■012――中立地帯モヌメント(3) パワーレベリング
朝起きた俺はキッチンのストレージを確認した。
昨日サリシスと約束した通り、何か簡単な朝食作ろうと思ったのだ。
サリシスが、寝ぼけ眼でリビングにやって来た。
「おはよー、カンナヅキ……ん?この人誰?」
あの後、森川は疲れからか、そのまま熟睡してしまった。
ゲンマ曰く異常はないらしいので毛布だけかけておいた。
俺は簡単に昨夜あったことを話したが、サリシスはよくわからなかったようだ。
「んー、乱暴な人でなかったらいいよ。それよりお腹すいたー」
とりあえず、ストレージにあったものでパンケーキの種を作ってフライパンで焼いた。
皿にパンケーキ三枚盛って、ホイップクリームとベリーをトッピングしてキッチンのカウンターで待っているサリシスの前に置いた。
「わーい。カンナヅキの朝ご飯だー」
嬉しそうに食べるサリシスの後ろで森川がもそもそと起き出した。
「……おはようございます」
こちらに一礼して、ボーとしていながらローテーブルに置かれたメガネを掛けた。朝は苦手のようだ。
「おはよう。顔洗ってきたら?その間に朝ごはん作っとくから。それともルームサービスの方がいいかな?」
「……何でもいいです」
森川はまだ半分夢の中という風でふらふらとリビング横のアメニティルームに消えた。
俺は3枚のパンケーキを追加で焼いて皿に盛った頃、森川は戻ってきた。
カウンターに座り俺が皿を差し出すとおずおずと食べ始める。
「なんか飲み物だそうか?サリシスはミルクでいいか?」
「うん、欲しい」
「森川さんは何にする?……ん?」
食べかけの皿をジッと見ていた彼はおもむろにボロボロ泣き出した。
「……夢、じゃ……ないんですよね?」
「大丈夫?どこか痛いの?」
反射的にサリシスは声をかけていた。
「いいえ……なんともありません……ただ……嬉しくて」
袖口でぐいっと涙を拭った彼は顔を上げた。
「お見苦しいところをお見せしました。できれば冷たいお茶をいただきたいです」
「お、おう。ちょっと待ってろ」
二人に飲み物を出した俺は自分の分のパンケーキを焼こうとした。
が、いつの間にかカウンターに座っているテルさん、ゲンマ、シグレと目が合った。
「おはようございます!先生!」
テルさんはにっこり微笑んだ。
その後俺はパンケーキを焼く機械と化して大量の枚数を焼き、自分の朝食にありつけたのは、その後の事だった。
□
朝食の後、俺はまたゲンマにあの仕立て屋に連れて行かれた。
今度はどんな奇天烈な“新作”を着せられるのか憂鬱だったが出された服は思いの外おとなしいものだった。
今まで着ていたジョイスのお下がりと思われる村人の服の、素材のグレードを上げた感じの服だった。
サイズ的にも大きめだったのが緩く体にフィットするように仕立てられ、肌触りもよく、吸水性も高そうだった。
デニムのスリムパンツも見た目より軽くて柔らかい素材で大変動きやすかった。
何よりデザインが露出が少なく余計な飾りを廃したシンプルな黒で決められてて俺好みのものだった。
「カンナヅキ君こういう服好きなんでしょ?」
お、おう。やればできるじゃん、ゲンマ君。できれば最初からこれ出して欲しかったけど。
「それを公式行事に着てくるのはやめて欲しいけど……普段着くらいは恥ずかしくない程度に好きな服を着ればいいよ」
「ありがとう。ゲンマ」
俺は素直に感謝した。それくらい嬉しかった。
「いいよ。まぁ、いつかは信じたいとまで言われたら、応えないとね。じゃあ、その服でいいんだね?」
俺が肯定すると、ゲンマはその服を二十着購入した。
ちょっと多すぎるんじゃないかな……どこぞのCEOみたいだぞ。
□
その後、森川を冒険者ギルドに登録させた後、ダンジョンに潜りレベリングを再開した。
その日の周回の最終回層はグラリフェン三体だった。
グラリフェンは上半身は鳥、下半身は獅子の空飛ぶ中型のモンスターだ。
「これは“アタリ”だね。みんなで参加するよ」
障害物がない晴天下の草原のようなステージに複数のグラリフェンは編成によっては苦戦するであろうが、縦横無尽に空中を移動できるゲンマには対処がたやすい相手だった。
ゲンマが魔法や槍で逃げられないようにじわじわ追い詰め、俺たちは魔法と飛び道具で体力を削っていった。
耐えかねた一体が地上に降りて襲いかかってきたが、森川が重力系エンチャントの《 グラビタ 》で押さえつけた。グラリフェンは空に逃げることもできず、地面でもがき続けた。
「いいね、モリカワ君、そのままトドメさしちゃえば?」
「いえ、私の方がレベルが高いので、先生かサリシスさんがどうぞ」
「じゃあ、サリシスが刺せば?俺は残りを貰うよ」
「うん。わかった《 サン・フラジット 》!」
重力に囚われたグラリフェンは物理的衝撃を伴った神聖属性攻撃でトドメを刺され、ドットに帰っていった。
「よし、それじゃ、カンナヅキ君、一気に終わらせちゃって」
俺は《 マサ・パルマ 》で、飛び回る二体をマーキングして火炎魔法で焼き尽くした。
□
今日のノルマをこなした後、ホテルの売店でアイテムを物色していたらすぐそばに立っていた人がこっちをじっと見ていた。
金髪のショートカットにキラキラした羽が付いた緑のチロリアンハットを被ったエルス族の女の子だった。
ショートのジャンプスーツの上に黄緑のパーカーをゆるく羽織ったほっそりした体型で毛織のタイツに包まれた足は引き締まっていた。
「キミ、それ魔剣だよね?」
海のような深い青の大きな瞳を輝かせて不敵な笑みを浮かべ、人懐っこく近づいて来た。
「いいなー。ねぇ、見せて見せて!」
流石にホテルの中でソウルモンガーを抜くわけにはいかないので、俺は黙って首を振った。
「えー、キミってゲンマの新しいお気に入りの子でしょ?僕もゲンマの友達なんだよ!だからさぁ、ちょっとでいいから見せてよー」
ほんとかなー?あのゲンマにエルス族の友達がいるとは思えないけど……というか、どうせその辺でこのやり取り聞いてんだろ?出てこいよ。
「……」
ゲンマは珍しく面白くないって顔で物陰から渋々出てきた。こういう表情もするんだな。
「ヤッホー、ゲンマ久しぶりー!」
このテンション、デジャブだな。ゲンマはゲンナリした顔で言った。
「なんでここにいるのさ……コミット」
「ひっどーい。長い付き合いだってのにそれはないでしょー?」
「……割と散々な目にあってるんだけど……」
「僕、記念トーナメントに出るんだよ。クロードも来てるんでしょ、彼とは一度ガチで対戦してみたかったんだ!」
コミットはゲンマのボヤキをスルーした。ゲンマにも苦手な奴がいるのか。
「それより、そっちの噂のカレは紹介してくれないの?その魔剣じっくり見たいなー?」
「ダメだよ見せたら、次は『貸して』とか『ちょーだい』とか言い出すから」
「い、言わないよー!どこで手に入れたかは聞きたいけど!」
俺は首を横にブンブン振った。
「ちぇ。ガード固いなぁ。カンナヅキ君だっけ?」
名前知ってんのかよ。紹介する意味ないじゃん。
「挨拶って大事だよ?社交はそこから始まるんだから!君ってどっから来たの?」
コミットは好奇心に満ちた目で首を傾げた。
「召喚されたの?人間領域から来たの?それともどこかに隠れてたの?」
「ノーコメント」
「ケチー。教えてくれたっていいじゃなーい」
「トーナメントに出るためだけにここに来たのかい?」
ゲンマは見定めるような目でコミットを見てる。
「ローラお嬢様に注文の品を届けに来たんだよ。どういうわけか高級ポーションの材料が足りなくなりそうとのことでさ」
コミットは口を真一文字に結び含みを持った笑みを浮かべた。
「ふーん……」
ゲンマは思案するように顎に手を当てた。
「記念トーナメント、君達も参加するの?」
「まさか。ボクらじゃクロードには勝てないよ。でも貴賓席から応援しているよ、クロードを」
ゲンマはにっこり笑った。
「もーつれないなーゲンマは。いいよ、見てて、絶対僕が優勝してみせるから!」
□
「友達なのか?あの娘」
部屋に戻ってゲンマに尋ねた。
「うーん……友達というには色々ありすぎて……なんともいえないかな」
「悪い奴には見えないけど?」
「見た目はね。エルス族にしてはマシな方だけど……何度か痛い目にあってるから、油断はできないよ」
「どういう娘なんだ?」
「ずっとソロで活動している冒険者で、業界では有名なベテランだよ。実力は折り紙つきのトレジャーハンター。昔、冒険者をしていた頃はボクらも度々助けられたけど、それ以上に何度出し抜かれた事か……」
「へぇ……」
ゲンマが出し抜かれるって相当だな。
「君は関わらないほうがいいよ。絶対いいようにコキ使われて後悔するから。あーあ、面倒臭いのに目をつけられちゃったなぁ……」
同類の類友じゃないのか?
「ええー、それはひどいなぁ……」
ゲンマは心底傷ついた表情をした。
「ところで記念トーナメントって何?」
「ああ、来週、闘技場で開催される年に一度のイベントで……僕らも貴賓席で鑑賞する予定だよ」
「……それは……“正装”で?」
「当然。もちろん“新作”だよ」
ゲンマは上機嫌で言った。
うへぇ……。俺は一気に気が滅入った。
■
俺たちは、レベリングによって順調に力をつけていったが、それに比例してレベルアップに必要な経験値は増えていくようで、そう簡単には上がらなくなっていた。
今回の最終フロアは下半身から蠢く夥しい蛇を生やした女怪ラミアで、かなり高レベルの魔法と結界に阻まれ苦戦した。
「《 マジック・シールド 》!」
俺は魔法防御に特化した結界を貼り直した。森川の協力を得てEDKで作成したものだ。
これが無いと相手が多用する、魅了や催眠によって苦戦を通り越して無理ゲーになる。
流石に本職だけあって森川のコーディング能力は高かった。俺が何かを提案すると、寝食を忘れて没頭するのが玉に瑕だが。
「《 マシンガン・改 》!」
森川は俺のカスタムエンチャントであるマシンガンも取り入れ、さらに得意の重力魔法を付与することで凶悪な威力を発揮していた。
ラミアが張っている結界ではこれを防ぐ事が出来ず、じわじわとHPを減らしていた。
「どうも決め手に欠けるな……結界が切れる前に仕留めたいのに……」
「カンナヅキ君、攻撃力上げるマギア使えたよね?」
ゲンマが肩で息をしていた。すかさずサリシスが《 サーナ 》をかける。
「さっきのシールドでMPが足りない……ここに来るまでに大分使わされたからなぁ」
なんども周回していると気がつく事だが、出てくる敵がランダムなので、当然、当たり外れがかなりある。敵の数や強さもばらつきがかなりあるので、力を出し惜しみしていると最終層にも辿り着けない。ダンジョン潜入のコストを考えるとリタイアして吟味するのも躊躇われるので、全ての状況に対応できるパーティを組むのは至難の業だろう。
「じゃあ、MPを譲渡しますか?私がこの状況で使えるマギアは他にないですし」
俺は頷いて森川の提案に甘えることにした。
「《 アシマン 》」
森川の手が俺の肩に置かれ、気力が満たされるのを感じる。
「《 マサ・パルマ 》 《 キャロール 》!!」
俺は仲間にターゲットを定め、攻撃上昇のマギアを使った。
味方の体が赤いオーラに包まれる。ゲンマは満足そうに頷いた。
「よし、反撃だ。全力で行くよ!」
■
森川が来るまで、客室が五部屋あるスイートの内、実際使われているのは俺、テルさん、サリシスと、ゲンマ、シグレの二部屋だけで、彼には一部屋そのまま与えていたが、どうにも困ったことに彼は床に寝袋を敷いて寝ていることだ。
「この世界に来てからずっと訓練で野営ばかりでしたし、ホテルでも寝るベッドがなくてずっと床で寝てました……というか、ここのベッド柔らかすぎて落ち着かないんですよ……」
最初はリビングでいいと言い張っていたのを無理やり一部屋与えたのだが、こうなるとリビングのソファの方がマシなのか、と考えてしまう。
「いえ、個室の方が作業が捗るのでそれは助かってます」
でもほっとくと徹夜しちゃうんでしょ?体壊されると困るんだけど……。
「こないだ、ゲンマさんから大樹の指輪というテリティコ等が付与された生体維持アイテムを貸して頂きましたから大丈夫ですよ」
「なに!?俺はそんなの知らないぞ!!」
俺はゲンマを睨みつけた。
「えー、だって、それこそ君に預けたら限界超えて徹夜しそうだからさー。ちょっと怖くて預けられないよ」
「そりゃ当然だろ!あれば長編小説だってあっという間に書けそうだし……」
「今はレベリングに集中してね?そのためにここに宿泊しているんだよ?!そこ忘れないでね?」
すまん、ゲンマ。忘れかけてた。
「ところで森川さん」
「先生でしたら呼び捨てでいいです。敬語を使わせるのは申し訳ないので……」
「じゃあ、森亭はさぁ、現状不満とかないの?」
「……ハンドルで呼ばれると、オフ会みたいですが……。別にないですね。強いていうならアイサムたちがそろそろ文句言って来そうで不安だというのと……」
「と?」
「白いご飯が食べたいですね。特に牛丼とか焼鮭定食とか」
和食派なんだ。気持ちはわかるな。
「米は見たことがないんだよなぁ……村にもここのストレージにもなかったし……醤油があるんなら味噌とか米もありそうだけどな……シグレさんは何か知らないか?」
「私は白い飯なんて食べたことはないですから……ちょっとわかりません」
そういえばガチ忍者だったな。戦国時代なら玄米すら贅沢品だろうし。
「醤油なんてあるんですか?エルスでは見たことないですが……」
「え?そうなの、龍王国では高級品だったけどあったぞ。メガロクオートで生産されてるらしいが」
「醤油の輸入は調味料ギルドと大分揉めたけど高い関税をかけることでなんとか合意したんだよ。エルスは輸入自体できなかったみたいだね」
ゲンマは、エルス共和国の方がギルドの力が強いからね、と解説してくれた。
へぇー。想像するに、メガロクオートに日本人がいて経済チート仕掛けたら現地勢の妥当な対抗策を取られたって感じなのかな。
「メガロクオートですか……そういえばこんなのを以前見つけたのですが……」
彼はインベントリから巻物を取り出した。
「エルスの蚤の市で売られていた物です。メガロクオートのライブラリにあったものを筆写したものらしいです」
俺は中身を斜め読みしてみると、なんと、短編のミステリ小説だった。
未踏ダンジョンに閉じ込められた八人の冒険者チームが、謎の上位存在に人間領域の伝承に見立てた殺人ゲームを持ち込まれ、疑心暗鬼と戦いながら仲間とすり替わった刺客を推理するというあらすじで、完成度はかなり高かった。
「内容はかなり先鋭的ですが、作者に心当たりありませんか?」
「うーん……この作風には心当たりはないな。召喚された者だとしても俺の知り合いではないな」
「そうですか……この作者にはちょっと会ってみたいですね」
これを抜きにしてもメガロクオートにはかなり日本的な……言って見ればチートの気配を感じる。
もしかしたら牛丼や現地産のミステリがあるかもしれない。
「いつかは視察したいな」
■
次の日、朝食を食べてレベリングに向かおうとエレベータでロビーに降りると、すごい勢いで、ビキニアーマーのエルス族の女の子が駆け寄って来た。
「モ、モリカワさん!探したんですよ」
こういうのもいるのかと、森川をみると凄まじく嫌そうな顔をしていた。
「って、いうか、なんですかそれ!誰のマギアの証ですか、勝手につけちゃダメですよ〜エルスで働けなくなりますよー?」
「……私に構わないでください。もうエルスには関わり合いたくないです」
「ふぇぇ……モリカワさんが出てっちゃったら、私がオーラ=クー様に叱られちゃうじゃないですかー。ひどいですー」
「とにかく私は龍王国、および冒険者ギルドに所属します。アイサム一人からすら守ってもらえない組織に未練はありません」
「……そうですか……わかりました」
女の子はしょんぼりして去っていき遠くの柱の陰に半分隠れてこちらをじっと見ている。
「あれがイノっていう代理の人ですが一時が万事あの調子で、いくら対処を要望しても、もう少し我慢してください、の一点張りでほとほと呆れました。もう顔も見たくないです」
相当ストレス溜め込んでそうだな……。森川は仕事人間みたいだし。彼女みたいのは苦手なんだろうな。
「ああいうタイプに今まで何度サークルや職場を破壊されてきたか……」
諸々の私怨込みなのね……どこまで幸が薄いんだ。
「あれはダメですね。お母様の嫌いなタイプです」
テルさんも管理者さんも辛辣だな。
□
レベリングも回を重ねる毎に周回が楽になっていき雑談ができる作業くらいにはなっていった。
コンピュータRPGの魔法の重要度はゲームによって異なるものだった。
魔法の有用性が低くレベルを上げて物理で殴るしかないものもあれば、魔法が使えなければ後半全く役に立たず、初期ステータスでMPが0か1かでキャラの命運が大きく別れるようなものもあった。
この世界では序盤は戦士系の役職の方が重用されるが、敵の難易度が上がって行くにつれて、単純な物理攻撃だけでは対処が厳しい難敵が増えていくためエンチャントが重要になり、さらに高レベルでは使い勝手の良いマギアが必須になっていく。
エンチャントは習得難易度が低い代わりに使用回数が日単位で決められており、回復する手段は時間経過以外にない。
マギアは使い手は少なくコストが高いが 《アシマン》 で譲渡、 《コンバー》 でHPをMPを変換出来て、マギア使いが二人以上いれば戦略的に柔軟な運用が可能になる。
現在対峙しているミノタウルスも、ここに来た当初は苦戦した相手であったが、順当にレベリングが進んだ今となっては、複数出てきたとてお客さんいらっしゃいってなもんだ。
「こいつら倒したら牛丼でもドロップしないかなぁ……」
「流石にないでしょう……したら驚きますよ。っていうか思い出させないでください」
ソウルモンガーを作業的に振るう俺のぼんやりしたつぶやきに森川はすかさず突っ込んだ。
「そんなに美味しいの?ギュードンって?」
ゲンマは呆れ気味に聞いてきた。
「美味いとか不味いとかそういう次元の食べ物じゃないんだよ。あれこそソウルフードなんだ。それとカレーとか」
「やめてください!カレーの事は必死に忘れようとしてるのに!」
「あー、でもカレーは再現できそうなんだよなぁ……香辛料はあるし」
「……でも米はないんですよ?どうするんですか……カレーだけ作っても……!」
「別にパンとかナンで食べてもいいだろ?ああー食いてぇ……」
「なんかよくわからないけど楽しそうだねー」
サリシスはエンチャントでミノタウルスを拘束しつつ手に持った杖で攻撃していた。
□
ダンジョン帰りにロビーでエレベータを待っていると、アイサムが険しい顔で近づいてきた。
「貴様!ちょっとこっちに来い!」
アイサムは指をさしながら迫ってきた。
「え?あたし?」
彼の指を差し示す方はサリシスだった。サリシスは困惑して首を傾げた。
「どうして?」
「き、貴様らがウチの魔術師を拐かしたせいで、ポーション代は嵩むわ、荷物の持ち運びに苦労するわで我々は大変迷惑している!その穴埋めの代償を貴様らに要求するのは当然だろう!」
いや、お前らが放逐したんだろ……何言ってるんだ。
「本国を通して正式に抗議してもいいところだが、外交問題に発展するのはお互い本意ではないとして穏便に事を収めてやろうとしているのだ。我々に感謝してその治療師の人間を差し出すのだ。見習い治療師として名門純エルスに奉仕する貴重な体験を対価に無償で奉仕させてやる」
なんか想像以上に小物だなこいつ。名門なら賃金くらい払えよ。
「カンナヅキと一緒じゃなきゃ嫌」
サリシスは俺の陰に隠れた。
「つまみ出しましょうか?先生?」
テルさんはにっこり微笑んでる……内心ムカついてるって笑顔だな……。
「相手にしなくてもいいよ、テルさん。ホテルの護衛に任せよう」
こいつはどうでもいいけど、テルさんが返り血で汚れたら大変だからな。
「ゲンマの腰巾着風情が生意気な口を挟むでない!マギアと魔剣を持っているからと思い上がるな!男なら素手で勝負しろ!」
なんか面倒くさいやつだな。自業自得だろ。というかお前のためでもあるのに……。
「ぷぷ……相変わらず威勢だけはいいね。アイサム君」
ゲンマがものすごく悪い顔をしていた。これはかなり調子に乗ってる顔だな。
「なんだと!貴様なんか、お、恐るに足らず!ここは中立地帯、龍の力を封印した人間の状態ならば決闘でも互角で戦えるわ!」
ゲンマは楽しくて仕方ない風にアイサムを煽る。
「えー、でも君、ジョイスより弱いでしょ」
その途端、アイサムは青白い顔をさらに青くして一瞬言葉を失った。
「……ば、ば、ば」
「だって君が手も足も出なかったバジリスクをジョイスは討伐したんだからね。君よりジョイスの方が強いってことでしょ?」
「貴様……!もう、許さん!!」
アイサムは激昂して腰につけた剣を抜いて振りかぶった、が、その手が下されることはなかった。
「挑発しすぎだぞ、ゲンマ。けが人が出たらどうするんだ」
いつの間にかアイサムの背後にクロードが立っていて、その手を掴んでいた。
「ごめんごめん。あんまりひどい因縁つけられたからね。ちょっと揶揄ったんだ」
「は、離せ!この辺境の野蛮人めが!」
「まぁ、旦那。ここは俺に仕切らせろよ。なぁ、ゲンマ、今度の記念トーナメントで優勝した奴にあんたの権限で何らかの便宜を図るってのはどうだ?」
この提案を聞いたゲンマは片眉を上げてほう、と言った。
「さっき運営に相談されたが、今回のトーナメント、参加者が少ないようでな。目玉になる企画が欲しいらしい」
「ふーん……まぁ、ボクにできる範囲でならいいよ。そうだな、アイサムには……サリシスちゃんはダメだけど、別の高位の治療師を無償で派遣する、くらいなら出来るよ」
この提案を聞くとアイサムは動きを止めた。
「……本当か?」
「まぁ、優勝出来れば、だけどね。クロードの願いは何さ?言っておくけど非常識な願いなら却下するよ?」
「そのマギア剣士……」
「ダメだよ」
「わかってるっての。そうだな、空中庭園でそのべっぴんさんが酒とご馳走でおもてなししてくれるってのはどうだ?」
俺はゲンマを見た。ゲンマはしばらく考え込んだ。
「んー……いいよ」
ちょ、おま?!
「いやー、さっすがゲンマ、話が分かるな!じゃ、楽しみにしてるからな!」
そういってクロードはアイサムを引きずって立ち去った。
□
「すみません、私のせいで面倒なことになってしまって……」
部屋に戻った直後、森川は頭を下げた。
「いや、森亭のせいじゃないだろ……それより、ゲンマ!どういうことだよ!」
俺はキレ気味にゲンマに詰め寄った。
「まぁまぁ……ボクに考えがあるんだ」
「ほーう?どんなお考えか聞くだけ聞きましょうか。遺言として」
テルさんはボキボキと指を鳴らしながら、どす黒いオーラを背負い笑顔で言った。
「落ち着いてね?テル・ムーサ。カンナヅキ君はこれからの事……春になった時の事考えてる?」
「え?……ああ、プリムム村か……」
「そう、結界が解除された後、何が起きるかわからないからね。万が一に備えて強い手駒は手元に置いておきたいんだ……ジョイスのためにもね」
ぐぬぬ……。村のことを言われるとこちらとしても強く出れない……。
「どっちにしろ、クロード達には冒険者ギルドを通して依頼するつもりだったけど、今後を見越して良好な関係は築いておきたいんだ。まぁ、あんまり酷かったら助け舟を出すけど、大丈夫でしょ。ああ見えても彼は紳士だし」
この場合の紳士の定義が激しく気になる。
「……」
「どうした?サリシス?」
「お父さんが……また村が危険になるの?」
「サリシスちゃんは心配しなくていいよ。ボクらが守るから」
「そうだよ。俺だって前より強くなったし。もうこの前みたいに危険な目には合わせないよ」
「……」
サリシスは納得がいかない様子だった。
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