づいた。

「待て!貴様だけが来い!」

「悪いけど、俺が見ただけでは本物かどうか分からん。鑑定で判断するまでは取引に応じられない」

「……くっ、仕方ない。おかしな真似をしたら交渉には応じないぞ」

 モジュローはある程度の距離を近づいて一メートル内に入った瞬間一気に懐に潜った。

「……!」

 モジュローは不意をついたオーラ=クーにガチャで入手した金の紐――フェイムスフィルムを放った。

「何だ!……これは……解けん!!」

 紐の拘束から逃れようともがいている彼女から無事スタンガンを取り上げた。

「もう、大丈夫です、無力化しました」

 俺は物陰に隠れていた自警団に呼びかけた。

 ちなみにモジュローの鑑定によると解毒剤はフェイクだったらしい。



 オーラ=クーを警吏に引き渡し、商会に戻ると雰囲気がおかしかった。

 室内は荒らされた跡があるのだが人影が見当たらなかった。

 モジュローが先導して屋敷の奥に進むと人が応接間の奥の一箇所に集められていた。

「危ない!モジュ君!」

 ナスコさんの叫びに反応してモジュローは飛びのくが一拍遅く、何者かがわき腹に棒のようなアイテムを押し付けた。

「ぐぅ――!!」

 モジュローは苦悶の表情で倒れこんだ。

「動くんじゃねぇ!!」

 奴隷商レイドの用心棒のゲットがナイフを片手にローラ嬢を盾にして現れた。


「聞いたぜぇ、そこのオカマ野郎を人間領域に連れて行けば多額の褒賞と領地がもらえるんだってなぁ。旦那様は断ってたが、こんなチャンスを見逃すかってんだ!」

「オーラ=クーは捕まったぞ」

「知るか。俺にだって人間領域のツテくらいはある。むしろ分け前が増えて好都合だ!」

「私のことは構いませんわ!逃げてください!」

 これはマズイ。人質を取られているのも不味いが、相手が何人いるのかが分からないのも不味い。見た所、ゲットと手下二人だが他にもいたら面倒だ。

「おっと、テメェは身動きすんなよ。ちょっとでも動いたら、このお嬢さんの顔をズタズタに引き裂くからな!」

 これは万事休すか、と諦めかけたその時、


 部屋の中に何かが投げ込まれ、あっという間も無く部屋いっぱいに煙が充満した。

 誰かが部屋の中に飛び込む気配がした後、男の呻き声が複数上がり、誰かが倒れる音がした。

 煙が立ち消えると、ゲットとその一味は気絶して床に倒れていて、見慣れない人物が部屋の中央に立っていた。

 その人物は聖者のようなローブに身を包んだ二十代後半の灰色の長い髪に細い目の男性だった。

「……あ、あなたは一体?」

 俺が恐る恐る尋ねると、男はニッコリ笑って言った。

「ボクは通りすがりの親切なお兄さんだよ!」

 ……

 ……オマエかよ。

 その一言を聞いて俺は脱力した。

 何だろう……助かった、感謝したいという気持ちが煙のように消えていく……。


「あ、あなたはもしかして!」

 遅れて駆けつけたアイサムは部屋の中を見て声を上げた。

 おう、言ったれ言ったれ。

「昨日、助けていただいた賢者ゲンブ様ではないですか!」

 えっ?

「いやー、昨日は採取中にモンスターの群れに襲われて立ち往生していた所を助けていただいて、本当に助かりました!」

 そんな事があったのか。て、いうか何してるんだよ。

「そう、賢者ゲンブ様は人間領域で修行と徳を積んだ尊いお方で多くの信奉者と弟子をお持ちですの!普段は人間領域の洞窟内で瞑想してらっしゃって、時折弟子の顔を見にエルス国に訪れてはその叡智を私たちに授けてくれてますのよ!サメイション商会との付き合いも長く先先代からその薫陶を受けて家族ぐるみの付き合いをしておりますの。だからここにいるのは何の不思議もありませんわ!」

 ローラお嬢様……早口で説明口調で言われると台本棒読みであるのがバレバレなんだが……。

「おお、そんなお方に助けていただけたとは!運が良かったですなー、ありがとうございました!」

 脇腹を抑えて立ち上がったモジュローはキラキラした目でゲンブ(?)を見ている。大丈夫なのかこの子。本当に大魔導師なのか?

 賢者ゲンブは口々にお礼を言われ満更でもない顔をしていたが不意にこちらに顔を近づけて小声で素早く言った。

「……後で反省会だからね?」

 目がマジだった。

「……はい」



「よくも私の顔に泥を塗ってくれたな……」

 ゲンブが連れてきたレイドは拘束されたゲットを冷たい目で見下していた。

「だ、旦那様……お許しを……」

「お前はいくら言ってもこの仕事の真髄を理解しようとしないばかりか、門外不出のロッドまで持ち出して国に仇をなす輩に荷担するとは……もう限界だ。お前は鉱山送りだ」

「……!!ま、待ってくれ、鉱山だけは!あそこだけは!嫌だぁあああ!!!」

 ゲットは絶叫しながら強面の男達に連れられていった。

「ブレークの鉱山は犯罪奴隷や囚人の墓場と恐れられてますの……地獄タルタロスに最も近いとも言われてますわ」

 エルスの闇は深い。

 ゲットは犯罪者として鉱山に輸送され、二度と陽の目を見ることはないだろう。


 一方、オーラ=クーは監視の目を掻い潜り、脱出してスクロールでどこかに転移した。

 テルさん曰く指名手配済みなのでその位置情報はシステムに監視されているが、国内に反応はなく、すでに人間領域に脱出済みらしい。



「船を使ったんだろうね。多分もう列強諸国には戻ってこないでしょ」

 閉鎖空間で俺、テルさん、モジュロー、ゲンブの四人での会議が始まった。

「……」

 テルさんはずっと神妙な顔で俯いている。

「テル・ムーサ」

「返す言葉もございません。お叱りは甘んじて受け止めます」

「……まあ、分かっているならいいけど……今回に関しては他国とはいえ大規模に仕掛けてくると予測できなかったボクらも悪いから半分は仕方ないよ」

「いえ……私に関してはベストな対応とは言えませんでした」

「うん。そこまで分かっているならいいよ。今は回復を優先してね」

 俺は隣に座っているモジュローに袖を引っ張られた。

「賢者様と知り合いなのですか?カンナヅキ?」

「ゲンマ」

「……へっ?」

「友人龍ゲンマ」

「……本当に?」

 モジュローはマジマジとゲンブを眺めた。

 ゲンブはこちらに目線を移した。

「で、その子が問題の知り合い?」

「俺の家庭教師らしい」

「……あなたの、ではないです。若様の家庭教師です!」

「だそうだ」

「君にしては随分打ち解けるのが早いねー」

「違います!こんな非常識な男を教育したと思われるのが不本意なだけです!」

 ゲンブは必死に笑いを堪えてる。解せぬ。


 俺はエルスに来てからの出来事をゲンブに話した。

 ゲンブは眉間に皺を寄せた。

「……あれだけ言ったのにさぁ……何でそんなにフットワーク軽いかなぁ……結果として実害がなかったからいいけど、一歩間違ってたら取り返しつかなかったよ?」

「あなたは龍王国でも迷惑をかけているのですか?」

 二人掛かりで説教するのはやめろ。マジで居た堪れないから。

「今回は干渉するつもりはなかったんだけど、ここまでの大事になった以上強引にでも合流するしかないんだよね。帰る方法とか考えてないでしょ?」

 列車の貨物にこっそりまぎれこもうかとかは一応考えてたけど。

「ああ、一応考えてはいたんだ……ははは……」

「冗談はやめてください、カンナヅキ」

 俺の渾身のアイデアが全否定されるぅー。

「列車と駅周辺はしばらく大パニックが予想されてるから近づかないほうが無難だね。転移門の修復を待っていたら冬が終わってしまうから、ボクと行動を共にしてもらうよ。遠回りではあるけど春の準備には間に合うはず」

 ところでなんでそんな格好でここにいるんだ?

「ボクもエルスに用事があってね。そういう時はいつもこの化身アバターで来てるんだ。普段より弱いけど、この姿だとボクだとは分からないでしょ」

 色々隠し球があるんだな。

「まーね。それとさっきのエルスを見れば分かるけど、裏社会で君の身柄に懸賞が掛かってるよ。最もオーラ=クー以外は雑魚だろうからテル・ムーサとモジュロー君であしらえるとは思うけど。ただ念の為モジュロー君には奴隷身分の解除をしてもらうよ。さっきみたいに奴隷用の制圧ロッドを使われたら面倒だからね」

 モジュローは目を閉じて頷いた。

 それにしてもディレイの手がここまで伸びてるとはな。

「ディレイというよりその腹心のオズリックという奴が手を回しているらしい。心当たりはあるかい?」

「オズリックは長い間忠臣として王国に仕えていた王の側近の一人です。こんな大それたことを為すとは思いもよりませんでした……」

「野心を胸に秘めたまま何十年も機会を伺ってきたようだね。一番厄介な敵かも」


「ところで遠回りってどういうルートで帰るんだ?」

「ここから東にあるゴトーという都市に用事があってね、まずはそこを目指す。その後、東の関門から第二人間領域に出てボクが空から龍王国に運ぶよ」

 お、おう。ゲンマに乗るのか……大丈夫かな……。

「なんで不安そうな顔をしているのか分からないけど、早く帰りたいでしょ?あー、それとイテレータにも会って来ないとね。一応お礼を言っとかないと」

 うん。あんな神機を快く譲ってくれたんだもんな。いくら礼を言っても足りないくらいだ。

「はぁー……頭のおかしい男に身体を乗っ取られるわ……龍族の支配下にはなるわ……おいたわしや……若様」

 モジュローは深い溜息をつくが、俺だって好き好んでこの立場にいるわけじゃないんだぞ。

「私が至らないばかりに……申し訳ありません」

 いや、テルさんは謝らなくていいよ。

 そもそも理不尽な攻撃を仕掛けている輩が一番悪いんだから。

「でも、君はもう少し反省した方がいいよ?途中までいい感じだったけど、ちょっとツメが甘かったね。怪しいと分かってて正面から乗り込むのはマズイでしょ」

 オーラ=クーが何とかなったから正直気が緩んでいた。そこは反省する……というか経験が足りてないんだから色々仕方ないだろ。

 ゲンブは溜息をついた。

「普通の冒険者の経験も積んでおくべきかなぁ……これもパワーレベリングの弊害かもね」

 今更だな。その懸念は中立地帯に行った時からあったろうに。

「……」

 あー、すいません。今他人事でした。

 俺がしおらしい態度を見せているとテルさんが小声でそっと耳打ちをしてきた。

「……先生、一応ゲンブ様にお礼を言っておいた方がいいですよ?」


 そう、ゲンブが現れて脱力したのは確かだが、それ以上に安心したのも確かだった。事態が自分の手には負えない程大きくなっていた感触はあったからだ。

 向こうの都合とは言ったが、取り返しのつかない事になる前に駆けつけてくれたのは嬉しかった。

「今日は助けに来てくれてありがとう、本当に助かった」

 俺はゲンブの顔を見て素直に気持ちを表した。

 ゲンブは照れ臭そうに頭をかいた。

「……ここぞという時にそうやっていい事言うんだものなぁ……じゃあ明日のおやつはプリンにしてよ」

 ここで作るのかよ。まぁ、いいけど。流石にテルさんもつまみ食いはしないだろう。

「プリンとは何ですか?カンナヅキ?また甘いものですか?どうしてそんなに甘いものばかり摂取したがるんですか」

 うっせー。どうせ作ったらお前も食べるんだろ。

「当たり前でしょう!私に隠れて余分な栄養を摂取するなんて、そんな不良行為は許しませんよ!」

 俺は無言でモジュローの頭をポンポンした。

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