■a003――オルトの視点――流転する世界

 父は冒険者だった。


 ダンジョンのレアドロップ素材のためにわざわざ定期的にこの村に来る、変わり者の一人だった。

 当時、道具屋の看板娘だった母は村にいないタイプの青年と惹かれあい、彼は頻繁に道具屋に訪れた。二人は結ばれることを願ったが、祖父は孤児出身の流れ者が身内になる事を良しとしなかった。

 やがて、母は身ごもり僕が産まれた。

 祖父は僕を母胎院から引き取る事に難色を示したが、母は子供を手放すくらいなら家を出ると脅した結果、僕はこの家の一員となった。

 最初は認知はするが後継とは認めないと言っていた祖父も、孫という存在と実際暮らすうちにその態度は軟化していった。

 近隣でも有名な業突く張りにも絆される情があったのかと村人に大層驚かれたらしい。

 僕が普通の子供より利発であることが明らかになると、祖父は掌を返し父と母の仲を認めるようになったが、父は仕事が忙しくなり疎遠になっていた。その頃僕はよく弟が欲しいと言ってみんなを困らせていたが。

 それでも父は、母が生きている間は定期的に村に訪れていた。贈り物と土産話を持って。

 あの頃は父が冒険者として、ソロで洞窟の奥にあるダンジョンを発見した話や、仲間と共に悪の秘密結社の野望を阻止した話に胸を躍らせたものだ。もっとも今思い返してもどこまで本当の話なのか分からないが……。


 しかし、母が亡くなってから、父はあまり村に訪れなくなった。


 僕は物心が付いていたし、こうなる事は薄々分かってはいたが、それでも寂しい気持ちは振り切れなかった。


 失意の僕を支えてくれたのはシステムだった。

 母を亡くした心の穴を埋めるようにシステムの教材を購入し必死で学んだ。多少の罪悪感のあった祖父もこれを後押ししてくれたおかげで、僕は成人になる前に道具屋のほとんどの業務をこなせるようになった。


 父は祖父が亡くなっても道具屋に訪れる事はなかったが、それでも、時折、僕の前に現れた。

 ダンジョンの奥で、森で、夕暮れの街角で、僕と父はわずかな時間、邂逅した。

 父に思う事は色々あるが、それでも、僕の父に対する尊敬の念は消える事はなかった。

 最後に会った時の言葉は今も忘れない。

 ある夜、ふと目がさめると、月明かりに照らされ、寝室の窓際に佇んでいた父がいた。

 父といつもより長く話をした後、多分もう会えないだろうといい、これだけは忘れないように、と僕に言い残した。


『友達を大事にしなさい』


 その言葉は孤独な少年であった僕の心に楔となって残ることになった。



 システムの教材をいくつこなしても友達の作り方は分からなかった。

 ライブラリの大人向け文書で、人付き合いに関する物はあったが、そのほとんどは、付き合いたい対象がいることが前提で、その対象を探すアドバイスは人と会う機会を増やして数をこなせ以上の事は書いてなかった。

 それまで生きていて、自分以上に頭がいい人間は父以外にあった事はなかった。

 宿屋のジョイスは元英雄として、村の自警団長として、尊敬はしているが心から打ち解けているわけじゃない。

 その娘のサリシスは小さい頃からの幼馴染で妹のように好ましく感じているが、自分と同等の存在というより守らねばならない弱い対象であり、少し愚鈍であるとすら思っていた。

 王都に行けば違うのかと思っていたが、実際行ってみても、上級官僚でもシステムへの理解も浅く、足の引っ張り合いと限られた椅子の奪い合いに人生を浪費する空っぽの肩書き人形ばかりだった。あんなのになるくらいなら、父のような冒険者になった方がマシだ、と心底思った。


 友達になりたいと思える人にはどこで出会えるのか。


 そんな疑問を胸に抱えたまま日々の生活を過ごすうちに、気がつくと僕は外面の良さで内面の軽蔑を隠す嫌な人間になっていた。


 そんな世界が一人の存在であっさり変わる。


 ――カンナヅキ。馴染みのない音の羅列の名前の長い黒髪の青年。

 生まれて初めて、友達になりたいと思った人物。

 どうしたら友達が出来るのか悩んでいた時があまりにも長かったせいか、気がつくと十年来の親友が出来ていたのは、知らぬ間に上位存在の魔術に掛けられたとしか思えない、まさに奇跡だった。


 彼はその存在自体が不思議だった。

 人間領域から来たらしいのに、僕も知らない新商品を持っていたり。

 白い紙を閉じた小さいノートに複雑な文字で何かをしたためていて、何を書いているのか聞いたら『日記だ』と答えたり。

 数学の難問を難なく解く一方で、システムやエンチャントの事は何も知らなかったり。

 村の女の子が何人も夢中なってるよと言うと『困るなぁ』と言うので、意中の娘がいるのか聞いたら、渋々モモという名のピンク色の髪の女の子の話をしていたり。

 ……こんな感じでまるで現実感がないのに、宿屋や道具屋の手伝いはテキパキしてくれていて、本当に不思議な男だった。

 でも、意気投合して何時間でも話が出来る友達が出来て、初めて父の言うことが理解できた。

 これは命を懸けてでも大事にしないといけないと深く心に誓った。


 しかし……。


 このまま穏やかな日々が続けば良かったのに……それを打ち破る存在が二つも現れた。

 それは人間領域からの謎の襲撃者と友人龍ゲンマ様。

 ジョイスの古い友人で、赤龍ガーラ様の弟君。

 この方がいなければ、人間はとっくに滅んでいたと幼い頃から言い聞かされていた。

 以前、ジョイスは『悪い奴ではないが善悪の基準が人間とは少し違う』といい、それ以上は何も語らなかった。

 実際に見るゲンマ様は、よくわからない存在だった。

 ジョイスの危機に駆けつける義に厚さとカンナヅキに対する獲物を見つけた猛禽類のような目つきが、どうにも噛み合わず矛盾を感じてしまう。

 彼が村の危機に託けて友に何かしようとする意図は読み取れるのに、何もできない無力な自分がとことん嫌になる。


 僕が村を離れられないなら、彼を何処にも行かせたくなかった。

 友の村を思う気持ちの強さを嬉しく思う反面、引き止める術も力もない自分はただただ待っているだけしか出来ない不甲斐なさで内側から破裂しそうになる。

 彼からの通知だけが僕を人の形に辛うじて留めてくれる。

 その通知は旅先で見た珍しいモノの数々の驚きを共有し、ゲンマ様の強引さに辟易し、異邦人ならではの社会批評の切り口に感心したりと、色の無い長い冬にささやかな彩りを加えてくれた。


 運命は残酷にもそんなささやかな細い希望の糸を断ち切った。

 王都にいるカンナヅキから、ガーラ様の予見でエルス共和国に旅立つ事になったとの通知が来た。

 文面から未知の世界に旅立つ前の好奇心と不安が入り混じった複雑な心境が見て取れたが、僕はもうバラバラになりそうになった。


 眠れない深夜に、システムに、存在するか怪しい上位存在に、何処かで彷徨っているかもしれない父に、彼の無事を……加護を祈った。


 ……強くなりたい。大事な人を支配種族から守れるくらいの力が欲しい。


 今まで生きていて、これほど切実に強さを渇望した事はなかった。



 次の夜から、僕はジョイスの元に訪れ、夜を通して飲み明かした。

 ジョイスも僕と同じような状態だった。

「カンナヅキ……チクショウ。俺は認めないぞ……!」

 ジョイスはまだ二人の仲を認められないようだ。

「……そこまで頑なだと逆にサリシスは悲しむんじゃないかな……」

「うるせー。あの子の優しさに漬け込むような奴は絶対許さないからな」

 昔から娘の事となると、普段の常識人としての顔をかなぐり捨てて、狭量な父親に変貌するが最近は特にひどい。

 しかし、僕の心配が深刻な段階に来ていると察すると次第に宥める側に回っていった。

「何か起きると決まったわけじゃないだろ。エルス自体はシステム管轄の列強諸国だから、普通に旅行しても危険じゃないぞ」

「でもカンナヅキだよ?もしエルスの奴隷商人にでも目をつけられたら……」

「あのシステムの御使が一緒なんだから……むしろエルスの街の方を心配した方がいいんじゃないか?」

「カンナヅキが無事ならエルスなんてどうなってもいいよ……」

「お前も相当だな……」

「……ジョイスには言われたくない」

 酒の勢いで心の膿を吐き出すと少し気持ちが軽くなった。

 今、ここで心配してもどうにもならない、当たり前の事程飲み込むのは難儀する。

 朝日が昇る頃、カウンターに突っ伏して、そろそろ、滞った雑務を片付けないとな、とぼんやり考えていた、その時。


 ピロリロリローン♪ピロリンピロリン♪


 宿屋のホールに聞きなれないメロディが鳴り響いた。

「何?このチャイム?」

「……転移門から誰か来たらしい」

「来たって、誰が?」

 三十年前に閉鎖されたはずのこの村の転移門。それが突然動いて瀕死のカンナヅキをここに運んできた。

「わからん」

 そう言うとジョイスは武器を手に持って扉に駆け寄った。

 僕は慌ててその後を追った。



 転移門へと続く小道を走っていると、複数の人の気配が近づいてくるのを感じた。

 長い間打ち捨てられて所々茂みに埋もれて獣道となっている道の雑草を掻き分けやってきたのは四人の……まだ子供といってもいい年齢の少年少女だった。

 小声で話しをしながら歩いて来た彼らは僕たちがいる事に気付き一瞬ビクッとしてそのまま、お互い固まってしまった。

 辺りに小鳥の囀りだけが響く中、金髪の少年が前に躍り出てきた。

「ねぇ、ねぇ。オレが言ってもいい?言ってもいい?」

 そう言うと少年はこちらを指差して言った。

「第一村人発見!」

 よく分からない少年の言動に呆気を取られていると、少年より年長の少女がツカツカと歩み寄って少年にゲンコツを食らわせた。

「この、おバカ!」

「痛い!ひでーよ!ねーちゃん!」

 黄緑がかった金髪の美少女は少年の姉らしい。

「現地での交渉事はデンに任せるってみんなで話し合った筈よ。後ろに下がりなさい」

 そう言うと少女はこちらに向かって頭を下げて、少年を引きずって下がった。

「あの……すみません、この近くに村か町はありますか?」

 二人と入れ違いで前に出てきたのは思慮深そうな銀髪の年長の少年でその理知的な灰色の目は黒縁のメガネの奥で輝いていた。

「ああ、ここはプリムム村だ。君たちは……どこから転移してきたんだ?」

 ジョイスがこう言うと、彼は少しホッとした様子だった。

「私たちは、地球という所から来ました。実は、人を探しに来たのですが……」

 銀髪の少年が落ち着いた声で話す途中で後ろから少女が割り込んできた。

「神無月です!神無月了って人をご存知ありませんか!?」

 ピンク色の髪の黒い瞳の美少女は大きく両手を振って必死にアピールしていた。

 僕とジョイスは驚いて顔を見合わせた。

「ご存知なんですか!?」

 彼女は見開いた目を輝かせて、こちらに詰め寄った。

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