■015――予見と旅立ち
王都レギアキャピタル。
大陸最大の都市は正に威風堂々という言葉がピッタリな外観だった。
特に目を引くのは都市の中央に鎮座している、天にも届く豪華な主殿を中心に白い四つの塔が寄り添った宮殿ドラコパラチウムだろう。
サグラダファミリアを彷彿とさせる、白蟻の蟻塚にも似たシルエットは白いドレスを着た貴婦人のカーテシーのような優美な巨大建築物だ。
王族で有る龍王ガーラとゲンマの住処であり、政務のほとんどがそこで行われているという。
大陸中から集められた財宝、アイテム、英雄が眠る宝物庫は伝説となって吟遊詩人の歌の中で讃えられている。
世界でも有数の観光地なのか都市が一望できる展望レストランは多くの観光客で賑わっていた。
「さっき連絡が来たけど姉さんは明日の予定は空いてるみたいだから、今日はこのまま観光しようか」
ゲンマは明らかに相場より高いレストランの食事のミートボールを摘みながら提案した。
「なんか緊張するな……粗相したらどうしよう……」
俺は今更ながら不安になってきた。
「別に普段通りで大丈夫だよ……というか、ボクとの扱いに差がない?気のせいかなぁ?」
まぁ、気のせいではないが……というかお前、思い出したが初見いきなりふざけてただろうに。自業自得だ。
□
そう言えば、記念トーナメントの決勝戦の公益文書の収益が結構な額になってたっけ。ここに手頃な拠点を構えてもいいかもな。情報収集とか本格的に始めたいし。
「別に、宮殿の空いてる部屋を使ってもいいよ?一応ボクんちだし」
ゲンマが例によって親切な提案してくれるけど……過剰なんだよな。
「いや、流石に落ち着かないって……常識的に考えて。そもそも出入りが大変だろ」
「ふーん。じゃあ、街中の空いてるテナントでも使う?せっかくだからボクも入りびたりたいし」
ストレートに言うなこいつ。遊びじゃないんだぞ。
「えー、遊びでしょ?どうせ、ご飯作って食べて、夜通しショウセツ書いたり、EDK組んだり、よくわからない議論してダラダラ過ごすんでしょ?」
間違ってない。間違ってはいないが、決して遊びではないのだ。
「まぁ、そう言うことにしておくよ」
ゲンマは悟ったような顔で鷹揚に頷く。まじムカつくなこいつ。
「ゲンマさんには“教育”が必要ですね……それはさておき何を調査するんですか?お手伝いさせていただきたいのですが……」
森川が不穏当な発言をしたような気がするがそれはさておいて、やる気があるようで助かる。
「うん、勿論、協力してもらおうと思ってたんだ。とにかく、この世界の基本的な知識……法律・慣習とかな。あとは、伝説・伝承の類と各地のダンジョンの情報。それとメシア論かな……どうもそれを元に列強諸国の社会が形成されてるようだし……ついでにできれば、だけど人間領域の情報も欲しいかな」
「わかりました。全力で取り組みます」
「私もお手伝いしますよ?特に法関係でしたら直ぐに取り掛かれます」
「ダンジョンの情報なら治療院でも集められるよ?」
みんな、前向きで助かるな。一人でやるより濃い情報が集まりそうだ。
「王都だとそういう情報が集めやすいだろうし、ここにいる間はできる限り調査に時間を割きたい。みんなで手分けしてやろう」
俺は指を鳴らした。
「へぇー、真面目な事も一応は考えているんだね。じゃあ、良さげな物件をいくつか見て回ろうか?」
なんか一言多かった気がするが、ゲンマの好意はありがたく頂戴した。
いくつか物件を見て回って、候補を絞ると、王都の夜は深まっていた。
その日はゲンマの居城である、宮殿の四塔の一つに泊まった。
■
翌朝、俺たちは謁見の儀に臨んだ。
「友人龍ゲンマ様とその御一行様、おなーりー」
俺たちはゲンマを先頭として一列に並んで緊張しつつ謁見の間に入室した。
先ほど軽くリハーサルした通りに王座の前で横に一列に並んだ。
「旅人よ、慈悲深き守護者、龍王ガーラ様の威光に触れよ」
ガーラの隣にいる少女が言った……テルさんが着ているのに似たデザインの制服を着ていることから、この子がエラト・ムーサだろうか。
俺たちはゲンマに倣って跪いた。
「友人龍ゲンマ様、システムの御使テル・ムーサ、治療師にして英雄の娘サリシス、エルスの亡命者モリカワ、異界よりの旅人カンナヅキ……龍王ガーラ様に御目見えする栄誉に預かるが良い」
「私が龍王ガーラである。旅人達よ、大儀であった。面をあげよ」
俺たちは顔を上げ、ガーラの姿を見た。
彼女は金赤色の見事な巻き毛のゴージャスな美女で長い足を組んで王座に腰掛けていた。ゲンマと同じく額の上に一本の角があり、緑の大きな瞳は爛々と輝いている。滑らかな生肌の上に豪華なビスチェとピッタリした七部丈のスリムパンツにファー付きのマントをラフに羽織り王笏を右手で持つ姿はザ・女帝といった感じだ。
「苦難を超えて、長きに渡る旅を経て、このガーラを頼り、ここに邂逅したことを未だ現れぬメシアに感謝しようぞ。今後もメシア降臨の礎である人の子としてイデアの輝きから目を背けるでないぞ」
俺たちは再び一礼をした。
「……さて、と。堅苦しい挨拶はここまで。今日はもう予定もない故、別席にて寛ぐとしよう。今宵は無礼講だ」
彼女は立ち上がり、マントを翻して玉座から降りてきた。
□
「ゲンマ、それにしても驚いたぞ。いきなり政務を放り出して宮殿を飛び出したかと思ったら、一月以上も帰って来ぬとはな。おかげで参ったぞ。しかし無事で何よりだ」
「ごめん、姉さん……」
宮殿の見た目に相応しいロココ調の応接間に案内された俺たちは柔らかいソファに身深く腰掛け少し落ち着いた。
曲線を多用した調度品の上に置かれたニキシー管時計のような謎のアイテムから重低音の聞いたことのない交響曲が流れていた。
「まぁ、良い。それより、新しい友達は紹介してくれぬのか?」
ゲンマはガーラに俺たちを紹介した。
「其方がカンナヅキ殿で有るな。この度の騒動ご苦労であった。我らが手を貸せること、こちらから協力してほしいこと、色々あるので後ほど会議をしよう」
「わかりました。お心遣いに感謝します」
俺はとりあえず礼をした。何を話し合うんだろう……。
「そんなに緊張しなくていいよ。無礼講なんだから普通に話しても大丈夫だってばー」
ゲンマはそう言うけど、無礼講を真に受けるのは社会人失格だぞ。
ましてや、ここは異世界。唐突に不敬罪で斬首!とかあってもおかしくないからな。
「私はそこまで冷酷な王ではないのだがな……それに弟の大事な友人なのだから、多少の無礼には目を瞑るぞ……ともかく、実利の話に移ろう。礼儀なぞまどろっこしくて堪らぬわ……それと、テル・ムーサ。システムの女神を煩わせたことを深く謝罪すると共に貴女の派遣を決定したムネーモシュネの采配に感謝する」
「微力ながらお力になりましょう」
テルさんは含みを持たせた笑みで軽く礼をした。
俺はなんとなくテルさんとガーラの隣にいるエラトを交互に眺めた。
エラトは中学生くらいの少女で顔はテルさんにそっくり……と言うよりほとんど同じだが、どう見ても種族が違う。ボブカットの深緑の髪の上にコメカミから上部へ沿うように生えた長さが不揃いな非対称の二本の角、背中にはえたコウモリの羽とトカゲの尻尾を見ても擬人化したドラゴンにしか見えない。その手は常にオルゴールのような箱を両手に持っている。
テルさんは俺の視線に気づいた。
「どうされましたか?先生」
「……いや、エラトさんはテルさんの妹って聞いてたけど……」
俺の奥歯に何かが挟まったような物言いをゲンマが察してくれた。
「ああ、ウチのエラト・ムーサは古龍が父なんだよ。ムーサの父親はみんな種族が違うんだ」
「え?そうなの?」
「私たちムーサはお母様の数多くあるロマンスの思い出の結晶なんですよ」
テルさんは微笑んだ。
「お母様は恋愛を使命の次に尊いものとして捉えております」
エラトも誇らしげに言った。
……システムまさかの恋愛脳……お母様こと女神ムネーモシュネ様ってどういう存在なんだろうか。上位存在とは一体……。
「最初はねぇ、カンナヅキ君は手っ取り早くボクの眷属にすれば丁度いい駒になるかなーって思ってたんだ……まぁ、上手くいかなかったんだけど」
ゲンマは少し残念そうに言った。
いや、呑気な口調で物騒なこと言うな。つーか駒ってなんだよ。初耳だけど。
「カンナヅキ殿はこれからの身の振る舞いについて、考えておられるか?」
ガーラは炭酸入りの果実水を嗜みながら俺に尋ねた。
なんのことだ?ここところレベリングとチュートリアルで一杯一杯だったぞ。
「人間領域は今までほったらかしだったんだけど、こういう事態になった以上、そうも出来なくてね。今後を見据えて手を打つ必要になったんだ」
「だが、我々が直接統治するのは気が進まなくてな。人間領域自体は出来ればそのままの状態で残しておきたいのだ」
二人の迂遠な話をボンヤリ聞いていて……あ、なんか話が見えてきた。
「俺を旗頭に人間領域を裏から支配しようと?」
「大体そんな感じかな。支配まで行かなくてもある程度の舵取りと情報収集は可能な体制を作りたいけど、どう?」
「うーん……気が進まない……俺はそんな器はではないぞ」
「あれ?もうちょっと乗り気になるかと思ってたけど?」
なんでだよ。俺は小市民なんだぞ。プリムム村で地味に暮らしたいんだが……。
「そのプリムム村の為にも龍王国と人間領域の緩衝地帯は必要なのだ」
うーん政治的なロジックで攻められると正論すぎて反論できない。
「あとさぁ、カンナヅキ君、検閲が気に入らないんだよね?自分で国作っちゃえばその辺やりたい放題だよ?」
うっ……ゲンマが痛いところ突いてきた。でもそれはすごく魅力的だ……。
「先生!気をしっかり持ってください!この龍族は先生に面倒ごとを押し付けようとしてますよ!」
テルさんの声で、俺は正気に返った。危ない危ない、流されるところだった。
「チッ……」
ゲンマ、ガーラが小さく舌打ちをした。姉弟揃って油断できねーな。
エラトはため息をついた。
「ガーラ様、ゲンマ様、お恥ずかしい話、残念ですがテル姉さんの能力では王の補佐は無理です」
「……援護してくれるのは助かりますが、何故か……悲しいです」
テルさんは居心地悪そうにモジモジしている。
「今だって、心配ですよ?カンナヅキ様、姉さんはご迷惑おかけしてませんか?姉さんは戦闘力だけが取り柄の脳筋で実務処理は不得意ですから……」
今まで、能力に不満なんて別にないけどな……ムーサの基準が高すぎるんじゃないかな?大体テルさんの存在は俺の大事な癒し成分なんだから、いなくなったらものすごく困るぞ。
「癒し……王の補佐として、その代行以上の能力を示さなければならないムーサが癒し担当……嘆かわしい……」
エラトは厳しい顔で目を閉じ首を振った。
ムーサってどんだけ優秀なんだよ。テルさんって普通に社長秘書クラスの能力はあると思うんだけど。
「それでは、足りないのです!システムの御使として、お仕えした方を王に引き上げるくらいの能力が必要だというのに!日々の食事すら満足に作れず、主に作らせるとは!やれ、今日の煮込みハンバーグは美味しかったとか、デザートのプリンは絶品だったとか、そんな報告ばかりで!うらやまけしからんです!!」
いや、俺は特に王様になりたくないし、別にいいよ、このままで……というかプリン食べたいのか?後で作ろうか?
「ほう、それは楽しみであるのう。私もゲンマの報告で気になっていたのでな。」
みんな真面目に考えてるのか?でもプリンはうまいから仕方ないな。戦争の原因になってもおかしくない。
「おやつの話は後でいいよ。ところで、二人はどう思う?意見があったら今のうちに言っておけば?」
ゲンマはサリシスと森川に話を促した。
「難しい話はよくわからない……あたしはカンナヅキに付いて行くよ。あとプリンは固めがいいな」
サリシスはブレないな。頼もしい限りだ。
「先生のお好きなようになされば良いのでは……ただ国を作るというのは面白そうな申し出ですね。この地に先生のファンクラブを設立して国民に加入を義務づけるとか……」
どういう秘密結社なんだよ。いや、秘密ではないかこの場合。
「秘密結社というのも趣があっていいですね……悪の嗜みとして。フフフ、いつか設立したいですね」
なんだろうか、すごくガチの波動を感じる……ただの厨二病だよな?
「私は真面目な話をしてますが」
森川は真顔だ。なんかヤベー奴味方にした気がする……どうしよう。
「別に其方らだけに丸投げするつもりはないぞ。我々からも援助は惜しまないつもりだ。それにどうしても嫌だというのなら次世代に期待するのも悪くはない。時間はたっぷりある」
寿命が長い支配種族はこういう点が有利なんだな。
いや、それ以前に国作りって簡単にできるのか?敵はどんな奴らなんだ。
「人間領域の情報も多少は掴んであるぞ。彼の地でもっとも大国で歴史があるベース帝国とわが国とはパイプがあるのでな」
ああ、そういう繋がりあるんだ。そりゃそうだよね。
「其方、エンダー・ル・フィンはその帝国の三女に輿入する話もあったようだ」
え?!
「なんでも其方には婚姻の申し出が数多くあり、最終的に十件に絞られたとか……もっとも簒奪が行われた現状、戦局が明らかになるまで、全て白紙、其方の立場も宙に浮いたモノとなったと」
このまま俺の存在ごと忘れてくれないかなー。権謀術数の政治の世界なんて関わりたくない。
「そうもいくまい。死霊使いの王など周辺諸国では到底受け入れられぬ。フィン王国が滅ぶか、帝国も含めて全てを飲み込むか、現状そのどちらかでしかない」
しかし、なんでそこまで嫌われている死霊使い一族が正室になってるんだ?そこからもうわからない。
「三十年前の事だ。かの国では上位存在によって大地に死の呪いが掛けられ民は苦しんでいた。その事に思い悩んだ王エンバークは旅路の末、最果ての地に到達してその呪いを解ける一族に会い見えた。族長は呪いを解く代償として娘ドレインを正室として受け入れ、彼女が産んだ子を次期の王とすることを望んだ、王はこれを条件つきで受け入れた」
「条件?」
「その一族は死霊使いだった。その力を子に引き継がせない事を条件としたのだ」
「……へぇ」
「王は約束通りドレインを正室に受け入れたが、彼女は中々身籠もらなかった……そして側室が先に嫡子フェードを出産し、ドレインの子ディレイは数年後に誕生する」
だんだんきな臭くなってきたな。お家騒動の下地作りは十分だ。
「ディレイが誕生してから更に数年後に側室であり高名な魔術師サラが其方エンダーを出産する。王はこの母子を殊の外愛したそうだ」
「ふむ……」
自分の事なんだろうが、当然のように他人事にしか聞こえない……。
「フィン王国において、王位を継承する権利を得るには長子であるか特別なクエストを達成するかのどちらかが必要だ。そして三人の子の内、クエストをクリア出来たのはエンダーのみであったという……だがエンダーは王位継承を辞退した」
まぁ、内情がぐだぐだドロドロの国の王とかになっても面倒なだけだしな。
「王は悩んだ末に長子フェードを後継者に指名するがこの決定を不服としたドレインはディレイに死霊術を継承させて謀反を起こした……私が把握しているのはここまでだ」
ふーん。分かってはいたけど全然ピンと来ないな。文字通り他所の国の話だ。
「つまり、其方には簒奪者を打倒して王位を継承する資格が十分あるという訳だ」
「資格があるのはエンダーだ。俺じゃない」
「他人はそう受け止めないぞ。特に簒奪者達はな。其方が生きてる限り、その身に王家の血が流れている以上、彼らが不当に王位を蔑ろにしている略奪者であることには違いない。正当性というのは其方が考えているより遥かに重いものなのだ」
なんだこれ、システムの障害に巻き込まれて、エンダー君家のお家騒動に巻き込まれて、そんな俺の巻き込まれの二乗にプリムム村が巻き込まれて、酷いな、色々と。
「大変だとは思うけど、一つ一つ解決するしかないね。ボクらも出来る限り援助するからさ」
「今は軍備の準備を行なっている。春になったら帝国と連携して進軍する手はずとなっている」
「……結局、俺が神輿になるのは不可避なのかよ」
「他に落とし所がないんだよ。なんなら、実際の統治は帝国に委譲して丸投げしてもいいし……他に王位を継げそうな良さげな人材が見つかればいいんだけど……その辺は春以降の交渉次第だろうね」
今の話を聞いてもエンダー君がどういう人かよく分からないな……少なくとも野心家ではないという印象だ。
今、地球で何をしてるんだろうな。生活には馴染めたのだろうか?
現代技術の一つ一つにいちいち驚いてるのだろうか。
モテモテのイケメンから非モテの不愛想なおっさんになってガッカリしているだろうか?
やっぱりつぐみにチクチク嫌味を言われてるのだろうか?
モモちゃんは俺じゃない事にちゃんと気づくのだろうか?
……いや、他人の心配をしている場合ではないな。
俺自身の安寧な生活の為にはどれだけの策を練る必要があるのだろうか。
執筆する余裕すらない人生なんてまっぴらごめんだ。
何はともあれ情報が必要だ。
■
翌日、ガーラの予見を受ける事ができた。ここまで長かったな。
予見専用の部屋は狭い個室で足元に複雑な魔法陣が描かれている。
人払いした部屋に二人きりだ。
ガーラは両手を俺の頭に添え、目を閉じて念を込めた。
しばらくした後、彼女はその手を離した。
「……」
彼女は絶句しているようだ。何だなんだ?
「これを伝えなければならないのか……」
「悪い内容なのか?」
「そうではないが……まぁ、いい。どう受け止めるかは其方次第だ」
彼女は咳払いをして厳かに告げた。
「エルスの都市エモートの奴隷市場に行け。そこに其方を待っている者がいる」
□
予見の内容を皆に伝えると、一様に複雑な顔をした。
「カンナヅキ、エルスに行くつもりなの?」
「待ってるとまで言われたら行かない訳にはいかない……不安だけどね」
「ボクは付いていけないね。恐らくエルス側から護衛と称して監視が一個師団付いてくるよ」
ゲンマは思いの外あっさりとした物言いだ。いつもなら強引に付いてきそうなのになんか怪しい……。
「全員で行きますか、先生?」
テルさんの質問に俺は首を振った。
「それだけど……俺とテルさんだけで行こうと思う」
俺の発言にサリシスと森川は不満の声をあげた。
「あたしも一緒に行く!」
「お側にいなければ盾になる事ができません!」
「いや、ちょっと落ち着け……まず、森亭は亡命したばかりだし流石にまずいだろう。だから俺の代わりに王都で調査をして欲しい。これは大事な事なんだ。できれば俺自身が携わりたかったが……これからの作戦を立てる上でとても重要な事なんだ、だから頼む」
俺は頭を下げた。
「……そこまで言われましたら……拒否する事ができません。わかりました。お引き受けします」
サリシスの説得は骨が折れた。
今まではゲンマの影響力に守られていたが、ここから先はそれが無くなる。
俺たちもレベルアップしたとはいえ、得体の知れない土地でテルさんの負担をこれ以上増やすのは申し訳ない。それに万が一何かあったらジョイスになんと言えばいいのか。
「あたしも連れってって、あなたが心配なの」
「テルさんがいるから大丈夫だよ。一般人でもエルスに観光旅行自体は珍しくないと聞くし……用が済んだらすぐ帰ってくるよ」
「じゃあ、あたしが一緒でもいいじゃない」
「でも、不安なんだよ……中立地帯の出来事があってから日も浅い、用心したいんだ」
こんなやり取りを数分繰り返したが、ある瞬間、彼女は閃いた表情を見せて急に意見を引っ込めた。
「……わかった、龍王国で大人しく待ってる」
「うん。ごめんサリシス。こっちでダンジョンの情報を集めておいて欲しい」
「任せて。ちゃんとするから」
□
そういえばチュートリアルを全てクリアしたので報酬がインベントリに収められていた。
ガーラに謁見の報酬は龍王国記念コイン。中立地帯でゲンマがヨネコさん達に渡していた金貨と同じものだった。龍王国への通行証ってことか。
チュートリアルクリアの報酬は魔石が五個だった。電池的な物のようだが今の所使い道はないな。ソシャゲのガチャでも引けそうな見た目だが……インベントリに仕舞っておこう。
オルトに近況報告も兼ねてエルスに旅立つ旨を打ち込んで通知を送った。エルスのシステムからは龍王国への通知は直接送れないようなので、これが最後になるかもしれないと考えると余計に心細くなった。
旅の準備はせっかくなので良い物を揃えておいた。
さすが王都のショップはアイテムの品揃えも良く、長く使えそうな物が多数有り、今後も見据えて懐が潤っているうちに使っておいた。
サリシスが心配だからと各種ポーションを大量に買い込んできた。自分がついて行けない以上何かあった時にこれくらいは必要だろうという事だが、戦争でも始めるのか?って量だった。ただ、あって困るものでもないし、インベントリに余裕で入るので有難く受け取っておく。
森川からは巻物の掘り出し物が見つかったと大量に持ってきた。大半はかつてライブラリにあったが検閲で削除されたり改変された文書で、どういう内容が検閲の対象になるのかの傾向がつかめそうで非常に興味深い。それとは別にエンチャントが込められた巻物も多少あった。
「路銀に困ったら蚤の市で売り払っても良いですよ。こういうのは大体言い値で売れますから」
……行商が出来そうな分量と品揃えだ。俺は何しに行くんだっけ、ちょっと目的を見失いかけた。
「サメイション商会のローラ嬢への紹介状をテル・ムーサに渡しておいたから、エモートに着いたら寄り道せずに向かってね」
ゲンマは淡々と事務的に事を進めていた。
しかし、意外だな。普段の言動からすると、強引に理由付けて着いて来てもおかしくないのだが。
「へぇー、少しは心細くなったかい?」
「べ、別にそんなんじゃないんだからね!……というのは冗談だが、正直不安は不安だ」
「ボクも心配だけど、色々用事があってね。エモートではローラ嬢が案内してくれる手筈になっているから、変なことに首突っ込まなければ大丈夫だよ」
ここの所、ゲンマに頼り過ぎていたから良い機会かもな。チュートリアルも終わったし、ここから本当の旅が始まると前向きに考えよう……まぁ、さっさと用事済ませて帰ってくるがな。
「ゲンマ様、心配はご無用ですよ?私が付いていきますから」
テルさんは胸を張って言った。
「……大丈夫かなぁ」
ゲンマは首を傾げてる。
「何か不安要素がありますか?あ、プリンのことまだ根に持っているのでしょうか?」
先日、みんなにプリンを作ったのだが、ゲンマの分をテルさんが食べてしまうという事件があったのだ。
「ボクがというか、主にエラト・ムーサがすごく心配してるんだけど。プリンの件は正式な謝罪を受けていないのが遺憾ではあるけどね」
「あら、あまり興味をお持ちでないようだったので要らないのかと思いました。とても美味でしたよ?」
「興味がないとは言ってないよ。後でいいとしか言ってないんだけど……どうしてそうなるかな……もしかして本気で喧嘩売ってる?」
自分のプリンがないと知った時、珍しくゲンマはかなりキレていた。やっぱり異世界でもプリンで諍いって起きるんだな。
「まぁ、まぁ、後で多めに作っておくから、機嫌直せよ」
俺は何とかゲンマを宥めた。
「あらー、楽しみですわねー」
テルさんの尻尾は楽しげに左右に振られている。
「お願いだから、ボクの分は隠しておいてね?コレ絶対全部食べるつもりだよ、頼むよ?」
もう、テルさんにはバケツでプリンを出そうかな……一口で食べそうだけど。
■
王都の拠点の選定と確保、消耗品の補充、各種事務手続きが予定より長引いたが、俺とテルさんはエルス共和国に旅立つ日が来た。
「カンナヅキ、早く帰ってきてね」
俺はサリシスを抱きしめてその温もりを忘れまいとした。非常に名残惜しい。
「森亭、あとは頼んだぞ」
「はい、先生。一度お引き受けした以上、最善を尽くします」
森川はいつもより少し緊張した表情で一礼した。
「本当に気をつけてよ?エモートの転移門ターミナルにサメイション商会から迎えの人が来てるらしいから、ちゃんということ聞いてね?あと無駄遣いもし過ぎないように。何かあったら領事館に駆け込んでね。わかってるとは思うけど知らない人に付いていっちゃダメだよ?」
ゲンマの物言いが完全にオカンモードな件。俺は一応大人なんだが……そんなに信用ないのだろうか。
「なんかフラフラしてるから心配なんだよなぁ……気をつけてよ、テル・ムーサ」
「もちろんですよ。襲い掛かる敵は全て完膚無きまでに叩きのめしますよ」
テルさんは鼻息荒くこぶしを握りしめた。
「……本当に二人だけで大丈夫かなぁ……?」
ゲンマは頭を抱えている。
「すぐ帰ってくるから。そんなに心配すんなって」
俺はみんなを見渡して言った。一番心配しているのは自分だけど、決めたのも自分だからな。弱気な顔は出来ない。
……内心は既に帰りたい気持ちで一杯だけどな。
こうして俺とテルさんは王都からスパピアの転移門ターミナルを経由してエルス共和国へと旅立った。
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