■014――中立地帯モヌメント(5) 開花
宴のあったその日から、クロード一行もスイートの空いている二部屋に泊まり、翌朝からサリシスと俺は空中庭園で剣豪の稽古を受ける事になった。
「構えてみろ」
サリシスはクロードから受け取った木刀を構えた。
その体勢はジョイスと同じ、足を広げ、片手で剣で持ち、相手を見つめる中段の構えだ。
「悪く無い。どこからでもいい。打ち込んでこい」
サリシスは前後左右に摺足で間合いを図り、二度三度突きを繰り出した。
クロードはその攻撃を軽く遇らう様に受けた。
「良し。じゃあ、ちょっと待ってろ。次はべっぴんさんの番だ」
俺は木刀を両手で構え、相手を見据えた。
「形にはなってるな。本気で来い」
俺は手加減抜きで数度打ち込んだが、当然の様に軽く受け流された。
「二人とも筋は良い。今日は基本の型を教える。これは暇があったら反復練習しておけ」
「今日のところはここまで。朝飯にしようや」
「「ありがとうございました」」
二人同時に礼をした後、俺は張り詰めた緊張を一気に吐き出した。
「それにしても、凄いな、サリシス。初めてなのに剣豪相手に全然物怖じしないなんて」
「初めてと言っても……お父さんの練習とか自警団の稽古をずっと見ていたから……」
「才能は俺が保証するよ。ちゃんと毎日鍛錬を欠かさなければ常人の二倍の速さで剣術を習得できる」
凄いな。さすが英雄ジョイスの娘だな。
「でも見るのと実際やるのって全然違うね。全く体が思う様に動かないもの」
「そうか、俺は逆だな……体は勝手に動くが頭がついて行かないんだよな」
「まぁ、鍛錬を通して少しづつでも心体のギャップを埋めていけばいいさ……で、今日は飯作ってくれねぇの?べっぴんさん」
「あのー……その呼び方ちょっと変えてもらえませんか……?神無月って名前があるのですが」
俺は低姿勢でお願いした。相手が相手だから。
「あー呼びづれえんだよ。なんだよキャーンヌアヅッキーって。どういう名前なんだよ」
「正確には苗字です……名前は了だけど」
「どっちもいいづれぇな。じゃあ、俺も先生って呼んで良いか?」
「師匠に先生って呼ばれるのも、申し訳ないんですが……」
「師匠とかやめろよ!そんな柄じゃねぇ。つーか、敬語とか痒くなるからマジ勘弁してくれ。俺のことはクロちゃんとかクロベエとかもっと気さくに呼んでくれよ!」
コミュ障にいきなりタメ口を強要するほどの無茶振りは無いんだぞ。これだから脳筋は……とは思っても言わない。言えない。
「んー……じゃ、間をとって先輩でいいですか?」
「何と何の間なのかさっぱりわからんが……言葉の響きは悪く無いからいいぞ」
クロードは満更でもない様子だった。
俺たちが鍛錬している横では森川がテルさんの指導を受けていた。
「いつでも魔法が使えると思ったら大間違いです。いざという時に備えて体術の基礎くらいは習得しましょう!タフすぎて損は無い、ですよ?」
「ぐぎぎぎぎぎぎ……」
「あらあら、モリカワ様は体が固いですね!そんなことでは先が思いやられますよ?」
南無ー……。絶対二日後に筋肉痛になるやつだな。後でサリシスに回復してもらえばいいよ。
■
鍛錬を通じてサリシスは見る見る秘められていた才能を伸ばした。
数日後、彼女が俺と打ち合いの稽古ができるレベルになるとクロードがパーティメンバーの交換を申し出てきた。
「模擬戦でも少し鍛えてみたいんで、しばらくサリシスとクロエを交換しないか?」
「うーん……二人はいいのかい?」
ゲンマは心配そうに言った。
「私は願ったり適ったりですわ!」
クロエはテンションマックスで鼻息が荒かった。
「あたしなら大丈夫だよ。どこまでやれるか試してみたいの」
サリシスの成長ぶりが眩しい。俺も頑張らないとな……。
「ここのダンジョンは俺なら単騎でも抜けられるから心配はいらねぇよ。そんなに無理はさせねぇ」
「サリシスちゃんがいいなら……でも気をつけてよ?」
「過保護だな!そんなんじゃ、育つ才能も腐っちまうぜ」
□
クロードとサリシスとロータスがダンジョンに赴いた後、部屋に思わぬ来客があった。
「急な話で申し訳ありませんが、どうしてもゲンマ様にご相談いたしたくて……」
ローラ嬢に連れられてきたのは、アイサムのパーティにいた女性メンバーの二人だった。
「米津推子です。パラディンのクラスで召喚されました」
「那須近子です……レンジャーのクラスで……召喚されました」
二人とも若い普通の小綺麗めな日本人女性に見える。
米津さんはワカバ少年にヨネコと呼ばれていたショートカットの女性で、仕事の出来るプロパー感を漂わせつつも周りに気配りしている面倒見の良い姉御って印象だ。
那須さんは米津さんより若く、声の小さな内気な学生のようで、その表情は深目に被ったフードでよくわからない。
「相談って?アイサムとの間でトラブルでもあったの?」
ゲンマは人当たりのいい余所行きの顔で応対した。
「現状、私たちは目立ったトラブルはありません……ただ……このままエルス共和国に所属していて大丈夫なのか……その判断をするための材料が欲しいんです」
「“私たちは”、か」
「ええ、元々育成方針を巡って、イノさんとアイサムさんが対立していて、そのとばっちりを森川さんが受けていたのはご存知ですね?」
「うん。正直、あれ程の才能を放り投げるとはアイサムが正気とは思えないけどね」
米津さんは溜息をついた。
「あの扱いはないと私も思います……魔法に頼りすぎるのは良くないという主張は理解できなくもないですが、信頼関係がないのに厳しさだけ押し付けられても理不尽な仕打ちをされたという不満しか残らないでしょう」
「で?ボクに聞きたいことってなんだい?」
「現状がどうなっているのかよくわからないんです。訳も分からず異世界に連れて来られた上に不透明な派閥闘争に振り回されて……この状況がいつまで続くのか不安なんです」
「うーん。冒険者ギルドに登録してフリーの冒険者として生きて行くのなら列強諸国のどこでも暮らしぶりは変わらないだろうね。ただ、安定した生活以上を望むのなら、どこかの組織に所属する必要はあるよ。特にエルス共和国なら何らかの派閥……どのエルダーエルスに仕えるか、その決断が必要だろうね」
はぁー、と米津さんは深い溜息を吐いた。
「そこなんですよ……あの、ストレートにお聞きしますが……プロークシー様って大丈夫なんですか?あの人?」
「大丈夫じゃないよ。はっきり言ってあの人が一番ヤバい立場だよ。次点はシングルトンかな」
ゲンマの返答に二人は、あちゃーといって頭を抱えた。
「明確にシステムに喧嘩売って、特別反省もしてないなんてどう考えてもヤバいでしょ。いつアカウント取り消しされてもおかしくないよ」
テルさんは頷いている。この世界のアカウント取り消しって……人権剥奪くらいのインパクトはあるんだろうか。
「アカウントが取り消されるとどうなるんですか?」
「余程の事をしでかさないとまず起きないけど……列強諸国内では何も出来ない状態になるよ。システムに認識されない存在となるからいないも同然、魔法も使えないし、インベントリ内のアイテムも没収、ステータスも弱体化して、結局人間領域に逃げ込むしかないだろうね」
「人間領域かぁ……そこは避けたいなぁ……」
米津さんは困った顔で首を振った。
「上昇志向の強い子は人間領域で一旗揚げようと乗り込む傾向があるけど、レベルが100以上はないと生き抜く事も厳しいよ。こっちより野蛮な世界だから飛び込むなら覚悟は必要だよ」
「ともかく、プロークシー様はないってのは分かりました……自分の印象ともあってます」
「所で、担当の……イノだっけ?彼女は何のフォローも君たちにしていないのかい?」
「それが……彼女、全く権限がないんです。どうもエルスのクオーターらしくて。エルスは八割縁故で地位と権限が決まるから、四分の一しかエルスの血がない彼女には発言権は与えられてないんです」
「……なんでそんな人が担当に派遣されて来るんですか」
森川は苦々しく呟いた。
「話を聞くと人材が流出していて適任者がいないようで……彼女も入ったばかりで経験が浅いんです。だからアイサムさんが全部仕切っていて……ただ、もうじき本来の担当のオーラ=クーさんがやってきそうなんですよね」
「うわー、めんどくさいなー」
ゲンマと森川はあからさまに嫌そうな顔をした。
「どんな奴なんだ?」
俺は小声で聞いた。
「話が通じないタイプだね。プロークシーに忠誠を誓っている側近だよ。顔を合わせない方が無難かな」
もう少しレベリングしたかったけどねぇ……とゲンマはぼやいた。
「私たちもオーラ=クーさんは苦手なんですが……ただ森川さんほど移籍する強い理由付けがないんですよ、現状、待遇面で不満はありませんし……後、ワカバ君のことが気がかりなんです……」
「あの少年かい」
「私たち二人だけなら……全て投げ出して冒険者としてあちこち旅をしながら暮らすというのも悪くはないですが……社会経験の浅い子を偏った思想の坩堝に取り残すのは……大人としてどうかと」
「でもボクは嫌われちゃってるからねぇ……」
「ええ、それに立て続けに亡命者が出たら、そちらにもご迷惑をおかけすることになりそうで……外交問題にまでに発展したら、私たちも気が気じゃないです」
「結局現状維持か……じゃあ、これを二人に渡しておくよ」
ゲンマは金貨を二枚取り出した。表面には龍のレリーフが彫られている。それを二人に渡した。
「それを使えば龍王国に通じる関門や転移門を優先して通過できるよ。大事に持っててね」
「ありがとうございます。何とか穏便に事が済めばいいのですが……」
米津さんは金貨を見つめ握りしめた。
□
三人が去って行った後でゲンマはつぶやいた。
「悪い子ではなさそうだね……微妙な立場ではあるけど」
「あの……ゲンマさん、いいですか?」
森川が手を挙げた。
「以前、ローラさんの部屋にパーティで訪問した際に、私の処遇について米津さんがアイサムに抗議したおかげでローラさんが相談に乗ってくれたんです……結果私が先生に巡り合った縁に繋がっているのでなんとか便宜を図って貰えないでしょうか?」
森川はゲンマに頭を下げた。
「モリカワ君の意向は分かったよ。でも決断するのは彼女たち自身だ。エルス側が明確な基本憲章違反を行ってる訳ではない現状こちらが打つ手はない、残念だけどね」
森川は分かりました、と言い俯いた。
□
その後、メンバーを入れ替えて初めてダンジョンに潜入した。
クロエは見かけによらずかなりの熟練冒険者のようでテキパキと自分の役割をこなしていた。
「ゲンマ様お怪我を治療します!ついでに防御力も上げておきますね」
「モリカワ様、この敵は魔法抵抗が高いです!結界を張りますのでお下がりください」
「この敵は暗黒属性ですね!状態異常攻撃が厄介です、テル・ムーサ様!バフをお掛けしますので早めに対処お願いします!」
「兵隊アリの群れ、目測およそ五十!カンナヅキ様にお任せします。やっちゃってください!」
少し頑張りすぎのような気もするが……。
「お兄様と違って無茶振りは無いのでむしろ楽です」
サリシス大丈夫だろうか……ヒーラーの役目に加えて剣の鍛錬もしなきゃいけないから大変な思いをしてるのではと少し心配になった。
「お兄様曰く、サリシス様は素質の塊だそうで育て甲斐があるとウッキウキでした」
「ジョイスに怒られる……」
ゲンマが珍しく沈んでる……俺も一緒に怒られるんだろうな……。
「ゲンマ様……私も一緒に怒られますので、お気を確かに!」
「んー、全員で土下座したらよろしいのでは?」
テルさんは楽観的だな、土下座で済むのか?
「全員に私も含まれるのでしょうか……いえ、先生が土下座するなら自分もお伴します」
「土下座かー……うまくできるかなぁ……?」
「あとで練習しますか?ゲンマ様?」
土下座確定みたいな流れはやめろ。
■
メンバー交換して数日経った。
サリシスは毎日疲れて帰って来て食事の後は会話もなく、すぐ眠っている。
レベリングは順調だが俺は少し寂しい気持ちを持て余していた。
「あれ?先生、クロエさんはどこですか?」
その日の周回を終えた俺たちは売店で買い物をしていた。
森川は焼きたてワッフルの入った袋を抱えてキョロキョロしていた。
「どうした?」
「クロエさんに頼まれて焼き菓子を買いに行ったのですが……?」
「トイレじゃないのか?テルさん知らない?」
「飲み物を買ってくると言ってそこの売店に向かった筈です」
ざっと辺りを見渡してもそれらしい人影はなかった。
「ゲンマ、クロエさんはどこにいる?わかるんだろ?」
「今探っているけど……上の客室の方にいるみたい……マズイな、アイサムと一緒だ」
「何で?!」
□
俺たちはゲンマの後を付いていって、六階にたどり着くと、部屋から廊下に戦士二人が転がり出てきた。
「うわっ、ゲンマ!」
「クロエちゃんはここにいるんだね?一体どうして……」
ゲンマが問い詰めたところで衝撃波が襲い掛かり、俺たちは廊下の壁に叩きつけられた。
「嘘だぁあああぁぁ――!!」
客室を覗くとグッタリするクロエを庇うようにワカバ少年がアイサムと対峙していた。
「どうして大人は嘘ばっかりつくんですか!!」
「う、嘘ではない!私は穏便に要求いや、協力を依頼しようとして……」
「聞きたくない――!!」
再び強い衝撃波が襲いかかり、客室は滅茶苦茶になった。
「もう、こんなところ嫌だぁあああ――おかあさーんっ!!」
ワカバ少年の力は溜まりまくったフラストレーションで暴発しているようだ。
衝撃波で窓が割れ、建物が振動し、壁が崩れて空が露わになった。
「クロエちゃん!」
ゲンマは部屋の中に飛び込み手を差し伸べた。
「ゲンマ様!」
グッタリしていたクロエはゲンマの声に反応して身を起こしたが、ワカバはゲンマの姿を見て睨みつけた。
「お前は近づくなぁああああ――!!」
衝撃波がかまいたちとなってゲンマに襲い掛かった。それを見て俺はハッとした。
「森亭、ゲンマを援護するんだ!」
「はい、先生!」
俺たちはゲンマに結界を張り、ワカバ少年を念力で押さえ込もうとした。
「邪魔をするなぁあああ――!」
ワカバ少年は二人がかりの見えない拘束をそれ以上の力で振り払った。
だが、その反発は運悪く、怪我をしたしたゲンマに駆け寄ろうとしたクロエを弾き飛ばし、彼女は外に――ホテルの六階から投げ出された。
「いやぁぁあああ――!」
落ちつつあるクロエを見て、ワカバ少年は一瞬全ての動きを止め、次の瞬間その場に崩れ落ちた。その背後に立っていたのは手刀を構えたクロードだった。
「何やってんだよ……クロエ」
窓が有った壁を見ると、傷だらけで宙に浮かぶゲンマに抱えられたクロエがバツの悪い顔をしていた。
□
「今回の事は私の不徳の致すところ……責任は取る」
アイサムは深々と頭を下げた。
「私が勝手な行動を取ったせいで、皆様に迷惑をかけてしまいました……すみません」
クロエも頭を下げた。
「………………」
ワカバ少年はまだ納得がいかない表情をしている。
「ワカバ君?ごめんなさいしようね?」
「……ごめんなさい」
ヨネコさんに促されて渋々頭を軽く下げた。
ローラの居室で設けられた話し合いの場は思いの外スムーズに進行した。
何が起きたのかそれぞれの話をまとめると……。
まず、アイサムがダンジョン攻略に最低でも治療師がどうしても必要だと痛感する。しかしそのための予算を確保することは現状難しい上にアイサムの評判の悪さは治療師界隈では有名だった。
そこで彼は再びサリシスに協力をお願いしようとした、今度は低姿勢で。だが先日のこともあって自分の印象が悪いと考え、戦士二人に自分の代わりに彼女を連れて来させようとした。
だが、二人はサリシスの顔を知らず、治療師に似た司祭服を着たクロエに話しかけた。彼女は自分が代わりに揉め事を解決しようとして二人についていく。
部屋で交渉を始めようとした所にワカバ少年が現れ、彼はアイサムがクロエを誘拐したと勘違いして力を暴走させた――こんな感じだろうか?
「それで大体あっている……全ては私に力と……それと皆の信頼を得られなかったことが原因だ……」
「アイサムさん!自分は信じてるっスよ!」
「俺もです!何があっても付いて行きます!」
戦士二人はアイサムに心酔しているようだ。何か共鳴するものがあったのだろうか。
「私に付いて来ても何にもならないぞ……いいのか?」
「「構わないっす!」」
それにしても急にしおらしくなったな……どうしたんだ?
「はぁ……中立地帯に来たのは初めてだが、ここまで自分の力と縁故が通用しないのは初めての経験だったのだ。おまけに闘技場であんな戦いを見せられたら、自分がいかに足りていないかを謙虚に受け止めざるを得ない」
アイサムは微かに潤みかけた目を袖で拭い、顔を上げた。
「こんな大事を起こした以上、私はもうここにいられない……イテレータ様にも拠点に戻っても良いと通知が来た」
「気が済んだ……って所かな」ゲンマは呟いた。
アイサムは頷いた。
「……困ったお方だ。だが恩がある以上報いなければならない」
彼は溜息をつき、ワカバ少年を見つめた。
「ただ……君のことが気がかりだ……最も私の言葉はもう届かないだろうが……」
「……」
ワカバ少年は思いつめた表情のまま固まっていた。
「なーに、まだムクれてんだよ!ガキが難しい顔すんな!」
クロードはワカバ少年の頭をクシャクシャに撫でた。
「やめてください――もう、わからないんです!誰を、何を信じればいいのか!」
「なに当たり前のこと言ってるんだ、大人だってわからないことをガキが考えただけで分かる訳ねぇだろ」
「……僕はどうすればいいんですか……」
「ああ?俺に聞いてるのか?じゃあ、決めてやる。俺について来い、鍛えてやるぞ」
「あなたはチャンピオンですよね?」
「そうだ」
「いつかゲンマを倒すって本当ですか?」
「まぁな、今ヤってもいいけど、コイツに依頼を受けてるからそれを片付けてからだな」
「お兄様ダメです!ゲンマ様は私の命の恩人ですよ!」
クロエはとっさに抗議した。
「……修行したら僕はゲンマに勝てますか?」
「無理だな。ガキに負けるほど甘い相手じゃねぇぞ。勝ちたいなら成長していい男になれ」
「あなたはいい人には見えませんが……その言葉に嘘は感じません……分かりました。あなたを信じます」
ワカバ少年は差し出されたクロードの手を取った。
「私達はどうしよう?パーティは完全に分裂しちゃったから……ここにいたらマズイよね?そろそろオーラ=クーさんが来そうだし」
「……捕まったら……確実に詰む……こわい」
ヨネコさん達は心配事から解放される間も無く二人手を繋ぎ深刻な顔で悩んでいた。
「ローラお嬢様もエモートに帰るけどなんなら僕らに付いてくる?」
コミットはニコニコしながら誘いをかけた。
「これからの進路をまだ決めかねておられるなら、私の客分としてサメイション商会にお招きしますけど……?」
「うーん……ローラさんなら信用してもいいかな……じゃあ、しばらくご厄介になります」
なんとか丸く収まりそうだな。
「あー、疲れた……オーラ=クーは四日後に来る予定らしいから、みんなそのつもりでホテルを引き払う準備をしてね」
ゲンマは流石にグッタリしているようだ。
「ゲンマ様、大丈夫?具合悪いの?」
サリシスは鍛錬の効果か引き締まった身体つきになったが口調はいつも通りで俺は少し安心した。
□
「あの子大丈夫かな?クロードに預けて」
部屋に戻って、俺はリビングのソファに横たわっているゲンマに聞いた。
クロード達は一足先に中立地帯を去って別のダンジョンへと旅立っていった。
「プロークシーの元にいるよりはマシだよ……問題はまだあるけど……今は心配する段階じゃない」
ソファから身を起こしたゲンマは溜息をついた。
「クロードはちょっと乱暴だけど、真面目な常識人だから……あの子にいい影響を……この世界での立ち位置を見つける手助けをしてくれるさ」
「なんか懸念材料でもあるのか?」
「全てあの子次第だよ」
ゲンマは何かを思い悩んでいるようだ。
その表情は、スパピアの龍の恵みの家からの帰り道で見せた、ある葛藤を抱えた顔だった。
□
寝室に戻ると、ネグリジェを着たサリシスが抱きついてきた。
「なんだかものすごく久しぶりな気がする……カンナヅキ……」
この中立地帯に来てからサリシスは急激に大人びて、その変化に俺は戸惑っていた。初めて会った頃はまだ幼い……無垢な印象が強く、俺は彼女を庇護の対象と看做していた。
しかしよく考えたら、彼女は俺ことエンダーとは二、三歳くらいしか違わないのだった。成長期を駆け足でくぐり抜けた彼女は一足先に大人の女性になってしまったようだ。
恐る恐る彼女を抱きしめながら内心は激しく迷っていた。
もし、システムが完全に復旧したら、俺はどうするのか。
森川はもう、地球には未練はないように思える。それは当然だろう。家族も友達もいない彼には、この第二の人生は寧ろ好機であろうから。
正直、俺も東京に帰るという考えに現実味を感じなかった。
ここで知り合った人々と別れを告げ、あの独房の囚人のような生活に戻るという考えには何の魅力も感じなくなっていた。
だが、そのことを考えるたびに、ミステリの新刊を出すことと、遠藤モモの存在がしこりとなって心に重く沈んだ。彼女はどうしてるんだろうか……今こうしてサリシスと抱き合っている自分がひどく不実な人間のように思えて自己嫌悪に襲われる――彼女とはまだ手も握ってないのに。
「ねぇ、カンナヅキ……このホテル、明後日チェックアウトするんだよね?」
俺の内面を知ってか知らずか……彼女は話しかけてきた。
「明日、少し付き合って欲しいの」
■
次の日、俺とサリシスは二人だけでダンジョンに挑戦した。
みんなは心配そうだが、無理はしないと約束した。
一階は、初めてのダンジョンのボスだったアペレクスが四体出現した。
俺たちは敵を一刀で切り伏せ文字通り瞬殺した。
二階は、ドラゴフライ・巨大トンボの群れが出現した。
俺の全体魔法で大半が焼き尽くされたがMPはかなり消費させられた。
三階は、死霊レムレス。物理攻撃が効かない幽体の難敵だが、サリシスは《 サン・フラジット 》を武器に付与し倒した。
ここで彼女の剣は折れ、インベントリから二本目の剣を取り出した。
四階は、高い防御力が厄介な彷徨う鎧。
サリシスは、自身の武器では攻撃が通らないのを確認して素早く俺のフォローに回った。ソウルモンガーでの激しい打ち合いの末、何とか無力化した。
「大丈夫?カンナヅキ、次が最後だよ?いける?」
俺は息が上がっていたが、彼女の治癒を受けて一息つけた。
「ああ……ここまでは何とかなったが……武器、大丈夫か?」
「……あんまり大丈夫じゃない」
彼女は持っていた武器をインベントリに戻し、三本目の剣を出した。
「これが最後……もっといい武器も手に入れなきゃね……あたしも魔剣を探すべきなのかな?」
「俺が言う義理じゃないけど……サリシスには自分を大事にして欲しいよ」
「気をつける……」
彼女は不器用に笑った。
最後の階層で出てきたのは、あのベヒーモスだった。それも二体。
そのおぞましいオーラを纏う黒い体躯には絶望を感じずにはいられなかった。
「どうしよう……リタイアする?」
サリシスの弱気を受けて、俺が迷っていると、手の中から、ソウルモンガーから波動が伝わってきて、思わず剣を掲げた。
剣の歌声が階層中に響き渡り、俺は自分の中に勇気が満ち溢れるのを感じた。
「すごい……力が……湧いてくる」
サリシスが気力に溢れ輝くのとは対照にベヒーモスのその身を覆う瘴気は薄れていった。
俺たちのレベリングは、鍛錬は無駄ではなかった。
そんな実感をここにきて初めて噛み締めた。
「まだ、戦いは終わっていない。気を引き締めていくぞ」
俺たちは残しておいたエンチャントとMPを使い切り複数のバフをかけてベヒーモスに挑んだ。
□
部屋に戻った時はもう精も根も尽き果ててた。
俺はエンチャントもMPもすっからかんだったが、充足感だけが体に満ちていた。
寝台に身を投げ出すとサリシスもその隣に倒れこんだ。
「……疲れた……でもやったね」
サリシスは俺の手を握り自分に引き寄せて口付けした。
疲労と柔らかい唇の感触で自制心のタガは外れ、無我夢中でそのほっそりした体に抱き付いた。そんな俺をサリシスは優しく包み込み、頰を撫でて、俺たちは唇を重ねて互いを求め合った。
その夜、俺は自分が後戻りできないところまで到達したのだと、ようやく悟ったのだ。
そしてジョイスに土下座は確定事項になった。
■
最終的に、俺のレベルは75となった。
――――――――――――――――――――――――――――――
名前:神無月 了 職業:小説家 レベル:75
AGE:18
STR:36+64
CON:40+64
DEX:40+64
INT:85+64+75
MND:70+64
NOB:85
COM:65
HP:783(208+575)
MP:843(268+575)
C:162,011,556
スキル:
【体術Lv6】【剣術Lv9】【射撃Lv5】
【エンチャントLv8】【マギアLv7】
【礼儀作法】【舞踊】【音楽】【瞑想】【芸術】【騎乗】
【電脳】【記憶】【言語】【目星】【精神分析】【心理学】【言いくるめ】
【アイデア】【図書館】【説得】【詩作】【神話】【オカルト】【天文学】
【考古学】【法医学】【数学】【科学】【薬学】
【管理者の祝福*】【叡智の加護*】
エンチャント:
ブレ(0/0)、フラ(200/200)、サジ(100/100)、ハス(75/75)、オービチェ(50/50)、グラビタ(15/15)、クーラビート(10/10)、イー(20/20)、フーガ(5/5)、イグニス(20/20)、ガウ(5/5)
マギア*:
ウィルパ(0〜MP)、インバー(2MP)、キャロール(6MP)、マサ・パルマ(1〜MP)、アーミス(7MP)、アミュレット(10MP)、コンバー(0MP)、モーラ(10MP)、チェラ(12MP)、ミラクルム(16MP)、センティオン(20MP)、ラディクス(5MP)
カスタム:
マシンガン(0/0)、バリアシールド(20/20)、ジャベリン(25/25)、マシンガン・ジャベリン(10/10)、装着(0/0)、装着’(0/0)、マジックシールド(20MP)
――――――――――――――――――――――――――――――
補正値の法則が見えてきたが……この世界ってレベルキャップ……上限ってあるんだよな?なかったらかなりヤバイ事になりそうなんだが、運営はゲームバランス考えてるんだろうか?今更ながら不安になってきた。
□
「もう少しゆっくりしたかったけど、仕方ないね。これ以上の揉め事はゴメンだし。観光案内とか全然できなくて申し訳ないけど」
俺たちは惜しまれつつも予定を前倒ししてホテルを後にした。
それにしてもやっと王都だな。これでチュートリアルは完了だ。
「姉さんも君たちに会うのを楽しみにしてるみたい」
赤龍ガーラか……龍王国の最高権力者だが、どんな人物なのか俺は知らなかった。
「ところで……お城って正装じゃないとダメなのか?」
俺はおずおずと聞いた。
「普通の冒険者の格好でいいよ。姉さんはそんなに堅苦しくないから、普段通りで大丈夫だよ。君たちもイベント続きで、いい加減疲れたでしょ」
それを聞いて安心した。
転移門ターミナルを通過してスパピアに移動した瞬間、ホッと安堵した。無事、龍王国に戻って来たことが本当に嬉しい。
俺にとって、ここが自分の第二の故郷となったという事なんだろうか。
「次の転移に時間の余裕はないから気をつけてね。はぐれないようにちゃんと付いてきて」
サリシスは俺の手をぎゅっと握った。
中立地帯でのレベリングを通して、彼女の顔から気弱さは影を潜めたが、それでも期待と不安が綯い交ぜになった表情をしていた。
俺はその手を握り返して声を掛けた。
「行こう、王都へ」
彼女は俺の目を見てしっかり頷いた。
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