第3章 エルス動乱

■016――商業都市エモート

 龍王国の景色が全体的に中世ヨーロッパ風だとすると、ここエルス共和国の都市エモートは十九世紀のヴィクトリア朝時代のイギリスのような雰囲気だ。

 大陸の最北に位置する都市のせいか気温は低く、俺はマントを買っておいて良かったと心底思った。

 住んでいる人々の表情も龍王国の住民の純朴さからは程遠く、都市住人特有の抜け目無さを十分に感じさせる。

 都市の外観も龍王国が旧支配者の遺物を巧みに補修した建造物が多いのに比べ、エルスはアール・デコ調の近代精神の萌芽が見える野心的な攻めたデザインの建築が多い。

 この気風の違いを歴史に紐ついて辿ると、列強諸国の根幹であるメシア論の解釈という問題に行き着く。


 ここに来る前にメシア論について調べてみたがその内容は文書を読んだだけでは掴み所がなく、住民にとっては生活に密着した常識なのだろうが、そういう信仰に関するもの程外部の者から見ると何故そのような根拠のない荒唐無稽な話を無条件で信じられるのか分からないことが多い。ともかく此処では私情抜きで簡単にまとめておこうと思う。

 赤龍ガーラの幻視により始まったとも言えるメシア論はその多くが謎に包まれている。

 遠い未来に外宇宙より世界の危機が訪れ、人の子であるメシアが使徒を引き連れ世界を救済するという予言の解釈は列強諸国内では大きく三つに分かれる。それは『待望派』『探求派』『逃亡派』である。

 待望派はメシアが出現するまでただただ待ち続けるというもので、龍王国の基本姿勢でもある。メシアが現れるまで王国の体制を維持することを最大目標に掲げたいわば保守派だ。

 エルス族が支持している探求派は人間の中からメシアが現れるならば、どういう条件でメシアが顕現するのか探求するべきだとする過激な内容で、元々は人間の能力の成長を是とする穏当なものだった。

 しかしその思想は倫理的に超えてはならない一線を超え、人体実験や種族の淘汰を許し、ゲンマの怒りを買うことになった。

 その後結ばれた基本憲章により、人間たちに最低限の人権が認められエルス人の市民的感性の基礎が築かれる。

 もっとも探求派の勢いは削がれる事がなく、今度は新たな能力者の血の取り込みの為に召喚儀式の回数が増え、後にシステムがガチギレする案件に繋がるのだが、これによって様々な時代の文化や技術、知識が流入することになり、エルスの市民生活は大いに潤うことになる。限定的とはいえ議会制を取り入れているのもその影響だろう。

 最後の逃亡派はクオート族が支持しているモノで、メガロクオートが物流以外のほとんどを鎖国している為に詳細は分からない。その要旨は現れるかどうか分からないメシアを待つより移住先を探してこの星から脱出する準備をするべきじゃね?という割とリアリズムな内容らしい。メガロクオートが星の民と呼ばれる種族との連携を保っているのを考えると全くの夢物語でも無いように思えるが、ゲンマに言わせると実現性ではどっちもどっちらしい。



「ヤッホー。久しぶりだねー!」

 転移門ターミナルで待ち構えていたのは知っている顔だった。

「エルス共和国によーこそ!」

 中立地帯で大暴れしていたエルス族のレンジャー、コミットだった。相変わらずテンションたけーな。

「よろしくお願いします」

 俺とテルさんは四十五度の礼をした。

「堅いなー。タメ口でいいよー」

「じゃあ、軽く都市観光でもしたいな、名所とか案内してくれる?」

「ここは港町なので魚料理が名物らしいですね」

 俺たちがそういうと彼女は笑顔のまま硬直した。



「ゲンマ様から注意は受けてましたが……ここまで危機感がないとは」

 コミットに半ば引きずられるように待機していた馬車に押し込まれ、サメイション商会に連行された俺たちは豪邸の応接間でローラ嬢に説教された。

「……少し大げさなのでは……?」

「今、エルス共和国は上院議会の開催前で大変緊張が高まってます」

 テルさんの弱い抵抗を頭痛を堪えるような表情でバッサリ断ち切った。

「龍王国民にとってガーラ様の予見は天命にも等しいというのは分かりますが、それでも今は慎重に動いてもらわねば困ります」

「はい……でも奴隷市場の開催って明日ですよね?」

「ええ、ですので今日一日はここで待機していただきます。平時でしたら観光案内でもなんでもするのですが、噂では今回の議会でエルダーエルスの誰かに何らかの責任が問われるのではないかと囁かれてます。何が起きてもおかしくない現状、慎重に慎重を重ねて間違いはないでしょう」

「……はい」

 正直納得はしてないが逆らっても良いことなさそうなので肯定しておいた。

「本当に分かってますの?あなたお一人の問題ではないのですよ?」

 このお嬢様怖い……薄々気づいてたけど相手がゲンマ以外だと結構人当たりキツイな。

「まぁまぁ、ローラお嬢様。あんまり言い過ぎても逆効果だよ。僕がしっかり見張ってるから、大丈夫」

 コミットがやんわり助け舟を出してくれた。

「はぁー……ゲンマ様の心労を慮ればこれでも足りないくらいですのよ……と・も・か・く、今日一日だけでも、この屋敷内に大人しく留まって、お寛ぎしていただきたいですわ」

 ゲンマ、俺のことどう説明したんだよ……絶対小学生並みに落ち着きがない奴だと思われてそうだ。でも少しは市井を見て回れそうだと思ったのだが……残念だ。

「私の話、聞いてますの?」

「は、はい!聞いてます」

 令嬢は深いため息をついた。



 二人の案内で商会を見学することになった。

 サメイション商会はエモートでも一二を争う規模の組織で、ここは本店だけあって広めの工房と店舗を兼ね備えていた。

 店舗ではヨネコさんが販売員としてイキイキと接客していた。

「単発で森の採取ですか?それでしたらこの新作ポーションのお試しセットがオススメですよ」

「彼女は営業熱心で会議での意見も前向きで大変助かってますの。ナスコさんも最近、錬金術のスキルを取って工房で商品開発の方で才覚を発揮してますわ」

 ヨネコさんが手際よくお客さんを捌く一方、お嬢様はマネージャーらしき人の差し出したボードに書かれたレポートを見て指示を出している。

「低級ポーションが思ったより伸びてないわね。中級、高級の売り上げの伸びを考えるとこっちを優先して増産しておかないと週末までもたないわ」

「かしこまりました」

 やり手だなー。ゲンマに目を掛けられるだけの商才はあるようだ。

「ちゃんと、ゲンマ様に報告してくださいね?ありのまま!」

「アッ、ハイ」

 その後、店舗内に併設してある小さなカフェで休憩がてらここまでの事を少し記述していた。コミットとテルさんは重厚感があるパウンドケーキをもぐもぐ食べている。

「あ、こっちに来てたんですか?神無月さん」

 見るとヨネコさんナスコさんが昼食を持って近寄ってきた。

「近々、龍王国の王都に支店を出す計画があるので、その時はこの二人を派遣しようと考えてますの」

「へぇ……王都には拠点を確保したんでもしかしたらお世話になるかも」

「あら、ゲンマ様も顔を出されますの?」

 顔を出す通り越して住む勢いで居着いているがな。自分の城の方が広いのに『このくらいの広さの方が落ち着く』とか宣って……まぁ、家賃等を負担してくれてるから文句は言えないけど。

「あの……お願いがあるのですが……」

 ヨネコさんの隣でナスコさんはモジモジしながら言った。

「はい、なんでしょうか?」

「その……ノート、余裕があるのなら分けて欲しい……」

 あー、これね。分けてあげるのは良いけど……ローラお嬢様もオルトみたいにシリアルコードをピッってやったらお取り寄せできるんじゃないかな?

 俺はノートを一冊インベントリから取り出して彼女に見せてみる。

「これですか?……【スキャン】、ふむふむ、原価100Cですか……じゃあ、売値200Cといったところかしら」

 とりあえず十掛けなんだな。この世界、厳しい。

「ええぇー、もう少し手心加えてくれませんか?たくさん買いますから!」

「うーん……従業員価格という事で150Cかしらね。スキル獲得に頑張ったご褒美も兼ねて」

「ううう、残業頑張らなくちゃ……」

 まぁ、頑張れ。何に使うのかわからんが。



 翌日、俺たちは奴隷市場に訪れた。

 エルスに来る前に、行ったことがあるという森川にどんな雰囲気か聞いてみた所、『居心地がいい場所ではないですね』とだけ言った。

 基本憲章によって最低限の人権が保障されたにも関わらず、人が人を売り、人が人を買うという行為をやめさせることは出来なかったようだ。

 もっとも現代の地球においても人身売買は根絶出来ていない。それに一般の派遣社員も見方によっては時間単位の人身売買と言えなくはないだろう。求職の躓きによる生活苦に辛酸を舐めた森川に思う所があるのは当然だ。


「かつてここにエルス族の実験の“失敗作”が数多く出品されたそうです……あの温厚なゲンマ様が激怒する程の……」

 テルさんは伏せ目がちに呟いた。

「……おいたわしい……エルスの恥の歴史ですわ」

「その時、この街にあった旧支配者の遺物が殆ど焼失したらしいね」

 コミットは二人とは対照的に実際に見てみたかったなーと言いたげな軽い口調で言った。

 俺は辺りを見渡した。

 基本憲章が根付いているおかげなのか、想像していた悲惨さはなく、辺りに漂っているビジネスライクでドライな空気が逆に不気味であった。

「ここにいる奴隷はみな自分の意思で来た者たちです……表向きは、ですが」


 市場の中央に行くにつれて客層の裕福度は目に見えて上がっていった。

 この辺りで見かけない服装の人間もチラホラ見かける。

「人間領域の王族の使いでしょうね。人身売買を禁止している龍王国の方は元より少数ですし、エルス国内でもゲンマ様を恐れず大きな取引ができる者はそうおりませんので、彼らは奴隷商人のいい上客でしょう」

 ローラの言葉を聞き流しながら歩いていて、何をしにここに来たのか薄っすら忘れかけていた時、俺は目に入ったモノから目が離せなくなった。

「どうされましたか?先生……?」

 俺の視線の先にあったのは黄金の大きな鳥籠で、その周囲に人だかりが出来ていた。

 その籠の中にいたのは薄絹の衣に身を包んだエルス族の中性的な子供で、歳の頃十二、三歳くらいだろうか。その子は籠の中で膝を抱えてつまらなそうな表情でボンヤリしていた。細い腰からは長い尻尾が伸びていてゆらゆらと揺れていた。

「あの子がどうしたの?知り合い?」

 俺は、その子を知らない。だが、立ち止まったまま目が離せなくなった。

「取扱商人に話を伺ってきましょうか?」

 何か言おうとした時、檻の中の子は俺の視線に気がついたのか、ゆっくりとこちらを見た。


 世界に魔法がかかったかのように全てがスローモーションで動いた。


 俺を見るその子の目は見開いて、か細い両手は檻を掴んだ。

 口元が震えながら開き、そこから身を切るような叫びが、獣じみた咆哮が発せられた。

 周囲の人だかりは異常を察知して蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 その子は激しく檻を揺さぶり、その小さな身体からは想像もつかない力で棒を捻じ曲げ外に這い出てきた。

 必死の形相でこちらに駆け寄ってくる様を見て、俺は咄嗟に恐怖を感じ後ずさりしたかったが、身体はそれに反してその子に近づき、手を差し伸べた。

 その子は俺の手を泣きながら掴もうとするが、その行為は割って入った衝撃に阻まれた。


「檻の中でじっとしていることも出来ねぇのか、この出来損ないが」

 檻の子はエルス族の鞭使いの男の容赦ない一撃に弾き飛ばされ地面にうずくまり苦痛に耐えていた。

「旦那様が甘やかしているのを良い事につけ上がりやがって……今日という今日はもう許さねぇ」

 俺は男が第二撃を放とうとするのを見て反射的に庇おうと檻の子に駆け寄った。

「どけやぁあああ!!」

 躊躇せず攻撃を放ったのを見て、俺は衝撃に備えたが、その一撃は間に入ったコミットの蹴りで弾き飛ばされた。

「おじさん、ちょっとイラつきすぎじゃない?お客さんに手を出すのはマズイでしょ?」

「お調子者は引っ込んでろ。買うつもりが無いのに商品に触るんじゃねぇよ」

「暴力はいけませんよ?暴力は?」

 粋がっていた男は微笑みながら間に入ったテルさんにたじろいだ。

「ガルム……!」

 俺はその隙に檻の子を抱き上げ、打たれた箇所を見た。白い肌が真っ赤に腫れ上がっているのを見て、俺はポーションを取り出し振りかけた。

「大丈夫か?」

 苦痛が去っていったのかホッとしたその子は俺の顔を見て涙を流しながらしがみついてきた。

「ああ……若様……お待ちしておりました……」

 そういうと、安心したのか俺の腕の中で気を失い、寝息を立て出した。

 その子の体温を直に感じながら、俺は思った。

 俺は、神無月了は、この子を知らない。でも俺の身体は確実にこの子を知っている――この子はエンダー・ル・フィンを知る者に違いない。


「騒ぎを大きくするんじゃない、ゲット」

 檻の脇の天幕から皺くちゃで太ったエルス族の男がゆっくり歩いてきた。

「旦那様!こいつらが勝手に!」

「だいたい、なんでお前が勝手に商品を値踏みしてるんだ。いつからそんなに偉くなった?ああ?」

「……」

「お見苦しいところをお見せしました」

 男を睨みつけた奴隷商はこちらに向き直り深々と礼をした。

「積るお話もあるでしょう、奥の方へどうぞ」



 俺たちは奴隷商の天幕に招かれた。

 中には簡易だが質のいい応接セットが有り、香りの良い茶でもてなされた。

「私はレイド。ここで長い事、奴隷商いをやっている者です。お待ちしておりました。エンダー・ル・フィン様」

 俺が軽く驚いた顔を見せた所、レイドは笑った。

「情報はこの業界では命綱。ましてや自分が手がけた中で一番の品物に関する事ですから」

「俺を知っているのか?」

「……どうやら記憶を失ったという話は本当のようですね……私は直接の面識はございません。私が取引したのは貴方の亡き父上エンバーク王でございます」

 レイドは飲み物を口にして遠くを見つめた。

「私は昔、人間領域で生きるか死ぬかという状況に追い込まれたことがありまして、その時エンバーク王のおかげで救われた事がありました。私は王にお礼を献上したいと申しました所『いつか最高のモノを手に入れたなら、それが欲しい』とだけおっしゃいました。私は王の男気に感心したものです。しばらく経った頃、上院議長のアブストラクト様から、御方自らの手で創造したハーフエルスであるモジュロー様を引き取ることになりました」

「人体実験は基本憲章以来、禁止になったんじゃないのか?」

「モジュロー様はエルスと神獣のハイブリッドでございます。人の血は入っておりません」

 そんな抜け道ありなのか?……あるのか。しかし、エルス族は何がやりたいんだ。迷走してるのか?

「エルダーエルス様のお考えは私にはわかりかねます……御方は“失敗作”と仰ってましたが……間違いなく私が手に入れた商品の中では“最高”でございました。モジュロー様をエンバーク王に引き合わせた所、たいそうお気に召して、生まれたばかりの貴方の家庭教師として手厚く迎えたそうです」

 ってことは俺より年上なのか……?どう見ても子供なんだが……。エルス族は若作りだから見た目だけじゃわからん。

「モジュロー様はエルダーエルス自ら鍛えた大魔導師であり、また、神獣として高い身体能力も有した生命体としては、まさに最高峰とも言える存在です」

「なんでその“最高”が奴隷なんかになっているんだ?」

「エルダーエルス様の理想が高すぎるのでしょう。恐らくはメシア論に関わる事象ではないかと愚考しておりますが」

 まぁ、これでエンダー君側の事情はこの子から聞けば分かるだろう……問題は支払いなんだが……手持ちで足りるのだろうか。

「お代は結構ですよ。このままお引き取りください」

 え?!タダより怖いものはないんだが……。

「タダではないですよ。元々私の命と引き換えに差し上げたものですから。これは一時的に預かっただけに過ぎません」

 うーん。これから幾ら金が必要かわからないからなぁ。お言葉に甘えておくか。

「どうしても気が済まないのなら……貴方が一国一城の主に返り咲いた時に預かり賃を頂くとしましょう」

 そんな時が来るのかな……正直明日の事もよく分からないのに。



 モジュローを奴隷商から引き取り、サメイション商会に戻った俺たちは一息ついた。

「無事、予見を達成出来て一安心ですわね……それにしても、レイドさんといえば老舗の奴隷商として闇社会からも恐れられている方ですが、あのような男の浪漫を秘めていたとは意外でしたわね」

 その情報早く欲しかったな……怖い人だったのかよ。


 モジュローが目が覚めて、俺はローラに部屋を用意してもらい、テルさんに頼んで閉鎖空間を設定してもらった。

「これはどういう事ですか?なぜムーサと行動を共にしているのですか?若様」

「これから俺が話す事を、落ち着いて聞いて欲しい。良いかい?」

 モジュローは不安げに頷いた。



 俺はこれまでにあった事をざっくり説明した。

「そんな……若様が……そんな遠くに……一人で」

「エンダー君は現在システムが保護しているから安心して欲しい……それより、俺は今、ディレイという人物に命を狙われているんだが、これをなんとかしたい。だから君にも協力して欲しいんだ」

「……分かりました。システムが復旧したら若様が戻ってくる可能性もあるのなら……いえ、元はと言えば私が若様を守り切れなかった事が原因でカンナヅキ殿に迷惑をお掛けしているのですから……私に出来る事ならご協力します」

「じゃ、早速だけど……」

 俺は聞きたかった事をなんとか頭の中でまとめた。

 ・エンダー君ってどんな人か?良い人?悪い人?どっち?

 ・フィン王国で何があったのか?

 ・王位継承する気がないのになんでクエスト達成したか?

 ・このマギアの証はなんなのか?

 ・なんで魔剣なんて持ってるのか?どうやって手に入れたのか?

 ・ディレイとは和解できる可能性はあるのか?


「若様は悪人なんかじゃありません!悪人ではありませんが……書庫や工房で創作や思索に耽るのが好きで荒事を好まない物静かな方でした……人間領域の王族には向いてなかったかもしれません」

 想像するに悪人ではないが善人でもなさそうだな……こっちに非がある感じではないのはまだ良いか。

 それよりフィン王国で何があったのか知りたい。

「それについて語ると、長くなりますよ?重臣の裏切りで私の魔法が封じられ、窮地に追いやられたのです」

 これからの戦略を立てるに当たってもう少し細かい話を聞きたいが……龍王国に戻ってからで良いか。

 じゃあ、野心がないのに王位継承権持ってるのはなんでだ?

「クエストとマギアの証と魔剣に関しては同じ話といえます。正妃のドレインは王の寵愛を受けていた母君のサラ様とその子である若様を心底憎んでおりました。日頃からなんとか謀殺しようと企んでおりましたが、その度に私が阻止しておりました。彼女は合法的に若様を亡き者にするために巫女達を買収し偽りの占いで若様を“叡智の迷宮”のクエストに向かわせたのです」

 そこまで危険なクエストだったのか……まぁ、簡単にクリアできたら逆に困るよな。

「叡智の迷宮のクエストは単独で挑まねばならない過酷な迷宮で一度入ったら二度と出られないと言われております。サラ様は若様を守る為に魔剣ソウルモンガーに自らの命と魂を込めて譲ったのです」

 この剣、そんな重いエピソードが絡んでたのか……普通じゃないとは思ってたが。

「若様は一ヶ月かけて迷宮を制覇しクエストを達成しました。そして戻ってきた若様にはマギアの証が刻まれていたのです。それをどのようにして得たのかに関しては口を閉ざして私も含めて誰にも語りませんでした」

 多分お館様にお会いしたんだろうな……ということはゲンマにこの情報を伝えれば良いということか。一応叡智の迷宮の場所を聞いておこうか。

「行ったとしても扉が開かれるとは限りませんよ。叡智を司る上位存在は人を選ぶと聞きますし」

 俺はもう行ったから良いんだよ……行ったのはエンダー君だけど……良いんだよな?

 それと、和解の道か。戦わない選択肢ってのはあり得るのか?

「それは無理でしょうね……エンバーク王は一縷の望みを掛けておられましたが……こうなってしまったら、もはや誅殺以外の道はないでしょう」

「もしディレイが正式に王位を継承していたらどうなってた?」

「どうもこうもありません。即位した瞬間に後顧の憂いを断つ名目で若様も兄上も自死を賜われたでしょう。それ故に王もディレイを指名出来なかったのです」

 なるほど。ディレイと戦う以外の道はなさそうだ。

 俺が大陸以外に逃げ出したとしてもプリムム村は恐らくタダじゃ済まないだろう。

 今はとにかく龍王国に戻るのが先決だな。

「それにしても、本当に龍族の力を借りるのですか?代償が高くつきそうで不安なのですが……」

「その気持ちは分かるけど、他にいい代案があるのか?」

「……」

 まぁ、ないよな。ちょっとは期待したんだが。

「不甲斐ないシモベで申し訳ありません……」

 あ、いや。こっちこそ……そうだ!大事なこと聞くの忘れてた!

「なんですか?」

「君は男なのか?女なのか?」

「……それが大事なことですか」

 モジュローは何故か呆れ気味に溜息をついた。

 ……男だった。

 男の娘かよ……。いや、ヒラヒラした服装ではあるが別に女装しているわけじゃないから只のショタか。

「なんですか?オトコノコとは?……いや、説明はいいです。なんだか物凄くロクでもない話の予感がします」

 うん、知らない方がいいよ。世の中知らない方がいいことは沢山あるからな。

「それと、私はこんな見た目ですが、子供では無いですからね!そこは間違えないでくださいよ、カンナヅキ殿」

「はいはい」

「今の絶対右から左に聞き流しましたね?」

 俺は無言でモジュローの頭を撫でた。

「むっ……若様の体でなければ、捻り潰すのに……!」

 物騒なこと言うなー、このお子様。後でオヤツあげるから機嫌直せよ。

「だから……!」

 いらないのか?甘いものは好きじゃなかったか?

「……くっ」

 ああ、好きなのか。良かった。


「ともかく用が済んだら長居は無用だ、さっさと龍王国に帰るぞ」

 俺は指を鳴らした。

 モジュローは深く息を吐いた。

「仕方がありませんね……龍族に貸しを作るのは抵抗がありますが、現状やむを得ないでしょう」

「向こうの都合でもあるから必要以上に引け目を感じることもないがな」

「はぁ……その図太さの半分でも若様にあったら……」

 俺は正論言ったつもりなんだが、何で呆れてるんだろ?まぁ良いか。


 テルさんに頼んで閉鎖空間を解除してもらい、俺たちは部屋から出ようとした。

 すると、テルさんが突然蹲ってそのまま固まってしまった。

「テルさん?!」

「……なんて事を……こんな冒涜を……許さない……!」

 テルさんの顔から笑顔が消え、見開いた目から光が消えていた。

 ドアの外側から焦ったように連打するノックの音がしたので、返事をするとローラ嬢が飛び込んできた。

「大変です!転移門ターミナルが封鎖されましたわ!」

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