■013――中立地帯モヌメント(4) 闘技場記念トーナメント
「森川さん」
「何でしょう?先生、改まって」
俺と森川はリビングで対面でソファに座っていた。
「今まで話しづらかったから先伸ばしにしてたけど……お金のことなんだが……」
先ほどのアイサムとの会話で俺は森川に対して給金を払う必要があると思い至った。
でも、人を雇う立場になったことがないからよくわからないな……いくら払えばいいんだろうか……?
森川は衝撃を受けた顔をして、慌てたように言った。
「す、すみません……全然気がつきませんでした……ただ、生憎今は大した持ち合わせがなくて……もう少ししたら何とかご用立てしますのでもう少し待っていただけますか?」
「いや、いや、いや、待ておい。何で俺が貰う方なんだよ?俺が雇ってる立場だからそっちが貰う側だろう。いくら払えばいいんだ?希望があれば聞くけど」
俺がそう言うとなぜか森川は困惑していた。
「……推しの対象にお布施することも許されないんですか……」
「気持ちは嬉しいんだけど、それじゃ俺の気が済まないから……銀貨三十枚でいいかな?ベースアップとかボーナスは今後要相談で」
「それは少し多すぎなのでは……」
「別にいいよ。銀貨は現状塩漬け状態だし……じゃあ、なんか面白いアイテム見つけたら代わりに買っといてよ。こないだのクオートの巻物みたいなの」
「わかりました。ではこの巻物は先生に献上します」
森川は巻物を恭しく差し出した。
「え?いいの?これ貴重品じゃないのか?」
「内容は記憶しましたし、先生が持っていた方が良いでしょう。それに私もインベントリの容量には余裕がある方ですが、先生の方が底が無いように思えます」
「わかった。じゃあ、俺が預かっておくよ。ところで、テルさん?」
「何でしょうか?」
「このインベントリの銀貨って好きに使っていいのかな?もうすでに好きに使ってるんだけど……」
使っても使っても翌朝にはx99に戻るんだよな……特に使い道がないから放って置いてるけど……チートの加減がわからないから不安になる。出どころがうまく説明できない不労所得って悪いことしている感じで落ち着かない。
「現状の使用範囲でしたら問題はないでしょう。システム・社会に悪影響を与えるような使い方を常習した場合、警告の通知がシステム名義で届きますが、この程度なら銀貨を持っていることによるデメリットを気にした方が良いでしょう」
「ああ、タチの悪い奴に目を付けられるってアレか……」
「確かに……レア度の高いアイテムは人間領域経由の行商人の方が入手しやすいんですよね」
「じゃあ、今月の分渡しておくよ」
俺は森川に銀貨三十枚を渡した。
「テルさんとサリシスにも渡した方がいいのかな」
「あたしはいいよ。インベントリに余裕ないし。ドロップ品の処分で増えたキャッシュも使い道なくって困ってるくらい」
「私も特に必要はありませんが……何なら貯金しておきましょうか?」
「あ、そういうの出来るの?じゃあ、お願いしようかな」
俺は銀貨を五十枚をテルさんに預けた。
□
それから数日が経過し、記念トーナメントが闘技場で開催された。
闘技場は、中央の丸い舞台を客席が囲むように作られ、上から見ると貝の形をした地球のスタジアムのようなドーム型の建築物だった。
この闘技場もダンジョンと同じで死んだとしても入った時の状態に戻されるだけの閉鎖型シミュラクラだ。
偽りの青空と白磁の円柱が美しいコントラストを織りなしている。
ダンジョンと違うのはここで勝っても得られるのは賞金と栄誉のみ。
この闘技場でクロードは名声と富を得て、その資金で未踏破ダンジョンの探索を行っているらしい。
その闘技場の客席――貴賓席で俺は当然のように“新作”の“正装”を着させられ、ゲンマの隣に座っている。
今回の新作は青を基調にした物で、金細工の装飾品が映える衣装だった。
……なんか自分の感覚がこのセンスに慣れてきているのが怖い。
森川は仕立て屋に行く前、早々に『シグレさんと警備の方に回ります』と宣言し、慌てて去っていった。くっそー。逃げられた。
クロード提案の優勝者はゲンマに謁見して願いを言う機会をくれるというイベントは広く宣伝され、結果、参加者は例年より多くなったそうだ。
「よく見ておくといいよ。強者たちがどのくらいのレベルなのか。特等席でじっくり見られる機会はそうないからね」
「ところでさ、アイサムとゲンマってどっちが強いの?」
「……いや、流石にボクの方が強いよ?これでも一応ジョイスとは互角に戦えるからね。アイサムとは直接やりあったことはないけど、見た所全盛期のジョイスより強いとは思えないよ」
「じゃあ、優勝の目はないか」
「そうだね。と言っても優勝候補がバケモノだからね。剣だけで勝とうとするのは最初から無謀だよ」
ゲンマのこの言葉通り、アイサムは初戦で熟練の魔法戦士にあっさり負け、その勝った相手も次の対戦相手のコミットに短剣のみで全ての攻撃を受け切られ、怯んだ隙に場外に投げ飛ばされるという、見るからに舐めプで負けていた。
ざまーというにも歯切れの悪い結果に終わった。
「あれじゃ、準備体操にもなってないだろうね。まぁ、今回はクロードとコミットの対決でしょ」
「あれでか……」
「あのくらいの実力がなければソロで高難度ダンジョンの踏破なんて無理だよ」
ゲンマの予想通り、トーナメントは決勝戦、クロード対コミットのメーンイベントへと移行し、会場はこれ以上ないほどの盛り上がりを見せた。
舞台では、筋骨隆々の歴戦の勇士と華奢な森の妖精のような少女という対照的な二人が対峙していた。
「初めまして、かな?お互い長く冒険者をやってるのに顔合わせが初めてなんて、不思議だね!」
「噂は聞いてるぜ。なんでも負ける勝負はしないプロフェッショナルだってな。俺に勝てる算段でもできたってところか?」
コミットはズルい事考えてますよって感じの笑顔を浮かべた。
「ふふーん、どうかなー?」
「まぁ、いい。俺は、この戦いをあの麗しいマギア剣士に捧げ、空中庭園での勝利の宴に招かれることを願うぞ。お前は何を願う?エルスのレンジャーよ」
「えー?僕?僕はねぇ……とびっきりの魔剣が欲しいんだ……この願い、誰にも邪魔させないよ!」
そう言うとコミットは右手にファルシオンを、左手にフランベルジュを空から取り出した。
「一本でも多くの魔剣をこの手にするんだ!そうすれば僕は誰よりも強くなれる!」
見開かれた瞳は青からマゼンダに変化して爛々と輝き、狂気が滲んでいた。
「二刀流」
俺は驚いて口にした。
「ああ見えても彼女は戦闘狂でね、特にお宝を前にすると手がつけられなくて……」
ゲンマはうんざりとしつつもどこか昔を懐かしむように呟いた。
「強いのか?」
「いい勝負はするだろうね」
ゲンマは差し出された飲み物を嗜んだ。
「でも、クロードが勝つよ」
舞台の上で、二人は構えたまま動きはなかった。
「そっちから来ないなら、こっちから行くよ?」
コミットは両手の剣をクロスして前傾姿勢で腰を沈めた。
クロードは片刃の剣を両手で持ち警戒するように構えを変えた。
その瞬間、コミットはその場に土煙を残し、クロードの前に躍り出て、乱れ打ちを繰り出した。
「あは――ははははははははははははっ!」
その連撃はで一見デタラメに撃ってるように見えたが、巧みに死角を突き、なおかつガードを偏らせた上で出来た隙を逃さず突いてくるという、熟練者でなければなすすべもなく倒されたであろう匠の技であった。
「彼女の強みはそのマギアが身体強化に特化しているところだよ。見た目に騙されたら痛い目に合うというのはこういうことさ」
ゲンマは解説する。
クロードはその乱れ打ちを受けきることに全神経を集中させていたが、その最中、目を見開き背後に飛び退いた。
クロードがいた筈の足元にコミットの足が伸びていて、そのつま先は輝いていた。
「……ちぇ」
「なるほど、手数の多さは噂通りだな。まぁ、俺としてはこのままジャレ合ってても構わないが、観客もダレるだろうし、アンタも保たないんじゃないのか?」
「余計なお世話だよ。そっちこそ、こっちのスタミナ切れを狙うなんて姑息な手で勝とうとしてない?掛かってきなよチャンピオンさん」
「けっ。可愛くねぇな、アンタ。ミエミエの罠の匂いがプンプンするぜ。いいよ、乗ってやるよ挑戦者さん」
クロードは下段の構えをとり、息を吸った次の瞬間、相手の背後に現れた。
「縮地!」
コミットは背後の敵に剣で防ごうと構え直そうと態勢を立て直すがクロードの振り向きざまに下段から首への攻撃の方が早かった。
確実に相手を一撃で仕留める攻撃は決まった……筈だった。
「僕に死角なんてないよ」
コミットは地から響くような低い声で囁いた。
その渾身の一撃は見えない盾に阻まれて、空にとどまっていた。
彼女の目が怪しく輝いた瞬間、その小さな体は背後に吹き飛んだ。
「あっぶねぇな。本当に油断できねぇ」
クロードの咄嗟の中段蹴り、いわゆるケンカキックを受けてコミットは空中で回転して着地した。
「ひっどーい、か弱い女の子を足蹴にするなんて!」
「はぁ、か弱い女の子が隙あらば麻痺毒を打ち込もうとするかよ!さっきからヒヤヒヤすんだよ」
「やだなー。か弱い娘の抵抗手段の一つだよー。大人しく眠ってね?」
「ヤベェ、ダンジョン内で絶対会いたくねぇ……コイツ……最悪」
「あはは、よく言われるよ、それ。さぁ、どうする?チャンピオンさん?」
「あー、ちょっと遊んでやろうと思ったが気が変わった。これで店仕舞いだ。もう帰りな」
このクロードの一言にコミットはカチンときたのか一瞬真顔になった。それは社交性をかなぐり捨てた冷徹な支配種族の顔だった。
「バラバラにしてやる!」
彼女はその体躯をマギアで色とりどりに輝かせクロードに躍りかかり、渾身の一撃を叩き込み、クロードの体は脆く崩れた。
「え?」
コミットは予想したのと違う手応えに戸惑う間も無く、反射的に防御姿勢をとった。
「――空蝉――そして兜割!」
上空から落ちてきたクロードは重力に任せ上段から刀を振り下ろした。
雷が落ちたかのような衝撃に舞台のみならず観客席まで振動し、石畳の床はズタズタになった。
彼女は身体強化のマギアの効果で辛うじて立ってはいたが、かなりのダメージを受け、その手に持っていた武器は無残に破壊された。
「ぐ……はっ」
血を吐き、代わりの武器を取り出した彼女は傷だらけだった。それでも果敢にクロードに飛びかかったが相手は無傷の段階で……すでに勝負は着いていた。
「お帰りはあちらだ、挑戦者さん」
クロードは相手の勢いを利用して受け流すように彼女を場外に投げ飛ばし、トーナメントの優勝を手にした。
会場はチャンピオンを讃える声援と万雷の拍手で埋め尽くされた。
□
その日の夜、俺はトーナメント決勝戦の模様を本人達の許可を得てシステムのメモ帳に書き綴った。
こういう記録は需要があるのではないかと見込んだものだが、この予想は当たり、速攻で公益文書の認定が降りた。
ジョイスの思い出話とは違い、まだどこにも出回っていない強者の対決の速報は読者に受け、公開開始直後から凄まじい勢いで購読数を稼いだ。
ただ、代償として二人にサービスをする事になったが、それでも王都の一等地に拠点を構えられるだけのキャッシュを稼げたのは嬉しいボーナスであった。
■
後日、空中庭園で勝利の宴は開催された。
森川と老執事が、昨日のうちに俺が仕込んでおいた串に刺した肉をテラスのグリルで炭火で焼いている。
「いやー、あの一撃には参ったねー。まさかあんな技を持っていたとは……」
「なんでコイツがここにいるんだよ……」
肉を頬張るコミットを苦い顔で見るクロード。
「今日はローラお嬢様の護衛としてここにいるんだよ。それに、カンナヅキ君に魔剣を見せてもらうって約束したんだから!」
「すごい闘いでしたね。誰もが口々にお二人の剣技を讃えてますわ」
ローラは優雅に果実酒の入ったグラスを傾けた。
「はぁー、全力を出すと挑戦者がよりつかねぇんだよ。こっちの苦労も少しは考えてくれよ」
俺は彼が煽った盃にすかさず火酒を注いだ。
俺は今日も新作の正装を着せられている……気のせいか今までより露出度が上がっている気がしないでも無いが。誰の趣味なんだよ。
「いやー悪いな、うまい飯をご馳走になった上に公益文書でかっこよく描写してくれて。いい気分だぜ!」
クロードは俺の肩をバンバン叩いた。普通に痛い。HPが5減った。
「次は絶対僕が勝つからね!その時はちゃんと文書に書いてよ!?かっこよく!」
コミットに詰め寄られて、俺は曖昧に頷いた。
「残念だが、次はねぇよ。俺が勝つからな」
「こっちだって!もう負けないよ!」
二人が睨みあってる所をゲンマはニコニコしながら見ていた。
ゲンマの隣にはクロエが座っていて甲斐甲斐しく給仕していた。
「あの……ゲンマ様」
「なんだい?クロエちゃん」
「ゲンマ様は……どなたか娶られる予定はないのでしょうか?」
「え?」
「私、ゲンマ様の正妻になりたいんです!」
「おい、クロエ……その話、今するのかよ……」
「でも、ゲンマ様に奥方が居られた方が政務が楽になるでしょう……?私、少しでもお役に立ちたいんです!」
「う、うーん。クロエちゃんにはまだ早いんじゃないかな?」
ゲンマは宥めるように言った。
「ええぇー、そんなぁ……」
「そうですわ。ゲンマ様の奥方様でしたらもっと成熟した女性の方がよろしいでしょう」
ローラは胸を張ってどこか勝ち誇ったように追撃した。
「むむぅ。龍王国と地底帝国の国力の差がここにきて響いてくるとは……もっとお父様にハッパをかけて富国強兵に勤しまねば!」
見た目幼女なのにやり手ババァみたいな事言い出してるな。
まぁ、ゲンマの相手ならこれくらいじゃないと勤まらないだろうな。
「ゲンマはまだまだ、落ち着かないだろ……所でさぁ、べっぴんさんは、地下帝国に興味ないか?うちの後宮には美男美女がよりどりみどりでウハウハだぜ?」
なんで龍って隙あらば似たような事言い出すんだろうな……。
「ドラゴノイドは低確率だが人間との交配が可能だからな。ポテンシャルのある奴の種は積極的に取り入れておきたいんだよ」
あー、これはあれだな。ゲンマは面白人間ゲットだぜーって奴で、クロードはトップブリーダー系だな。なんだよ、この世界の龍ってゲーム脳なやつばっかりだな。
この後、コミットが魔剣ソウルモンガーに大興奮した後、俺以外には持ち上げることすらできないという事実に打ちのめされてた。
「うわー何この超イカした魔剣!人間領域のどこの魔境にこんなお宝があるのさー。僕もいつか手に入れて見せるんだから!」
「黒の魔剣か……確か生命を司る魔剣だったか……」
クロードが呟いた。
「有名な剣なのか?これ?」
「いや……その剣がそうかはわからんが、上位存在が介在した八振りの魔剣の伝承が人間領域にはあるんだ。御方がその力を得る過程で失った物を補うかのように創造したと言われる魂を持った剣の伝説だ。それを得るためには契約と犠牲が必要と伝えられている」
なんか物騒な剣だな……いや、エンダー君はどういう人なんだろうか。悪い奴だったら本当に困るのだが。
「えー!これ以外にもこんな凄い魔剣が七本もあるの?全部ほしいなー!」
大丈夫なのかな……この娘、ちゃんと話聞いてたか?……それともこういうのが普通なのかなと、クロードとゲンマを見ると同じようにドン引きした顔をしていた。
俺がストレージからデザートのカスタードプリンを配った所で、クロードが切り出した。
「で、俺に頼みたい事があるんだろう?」
「うん。人間領域で揉め事があった余波でプリムム村がトラブルに巻き込まれていてね」
ゲンマはプリンを食べながら答える。
「ジョイスの生まれ故郷か」
「そう。今、姉さんが情報収集しているけど、あまりいい状況じゃないみたいでね。集団戦に強い人材を探しているんだ」
「ほうほうほう、狩場が銀貨背負って向こうからやってくるってか」
「相手は死霊使いらしいけど、大丈夫かい?」
「ふん、相手にとって不足はない。なぁ、クロエ、ロータス」
「はい。私のクレリックとしての能力を活かしたく存じます。見ててください!ゲンマ様!」
「どこなりとお供いたしますぞえ」
「……」
サリシスはずっと無言だった。その膝の上で握られた拳が内面に渦巻く歯がゆさを表しているかのようだった。そして、意を決したように顔を上げ、話しかける。
「あの……クロードさん」
「どうした。嬢ちゃん。決心がついたのか?」
「……」
「強くなりたい。さっきからそんな顔をしてるぜ。アンタの才能を引き出すのはジョイスやゲンマみたいな甘ちゃんじゃ勤まらないだろうな」
「あたしに才能……あるの?強くなれるのなら……なりたい……!」
「サリシス……」
俺は彼女の手を取った。サリシスは俺を見て無理に笑顔を作った。
「大丈夫……あたしは自分で自分の身を守るくらいの強さが欲しいだけ……みんなの負担になりたくないの」
その様子を見てクロードは破顔した。
「別にいきなり命がけで修行しろなんて言うつもりはないぞ。ここにいる間、稽古をつけてやるよ。謝礼は……そうだな、ここの客室空いているんだろ、泊めさせろや。べっぴんさんの飯うまかったしな」
ゲンマは溜息をついて頭を抱えた。
「あーあ、ジョイスに怒られそう……」
「安心して、お父さんに怒らせたりしないから。あたしが自分で言い出した事だもの」
サリシスは沈んだゲンマの頭をそっと撫でた。
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